若き獅子
そして数日後の夜……
ニニアンはロイの部屋へと向かった。
『……ロイ……』
ロイは何も知らず、穏やかな顔ですやすやと眠っている。
まるで天使のような、無邪気な寝顔。
『あなたに……伝えたいことがいっぱいあるの……
聞いてくれる……?』
小さな手を握り、可愛いその寝顔を見つめながら、ニニアンはぽつりぽつりと話し始めた。
『男の子は滅多なことで泣いちゃダメ……
でも……どうしようもなく辛くなった時は……思いっきり泣きなさい……
そして……泣いた後は沢山笑うの……
笑顔は……どんな辛いことも吹き飛ばす最高の特効薬だから……
それと……勉強もしっかりすること……エリウッド様の言うことはちゃんと聞くこと……
ウォルトと仲良くすること……
人を傷つけることは……絶対しちゃダメよ……
……それから……
……それから……あなたは竜の子だから……これからきっと……つらいことも……嫌なこともいっぱいあると思う……
でもあなたなら……どんなことでも乗り越えられるって信じてるからね……
だって……ロイは私とエリウッド様の息子なんだもの……』
ニニアンの瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
『……あなたは強くなりなさい……エリウッド様も……愛する人も……仲間も……全てを護れる……獅子になりなさい……』
それだけ言って、ニニアンはロイの部屋を後にした。
向かったのは美しい星空が見えるバルコニー。
そこからは、二人の思い出の詰まった青い花畑を臨むことができた。
ニニアンは思い出の地が見える場所で、最後まで愛する人の傍にいたいと考えていたのだ。
『……ニニアン……』
『……ロイに伝えたいことは……全て伝えました……
もう……思い残すことはありません……』
『…………』
『この数日……あなたとも沢山お話をしましたね……
昔のこと……今のこと……これからのこと……
お陰で、もう話したいこともなくなってしまいました。
……でも、それでいいのかもしれません……
最後の最後まで話し込んでいたら、未練が残ってしまいそうですから……』
『…………っ』
エリウッドはニニアンの体を強く抱きしめた。
出会った頃よりもかなり痩せ、立っているのすらやっとといった状態。
こんなにも愛しい人と、もう永遠の別れをしなければならない……
エリウッドは悲しみをこらえ、ニニアンの温もりを体にしっかり刻み込んだ。
『ニニアン……僕は……
僕は君に何がしてあげられただろう……
僕は……君の望む男になれていたんだろうか……』
『……何も言わないで、エリウッド様……
……私は、あなたに沢山の愛情をもらいました……』
『……愛情……?』
『私はエリウッド様と出会ったことで……生涯の大切な物を見つけることができた……
私に……可愛い息子という宝物ができた……
あなたと出会ってから、毎日が楽しかった……
幸せじゃない日なんて、1日だってなかった……』
『ニニアン……』
『後悔することなんて何一つありません……
エリウッド様のお陰で……私は充実した人生を送ることができました。
……感謝しています』
『……それは僕も同じだ!
君のおかげで……人を愛することの素晴らしさを知ることができた……
お礼を言わなきゃいけないのは、僕の方だ……
……ありがとう、ニニアン……』
ニニアンは穏やかな顔で微笑む。
だが突如として、ニニアンはその場に倒れ込んだ。
『ニニアン!』
エリウッドに抱きかかえられたニニアンは衰弱しきり、意識すらもはっきりしていないようだった。
『ニニアン大丈夫!? しっかりして!』
『……私は……もう限界です……』
『何言ってるんだ……
今の今まで元気だったじゃないか!』
『……いいえ……
本当は今朝も……起き上がる事すら出来ない状態でした……
でも……少し前から不思議と力が湧いてきて……
……神様が最後に少しだけ……ロイやあなたといる時間を与えてくれたみたい……』
『ニニアン……』
『……最期に……あなたに伝えたいことが……』
『な……なに……?』
『……ありがとうエリウッド様……
私……とても幸せでした……』
『…………!』
『天国へ行っても……私は……エリウッド様を……ロイを……
ずっとずっと……愛しています……』
やがてニニアンはゆっくりと目を閉じ……
そのまま、眠るように息を引き取った。
本当に幸せそうな、微笑みを残しながら……
『う……ううっ……』
エリウッドはまだ温もりの残るニニアンの身体を抱きしめながら、ただひたすらに声をあげて泣き……
いつまでも、深い悲しみに暮れていた……
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「……………」
じっと話を聞いていたロイは、ただひたすらに流れる涙を止められずにいた。
「……ロイ、私のせいで辛い思いばかりさせてごめんなさい……
私のことを恨んだことも……何度もあったでしょう……?」
「……なんで母さんが謝るんだよ……」
ロイは腕で乱暴に涙を拭った。
「確かに嫌な思いはいっぱいしたよ……
父さんを傷つけちゃって……そのせいでみんなに嫌われて……ずっと独りぼっちで……いじめられて……
……生まれてこなきゃよかったとか……死にたいって思ったこともあった……
……でも、父さんと母さんを恨んだことなんか一度もない!」
「………!」
「ロイ……」
「……俺は自分の力に侵食されて命を落としかけた……
けど竜玉のお陰で……俺は竜の力を完全に自分のものとして扱えるようになった……
倒れて動けなくなるまで頑張ってくれたマスターのお陰だ……
アイク先輩とマルス先輩も凄く優しいし……トキとピカチュウはいい悪友だし……
ピットは純粋な人間でも竜でもない俺を……友達だって言ってくれた……」
ロイの頭の中に浮かぶのは、いつも自分を支えてくれた仲間、友達の顔。
「……俺、今は友達にも恵まれてるし……毎日楽しいんだ!
