救いの手


その日はどんよりと曇った一日だった。


「うぐっ……うぅ……」

部屋のベッドで苦しそうに呻くのは赤毛の少年 ロイ。

「ロイ、大丈夫?苦しいの?」

側にいるピットが心配そうに声をかけるが、ロイは返事をすることさえ出来ない。

息も荒々しく、顔は青ざめ大量の汗が流れ落ちる。


決して病にかかっているわけではない。

だが、ロイは自分の中に眠る強大すぎる力と戦っているのだ。


呼吸をするのさえ辛そうで、見ている自分まで悲しくなって、ピットはぽろぽろと涙をこぼした。

「どうしよう、マルスさん達も呼んできた方がいいかな……」

「……いいよ……余計なことすんな……すぐ良くなるんだから……心配させたくない……」

「でも……」

「……頼むから……ほっといてくれ……迷惑なんだよ……!」

「ロイ……」

ロイが本心でそんなことを言っている訳ではないことくらい簡単にわかる。

人の感情に敏感な天使に嘘はつけない。


ロイは自分の弱った姿を人に見られることを嫌う。

大事な友人に心配をかけたくなくて、そんな言い方をしたのだ。


「……外、出る……」

「待ってロイ!この天気じゃすぐに雨が降るよ!
それにそんな体じゃ……」

「……こんなとこで竜化したら……大変なことになるだろ……」

歩くのさえ必死なほど体調を崩しているのに、ロイはフラフラな足で外に出た。

すぐにぽつり、ぽつりと雨が降りだす。


「はぁ……はぁ……」

雨に打たれ、立っていることも出来ずロイはその場に膝をついた。


……ダメだ、もう……力が爆発する……!


「うぐっ……あっ……
うあぁぁっ……!」

淡い光がロイの体を包んだかと思うと、姿を大きな竜に変え、そのまま気を失ってしまった。

ズズンッと大きな音と共にその場に倒れ込む。

「ロイ!」

すぐにピットが屋敷を飛び出し、ロイの元に駆け寄ってきた。

「ロイしっかりして!ロイ!」

声をかけても返事はない。

やがてロイはクレイジーによって運ばれ、目が覚めるまで終点で安静にしていることになった……




以前竜の力が爆発してから、ロイは度々このような症状に悩まされるようになった。

寄せては返す波のように襲いかかる苦痛は次第に激しくなり、やがてコントロール出来なくなった力が暴れだし、ロイの意思に関係なく姿が変わってしまう。

彼の苦しむ姿は見ているだけでも辛い。



以前は沸き上がるエネルギーを抑えられずひたすらに暴れ、マスターやクレイジーが何とか落ち着けてきた。

しかし、度重なる暴走を繰り返してエネルギーを使い果たし、今回のようにすぐ倒れてしまうことが多くなった。

竜化は発作のようなものであり、姿を変える度にエネルギーを使う。


だが、そのエネルギーが不十分なうちに発作が起こると、ロイ自身の生命力が奪われていくことになる。

つまり、このまま発作が続けば……



「……ロイの……命が危ない」


緊急事態ともあり、クレイジーはいつもよりさらに淡々とした声で告げる。

そこに集まっているのは、マルスやアイク、ピット等ロイと関わりの深い者ばかり。

皆を混乱させない為に、全員には言わないことにしたのだ。

「命が危ないって……」

「あれからまだ1ヶ月くらいしか経ってないのに……そんなに悪化してるの……?」

驚くアイクやマルスに続いて、ピットが今にも泣きそうな声で続ける。

「……僕、ずっと見てたからわかる……
ロイ、ここ最近竜化する度に症状が悪化してる……
すっごく苦しそうで……見てられないんだ……」


「ねぇ、どうにかできないの!?」

「そもそもこんな時にマスターはどこに行ってるんだ!?」

「ああ、マスターハンドなら今​──」


「……クレイジー、私ならここだよ」

クレイジーの声を遮って、マスターハンドが姿を現した。

「……帰ってきたか」

「マスター!」

ここ数日、ファイター達はしばらくマスターハンドの姿を見ていなかった。

そもそもフラッとどこかへ行っていつの間にか帰ってきている、ということは前からよくある事ではあったが。


「どこに行ってたんだ?」

「ちょっと、ロイの故郷にね」

「え、ロイの故郷?」

「その右手のままで?」

マスターハンドは確かに創造神であるが、信仰心を必要としない神である。
彼を神として認知している地域もあれば、全く認識していない地域もある。その地域が他の神を信仰していればなおのこと。

