Super Smash Bros. Brawl
それはとても寒い冬のある日の事だった。
ここは大乱闘の準備をするための更衣室。
今しがた試合を終えたばかりの2人が、向かい合ってなにやら穏やかでない雰囲気を醸し出している。
──サムスとピカチュウ。
彼女たちはよくタッグを組んでおり、チーム戦でも上位に食い込む強さである。
今回も勝ちを収めていた……のだが。
「あの場ではあれが最適だと思ったんだよ」
「私にも考えがあった。なのにお前があんなことをしてはその考えも台無しになる。
お前のやり方を否定するわけじゃない。だが、チームでの戦いは連携が大事なのはわかるだろう?」
「あーはいはい、俺とお前じゃ根本的に考えが違うってことだろ。
だったらいいよ、俺はチーム辞めるからお前は他の奴と組めばいい」
「何故そんな考えになる……」
とても勝ったとは思えない会話の雰囲気。
ピカチュウは不貞腐れたような顔で、彼女の前から姿を消した。
そして……
「……えーと」
その様子を見ていた男が一人。
「お邪魔、したかな……」
気まずそうにサムスに声をかけるのは、サンドバッグくん相手にトレーニングをしようと思っていたルイージだった。
「いや、問題ない。見苦しいところを見せたな」
「ううん……珍しいとは思ったけど」
「確かに、あいつが私に反発したのは初めてだな」
何があったのかと問えば、ピカチュウが試合中、サムスの指示を無視して単独行動を始めたのだと言う。
サムスにも考えがあり、それに沿って欲しかったのだが……ピカチュウは「あれが最適だった」と譲らない。
結局、2人の元々の実力の高さで勝利はしたが、「チームとして」勝てたとは言えない、モヤモヤした結果になってしまった。
試合後にサムスがどういうつもりか問い詰めた結果、あのようなことになったわけだ。
「ピカチュウ、たまにそういうとこあるよね……」
ピカチュウは基本的には口が悪いだけで、性格に難がある訳ではない。だが、たまにこうして我の強い部分が出てくることがある。
反抗期なのかな、というルイージの言葉に、サムスもそうかもな、と苦笑する。
「……これも渡したかったんだが、今の状態では難しそうだな」
サムスは自分の荷物置き場から、小さな包みを取り出した。
赤いタータンチェックの包装紙で丁寧に包まれており、右上には「ピカチュウへ」と書かれたプレゼントシールが貼られている。
「ルイージ、すまないが私の代わりに届けてくれないか」
「これは……?」
「マフラーだ。いつも世話になっているあいつに、礼がしたくて手編みしたものだ」
「そんな大層なもの、サムスから直接手渡しした方がいいと思うけど……」
「仕方ないさ。私が行っても逃げるだろう」
「……まぁ、確かに……」
「あいつがこれからどうするのか。他のパートナーを見つけて私とはタッグを解消するのか。
……どうするにせよ、せめてこれは渡しておきたいんだ。今までチームを組んでくれたことへの、感謝の気持ちだからな」
「……そっか。わかった」
どうせ軽いトレーニングに来ただけだし、とルイージは快く了承した。
「ありがとう。よろしく頼む……」
「ぶぇっっくし!」
派手なくしゃみが寒空に響く。
ここは屋敷の外にある小さな林。
勢い余って外に飛び出してきてしまったが、寒い。寒すぎる。
ポケモンは体毛に覆われていて服を着なくても何とかなるとはいえ、真冬の寒さは別だ。
ムーランドのような長毛種のポケモンだったらこんな寒さは屁でもないのだろうが、ピカチュウは長毛種ではないので、普通に寒い。
だが、このままのこのこと帰るのも恥だ。
どうするべきか震えながら悩んでいると、後ろから聞き覚えのある声がした。
「……こんな所にいたの」
「ルイージ……お前こそこんなところに何の用だ?」
「お届け物を頼まれたんだよ」
「届け物?」
ルイージはサムスから預かった包みをピカチュウに渡した。
