若き獅子


そして2日後……


ロイは氷竜の姿になり、故郷であるエレブ大陸を目指していた。

普通に行けば何日もかかる距離だが、飛んでいけばあっという間。


僅か数時間足らずで、ロイは大陸南部に位置するリキア地方、フェレに到着した。


人気のない荒れ地に降り立ち、誰にも見つからないうちに人間の姿に戻る。


「……フェレのみんなは俺が竜化できるようになったこと、知らねーからな」

竜のままで人前に出れば、人々を怖がらせたり、攻撃されたりしてしまうかもしれない。


「……つまりみんなはまだ俺のこと……中途半端で不完全な……危なっかしい化け物だって思ってるわけだ」

人々の冷たい視線が自分に降りかかる様が、頭の中に浮かんでくる。


「……俺が完全に竜の力を使いこなせるようになったってこと……みんなが知れば、多少は変わるのかな」


だが、それを知ってもらう術など無い。


ロイは切ない気持ちになりながら、フェレ城を目指して歩き出した。





幼い頃から何度も歩いてきた馴染み深い道。

改めて、故郷に帰ってきたのだという実感が湧く。

毎年、こんな風に帰郷した嬉しさやワクワク感を味わうのがロイは好きだった。



暫くして、目の前に大きな城が見えてきた。

それを見た瞬間、懐かしさと嬉しさが込み上げてくる。


走って城門に向かうと、そこには数人の家臣と、大好きな父エリウッドの姿があった。


「父さん!」

「ロイ!」

相手の顔を見た瞬間、お互い嬉しそうな笑顔を見せる。

ロイは父の元に駆け寄り、勢いよく抱きついた。


「ただいま!」

「おかえり……元気にしてた?」

「父さんにはこないだ会ったばっかりじゃん……
……元気だよ。
アレンとランスも元気だった?」

「はい、ロイ様!」

「毎日欠かさず訓練に励んでおります」

赤髪が印象的なアレン、緑髪が目立つランスと会うのも一年ぶりだ。


「父さん、手紙に吐血したって書いてたけど大丈夫?」

「あはは、この通り大丈夫だよ」

「ホントに?
父さん病弱な割に頑丈だとは思ってるけどさ……念の為お医者さんに一度診てもらった方がいいんじゃない?」

「そんなに心配しなくても大丈夫だって」

だが、ロイはそんな自信過剰な父が心配だった。

「そーやって過信するなよ!
そんなこと言って倒れたりなんかしたらどうすんだ!
……父さんまでいなくなったら……どうすりゃいいんだよ……」

「……ロイ……」

父を本気で心配しているからこそ、つい荒い口調になってしまう。


「……父さんは生まれつき身体弱いんだから……少しは考えて行動しなきゃ……
1人で何日も旅に出たり勝手に城抜け出してあっちの世界に来たり……
自分の身体労らなきゃダメだよ……」

