若き獅子
「……ここがフェレ城です!」
「わぁ……」
目の前に広がる、塀に囲まれた広大な敷地。
その大きさはファイター達の住む屋敷と並ぶほど。
「ここがロイの生まれ育ったお城……」
「……でけぇな」
「ああ……予想以上にな」
こうして見ると、ロイはやはり貴族の息子なのだ……と実感する。
普段の生活を見ていると忘れてしまいがちだが。
「どうぞ中へ……エリウッド様がお待ちです」
ピカチュウを筆頭に、ファイター達は客間へと通された。
そこにはエリウッドの他、ウォルトやアレン、マーカスなど、ロイの身を案じる家臣達が集まっていた。
「エリウッド様!」
「ああ……もう到着したのか……早かったね」
エリウッドはファイター達に向かって笑顔を見せるが、明らかに元気がない。
ロイの安否が分からず不安な中で気丈に振舞ってくれているのだと、マルスは胸を痛めながら頭を下げる。
「お久しぶりです、エリウッド様」
「急に応援を要請してしまってすまない……
よく来てくれたね」
「お気になさらないでください」
「そうそう、俺達ヒマだからな」
マルスとエリウッドの間にファルコンが割って入る。
……以前エリウッドがスマッシュシティを訪れた際に出来た、同い年の友人。
「ファルコン、君も来てくれたのか」
「あぁ、ロイは大事な仲間であり……その父であるお前は俺の友だ。来ない理由がないだろう?」
「……ありがとう」
「大丈夫だ!俺たちが来たからには、ロイは絶対に助け出すさ」
根拠の無い自信。
けれどエリウッドには、それがとても頼もしく見えた。
「ウォルトにーちゃん、ひさしぶりー!」
ピチューはウォルトを見つけるなり、ダッシュで駆け寄り胸に飛び込んだ。
「久しぶりだね、ピチュー」
「なんとっ……鳥が喋っているだと!?」
「……まぁ驚くよな、フツーは……」
「鳥じゃねぇ!ハヤブサだ!」
「ちげーだろキジだろ」
「き……狐に黄色いネズミまで……!?
ううむ……わしも老眼が進んだようですな……」
「平常だから安心しろ」
マリナスやマーカスは見たこともない不思議な生き物たちに目眩を起こしている。
「以前来たあの巨大な右手も君たちの仲間なのか?危うく我が槍で一刺しにしてしまう所だったが」
「あぁ、マスターハンドか。一応俺たちの主……みたいなもんだ、あれでも。
あの時は驚かせて悪かったな……」
マリオはかつてマスターがいきなりフェレ城を訪問した時のことをアレンに謝罪した。
ピチューやカービィが部屋中を駆け回り、他の者がそわそわして落ち着かない中で、ただ一人マルスだけは冷静だった。
「……改めて……
マスターハンドから話は伺いました。ロイが謎の男に連れ去られたと……」
「……ああ……大変な事になってしまぅた……」
いつも陽気でマイペースなエリウッドだが、今回ばかりは深刻な事態に深いため息をつく。
それを見て、騒がしかったファイターも静かになった。
「……ロイがかつて、封印の剣で魔竜の少女を救った話は聞いているかい?」
「はい……何となくなら」
「……魔竜っていうのは元は神竜で……心を壊されて無理矢理魔竜にされちゃったんだって……
……それでその魔竜の生み出す戦闘竜を使って……大陸全土を脅かしたんだって……」
「そう。そしてロイは封印の剣を使い……その哀れな少女を救った。
今はナバタの里で……幼い神竜の少女や仲間達と穏やかに過ごしているらしいが……
心を奪う術は解けても、完全に元通りにはならなかった……」
それを聞いて、全員が押し黙る。
野望のために人為的に心を奪われ、笑うことも泣くことも忘れ、全てを台無しにされた少女のことを思うと、酷く胸が痛んだ。
「記憶も感情もなく……ただ主の命令に従うだけ……」
「……もしロイがそんなことになったら……」
「……想像するだけで恐ろしいな」
「じゃあ、そうなる前に助けねーと!」
だが、エリウッドは首を横に振る。
「……奴らのことだ……
きっと、ロイはもう……奴らによって……」
「そんな……!」
「じゃあどうすればいいの!?」
「……だからエリウッド様はあなた方を呼んだのです」
そう言ったのはランスだった。
「ロイ様と絆の深いあなた方の言葉なら、ロイ様が心を無くしてしまってもきっと届く……
あなた方との絆がロイ様を救えるかもしれない……
エリウッド様はその望みにかけたのです」
「絆……か……
あんまり自信ないけどな」
マリオは恥ずかしそうに顔を赤くした。
「いえ……ロイ様にとって、あなた方との絆はかけがえのない大切なものです。
昨日帰国なされた時も、あなた方の事を楽しそうに話されていました」
「ロイが……?」
「うん。ロイはそちらの世界に行って、君達のような友達を得てから……本当によく笑うようになった。
