若き獅子
未だ戦いが繰り広げられている中心地から隔絶された空き地。
そこに佇む闇の司祭ラグナスの元に、ロイは一歩、また一歩と歩を進めていった。
「……ラグナス……」
「クレイグを倒したか……あの父親と違って、少しは戦えるようだな」
「……命まではとってねえよ」
「情けをかけたというのか?」
「情けなんかじゃねぇ……俺は元々あいつを殺る気なんてなかった」
「何……?」
ロイはほんの十分前、ここに向かう前にクレイグと話したことを思い出した。
『……う……』
『ロイ!クレイグが……』
『ん?』
ロイが振り返ると、クレイグはその場に倒れたままロイを睨みつけた。
『貴様……なぜとどめを刺さなかった?
私を生かしておけば、またいずれ同じような事が起こるかもしれんのだぞ……』
『安心しろ、ラグナスはあの世に送ってやる。
でもお前はラグナスがいなければ、自分からこんな悪事働いたりしねーだろ』
『……何故そんなことがわかる?』
『竜のカン……ってやつ?
それにこの大陸に数少ない竜をそう簡単に殺るわけにいかねーしな。
あと俺……なんつーか、お前のこと嫌いじゃねーし。
確かに民家燃やしたり、やった事は絶対許せないことだけど……
……どうしても憎みきれないんだ』
『ぐ……』
『そうそう、これも貰ってくぞ』
ロイはそう言ってクレイグの服をあさり、赤い石を見つけて取り出した。
『……それは……』
『火竜石がなきゃ竜にはなれねぇ……つまり悪さもできねーってこった。これで許してやるよ』
『…………』
『何だよ、バカにしたみてーにほくそ笑みやがって』
『……詰めが甘い……やはりまだ子供か……』
『うるせーぞ』
『……ラグナス様はここを真っ直ぐ行った空き地におられる……
あの方はお強い……
気を抜けば一瞬にして決着がついてしまうだろう』
『何だ、親切だなお前』
『……黙れ』
『へへっ……ま、ありがとな。
……そうだ、お前……傷が癒えたら、ナバタ砂漠の隠れ里にでも行ってみろよ。
あそこは人も竜ものどかに暮らしてる……
お前の居場所があるとすれば、そこくらいだからな』
『……フン……』
変わった奴だ、クレイグはそう言って呆れたような笑みを浮かべた。
「クレイグは生かしておいてやる……
でもお前は生かしておくわけにはいかねぇ……
……決着をつけようじゃねぇか」
「くっくっく……随分と自信があるようだな。
私を失望させてくれるなよ……」
ラグナスはその手に強力な闇の魔道書を携え、ロイは鞘から抜いた封印の剣を構える。
最初に動いたのはロイだった。
勢い良く地面を蹴り、力任せに剣を振る。
だが、守りが弱い分、相手は回避力に優れていた。
力だけで当たりに行っても簡単に見切られてしまう。
「くそ……」
「その剣は貴様には重いのだろう?
エリウッドの持つレイピアのように小回りは利かない……
故に力で勝負するしかない」
途端、闇の魔法がロイを襲った。
「くぁっ……!」
相手の体力を奪い、自らの体力を回復させる「リザイア」の魔法。
「体力さえ奪ってしまえば貴様の自滅は必至だ……」
「るせぇ……俺の体力なめんなっ……!」
ロイは負けずにラグナスに向かっていく。
だが、ロイの剣は虚しく空を切るばかり。
「(くそっ……当たらねぇ……!)」
近づいても当たらず、すぐに距離を取られ、闇の魔法を使われてしまう。
剣士にとって大事なのは間合い。
遠距離攻撃を得意とする魔道士はなかなか戦いにくい相手なのだ。
まして相手は経験を積んだ上級の闇魔道士「ドルイド」。
弱い魔法を唱えてもその威力は絶大。
直撃を喰らえば命を落とすかもしれない。
「フハハハどうした!?
さっきから避けているばかりではないか!」
「くっ……」
ひとまず逃げながら作戦を練る他ない。
どうすれば攻撃を当てられるのか。
どうすれば奴に勝てるのか……
だが次の攻撃を避けた瞬間、ロイは足がもつれ転んでしまった。
「うぁっ……」
「フハハハハ!
どうやら体力の限界のようだな」
「くそっ……」
クレイグと戦った後で、あれだけ動き回ったのだから無理もない。
「……貴様もこれまでだな」
「くぅ……」
「その未熟な腕でここまで戦ったことは褒めてやろう。
……最後は我が闇の魔法を受けて散るがいい!」
途端、闇の力がロイの体を包み込んだ。
強力な闇の魔法、「ノスフェラート」だ。
「うわあぁぁっ!」
身体中が圧力をかけられたようにずしりと重く、ロイは立っていることも出来ない。
「果てない闇に飲まれ、失意の中に死にゆけ……災厄の獅子よ……」
ロイの中には、再び負の感情が渦巻いていた。
魔竜となってしまったあの時のように、自我が失われていきそうな、そんな感覚に囚われる。
「……ぐっ……俺は……」
「……そうだ。そのまま闇を受け入れろ……
闇こそが貴様の本質……切り離せない存在なのだ……」
「うあぁっ……!」
襲い来る苦しみにじわじわと力が奪われていく。
けれどもロイは諦めなかった。
嬉しかったこと、楽しい思い出、仲間達との光に満ちた記憶を思い出し、強い負の感情を押さえ込んだのだ。
「……確かに俺と闇は切り離せないものかもしれない……
孤独も悲しみも苦しみも……嫌というほど経験したし……人を憎むことだってあった……!
