竜の血


​──それは突然のことだった。


ピット、カービィ、トキとオルディン大橋で乱闘していた時。

何だか体が焼けるように熱くなるのを感じ、ロイはその場にうずくまった。


「う……ぐぅっ……」

「ロイ!?」

「ロイどうしたの!?」

「触……る……な…………」

誰が見てもわかる。
ロイの様子がおかしい、と。

青っぽいオーラが立ち込めているし、何だか……ゾクッとするような、恐ろしい空気。

皆の本能が叫ぶ。
こいつは危険だ、と。


「逃げ…ろ……
力が……力が暴走……する………!」

「え……!?」

そう言うや否や、いきなりロイが斬りかかってきた。
それも、いつもと桁外れに違うスピードで。

「わぁっ!?」

「殺す……殺してやる……」

獲物を追い詰める獣のように、真っ赤な目をギラつかせてカービィ達を睨み付ける。

「ちょ、待ってロイ!一体どうし……」

「邪魔だッ!」

何かを切り裂く鈍い音がした瞬間、真っ赤な血と羽根が辺りに散った。

「ピット!?」

「ぐ……ぁっ……」

ピットは地面に強く叩きつけられた。

一瞬のことで何が起こったのか理解しがたかったが、ロイの振りかざした剣に腹部を斬られたのだ。

純白の羽根や服は血で赤く染まり、かなりの重傷と見て取れる。


ステージはマスターハンドの緻密な調整によって、普通ならば掠り傷すら負わないようになっている。

それなのに。


「なに、なんなの、これ……」

血塗れで倒れるピットを見て、カービィは動けなくなってしまった。

一体、何がどうして、こんなことになっているのか。




ーーーーーーーーーーーー



……話は数日前に遡る。

自分の体調の変化を敏感に感じていたロイは、皆と交流することを控えるようになった。

ここのところ頻繁に脈が上がり、体が興奮状態になる。

闘牛場の闘牛のように、人がいれば無意識で襲いかかってしまうだろう。

辺りを凍らせるだけならまだしも、これはタチが悪すぎる。

そしてその状態が治まるまでの時間も、日毎にどんどん長くなっていた。


この世界に来て乱闘を楽しむようになったからだろうか。

「……もうそろそろ、ヤバい……かな……」


マスターハンドの誘いに応じたのは、もちろん乱闘に興味があったからである。
だがそれと同時に、もう1つ理由があった。

家族や友人、大好きな故郷を自分の手で壊したくない。
だけど歴戦の勇者が集うこの地なら、もし自分に何かあっても大丈夫なのでは、と思った。

だからこそ、ロイは最初のうちはファイターと親しくなるのを避けていた。
親しくなれば、いつか来るその時に嫌われるのが辛くなるから。

……まぁ、マルスに憧れを抱いてしまった時点で、そんなことは無理だったが。


憧れの人も友人も増えた今は、自分の故郷と同じくらいにこの地を大切に思っている。

どうにかなってしまう前に、ひっそりと姿を消そうかと、そんなことも考えるようになった。



「ロイ〜、一緒にどこか遊びに行かない?」

「……ごめん、用事あるから」

ピットは毎日ロイに声をかけてくる。
そんな彼に申し訳なく思いながらも、ロイは毎度その誘いを断っていた。





「……最近、ロイがなんか冷たい」

ロイの事情など知るはずもないピットは、友人が誘いに乗ってくれないことに不満を感じていた。

おやつを食べながら、リンクやルイージに話を聞いてもらっている。
本当はこのおやつだって、ロイと一緒に食べたかったのに。


「僕のこと嫌いになっちゃったのかな……何かしちゃったかなぁ……」

「話しかけても逃げられちゃうんだよね……?」

「そうなんです……だからしっかり話も出来なくて」

「ピットだけじゃないぜ。最近は俺とも乱闘しなくなった」

そう言ったのは偶然近くを通りかかったピカチュウだった。


「乱闘どころかゲームもしねぇし会話もしねぇ。あいつ、全員と距離置いてっぞ」

「全員と……?」

「あー……マルスとアイクとは一緒にいるみたいだが。それ以外は見たことねぇな」

「じゃあ、僕が声かけてもダメかな」

「……なにか理由があるんだろうけど……」


