救いの手
マスターが『創造の間』にこもり姿を見せなくなってから5日。
あれからロイも調子が良く、平和な時を過ごしていたのだが……
その日、突然状況は一変した。
「……はぁ……はぁ……」
「……ロイ君?どうしたの……?」
ピーチと一緒に楽しく話していた時に、再び発作が起こってしまった。
「アイク!ロイの具合が……」
「何……?」
「早く来て!」
マルス、アイクも話を聞き付けてロイの部屋に集まる。
既にそこにはピットとピカチュウも来ていた。
「う……ぐぅっ……」
ロイはベッドの上で苦しそうにもがいている。
その症状は今までで一番重く、命の危険を感じさせた。
「ロイ大丈夫!?しっかりして!」
「一緒に話してたら急に苦しみ出したの……」
泣きそうな声で状況を説明するのは一番側にいたピーチ。
「いつもより悪化してるように見えるな……
俺、クレイジーに知らせてくる!」
ピカチュウは部屋を出ると、電光石火を駆使してクレイジーの元へと急いだ。
「ロイ、大丈夫!?」
ロイはうっすらと目を開けると、ぼやけた視界に皆の姿を捉えた。
「……っ何で……みんな……俺なんかのとこに……」
「決まってるでしょ!?君が心配だから……」
「心配なんかしてくれなくていい……!」
「ロイ……」
「……こんなのもう、いつもの事だろ……心配なんてしなくても、そのうち良くなるから……」
「無茶なこと言わないでよ!こんな状態なのに放っておけるわけないでしょ!どんどん悪化してるの、自分が一番よくわかってるでしょ!?」
気を使われるのが嫌なのはわからなくもない。だけど、心配するななんて、言われても聞けるわけがない。
ふと、アイクはあることに気づく。
「……なぁ、おかしくないか?いつもならもう勝手に姿が変わっていただろう?」
「……そう…だね……?」
「……竜に……なるどころか……なんだか、意識が遠く……なってきた……」
おそらく今のロイには、もう竜になる体力すら残っていない。
行き場を失い暴走する力は、ロイの生命力そのものを奪っていく。
「ロイ!」
「しっかりして!」
このままでは本当に命が危ない……
その時、部屋のドアが開き、息を切らせたピカチュウが入ってきた。
「ロイ!」
「ピカチュウ!?」
「マスターから預かってきたんだ…… これを握れ!」
ピカチュウはロイの手に何かをぎゅっと握らせた。
するとそれは淡い光を辺りに放ち、やがて荒かったロイの呼吸が穏やかになった。
「ロイ、大丈夫!?」
「…………?
……何だろう……楽になった……」
手放しかけた意識がふっと戻る。
ふと、ロイはピカチュウに手渡された物を見つめた。
それは美しい装飾が施された、紺碧の小さな玉。
「……これは……?」
『……それは『竜玉』だ』
「クレイジー!?」
テレパシーで話しかけているのか、頭の中に直接クレイジーの声が聞こえてくる。
『……まぁロイ達の世界でいう竜石のようなものだ。マスターが竜石を元にひたすら研究し……5日間飲まず食わず眠らずで作っていたものだ』
「え……」
『まだ完全に完成したわけではないが……力を封じ込めるのは上手くいったようだな。
本当にギリギリだったが……これでもう大丈夫だ。間に合って良かった』
「……ということは……成功したのか?」
『あぁ。伊達に創造神やってないってことだな』
いつもバカにしているけれど、やっぱりやる時はやるんだな、と皆は感心した。
『具合が良くなったら終点に来い。それはただの応急処置にすぎん……
お前の中の全ての竜の力を移すには、神の力と十分な空間が必要だからな。マスター曰く、これから最終仕上げ……だそうだ』
数日後……
「ロイ、もう大丈夫なの?」
「うん。クレイジーに呼ばれてるからな」
すっかり具合の良くなったロイは、竜玉を手に終点へ向かった。
「マスター、クレイジー、いる?」
「……やぁロイ、来たんだね」
終点に来たロイの目に入ったのは、力なく横たわる右手──マスターハンドだった。
「……マスター!?一体どうしたんだよ!?」
「ちょっとね……力を使いすぎちゃった……
こんなに頑張ったのは『この世界』を作ったとき以来……いや、さすがにあの時よりはマシかな?」
竜玉を作るのに、創造神としてのほとんどの力を使ってしまったらしい。
それほどに難しいことだったのだ。
「でもマスター、どうして……」
「ロイに竜石効かなかったの、創造神である私のせいだからさ……ならしっかり責任は取らなきゃって思ったんだ。
それに、みんなに頼まれて……願われたから。 その『願い』が力になって、頑張れたよ」
「マスター……」
「正直かなり手こずったけど……創造神たる私に不可能はないんだよ」
「タブーに利用された挙げ句あっさりやられたのはどこのどいつだ」
「クレイジーそれ言わない約束でしょ~……」
いつの間に現れたのか、クレイジーはマスターを嘲笑うように見つめる。
「クレイジー……」
「待たせたな、このバカがぶっ倒れたせいで仕事が片付かなくてな。
さて……本題だ。竜玉を渡してもらえるか?」
ロイは首から下げていた竜玉を外し、クレイジーに手渡した。
