若き獅子


途端、暴れ続けていたロイの動きが徐々に止まった。


「……と……止まった……?」

「……ロイ……!」





ロイの精神の中に現れた女性……

それはロイが5歳の時に亡くなったロイの母親、ニニアンだった。


「どうして……母さんがここに……」

『話は後……
今はあなたの……大切な人達を守りなさい……』


ニニアンはある一点を指差す。

そこからは一筋の光が漏れていた。


『あの光に飛び込めば、あなたの精神は元に戻れるわ』

「…………」


だが、ロイはすぐには行けなかった。

せっかく母親に会えたのに、もう会えないような気がしたから……


ニニアンはそれを察してか、優しく微笑みかけた。

『……大丈夫。この戦いが終わったら、またすぐに会えるわ……
私もあなたやエリウッド様と、ゆっくりお話したいもの……』

それを聞いて、ロイも安心したように微笑んだ。


「……わかった。必ず、また会おう……母さん!」

ロイはその光に向かって勢い良く走り出した。




やがて光を潜り抜けて次に目を開けた時、視界に見えたのは戦う人々、燃え盛る炎、そして……大好きな仲間達。


「ぐっ……」

暴れ回ったせいか身体中が痛む。

うめき声をあげてよろけると、警戒したピカチュウが頬に電気を走らせた。

「ま……また来るか!?」

「いや、待て……さっきまでと様子が違う……」


いち早く気づいたのはアイクだった。


姿こそ変わらず恐ろしいままでも、瞳が違う。

それは今までのロイと同じ、強く優しい澄んだ瞳だった。



異変に気づき、高見の見物をしていたラグナスがロイの元に現れた。

ロイは鋭い眼差しでラグナスを睨みつける。


「……てめぇ……
よくも好き勝手やってくれたな……」

「ロイ!」

ロイが心を取り戻した、と皆が歓喜に沸く。


「……術が解けただと……!?
貴様の心の闇は根深くそう簡単に術が解けるものではないはず……
まさか力が弱かったのか?」

「いいや……
お前の魔法は確かに強力だった」

「くっ……ならばもう一度洗脳してやるまでだ!」

ラグナスはロイに向かって、心を奪う呪詛魔法をかけた。

「ロイ!」

黒い闇のオーラがロイの全身を包み込む。

だが……


「……効かねぇよ……」

「!」

ロイは大きな翼を羽ばたかせ、闇のオーラを吹き飛ばした。


「な……何故……」

「確かに俺は堕ちたら戻れないほど深い闇を抱えてる……
国の皆に避けられたことも……化け物扱いされたことも……大切な人を傷つけてしまったことも……
絶対に消えることのない深い傷だ……」

ロイは強い眼差しで言った。


「あの時の俺は孤独だった……
生きる希望すらなくしてた……
けど今の俺は違う!