……自分の能力のせいでずっと寂しい……辛い思いをしてたから、それを理解してくれる仲間や友達が沢山できて、本当に嬉しかったみたいなんだ。
……今までにないくらい、幸せそうな顔してた」
エリウッドの言葉に、マーカスやウォルトも頷く。
「…………」
ロイの無邪気な笑顔が脳裏に浮かんでは消える。
ロイの苦労も楽しみも分かち合ってきたピカチュウは、何ともいたたまれない気持ちになった。
「こうしちゃいられねぇ……早くロイを助けねぇと!」
「待てピカチュウ!助けるっつったって、ロイがどこにいるかもわかんねーじゃねーか!」
「……ロイを連れ去った賊は、エレブ動乱を起こしたベルン王国の前国王……ゼフィールとの繋がりがあると確認されているが……」
「じゃあ、そのベルン王国に行きゃあ何とかなんじゃねーの!?」
「繋がりがあるからって、必ずしもベルンにいるとは限らないよ」
「……ああ。それに、ベルンには既にこちらの状態を伝えておいた。
向こうは向こうで、何かあればギネヴィア女王が動いてくれるはずだ」
「ギネヴィア女王?」
「……ゼフィールの妹君で現ベルン王国の女王だ。
かつて、兄の悪事を止めるためにロイと行動を共にし……ファイアーエムブレムを託した人だ」
「……なら、ベルン王国はギネヴィア女王に任せておけば……」
「うん」
「でもこのままじゃ……!」
いつもは冷静なピカチュウだが、今はロイを助けたい気持ちばかりが先を急いでしまい、冷静さを欠いている。
「……ロイはもう洗脳されている確率が高い……
必ず向こうから仕掛けてくるはず……それを待つ他ない……」
「そんな……」
「……闇雲に探しても見つかる可能性は低いよ。
エトルリア王国にベルン王国……リキア地方……イリア地方……サカ地方……ナバタ砂漠……西方三島……
エレブ大陸は広大だからね」
「……ちくしょう……」
ピカチュウは悔しそうに体を震わせる。
「大丈夫だ、奴らがロイを利用する気なら、……少なくとも命を奪うことはしない……」
しばらく黙っていたアイクだが、熱くなったピカチュウを見かねて少しでも気持ちを落ちつけようとする。
「……奴らは必ず攻めてくる。
どんな状態だったとしても、生きてさえいればロイは助けられる!
今はその時のために……力を蓄えるんだ」
「…………わかったよ」
本当は所在がわかれば、すぐにでも飛び出していきたい。
そんな逸る気持ちを抑えて、ピカチュウは冷たい石畳の上にぺたんと座り込んだ。
ひとまずの話し合いは終わった。
フェレ城でファイター達の昼食まで用意してくれる、ということになり、料理が得意なリンク達は手伝いのためキッチンへ向かった。
「僕も何か、手伝えることないかな」
全く知らない土地なのに、「王子」と言う理由だけで手厚い扱いを受けていたマルス。
むしろ進んで雑務を率先する性格のため、何もすることがなくて逆に落ち着かなかった。
そんな時……
「……マルス君」
「エリウッド様……?」
声をかけたのはエリウッドだった。
マルスに微笑みかけてはいるが、やはり元気がない。
「エリウッド様、大丈夫ですか?」
「うん……ロイは無事だって信じてるんだけどね……
どうしても不安が拭えなくて……」
「……エリウッド様がご心配なされるのもわかります。
ロイはエリウッド様の一人息子……
ニニアン様の……忘れ形見なんですよね」
「……うん」
だが、エリウッドにはそれだけではない、別の不安があるようだった。
「……マルス君……
君に……頼みたいことがあるんだ」
「……何です?」
「君達のことは心から信じてる……
でももし……もし自我が取り戻せなければ……ロイはただ暴れ続け、大陸全土を襲うだろう……
そうなってしまえば奴らの思う壺……
……最悪の場合……ロイを封印しなければならない……」
「…………!」
ロイの心が救えなければ、ロイは悪逆の限りを尽くし、いつかは大陸を滅ぼしてしまう。
そうなる前にロイを止めるには、地竜メディウスを二度眠らせたこの神剣ファルシオンで、ロイを封印するしかない……
そしてそれが出来るのは、かつてメディウスと戦った初代国王アンリの血を引く、マルスだけなのだ。
「……その時は……マルス君、辛いだろうが……頼んだよ」
「……はい……」
マルスは自信がなかった。
ロイを弟のように思っている自分に、彼を封印することなど出来るのだろうか。
「(……辛い役割だ……)」
そうならないように、ロイが心を取り戻してくれることを祈るしかない。
マルスは自分の腰に下げたファルシオンを見つめながら、ただひたすら願っていた。
どうかこの剣で、ロイを斬る結末にだけはならないでくれ、と……