「マスターは動けないから、私が今からお前の中の氷竜の力をこの竜玉に移す。少しつらいが我慢しろよ」
ロイが頷くと、竜玉が強い光を放ち、ロイの体全体を覆った。
やがて、ロイの体から青白いオーラが見え始める。
──竜の力だ。
「ぐっ……うぅ……っ」
竜玉から放たれた光は竜の力を吸い取り、辺りに強いエネルギーを生み出した。
マスターでも踏ん張らないと吹き飛ばされてしまう程の強いエネルギー。
こんな強大な力がロイを蝕み、また本人はそれと戦っていたのかと、クレイジーは改めて驚く。
やがて、エネルギーは小さくなり、ロイの中にあった力も全て竜玉の中へと移された。
光が消えた途端に、脱力したロイがその場に倒れる。
「……大丈夫?ロイ」
飛ばされないように終点の端にしっかりしがみついていたマスターが尋ねると、ロイはゆっくり起き上がった。
「はぁ……はぁ……」
「気分はどうだ?」
腕を振り回してみたり、軽くジャンプしてみたり、体を動かしてみると変化がよくわかる。
「……なんか……すっげー体が軽くなった感じ」
「……成功だな。さて、あとは……」
マスターがよろよろと起き上がり、クレイジーから竜玉を受け取る。
「あとは、最後の仕上げ……ロイがいつでも人と竜の姿を切り替えられるように、最後の力を込めないと」
「最後って……」
「あはは、そっちの最後じゃないから大丈夫だよー、そもそも私、簡単にくたばるつもりないし」
そう笑いながら、マスターは力を集中させる。
「これをこうして……調整はこのくらいで……」
「……なんか、難しそうなことしてるな」
「力加減を間違えると全てが台無しだからな。声をかけずに見守ってやってくれ」
普段、どうでもいい銅像なんかをホイホイ作る姿しか見た事がないせいか、こうして真面目に何かを創り出すマスターの姿は、なんだかとても新鮮に見えた。
そのまま30分ほど待っていると──急にマスターが倒れ込んだ。
「マスター!?」
「……はぁ〜……やっとできた……もう無理だぁ……動けない〜〜」
「大丈夫……?」
「3日くらいは動けないかも〜……
……はい、これが正真正銘、完成系の竜玉だよ」
ロイはすっかりくたびれたマスターから竜玉を受け取った。
なんだか、さっきよりも輝きを増している気がする。
「ちょっと試しに変身してみてくれない?
竜玉に意識を集中させて、竜になりたい〜って念じれば大丈夫だと思う」
「う……うん、やってみる」
ロイは目を閉じ、竜玉に意識を集中させた。
すると、ロイの姿は冷たいオーラと共に氷竜へと変化した。
「……できた!」
「よかったー、ちゃんと上手く出来てた」
マスターは安心したように笑った。
翼を動かしてみたり、終点の周りを飛んで一周してみたり。
「……凄いな、気分がいつもと全然違うよ」
今まで苦痛の果てに変化していたこの姿であったが、今は全くそんなことはない。
これで、竜としてのもう一人の自分を素直に受け入れられる。
そして何かあっても、この力で皆を助けられる。
ロイはそれが嬉しかった。
「戻りたい時は、戻りたーいって念じてね」
「えーと……こうかな……」
ロイが念じると体が光に包まれ、ロイの姿が元に戻った。
「うん、戻るのも問題なし、と……私ってば完璧な仕事したな〜」
いつもならイライラするであろうそんなセリフが、今はとてもありがたく思える。
「これからは自分の意思で自由に竜化したり解くことができる。肌身離さず持っておけ。
ただし乱闘の時は外すんだぞ。持ち込んだ時点で緊急停止装置が作動してしまうからな」
「わかった」
「……ロイの力が暴走し始めたのは、成長と…ここでの毎日の乱闘が原因だろうね」
「お前は戦うのが好きだから、昔から毎日のように乱闘していたしな」
「それが竜の血に影響を与えて暴走に繋がった。だけど全部の力を移した今はもう大丈夫!強大すぎる力を恐れなくても良いんだ」
「そっか…… ありがとな、マスター。俺、本当にマスターには感謝してるんだよ。
俺なんかのために……こんなボロボロになるまで頑張ってくれて……」
「なんだよ~
そんな真面目にお礼言われると照れちゃうよ」
「……早く良くなれよな」
ロイの言葉に、マスターは恥ずかしそうに笑う。
素直に褒められることには、あまり慣れていないのだ。
その後、食堂にて……
「おかわりっ!」
「全く……具合良くなってからまた食べるようになったね?」
「しょーがねーだろ!寝込んでた分腹減ってんだから!」
勢いよく白米をかきこむロイを見て、ピットは苦笑いする。
ロイはそれまでと何ら変わらない日常生活を送れるまでに回復した。
相変わらず食欲は物凄いものである。
「ロイ兄ちゃん、空の散歩しよーよ!」
「あ、おいらもー!」
「ん?いいけど……」
「暫くは子供達に付き合わされそうだね」
マルスが楽しそうに笑う横を、ロイは子供達に引っ張られていく。
「そうと決まったらほら早く!」
「あっこら!まだ食べ終わってな……」
「いいから!」
「しょーがねぇな……少しだけだからな!」
ロイに再び明るい笑顔が戻った。
そして胸には、今日も竜玉が美しく光っている……
ーーーENDーーー