そんな地域であんな白い右手がいきなり現れたら、誰だって警戒するのではないだろうか。


「うん。最初はロイのお父さん……エリウッドさんのところに行ったんだ。アポ無しで行ったから騎士団の人達に叩き出されそうになったけど」

「そりゃそうだろ」

「でもロイのことだって言ったら通してもらえてね、それでエリウッドさんと話をしたんだ。
向こうも大陸中の文献を探してくれてたらしいんだけど……やっぱり今のロイを助ける方法はわからなかったんだって」

「そんな……」

「でも私が出かけたのは、ただ話すためだけじゃないよ。
この目で、竜石というものをしっかり見てみたくてね」

「竜石を?でもロイには……」


ロイには竜石が効かない。

それはロイが故郷にいる時に何度試しても、竜の力を石に封じこめることが出来なかったことから明らかだった。


……では、なぜロイに竜石が効かないのか。

それはマスターハンドがこの世界を創り上げた時に生じた『歪み』が原因である。
この『歪み』はこの世界に住む一部の人々の人格を変化させたり、どこにも属さない新たな魔物や生き物を生み出した。

そしてロイは、その『歪み』の影響を大きく受けている一人だった。

竜体に立派な翼がついているのも、竜石が効かないのも、それが理由である。


しかしそれは神以外に知られてはならない、この世界の秘密に関わることである。

マスターハンドは言葉を濁しながら説明を続けた。

「ロイに竜石が使えないのは、たぶん創造神である私の力が何か悪い影響を及ぼしてるんじゃないかって考えたんだ。本来は無いはずの翼があるのもそのせいだと思う」

「…………えーと?」

ピットは首を捻っている。
わかりやすく説明するね、とマスターは笑いながら話を続けた。

「つまり、私の力が原因で竜石が使えなくなってるなら……
『影響を与えた私自身が、竜石と同じ効果を持つものを作ったら』どうなのかなって考えたんだ」

「マスターが竜石を作る……ってこと?」

「そういうこと。それで構造や仕組みを知るために、『実際に竜の力が封じられた竜石』を見る必要があった」


その事についてエリウッドに尋ねたところ、砂漠の奥にある小さな隠れ里のことを教えられた。

マスターは砂漠を抜け、隠れ里を訪れ、守り人の女性に弓で狙われながらも巫女の助けを得て、そこで暮らす神竜の少女から何とか竜石を見せてもらったと言う。

神竜の少女はとても明るく、「ロイのおにいちゃんがげんきになるなら」、と快く竜石を貸してくれた。


「おかげで、竜石の仕組みはだいたいわかった。
簡単には作れない複雑怪奇なものだったけど、まぁ大丈夫だと思う。
この仕組みを利用しつつ私の力を加えれば……」


「……できそう?」

心配そうに問うマルスに、マスターは自信満々で答える。

「大丈夫だよ、私は創造神だから。ロイの命も……絶対に助ける」


『大丈夫、創造神だから』……

いつもは聞き流すであろうその言葉も、今はとても重みがあり、皆に僅かな安心感を与えた。

「すぐに作業に取りかかるよ。その間、君達はロイの様子に気を配っていて。
……しばらく、私は外に出られないと思うから。何かあったらクレイジー、お願い」

「……わかった」

そう言って、マスターは自分だけしか入れない『創造の間』へと姿を消した。


「マスターお願い……頼れるのはあなたしかいないんだ……」

どうか、上手く行きますように。
マスターの去った方を見つめながら、ピットはそう祈るしかなかった。
1/2ページ
スキ