Super Smash Bros. Brawl


屋敷の敷地は広大で、ファイターからの希望がある度にマスターハンドが増改築を繰り返している。


敷地の一番奥まったところ、周りを木々に囲まれた静かな場所。
ここには小さな墓地がある。

あまり里帰りをしないファイターは故郷からここに故人の墓を移して、いつでも弔えるようにしている。


……彼も、その内の一人だった。




その日、ピカチュウは買い物帰りに墓地に佇む一人の少年を見かけた。

お気に入りの飲み物であるサイコソーダを片手に、その少年に声をかける。


「あれ、お前こんなとこで何してんだ?」

「やぁ、ピカチュウ」


振り返ったのはポケモントレーナーのレッド。

ちょうど、花を新しいものに取り替え終わったところだった。



墓地に建てられた墓の中でも、一際小さな墓石。


「ここはピカチュウのお墓なんだ」

「俺の!?」

「違うよ、僕と一緒に旅をしてた……僕の相棒だったピカチュウのこと」

「あ……あぁ……そうか、そうだよな」


「ピカチュウ」はあくまでも種族名。

ニックネームをつけない限り、ポケモンはトレーナーの手持ちであっても種族名で呼ばれる。

頭では分かってはいたはずなのだが、反射的に自分のことだと思い込んでしまったピカチュウは、冷静になって小さく息をつき、目の前の墓石をじっと見つめる。


「……死んじまったのか、そいつ」

「うん。病気で……ね」

レッドは悲しむでもなく、ただ悔しそうな、そんな顔で答えた。

……最強のトレーナーが指揮するポケモンでも、病気には敵わない。



「……そうだ、ピカチュウに聞いてみたいことがあったんだ」

「うん?」

「……ピカチュウはさ、人間が好きじゃないでしょ。
ポケモントレーナーとしての僕のこと……どう思う?」

「どうって……単純にすげーやつだとは思うけど」

「僕がポケモンを戦わせてること……自由を好むピカチュウからしたら、許せないことなのかな……とか思ってさ」

「そんなことねぇよ。モンスターボールはポケモンの自由まで縛れねぇ。だから捕まったポケモンはその人間と共存することを自分で選んだ奴らだ。人間と共存したい奴はすればいいと思ってるし、それを咎めることはない」


その答えは、悲劇に見舞われる前でも後でも変わらない、ピカチュウの考え方の一つ。

ピカチュウ自身は人間のパートナーになるつもりは無いが、人間と共に歩むポケモンや、ポケモンを指揮するトレーナーを否定はしない。
……尤も、倫理観ある真っ当なトレーナーに限るが。


「お前のポケモンたちは、好き好んでお前と一緒にいて、お前と戦ってんだ。
お前といるのが何よりも楽しそうで、幸せそうだ。
フシギソウなんかは『レッドは常に的確な指示をくれる。レッドとならどこまでも強くなれる』って言ってたぜ」


人間嫌いのピカチュウが人間を認められるようになったのは、レッドとそのポケモンたちの存在が大きい。

彼らの絆を目の当たりにしたことで、「そういうのも悪くない」と思えたのだから。


「……レッド、お前と相棒の話を……
お前が歩んできた旅の物語を、聞かせてほしい」

ピカチュウとしても、同じ種族のポケモンがこの少年とどんな旅路を歩んできたのかは興味があった。

レッドは少し驚いたような顔をしたが、すぐに微笑んで、懐かしむように語り出す。


「……僕とピカチュウは、ずっと一緒だったんだ」


ポケモンも持たずに草むらに入った時、オーキド博士に慌てて呼び止められたこと。

その時に出会ったのがピカチュウで、彼はオーキド博士に捕まえられた。


その日、レッドとグリーンはオーキド博士にポケモンを貰うことになっていた。

グリーンはオーキド博士の孫で、レッドの幼なじみ。

……だけど、レッドが貰うはずだったポケモンはグリーンに横取りされて。

代わりにレッドのポケモンになったのが、ピカチュウだった。


そのピカチュウは、モンスターボールに入ることを嫌っていた。

いつも後ろをくっついて歩いた。

出会ったばかりの頃はツンツンしていて、それでも健気について来てくれていた。


「最初のジムリーダーは、本当に手強かった」


ピカチュウとは相性の悪い、岩タイプの使い手。

何度も負けて、手持ちのポケモンをひたすらに育てて、そして何度も挑んだ。

死力を尽くしてバトルに勝利した時、レッドとピカチュウの間には確かな絆が生まれていた。


「その後もいろんなことがあったよ」


港に停泊していた豪華客船に乗ったこと。船酔いしていた船長を介抱して、秘伝の技マシンを貰ったこと。

行く手を塞ぐカビゴンをポケモンの笛で起こして、必死になって戦い仲間にしたこと。

先を行くライバルと何度もバトルしたこと。

ポケモンだいすきクラブ会長の長話を延々と聞かされて眠くなったこと。


「それから……」

「……ロケット団を……倒したん、だよな」

「……そうだね。ヤマブキシティでシルフカンパニーを占拠してた所を、バトルで勝利して黙らせた。
……まぁ、そのボスがまさか最後のジムリーダーだったとは思いもしなかったけど」

「は!?」

「ほんと、どういう事だよって思うよね。
……でも、確かに強かったよ。ジムリーダーだっていうのも納得だ。
それで僕が勝利したあと……彼はロケット団の解散を宣言してどこかへ旅立った」

「……そうか」


トキワの森に、そこに住むポケモンたちに悲劇をもたらしたロケット団は、レッドの手によって確かに壊滅していた。

改めてそれを彼本人の口から聞けたピカチュウは、どこかほっとした顔を見せた。


「……そうしてカントー地方のジムを制覇して……ポケモンリーグの四天王も、その先で一足早くチャンピオンになっていたライバルにも勝利した。
……僕より強い人は、誰もいなくなった」