心から信頼できる友達ができた……
自分で自分を好きになれた!
……それに……いつだって傍で支えてくれる人がいたってことに……ようやく気づいたんだ」

「ロイ……」

「俺にはみんなの声が聞こえた!
俺が今こうして自分自身を取り戻せたのは皆と……母さんの愛があったからだ!」

「! ニニアンか……!」

盲点だった、とラグナスは悔しそうな顔をする。

まさか亡くなったはずの母親が息子を助けるなど、考えもしていなかった。


「俺はもう一人じゃない……
皆がいる……だから負けねぇ!」


「…………」

ロイはもう闇の力で支配することはできない。

それを悟ったラグナスは、魔杖を手にある呪文を唱えた。


やがて怪しく輝く魔法陣の上に、赤紫の髪を持った男が現れた。


「ワープの魔法か……!」

「凄まじい力を感じる……只者じゃない……」


「……お呼びですか、ラグナス様」

「……あいつはもう役に立たん。
お前の手で殺せ……」

「……承知しました」


その瞬間、男の体が光に包まれ、赤い竜へと姿を変えた。

魔竜の姿となったロイに退けをとらぬ巨体に加え、辺りに凄まじい熱風が巻き起こる。


「わあぁ!?」

「! こいつ……火竜族のマムクート!?
まだ純血の竜が大陸に残ってたのか……!」


氷竜であるロイにとって、火竜族は最も戦いにくい相手。

それは魔竜となってしまった今の姿でも変わりはない。

ロイは警戒し、飛び上がって距離をとった。


「逃がすか!」

火竜はロイに向かって炎のブレスを吐く。

「うぁっ……」

ただのブレスでさえ、範囲も威力もロイとは段違い。

相手はロイのように飛ぶことはできないが、竜としての確かな実戦経験は豊富にある。

ロイはただ攻撃をよけるので精一杯だ。


「あわわ……」

「凄まじいな……」

竜同士の戦いに、マリオ達は手出しもできない。


「ちょこまかと逃げおって……もう逃がさぬ!」

火竜は力を溜めると、全身から高温の熱波を勢いよく飛ばした。

「くぁっ……!」

広範囲を包み込む攻撃に逃げ場はなく、あまりの熱さに飛んでいることすら出来ない。

ロイは力なく地面に落ちてしまった。

その衝撃で、辺りが地震のように大きく揺れ、砂ぼこりが巻き起こる。


「ロイ!」

「まずい……!」


「地上に落ちてしまえばこっちのものだ……」

閃光のような素早さであっという間に懐に入り込まれ、ロイは強烈な体当たりを食らってしまった。


そのまま民家に激突し、崩れた家の瓦礫の下敷きになってしまう。

おまけにすぐ後ろは火の海だ。


「ロイ!」

ロイは瓦礫の中から何とか這い出ると、相手の火竜を睨みつけた。

「ぐっ……」

「……冥土の土産に名くらいは名乗っておこう。
我が名はクレイグ……ラグナス様の片腕……
貴様など、我が炎で焼き尽くしてくれる!」

そう言うと、クレイグはロイに向かって強力な炎のブレスを吐いた。


「うわあぁぁっ!」

「ロイ……!」

竜として自分よりはるかに長い時代を生きてきたクレイグの実力は確かなもの。

まだ竜の力に慣れてきたばかりのロイに、太刀打ちできるはずもなかった。


ブレスの直撃を受けて、肌は黒ずみ、ほとんど身体を動かすこともできない。


「ロイ!」

「ロイにーちゃん!」


「……うう……」

クレイグはゆっくり、ゆっくりと近づき、倒れ込むロイを冷たい目で見下す。


「ほう……私の攻撃を受けてまだ生きていられるとは……
……だがもう虫の息だな」

「く……そぉ……」

「貴様の首を取ってさえしまえばフェレはもうおしまいだ」

「終わりなんかじゃ……ねぇ……!
まだ父さんが……父さんがいる……!」

「病を抱えるエリウッドを支えているのは息子のお前だ。
そのお前がいなくなったらエリウッドがどうなるか……簡単に予想はつく」

「何……!?」

「ニニアンの忘れ形見である貴様を亡くした時、エリウッドの精神は崩れ落ちる……
そうなってしまえば奴を殺しフェレを制圧することなど容易いものだ」

「うるせぇ……父さんをなめんじゃねぇ……!
父さんは20年前だって……この大陸を救った英雄だ……俺の憧れだ……!
父さんはお前が思うような……弱い人間なんかじゃねぇ……!」

「20年前はな。
……だが今は違う……
息子のお前が思うほど、強い父親ではない……かもしれんぞ」

「……てめぇ……」

ロイは怒りに震えた。

だが身体を動かそうにも、火傷の痛みと衰弱で立ち上がることすらできない。


「……そろそろ死に損ないとの会話にも飽きてきた。
もう終わりにしよう……」

「くっ……」

「……さらばだ、災厄の獅子よ……
我が業火に焼かれて死ぬがいい!」


クレイグは息を吸い込み、ロイに向かって再び、勢いよく炎のブレスを吐いた。


「うわあぁぁっ!」

ロイの身体は燃え盛る業火に包まれ、悲鳴にも近い叫び声をあげる。


「ロイーーーッ!!!」


「……十数年しか生きていない子供が、五千年以上の時を生きてきたこの私に勝てる筈などないのだ」


「ロイ……!」

「くそっ……まずい!」

「早く……早く助けなきゃ!」

「無駄だ!」


途端、ロイの元に駆け寄ろうとした彼らの周りにクレイグが、炎のブレスを放った。


逃げる間もなく、ファイター達は炎の渦の中に閉じ込められてしまった。

「なっ……」

「囲まれた……!」

「嘘だろ!?俺たちこのまま焼け死ぬのか!?」

「……いや……その前に酸素がなくなるか……燃えることによって発生する一酸化炭素中毒で意識を失う……」

「窒息死かよ……」

「やだぁ……!」

「ロイを……ロイを助けなきゃならないのに!」


そんな彼らの様子を、飛竜に乗ったラグナスが不気味な笑顔を浮かべながら見つめていた。


「……無様なものだな、災厄の獅子よ」

「てめぇ……!」

「奴のような中途半端な存在にはお似合いの死に様だったがな」

「うるせぇ黙れ!」

怒りに身を任せたピカチュウは、無造作に身体中の電気を放電した。

だが、無闇に放った電撃は相手に簡単に見切られ、軽々避けられてしまう。

主に被害を被ったのは傍にいた仲間達だ。


「ピカチュウやめろ!落ち着け!」

「周りは炎に囲まれてんだ!無駄なエネルギーを使うな!」

「くそっ……」


「……頼みの綱も切れたようだな。
さぁ……そろそろフェレ城を陥落させようか。
それがリキア侵略の幕開けの合図だ」


ラグナスはそう言って、フェレ城に向かって飛んでいく。

「まずい……城に向かってる!」

「エリウッド様達が危ない!」

「どうしよう……エリウッド様……
ロイ……!」



激しさを増す灼熱の炎の渦を突破する術はなく、ロイの生死を確かめることもできない。


彼らは今まさに、絶体絶命の状況下にいた……
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