普段元気で明るいロイが急に人との接触を避けるようになったことは、彼と特に親しい訳でもないファイターたちの中でも話題になっていた。




それから数日後。


「ロイ!乱闘しよー!」

「え……」

そう誘ってきたのがカービィ、トキ、ピットの3人だった。

「最近まともに体動かしてねぇだろ?」

「……いいよ、俺は……」

いつものように断ろうとしたけれど。

「お願いだよロイ、僕もたまには君と戦いたいし……話したい」

ピットの悲しそうな顔を見て、さすがに罪悪感を覚えた。


「(……一度くらいなら、大丈夫かな……)」



そう思って、乱闘に参加してしまったのがいけなかった。

結局無事では済まず、こんな惨事を引き起こしてしまった。



ーーーーーーーーーーーー



オルディン大橋内には緊急事態を知らせる警報が鳴り響いている。
ステージに組み込まれているギミックも緊急停止し、すぐさま外に出るよう促すアナウンスが流れる。


「!」

ピットの状態を見て放心状態になっていたカービィだったが、けたたましい警報音に我に返った。

振り返ると、トキとロイが剣を交えている真っ最中だった。

……そうだ、彼を止めなければ。


「くそ……目を覚ませロイ!」

トキが剣で止めようとするが、カウンターで防がれ反撃されてしまった。

「くそっ……こんなんでもしっかり戦闘は出来んのかよ……!」

弾き飛ばされたトキと入れ替わりに、カービィが攻撃を仕掛ける。

「『ファイナルカッター!』」

「『ブレイザー』!」

間一髪のところで避けたが、いつもの乱闘のそれとは桁違いの威力。

「い……いつもと火力が違うよ!」

「カービィまずい!あの構えは……!」

「!」

「近づくな!距離をとれ!」

トキが叫んだときにはもう遅かった。

「『エクスプロージョン』!」

「くぁっ……」

「うわあぁぁ!」

最大まで溜めたエクスプロージョンの威力は、風圧だけでカービィやトキが一撃で吹っ飛ばされてしまうほどの、今までと格段に違う力の差。

誰もロイを止められない……


「…うぐ……うぁっ………
うああああぁぁぁぁっ!!」

ロイの体は青いオーラに包まれ、やがて​──

巨大な水色の竜へと姿を変えた。


「……ロ……イ………?」

ピットはぼやけた視界の中に、竜に化身したロイの姿を捉える。

「ガアァッ!」

ロイの放ったブレスは、大橋を一瞬で凍らせてしまった。

「ぐ……マズイ……!」

「ど……どうしよ……」

ロイの力はとうに乱闘の域を越えており、このままじゃフィギュア化以前に、命を失うことになりかねない……



「どうしたの!?」

その時、異変に気付いたマスターがオルディン大橋へやって来た。

「マスター!ロイが……ロイが……!」

「!」

竜に姿を変えてしまったロイを見て、さすがのマスターも警戒する。

「これはまずいね……完全に我を忘れてる……」

マスターは暴れるロイの一瞬の隙をついて、自らでロイの体を押さえつけた。

「ガアアァッ!」

「みんな逃げて!ここは私が何とかするから!」

マスターが押さえているうちに、ひとまずはここを出なければならない。

「トキ、ピットを医務室に運んで!
ドクターに診てもらわなきゃ!」

「わかった!」

トキはピットを抱え、凍りついた橋を慎重に渡りながら、カービィと共にオルディン大橋を後にした。











「……命に別状はありません……
もう少し位置がずれていたら致命傷でしたが……」

「ありがとう、ドクター」


ドクターの治療を受け、ピットはしばらく医務室で安静に過ごすことになった。

傷は深かったが、幸い臓器に傷はついておらず大事には至らなかった。

また、普段は天空界で彼を見守っている女神パルテナが、彼に特別な加護をかけたという。
傷の治りを早め、後遺症も残りにくくする奇跡らしい。


当の本人はまだ麻酔が切れていないため、穏やかな顔で眠っている。
トキはそれを見てホッとしたように、病室のカーテンを閉めた。

「完治までは時間がかかります。
女神の加護があるので2週間もすれば完治するでしょうが……念の為、1ヶ月は絶対安静です。本人が大丈夫だと言っても乱闘は絶対ダメですよ」

