若き獅子


「わあぁぁ!」

「逃げろーーー!!」


商店街の外れの方から、何やら悲鳴や怒鳴り声が聞こえる。


「……なんだ!?」

「向こうの方からだねぇ……
何だか物騒な……嫌な予感がするよ……」


ロイは息を呑み、暫く様子を見ていた。

​──ガラの悪い男性が数人、逃げ惑う人々を脅し商店街を襲っている。

「……ならず者か……
フェレが豊かで落ち着いてるのを聞きつけて狙ってきたんだな……」


エリウッドが病で床に伏せてから、フェレは度々ならず者や蛮族に襲われるようになった。

病を抱えて弱った今のエリウッドなら、簡単に打ち倒せると思ったのだろう。


だが、フェレ騎士団はならず者相手に手こずるほど弱くはない。


「……まさか俺が帰ってきてるとは思ってもみなかっただろうな。
ウォルトの言う通り、鋼の剣持ってきて良かったよ」


ならず者達はすぐそこまで来ている。

「おばちゃん下がってて!」

ロイは店主を自分の後ろに下がらせると、鞘から鋼の剣を抜いた。 

どこにでもあるような一般的な剣だが、封印の剣よりも軽く扱いやすい。

そして、戦争を戦い抜いたロイにとっては目の前のならず者など敵ではない。


「やいてめぇら!この俺が相手だ!」


ならず者相手に堂々と宣戦布告。


だが、この襲撃こそが、これから起こる悲劇の幕開けとなったのだった……








その頃、フェレ城もにわかに慌ただしくなっていた。


「た……大変です!
突如山賊の集団がフェレを襲撃!城内にも数名の賊が侵入しました!」

兵士の言葉に城内がざわめく。


「山賊じゃと!?警備の者は何をしておったのだ!」

「そ、それが相手の圧倒的な力に成す術もなく……」

「……殺されたのか?」

「幸い、みな息はあります。しかし一刻も早い手当てが必要です!」

「……わかった。医療部隊を集めて、怪我をした兵士を全員そこへ……
僕達は山賊の鎮圧に向かう!
フェレ騎士団を集めろ!出撃だ!」

「はい!」

「アレン、ランス、ウォルトは城内に侵入した賊を!
他の者は兵士を連れ、近隣の村に出向き人々の保護にあたってくれ!
いいな、一人も死者を出すな!」

「はいっ!」

エリウッドの指示で、それぞれが一斉に動き出す。

フェレ城の警備兵をこともなく倒すことが出来るほどの相手……ただ者ではない。

これほど緊迫した状態に陥ったのは久しぶりだ。


「……そうだ……
マーカス、ロイは!?」

「ロイ様はまだ戻られておりません!
もしや、賊の一部と戦っておられるのかと……」

「くっ……」

「エリウッド様、貴方の類い希なる剣の才能を受け継いだロイ様なら、賊なんぞに簡単にやられることはありません!
ロイ様に剣を教えた、このわしが言うのですから大丈夫です!ロイ様を信じましょう!」

「……そう……だよね……」


ロイはきっと大丈夫。

エリウッドはそう信じて、みなの無事を祈るしか無かった。






その頃、ロイは商店街を襲ったならず者をたった一人で殲滅させていた。


「こんなの朝飯前だっつの」


だが、そんなロイの元へ近づいてくる怪しい男が一人……


「……ほう……私が差し向けた手下を残らず一人で倒すとは……
その腕前は本物のようだな」

「!?」

「かつて英雄ハルトムートの用いたという封印の剣を振るい……
若き獅子の名を轟かせた炎の子……」


一歩一歩、男はロイの元に近づいてくる。

その度にロイの背中には悪寒が走り、痛いほどにその男の危険さを全身で感じとっていた。


「フェレ侯爵エリウッドの息子……
見つけたぞ……」

「……誰だてめぇは……」



それからほんの数秒後のこと。

空が怪しく紫色に光り、轟音が地を震わせた。


それは城から様子を窺っていたエリウッドやマーカスにもハッキリと見えていた。 


「い……今のは……!?」

「闇の魔法……!? 高位の闇魔道士がいるのでは!?」

エリウッドの頭に不安感が募った。

轟音が聞こえたのは、ロイが向かったはずの商店街がある方向だったからだ。


そして……


「目的は果たした……」

「!?」

空いっぱいに広がる、くぐもった男の声。

やがて曇った空に向かって、大きな飛竜が飛び立った。

その背には黒衣の男が立っており、男の右腕には​──気を失ったロイが抱えられていた。


「……お前の息子はもらっていくぞ、エリウッド」

「ロイ!」

「自分の息子一人守れぬとは……
かつてリキア一の騎士と謳われた貴様も随分と地に墜ちたものだな」

「くっ……」

「待て貴様!何者だ!?ロイ様をどうするつもりだ!」

「すぐにわかるさ。
……一つ、忠告しておこう。
我らに抵抗するつもりなら、少しでも戦力を整えておくことだな。
その弱小な騎士団のみでは、我々に太刀打ちすることは敵わぬだろう」

