若き獅子
──ロイ、あなたは大切な人を護れる……
強い獅子になりなさい……──
スマッシュシティではいつものように平和な時を刻んでいた。
ある場所ではスマートボムが爆発し、またある場所ではワープスターが壁に激突し、そのまたある場所ではどせいさんの投げ合い合戦……
そんないつもと変わらぬ日常の中で、ロイの元に一通の手紙が届いた。
それはやがて故郷フェレにも、この屋敷にも、大きな波乱を巻き起こすことになる。
事の発端はまだ強い日差しが照りつける、残暑の厳しい夏のことだった。
その日、ピカチュウは友の元に届いた手紙を手に、屋敷をさ迷い歩いていた。
「なぁ、ロイどこにいるか知らねぇ?」
「ロイ兄ちゃんならさっき学園モノのドラマ見ながらと●がりコーン貪ってたけど」
「え?マイクラで自慢のお豆腐ハウス作ったのにクリーパーに爆破されて放心してなかった?」
「漫画ルームでドラ●ンボール読むのに没頭してるんじゃ?」
「ちがうよ、サッカーコートで『アストロブレイク!』とか『皇帝ペンギン2号!』とか言いながら必殺シュートの練習してたよ」
「ああ、『デスソード』とか『フォルテシモ』とか言ってたね」
ネス、リュカ、コリン、トゥーン、ポポといった子供達の数々の目撃情報を聞いているうちに、ピカチュウの頭にはふと、疑問が浮かんだ。
「……なぁ、一つ聞いていいか?」
「ん?」
「あいつホントに貴族なのか……?」
「……たぶん」
「多感な時期の男子中学生にしか見えないんだが」
「まぁ、年齢的にはそうだし……」
誰しもが彼の出生を疑う行動。
中高生と言うより、むしろ小学生と言ってもいいかもしれない。
そして、マルスの口からまた新たな目撃情報が。
「……ロイなら、ほんの少し前に屋内プールに行くのを見たよ」
「マジか」
「うん。何だか泳ぎたい気分なんだって言ってた」
「そうか、ありがとな」
マルスの情報を聞いて、ピカチュウは屋内プールに向かった。
この屋敷には屋内と屋外の両方にプールがある。
夏場は子供達が屋外の冷たいプールに入るため、屋内の温水プールが使われることはあまりない。
それを知って、プールを独占しようと思ったのだろう。
プールを覗いてみると、そこには広いプールの一番端っこのコースで、半分溺れかけながらも必死に泳ごうとしている、赤毛の少年の姿があった。
彼こそが、ピカチュウが探し歩いていた少年――ロイだ。
ロイが足をついたのを見て、ピカチュウは小馬鹿にするようにケラケラ笑う。
「なんだお前その泳ぎ方、ヘッタクソだなー」
「なっ……ピカチュウ!」
ロイは恥ずかしそうに顔を赤くした。
まさか見られていたとは思わなかったのだろう。
「まさかお前がカナヅチとはな」
「カナヅチじゃねーよ!ちゃんと進んでんじゃん!
ほら、さっきより3m進んでんじゃん!」
「全力で泳いだつもりで3mしか進まない奴をこの国ではカナヅチってゆーんだよ」
「3mは泳げてんじゃん!」
「往生際が悪いなおめーは……
どう見てもフォームがおかしいぜ。下半身沈んでたし赤毛のガキが溺れてるようにしか見えねぇ」
「う……」
「お前コリンにでも1から水泳習った方がいいぞ」
「……水泳苦手なんだよ」
「意外だな、お前スポーツ得意な方なのに」
「陸と水じゃ全然違うからな。むしろスポーツだって球技だけだよ、得意なの」
ロイはそう言いながらプールから上がってきた。
反動で水着がちょっと脱げかける。
「……で?お前は俺をからかいに来たのか?」
「いや、お前の親父さんからまた手紙が来ててな。それを渡しに来た」
「そっか、悪いな」
「はいよ。しっかり渡したからなー」
この世界に来てからも何十回と受け取った父からの手紙。
わかりやすい父の筆跡で宛名が書かれ、家紋が入った封蝋がされている。
「さて、俺も一泳ぎすっかな」
役目を果たし、軽く準備体操をしたピカチュウがプールに飛び込む。
ロイはタオルで体を拭きながら、プールサイドの椅子に腰掛け、手紙を読み始めた。
『ロイへ
ロイ、元気でやっていますか?