「わかった」

「それにしても……竜化……でしたか……
凄まじいですね、ロイ君の力は……」

「……あぁ……」





ダイニングにはみんなが集まって、ピットの怪我やロイのことでざわついていた。

そこへ現れたのが、アイクとマルスの二人。


「……聞いたよ。ロイの力が……暴走したんだって?」

「……お前ら何か知ってんのか?」

マリオの問いに、無言でうなずくマルス。


「……みんなには言ってなかったね……」

「すまん……今まで話すタイミングを失っていた。
本人にも内緒にしておいてほしいと頼まれていたからな……」

マルスはほんの少しうつ向いた後、意を決して話を切り出した。


「ロイには……氷竜の血が流れてるんだ」

「氷竜?」

「僕達の世界にはペガサスやドラゴンが普通に暮らしてる……
種族の中には竜に化身できるマムクートっていうのがいるんだ」

「俺たちの世界にもラグズという、似た種族がいる」

「つまり、ロイが……その……?」


「うん。ロイの父親は人間だけど……母親は強力な力を持つ氷竜のマムクートでね……その血が流れてるんだよ。
本来、マムクートはその力を『竜石』っていう石に封印して、普段は人間の力を保ってるんだ。
そして竜に化身しても力をコントロールできるんだけど……
何故かロイに竜石は効果がないし、まだ力を把握しきれてない……」

「それで今回暴走したの?」

「うん……それに何よりもロイが恐れてるのは……
氷竜の力を持っているせいでみんなに嫌われることなんだよ……」

「ロイは暴走して父親を傷つけてしまったことで……故郷の仲間達から差別に近い扱いを受けたからな」

「差別って……」

「ひどい……ロイが悪い訳じゃないのに……」

「……ロイは自分の力がいつか暴走することをわかってた……
でも……それが今日だとは……」


話を聞いて、何も言葉を発することが出来ず黙りこくるファイター達。

あの明るくて元気なロイが氷竜の血を持ち、ずっと悩んでいたなんて誰も知らなかった。

信じがたい事実を、まだ今ひとつ受け入れきれない。


そんな中で口火を切ったのはカービィだった。

「ボク……ロイがドラゴンになっちゃった時……正直怖かった……すごく……
でもね、嫌いになんかならないよ!
『怖い』っていうのと『嫌い』っていうのは違うでしょ……?」

「うん……そうだね」

「……誰も……誰もロイのこと嫌いになったりなんかしないよね?
だってロイは……仲間だもんね?」

不安げな表情のカービィの頭を撫でながら、マリオとリンクがうなずいた。

「当たり前だろ!」

「……僕達は……何があっても絶対に仲間を嫌いになったり裏切ったりしない」

もちろん他のファイター達も同じ気持ちだ。

マルスもアイクも、それを見てホッとした表情を見せる。

「……良かった。
みんな……ロイのこと受け入れられないんじゃないかって……
僕たちもロイもそれを恐れて言い出せなかったんだ」

「バカだな、ロイは……俺達そんな薄情じゃねぇってのに」

「ピットもロイも心配だな……とりあえず目が覚めるまで様子見ないとな」


「うん」








数時間後……


所変わってここは医務室。

目を開けると、そこには見慣れた赤と緑の服を着たヒゲの双子の姿。

「ピット……大丈夫……?」

「マリオさん……ルイージ……さん……?」

どうして自分がここにいるのか、自分の身に何があったのかしばらく思い出せなかった。

そして記憶を辿って、オルディン大橋であったことをふと思い出し飛び起きる。

「……そうだ!僕……ロイを止めようとして……!
……ロイは……?ロイは今どうしてるの!?」

「終点に拘束してる……」

「拘束!?」

「まだ竜化が解けてなくてな…… 以前、本人がマスターに頼んでたそうだ。
『もし俺の力が暴走したら、容赦なく拘束して動けないようにしてほしい…… 自分じゃ力の制御が出来ないから……』って」

「……ロイは……ずっと前から竜の力のことで悩んでた……
僕達ファイターには何も言わずに……」

それを聞いて、ピットは何とも言えぬ表情でうつ向いた。


「……そっか。だから最近……みんなのこと避けてたのか」

嫌われてしまったのか、と少し落ち込んだ。
けれど逆だったんだ。
力の暴発を警戒していたからこそ、わざと距離を置いたんだ。
……僕たちに、嫌われたくなくて。


「知らなかったとはいえ、無理やり乱闘に誘っちゃったのは悪いことしたな……乱闘が暴走のきっかけになるって、きっとロイはわかってたんだよね」

「……ピット……」

「……あはは、僕ってばホントに未熟だなぁ……
ロイのこと……助けてあげられないなんて」


ベッドのシーツをぎゅっと握りしめて、悔しそうにそう呟いた。
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