「……そうだね、ごめん……」

「……俺はまだ子供だし……父さんみたいにフェレを守っていける自信ない……
まだ教えてもらわなきゃいけないことだって……沢山あるんだから……」

「……うん……ごめん」

帰郷早々に息子を心配させてしまうなんて父親として情けない。

エリウッドはそう反省しながら、ほんのり涙目になったロイを優しく抱きしめた。



「……とりあえず中に入りなよ。長旅で疲れたでしょ」

「うん……ずっと飛び続けの歩き続けだったからクタクタだよ」

そう言いながら、ロイは腕を伸ばしたり肩を回したりした。


「マリナスがお菓子焼いて待ってるって」

「ほんと?やった!」

ロイは嬉しそうな顔で、真っ先に城の中に入っていった。


「やれやれ、ロイ様は相変わらずお元気そうだなぁ」

「ああ。向こうでも上手くやられているようで安心した」

「日々良い刺激を受けてるみたいだからね。
さ、僕達も城に入ろうか」

「はい」


ロイが無邪気に走っていった後ろを、アレン、ランス、エリウッドもついていく。



この時はまさかフェレを襲う悲劇が待ち受けているなんて、まだ誰も予想だにしていなかった……







フェレ城では帰ってきたロイを囲んで、それぞれ楽しい話に花を咲かせていた。


ロイがスマッシュシティで過ごしてきた日々の事は、フェレを離れたことのない家臣達にとって夢のようにワクワクする話。

ロイにとって当たり前になったことも、フェレでは全く未知の世界なのだ。


「マリナスのお菓子は相変わらずうめーな!」

「お褒めに与り光栄でございます、ロイ様」

「ロイ様は相変わらず凄まじい食べっぷりですな……
しかしマリナス殿、この焼き菓子……わしにはちと甘すぎますな」

「はて、そうですかな?このくらいが丁度良いかと思いますが……」

「いいや、明らかに砂糖が多いですな。これでは素材本来の味を損なってしまう……」


フェレ家の重鎮であるマーカスとマリナスのそんな会話も、ずいぶん昔からの恒例行事のようなもの。

ロイは懐かしさに浸りながら、二人の横でくすくす笑っていた。


「こんなに甘くては年寄りのわしの血糖値は上がる一方ですな。もう少し甘さを控えてみては……」

「何だよマーカス文句ばっかり言って!
なんなら俺が食ってやる!」

「あっ……ロイ様!別に食べないとは……」

「血糖値上がっちまうんだろ? ん?」

「うぐ……」


テーブルの周りに明るい笑い声が広がる。

久々に仲間と再会出来たこともあり、こんな小さなティーブレイクさえも、ロイは楽しくて仕方なかった。




「俺、ちょっと城下町散歩してくる!」

「ああ、気をつけて行っておいで」

「ロイ、念のため護身用の剣、持ってった方がいいよ!」

「うん! ありがとウォルト!」

ロイは封印の剣を大広間の壁に立てかけて、武器庫へと走っていく。

「ロイ様……伝説の剣をこんなところに置き去りにするとは……」

マリナスが頭を抱えていることも露知らず、ロイは城を飛び出し城下町へと向かっていった。

まるで台風のようなロイの行動に、マーカスはやれやれ、と息をつく。

「せっかくのご帰郷、ゆっくりなされば宜しいのに」

「ああやって行動的なのがロイの良いところだよ」





ロイは城下町の中心に位置する商店街の大通りにやってきた。


「……この商店街に来るのも久々だな」


自然いっぱいでのどかなフェレで、ここは一番賑わっている中心地。

小さい頃から「人々の働く姿を自分の目でしっかり見て、常に人々の為になるよう行動するように」と、よく連れてきてもらっていた。


「やっぱり市街地だけあって、一年でだいぶ変わるんだな」


昔から馴染みのあるお店、新しく出来た見たことのないお店を、ロイはゆっくり見回り歩いていく。


そんな時……

よそ見ばかりして歩いていたロイは、前から歩いてきた人物に気づかず正面衝突してしまった。

「……ってぇな……前見て歩きやがれ!」

「あっ……ごめんなさい!」

慌てて謝ると、ぶつかった青年の表情が急に変わった。

そして何も言わず、傍にいた恋人らしき女性と一緒に去っていく。

去り際にロイを見つめる視線が、恐怖や恨みをも感じさせた。


「……あいつだろ、災厄の獅子ってのは……」

「……そうよ……近づいたらどうなるかわからないわ」


そんな会話も、ロイの耳に入ってきた。


「……災厄の獅子……か……」


10歳のあの頃から、名前を出さずに蔑む時に使われるようになった二つ名。


「(やっぱり……みんなが俺を見る目はまだ変わってない……)」


いくら時が経っても、大陸全土に英雄として名を轟かせても、そう簡単に人は変わるものじゃない。

そんなことはわかっているし、馴れているつもりだったが……
愛する故郷で、いつか自分が守っていかなければならないこの地で、未だに『災厄の獅子』と呼ばれ嫌われるのは、やはり辛かった。



「……はぁ……」

急に気分が沈み込んでしまった。

「(……お城でおとなしくしてればよかった……)」


そこまで考えて、素直に引き返そうとしたとき……







「おや、ロイ君じゃないかい?」

「…………?」

ふと、ロイを呼び止める誰かの声が聞こえた。


「こっちこっち、ロイ君」

声がする方を振り返ると、そこにはふくよかな中年女性がいた。

ロイが小さい頃からお世話になっている、果物屋の店主だ。

暗かったロイの表情もパッと明るくなる。


「おばちゃん!」

「久しぶりだねぇ、いつ帰ってきたんだい?」

「ついさっきだよ。
おばちゃん、体調大丈夫なの?
去年来たときは、体調崩してお店休んでたでしょ?」

「ああ、あの時は過労がたたってしまってねぇ……
でもいつも来てくれるお客さんの為にも、辞めるわけにはいかないと思ってね……
ロイ君も、こうして来てくれるし」

「そっかぁ」


ロイはこの店主のことが大好きだった。

折れそうなロイの心をいつも明るく照らしてくれた。

だからこそ、昨年店を休んでいると知ったときは本当に心配していたのだ。


「ねぇ、このイチゴいくら?」

「10個で20Gだよ」

「随分安くなったね」

「今年は豊作だからね……良いものが安く、たくさん売れるんだよ」

「そうなんだ」

ここの店の果物は全て、店主とその旦那さんが自家栽培しているもの。

特に今年は天候が良く、野菜や果物が例年以上に豊富に実ったらしい。


ロイはしっかりお金を払い、真っ赤に熟したイチゴを頬張った。

「美味しい!おばちゃんのお店のイチゴ、いつ食べても美味しいな!」

「そうかい、嬉しいねぇ」

「……ここでイチゴ食べると、初めて来た時のこと思い出すな」


一番最初にここを訪れたのは、嫌なことがあって酷く落ち込んでいた時だった。


『ほらロイ見てごらん、ロイの好きなフルーツがいっぱいあるよ』

『…………』

『ロイ君っていうのかい?良い名前だねぇ』

『ロイはイチゴが好きだったよね?ここのイチゴは美味しいんだよ』


そうして食べさせてもらったイチゴは、ロイの想像を絶する美味しさだった。

真っ赤なイチゴは落ち込んだロイの心まで明るく染めた。

一瞬にして、ロイに笑顔をもたらしてくれたのだ。


「あの時に見せた無邪気な笑顔、よ~く覚えてるよ。
今と変わらない……可愛い笑顔だったねぇ。
あの頃おとなしかった子が今はこんなに明るくなって……おばちゃん嬉しいよ」

ロイ波導イチゴを頬張りながら、恥ずかしそうに笑った。

頬までイチゴのように赤く染まっている。



「……ごちそうさま!すげー美味かった!」

「ありがとねぇ」

「……さて、そろそろお城に帰ろうかな……」



​──その時だった。
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