……それに……母さんから受け継いだこの力を誇りに思ってる」
「!」
「俺、すっごく幸せだよ!」
それを聞いて、ニニアンは安心した。
自分がそうなって欲しい、と望んだように、ロイは辛いことがあっても負けない、強い子に育っているとわかったから。
何よりも、ロイがこうして笑っている顔を見ることができて嬉しかった。
「……母さん」
「………?」
「面と向かってこんなこと言うのも……何かすっげー照れ臭いんだけどさ……
今しか言えるチャンスねぇから……」
ロイは顔を赤くし、どことなく目線を逸らして頭をかいた。
そして気持ちを落ちつけようと、一度深呼吸をする。
「………ありがとう、俺を産んでくれて」
「!」
「俺……父さんと母さんの子供に生まれてよかった!」
それは二人にとって、何よりも嬉しい言葉だった。
「父さんはカッコいいしリキアで一番の騎士……
母さんはこんなに美人で優しくて……俺の自慢だ。
こんな立派な人達が俺の両親だなんて……俺すっげー誇らしいよ!」
「ロイ……」
「……それだけじゃない……
母さんが俺のこと……すっごく愛してくれてたってゆーのがわかって……安心したんだ。
この先どんなに辛いことがあっても、負けずに乗り越えていける……
そんな気がしたんだ」
最後に、ロイは無邪気な笑顔でこう付け加えた。
「……ありがとう母さん………
………大好き!」
それを聞いた途端、ニニアンの瞳から涙が溢れ出した。
10年間ずっと、ロイがどう思っていたか気になっていた。
それがこんなにも愛されていたのだと知り、気持ちを抑えられなくなってしまったのだ。
「……ニニアン、ロイは僕達の想像より遥かに強くなった……たくましい子に育ったよ。
この子ならきっと、僕達の時代よりもフェレを安泰に導ける……
それに僕だって、まだまだ頑張れるよ。
だから……安心してくれ」
「……はい、エリウッド様……」
その時、ロイはニニアンの体が少しずつ透き通り始めているのに気づいた。
「! 母さん!身体が……」
「……もう……時間みたいね……」
「そんなっ……」
「少しでもあなた達の顔が見られてよかった……
……ロイ、あなたは本当にエリウッド様によく似ているわ……」
「そ……そうなの……?」
「ええ……とっても誇らしい……私の自慢の息子よ……」
ニニアンの体がだんだんと淡い光に包まれていく。
「……お迎えが来たみたいね……
これからはまた……空の上からあなた達を見守ることにします」
「……ああ……頼むよ」
「ロイ……元気でね」
「……うん!」
「さようなら……ロイ……エリウッド様……
ずっとずっと……愛しています……」
やがて、ニニアンは優しい光となって、ゆっくりと天へ昇っていった。
「……父さん何また泣いてるんだよ」
「ゴメン……最近すごく涙もろくて……年なのかなぁ……」
「もう……」
ロイは苦笑いしながら、エリウッドの背中を優しくさすった。
「……俺さ、あの頃チビだったから……母さんの顔、あんまり覚えてなかったけど……
本当に、すっげー美人だったな」
「……でしょ?」
「おしとやかで清楚で、たおやかな花って感じで……
父さんが惚れたのもわかる気がする」
「そ そう?」
「うん!
それに……なんか色々あったけど……
俺、今日が今までで一番幸せな日だったと思う!」
「ロイ……」
幸せそうなロイの顔を見て、エリウッドもまた幸せを感じた。
そんな二人に気付かれないように……
「うう……感動したなぁ……」
「涙で前が見えねーよちくしょぉぉ!」
「ロイ……よかったね……」
ファイター達が陰からこっそりと覗いていた……というのは内緒の話。
そして次の日……
「それじゃ、俺は一旦向こうの世界に帰るよ。隙を見て復興の手伝いに来るから、その時までお別れだ」
「気をつけてね」
1日ゆっくりと体を休めた後、ロイ達ファイターはスマッシュシティへ帰ることになった。
見送ってくれているのはリリーナやフェレ家の者達だけ……
かと思われたが……
「……凄いね、ロイ」
「ん?」
「だってほら、みんながロイに手を振ってるよ」
「え……」
ピットが指差した方を見ると、そこには沢山の人々が集まってロイに手を振っていた。
「ロイ様お元気でー!」
「またいつでも帰ってきてくださいねーー!」
「……あ……」
「嫌われ者だったのが嘘みたいだな。
今は人気者だ」
ロイは嬉しさが込み上げてくるのを感じた。
負けじと手を振り、元気な声でこう叫ぶ。
「みんなありがとう!またなーーっ!」
やがて、夕焼け空にグレートフォックスと一頭の氷竜が飛び立った。
フェレの人々はそれらが夕焼けに消えて見えなくなるまで、ずっと手を振り続けていたという……
かつて『災厄の獅子』と恐れられてきた少年は、この戦いで『英雄竜』と讃えられ……
大陸を二度も救ったその功績を、後の世に語り継いでいくこととなる。
──若き獅子に、栄光あれ──……
ーーーENDーーー
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