父さんはこないだちょっと吐血したけど大丈夫だよ』
「全然大丈夫じゃねーだろ!」
『アレンとランスのお陰もあってフェレは安泰だし、ウォルトも『ロイを護れるように』って毎日頑張ってるよ。
リリーナもロイの顔が見たいって言ってたし……
それからそれから、こないだ僕の周りでちょっとした出来事があってね……』
「相変わらずどーでもいいことを……」
特に重要でもない父のくだらない世間話は軽く読み飛ばす。
『それで……今回手紙を書いたのにはちゃんと理由があってね……
まぁ、ロイならもうとっくにわかってると思うけど……』
「…………」
手紙を読み終えたロイは何も言わずに立ち上がると、そのまま更衣室に向かって歩き出した。
「何だ、もう泳がねーのか?」
「……ああ。ここ数日……ちょっとドタバタする用事があるから」
「……ふーん、そっか」
ピカチュウは特に追求することもなく、再び楽しそうに泳ぎ始める。
一方のロイは先程までと一変し、どこか深刻そうな、切ない表情をしていた。
プールを後にしたロイが真っ先に向かったのは終点。
ここには創造神マスターハンドと、破壊神クレイジーハンドという両極端の神がおり、この世界の秩序を保っている。
「……マスター」
「あれ、ロイ?どうしたのー?」
「いや……ちょっと報告。
明後日から数日……ここ留守にするから」
「留守?実家にでも帰るの?」
「……ああ。
もうすぐ……母さんの命日だから」
それを聞いたマスターのせわしない動きがピタリと止まる。
「……そっか、そうだったね……」
「……久々の帰郷だろう、ゆっくりしてくるといい。
仲間との積もる話もあるだろうからな」
「お父さんによろしくね」
「……ああ」
マスターとクレイジーへの報告を済ませたロイは、今度は何か腹ごしらえをしようとキッチンに向かった。
確か、昨日作り溜めしていた激辛カレーライスがあるはずだ。
そんなことを考えながら歩いていると、仲良しのピットとすれ違った。
「あれ、ロイどこか行ってたの?」
「ん……マスターのところにな」
「そっか」
……ふと、ピットはロイの顔をじっと見つめる。
「? なに?」
「いや……何て言うか……ロイ、凄く寂しそうだから」
「……天使様にはバレバレか」
天使であるピットは周りの人物の感情を察知することが出来る。
故に嘘は見破られてしまうし、そう簡単に隠し事も出来ない。
仲の良い友達だということもあり、ロイはピットに話すことにした。
「……そっか……お母さんの……」
「ああ」
「……ゴメン、聞かない方が良かったかな……」
「いや、いいんだ。俺、母さんとの思い出あんまり無いから」
「……前に写真見せてもらったけど……
ロイのお母さん、すっごく綺麗な人だよね」
「……ああ。俺の自慢だ」
あまり記憶にはないけれど、父から母のことはいろいろ話して聞かせてもらったことがある。
とても美しくたおやかで、優しい女性だった、と言っていた。
「いいなぁ、ロイのお父さんはカッコいいしお母さんは美人だし……何だか羨ましいや」
「へへ……いーだろ」
ロイは嬉しそうにはにかんだ。
親を大切に思っているロイは、両親のことを良く言われるのが何より嬉しいのだ。
「お墓参りもだけど、フェレに帰るの自体久々だから……何だか楽しみだなぁ」
「ロイが暫くいなくなっちゃうのは寂しいけど……ゆっくりしておいでね」
「うん」