ポケモンが好きで、育てて、戦い続けて。

それを繰り返していたら、いつの間にかレッドを超える者は、誰も居なくなっていた。


「いつか強いトレーナーが現れることを願って、僕はシロガネ山の頂上でその時を待っていた」


ポケモンリーグを制覇してから3年後。その時は訪れた。

ジョウト地方出身のとある少女に、レッドは敗北した。


「僕はすごく嬉しかったよ。負けた悔しさとかそんなものより、僕より強い相手が現れてくれたことが……すごく嬉しくて、ワクワクして……」


本気で戦っても勝てなかった相手は、本当に久しぶりだった。

高揚感で心臓が跳ねる感覚も、緊張感で手に汗握るのも。


旅に出たばかりの頃を思い出すような、全てが楽しい時間だった。


「……そんな戦いの後に、ピカチュウが倒れた」


レッドは帽子を目深にかぶり、落ち着いた声色で続ける。


「気づいた時にはもう手遅れだったんだ。
お医者さんが言うには、山に籠ってた時から具合が悪かったはずだって。でも、それを隠してずっと一緒にいてくれてたんだって。
……僕、なんにも気づいてあげられなかった自分をすごく恥じたよ」

その後はポケモンセンターに通う日々が続いた。

ピカチュウは倒れた時からずっと意識がなく、集中治療室から出られなかった。


そして1週間ほど経った頃に、ピカチュウは息を引き取った。

満足にお別れも言えないまま。今までのお礼も言えないまま。


「ピカチュウが亡くなった後、僕はずっと立ち直れなかった。
起きた時、ご飯の時……いつも隣に当たり前のようにいた存在がもう居ないんだって気づいた時、とてつもない悲しみに襲われるんだ」

母やライバルからの気遣いの言葉も耳に入らなくて。

何もする気がなくなって、部屋にこもってばかりの日々。


「でも、僕のポケモンたちが僕を元気づけてくれたんだ。
落ち込んでてもピカチュウは喜ばないだろって。
まぁ、ポケモンたちの言葉は分からないんだけどね。
……でも、伝えたいことは何となくわかる」


自分がピカチュウだけのトレーナーではないことを、改めて思い出した。

リザードン、フシギバナ、カメックス、カビゴン、ラプラス。

共に旅をしてきた大事な相棒たち。

彼らのためにも、塞ぎ込んでいるわけにはいかない。

彼らも、ピカチュウもそんなことを望んではいない。



​──決意をした。


もう一度、冒険の旅に出ようと決めた。

忘れかけていたあのワクワクを、ドキドキを、もう一度取り戻すために。

まだ見ぬポケモンと出会い、戦い、仲間にするために。

そして何より、ポケモンバトルを心から楽しむために。


ゼニガメ、フシギソウ、リザードン。新たな旅の仲間として、彼らを選択した。


ピカチュウはいつも心の中に。片時も忘れることなどない。

……夢と冒険と、ポケットモンスターの世界へ。


期待に胸を躍らせて、レッドは新たな旅へ出たのだった。




「……そうして世界を巡っていた時に、招待状を貰ってここに来たってわけ」

「…………」

ロケット団の話題以降、ピカチュウは一切口を挟まずレッドの話に耳を傾けていた。

手に持ったままの、飲みかけのサイコソーダのことも忘れて。

「大層な冒険をしたんだな。楽しかっただろうな、そいつも」

「そうだといいんだけど」


ピカチュウは残りのサイコソーダをぐっと飲み干した。

話を聞いているうちにすっかり温くなり、炭酸も抜けてしまっている。

そして墓石に向かって、いつもより穏やかな声色で話しかけた。


「……お前、こいつの最高の相棒だったんだな。
こいつと旅したポケモンたちも、今の相棒たちも……みんな仲良くやってるよ。これまでもこれからもな。
だからお前は……安心して眠りな」

「ピカチュウ……」


そして買い物袋から、同じデザインの未開封のラムネ瓶を出して墓前にそっと置いた。

「……これ、やるよ。俺の好物のサイコソーダ」

「……ありがと。でも……」

「?」

「僕のピカチュウ、炭酸苦手だったんだよね……」

「………………」


ピカチュウは墓石を見つめたまま何も言わない。

……が、よく見ると耳と尻尾が少ししょんぼりしている。


「ごめんごめん、でも気持ちは嬉しいと思うよ」

レッドはそう言ってピカチュウをフォローする。

大事なのは故人を思う気持ち。そうだ。気持ちはこもってるんだから問題ない。
こいつの相棒はきっと優しくて良い奴だから許してくれるだろう。


「 ……ミックスオレだったら好きか?」

「うん、それは大好きだった!」

「そっか。次はちゃんと持ってくるから今日は許してくれよな。
あいにく今はサイコソーダの他にタウリンとかインドメタシンしかねーから」

「……ピカチュウ、やっぱり優しいね」

「あたりめーだろ?俺ほど優しい男はいねぇよ」

自信満々に笑うピカチュウにつられて、レッドも楽しそうに微笑んだ。


「そろそろ戻ろうぜ。夕飯の時間になる」

「……そうだね。
……じゃあね相棒、また来るからね」


夕焼けの中、改めて墓前に手を合わせ、2人は屋敷への道を戻る。



​──そんな彼らを見つめる、穏やかで優しい瞳。


朧気なその姿は、嬉しそうに微笑んだ後……
2人の背中を撫で付ける優しい風とともに消えていった。



ーーーENDーーー
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