「何……?」

「……さらばだ。
次に会う時を楽しみにしているがいい……」

男はそれだけ言うと、ロイを連れて遠くへ飛び去ってしまった。


エリウッドは脱力し、その場に膝をついてうなだれた。

大切な息子を守ることが出来なかった、自分の無力さに怒りさえ覚えた。


「……くそっ……」

「エリウッド様、今すぐあの男の素性を調べます!」

「安心してください、ロイ様は我々が必ず……必ず無事に取り戻して見せます!」


アレンとランスがそう言葉をかけても、今のエリウッドには何も聞こえていなかった。






その頃、スマッシュシティでは……


ロイや彼の故郷が大変な事になっているなんて知るはずもなく、それぞれが平和な時を過ごしていた。


「『流星ブレード』!」

「『いかりのてっつい』!」

「まだまだ!『ゴッドノウズ』!」

「うおりゃー!『ムゲン・ザ・ハンド』!」

トゥーンとコリンがサッカーをして楽しんでいるところに、どこかボーッとしたピカチュウが通りかかる。


「ファイアブリザ……
あっ!ピカチュウ危ない!」


反射神経に優れたピカチュウなら、いつもは軽々避けられるはず。

だが、上の空だった今のピカチュウには何も見えておらず、顔面にサッカーボールが激突してしまった。


「ピカチュウ大丈夫!?」

「いててて……
……ん? ここドコだ?」

「ちょっ……大丈夫じゃないねこれ!?」

「夢遊病!?」


あまりにボーッとしすぎて、自分が外を歩いていることにすら気付いていなかったらしい。


「……何してんだ?お前ら」

「イナズマサッカーごっこ!」

「楽しいよ!ピカチュウもやる?」

「……ハッ、やんねーよ……くだらねぇ」

「くだらないって言うなー!」

「…………」


……ふと、トゥーンはピカチュウの様子がいつもと違うことに気付いた。


「……ピカチュウ、どうしたの?何か元気ないみたい……」

「確かに……ボールに激突するくらいだもんね」

「……何でもねーよ」

「何でもねーってことないでしょ!」

「そーだそーだ!」

「…………」


ピカチュウはそっぽを向いたまま、どこか寂しそうに呟いた。


「……あいつがいねーと……全然つまんねぇ」

「あいつ?」

「俺の……悪友」

「悪友……?
………………あ!」

トゥーンとコリンは顔を見合わせる。


「「ロイ兄ちゃんか!」」


「…………」


数日経てばロイは帰ってくる。

だがピカチュウにはその数日が……
否、一分一秒さえもが果てしなく長く感じられる。


気づけばいつも一緒にいたアイツが、今はいない……

ピカチュウは心にぽっかり穴が空いたかのような寂しさを感じていた。







ロイが謎の男に誘拐されてから半日。

フェレ城は更に重苦しい空気に包まれていた。


エリウッドはほとんど口をきいていない。

ロイを助けられなかった自責の念と、不安感で頭がいっぱいになっていた。


そんな時、情報収集をしていたアレンが慌てた様子で戻ってきた。


「エリウッド様!マーカス様!」

「おおアレン、何かわかったのか!?」

「はい!奴らはロイ様が討伐なされた、前ベルン国王ゼフィールとの繋がりがありました……
ゼフィールの野望は……まだ完全に潰えてはいなかったのです!」

「何だと……!?」

「奴らはロイ様に氷竜の力があることも知っていた……
ロイ様がご自分の力を完全に掌握出来るようになるこの時を待って、奇襲を仕掛けてきたのです!
奴らはロイ様を利用し……再び大陸に戦争を起こすつもりなのです」

「ま まさか……それじゃロイもイドゥンみたいに魔竜にされるんですか!?
心を壊されて……主の命令だけ聞くように……!」

ウォルトの言葉に、広間は一層騒がしくなる。

それはかつてロイと共に魔竜と戦い、真実を知った者なら誰もが恐れる最悪の事態。


「…………」

エリウッドの体は震えていた。


封印の剣を使えるのはロイだけ。

そのロイが魔竜となってしまえば、自分達の力だけではどうにもならない……


「……ランス……」

「はい」

「スマッシュシティにいるロイの仲間達に……状況を伝えてくれ……
彼らならきっと力になってくれる……
もしロイがどうにかなってしまっても……彼らならきっと……!」

「……わかりました!お任せください!」



エリウッドはスマッシュファイター達に望みを託した。


ロイと強い絆で繋がった彼らなら、きっとロイを救うことができると信じて……
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