だから……だからこそ……これからはもう負の感情には囚われないって決めた……
これからどんな辛いことがあったとしても……光だけを見て生きてくって決めたんだ!」
その瞬間、どこからか力が湧いてくるのを感じた。
ロイは封印の剣を地面に突き刺し、それを杖替わりに立ち上がった。
「何っ……!?」
「このくらいのことで……負けてたまるかっ……!」
その瞬間、封印の剣の刃が激しく燃え上がった。
その炎は闇をかき消し、精一杯力を込めて剣を振るうと完全に闇の力をはじき飛ばした。
「バカな……私の魔法が……」
自分の魔法が通じなかったことにたじろぎ、ラグナスに若干の隙が生じた。
それを見逃さず、ロイは懐に入り込み剣でラグナスを斬りつける。
「うりゃあっ!」
「ぐっ……」
遂にラグナスが地に膝をついた。
思った以上に傷が深いらしく、腕で傷口を押さえるも、真っ赤な鮮血が止めどなく流れ出る。
「……ゼフィール様……申し訳ありません……
このような子供に……私は……」
「……これで終わりだ……
ゼフィールのくだらねぇ野望なんか、この俺が完全に終わらせてやる!」
ロイは封印の剣を両手で強く握りしめた。
剣はロイの闘志を受けて激しく燃え上がっている。
「うおりゃあぁっ!」
地を蹴り、剣を大きく振りかぶって、ロイは全ての力と思いを込めた一撃をラグナスにぶつけた。
「ぐっ……」
「勝負ってのは……思いが強い方が勝つんだよ。
お前がゼフィールを慕う気持ちより、俺がフェレを思う気持ちの方が強かったってことだ」
「……ふ……ふはははは……
……見事だ……私の完敗だよ」
ロイはラグナスの体から封印の剣を勢いよく引き抜いた。
途端、ラグナスは力なくその場に倒れる。
「……う……」
そしてロイもまた緊張が解けたのか、膝をついて座り込んだ。
それを見て、側で戦いを見ていたウォルト、エリウッド、カービィが慌てて駆け寄る。
「ロイ!」
「……ウォルト……父さん……カービィ……」
「大丈夫!?」
「ああ……何とかな……
あいつの魔法食らって……体がいうこと聞かねぇけど……」
「ボク、みんなにロイの勝ち知らせてくるね!」
「ああ、ありがとう」
カービィはワープスターに乗って、人々に勝利を知らせるべく飛んでいった。
「……ロイ……
やっぱりロイは凄いよ……」
「……?何だよ急に……」
「ううん……ただ……何だかロイがすごく誇らしくて……」
「……ったく……」
ロイは泣きそうなウォルトの頭を優しく撫でた。
ほぼ同時に、エリウッドがロイの体をぎゅっと抱きしめる。
「……本当に、君は強くなったね、ロイ……」
「父さん……?」
「本当に誇らしい……自慢の息子だ」
「やめてよ、恥ずかしいからさ……」
ロイは父の背中をさすりながら、照れくさそうに笑った。
「マーカス殿、報告が入りました!」
「うむ……ワシも聞いておる」
ランスとマーカスは城門からロイのいる空き地の方角をじっと見つめていた。
「……ロイ様がご自分の力のことで塞ぎ込んでしまわれた時にはどうなるかと思いましたが……
いやはやロイ様……本当にお強くなられた……」
「マーカス殿……」
「やれやれ……歳を食うと涙もろくなっていけませんな」
マーカスは涙を拭うと、全ての人々に聞こえるよう声を張り上げた。
「フェレの未来を背負った若き獅子が、いま見事に闇の司祭ラグナスを討ち取った!
ロイ様はその手でフェレをお守りになった!
我が軍を勝利に導いたのだ!」
「……! ホントかよ!?」
「それじゃあ……!」
「我々フェレ軍の勝利を以て、戦争は終結した!」
途端、フェレ軍の騎士達は歓喜に湧いた。
ファイター達にもようやく安堵の笑顔が戻る。
「……ロイがラグナスを倒したか……」
「やるじゃん、アイツ」
「ふ~……一時はヒヤヒヤしたけどな」
「ロイにーちゃんすごーい!」
「これで全部……終わったんだね……」
歓喜の声はいつまでも止むことはなかった。
東の空にはフェレ軍の勝利を称えるかのように、目映い光を放つ朝日が昇っていた……