宛名の筆跡を見ただけで、誰からの届け物なのかを直ぐに察する。
「これは……」
「さっき、本当はそれも渡したかったんだって」
「………………」
ピカチュウは丁寧に包みを開けた。
中から出てきたのは明るいオレンジ色のマフラー。
端には「P」のイニシャルとイナズマのマークが入っている。
「これ……まさか、手編みか?」
ピカチュウはまじまじとマフラーを見つめている。その精巧さに驚くかのように。
そしてそのマフラーの上には、小さなメッセージカードが乗っていた。
『いつもありがとう。これは私とチームを組んでくれたお前へ、日頃の礼だ。気に入ってくれるといいんだが……』
「…………そっか」
ピカチュウは小さく息をついた。
丁寧に折り畳んだ包み紙とメッセージカードを懐にしまって、マフラーを首に巻く。巻き方なんて知らないから、適当だが。
それでも思いのこもった毛糸のマフラーは、ピカチュウの体を首元からじんわりと温める。
「……あったけぇ」
その温かさは、ピカチュウの凝り固まった思考をも溶かしていくようだった。
先程の言い合いが、馬鹿馬鹿しく思えてくる。
「……サムスは悪くねぇ。頭に血が上った俺が悪い」
あの時はなんだかムシャクシャしていた。それを大事な相方にぶつけてしまった。
間違っていたのは自分で、相手は何も悪くないのに。
「……そもそも、惚れた女を困らせるなんて男の恥だ」
そう呟いた瞬間、ハッとして「今のは聞かなかったことにしろ」、とルイージを睨みつけた。顔を真っ赤をにして。
わかったよ、とルイージが笑うのを見て、ピカチュウはため息をつき、空を見上げた。
「意固地になってないで帰るか……クソさみーし」
「……それがいいよ」
そうして、ピカチュウはルイージと共に暖かい家の中へ戻って行った。
ダイニングにサムスの後ろ姿が見える。
「……ほら、ピカチュウ」
「う……」
一瞬バツが悪そうな顔をしたが、深呼吸を一つして、ピカチュウは声を張り上げた。
「サムス!」
ふと、サムスが振り返る。
ピカチュウはそのまま勢いよく頭を下げた。
「なんつーか……えーっと……
…………さっきは悪かった!」
「!」
「勝手な行動してすまなかった。お前の方が戦い慣れしてんだから、言うこと聞いてりゃ間違いねぇはずなのに……
……チーム組むのやめるって言ったのも取り消す。
だから……そのー……今後も組んでくれると嬉しいんだが」
ほんの少しの沈黙の後。
サムスは柔らかい笑顔を浮かべる。
「……ああ、もちろんだ」
ホッと一安心した顔。ピカチュウも笑みを零し、「良かった、許してもらえて」と素直な気持ちを述べる。
「それと……マフラー、ありがとうな。マジで、一生大事にするから」
「気に入ってくれたか……良かった」
「マジあったけぇ」
いつも見るような2人のやり取り。
ルイージは少し離れたところから、安心した顔で2人の様子を見ていた。
……やっぱり、2人には仲良くいてほしい。
「ルイージ、ありがとな」
急にピカチュウに礼を言われ、「えっ」と小さく声をあげる。
「僕は特に何もしてないけど……」
「いや、ルイージがマフラー届けてくれなかったら……俺ずっと戻る決心つかないままあの場で凍ってたぜ」
「大袈裟だな……」
「俺は頑固だからありえなくもないぜ?」
そこはさすがに凍りつく寸前で諦めて家に戻って欲しい。
ルイージがそう溜め息をついていると、サムスがカップに2人分のスープを入れて持ってきた。
「外は冷えただろう。温かいスープを作ったから、2人も飲むといい」
「マジか、助かるぜ」
「ありがとう」
あつあつのスープが身体中に染みわたる。
窓の外を見れば、いつの間にか雪が降り始めていた。
「……改めて、さ。これからもよろしく頼むよ、サムス」
「ああ、こちらこそよろしくな、ピカチュウ」
それから数日後。
ピカチュウとサムスのチームは、見事な連携プレーで輝かしい勝利を収めたという──……
ーーーENDーーー