喪われた記憶
マスターと別れ、マルス達は戦場へとやって来た。
「すごい……」
「ここはマスターハンドの作った特殊な空間でね……どんなに暴れても壊れることはないんだよ。
そして僕達には使える技がそれぞれ割り当てられてるんだ」
壊れることがないとはいえ、耐えられるのは決められた技の範囲内だけ。
そのため、ロイが竜化して全力を出せば、ニューポークシティや神殿でさえ一瞬で壊れてしまう。
そうならないように、ステージにロイが竜玉を持ち込んだ時点でエラーが出るようになっている。
「乱闘中は決められた技しか使えない。でも殴られても斬られても怪我することは無くて、その代わりダメージが溜まるんだ。
ダメージが溜まると吹っ飛ばされやすくなって、吹っ飛ばされてステージに戻ってこれなくなったら負け。
簡単なルールはこんなものかな」
「へぇ……」
「相手を傷つけることがないから、ケンカしたり力を磨くのにみんな乱闘するんだよ」
マルスは手招きして、ロイを大きな電光掲示板の前へ連れていく。
これは今までの乱闘記録からファイター達の強さをランキング式にまとめたものだ。
「ちなみにファイターは42人いるんだけど、最強なのはルカリオさんとミュウツーさん…… 次いでスネークさんにサムスさん。
その次が……僕だね」
「すごい……」
「僕は王子だから、いつも周りに助けられてばかりだったんだ。
でも、僕だってみんなを助けたかった。だから必死に鍛錬を積んだんだよ」
「努力家なんですね、マルスさん」
「いや、まだまだだよ。上には上がいるんだって、ここに来て嫌というほど思い知らされた」
強さに上限などない。
強き者はさらなる力を求めて武を磨き続ける。
そんな強者同士の戦いを楽しむために、マスターハンドはこの世界にファイターを集めたのだ……と、マルスはそう語った。
「ロイは強さも真ん中くらいだけど……まだまだ伸びしろがある。
それと、君の希望もあって僕が稽古をつけてたからね……」
そう言うと、マルスはファルシオンを抜きロイに向けた。
「それじゃ……始めようか?」
「は……はい!」
ロイも慌てて封印の剣を構える。
「行くよっ!」
「!」
マルスはダッシュで距離を詰め、大降りでロイに斬りかかる。
「うあっ……」
「まだまだ!」
「ひゃあぁ!」
ロイはマルスの攻撃を剣で受け止めるのが精一杯だ。
ちなみにマルスは普段の10分の1程度しか力を出していない。
「戦い方も何一つ覚えてないんだね……
まるで今日初めて剣を握ったみたいだ」
「(凄い力だ……
華奢に見えるのに……どこにこんな力が……!?)」
「ほらほら、力を抜くと弾き飛ばされるよ?」
「!」
「はぁっ!」
一瞬の隙をついて封印の剣をロイの手から弾き飛ばす。
「あ……」
「まぁ、記憶がないのにいきなり実戦は無理だったかな?」
ロイは汗を拭き、飛ばされた封印の剣を拾う。
「どうする?まだ続ける?」
「……お願いします。
何か…思い出せそうな気が……よくわからないけど……
だから、続けさせてください!」
「そっか……わかった。
……それにしても、記憶がなくても努力家なところは一緒だね」
その後も二人は剣の修行を続けた。
記憶はなくとも体が覚えているのか、ロイも徐々に攻撃にキレが出始め、反応も素早くなった。
「とりゃあっ!」
「おっと……」
10分経つ頃にはマルスの方が少し押されるようになっていた。
「はぁ……はぁ……さすが飲み込みが早いね……」
加えてロイは莫大なスタミナの持ち主。
マルスは技術に長けているがスタミナ不足のため、ロイの猛攻に息を切らせている。
「どう?何か手応えとか……感じなかった?」
「いえ……何も……」
「そっか……
少し休もうか」
このままでは自分の体力がもたない、とマルスはその場に座り込む。
ロイも隣に並んで休憩していた、その時だった。
ピシャアァッ!
「わあぁ!?」
「な……何!?」
いきなり、二人の目の前に大きな雷が落ちてきた。
「悪いな、邪魔するぜ」
そこへ現れたのはねずみポケモンのピカチュウ。
「ピカチュウ!」
「ちょいと荒療治が必要かと思ってな」
「荒療治……?」
「ショック療法だよ。
普段から頑固なコイツにはこのくらいしねぇと治んないって」
「で でも……」
「お前の甘いやり方じゃいつまでたっても記憶なんか戻りゃしねぇよ」
「う……」
マルスは何も言い返せなかった。
『考えが甘い』とか『やり方が甘い』とか、いつもみんなに言われて自分も気にしていたからだ。
「いいからお前は黙って見てろ。 力ずくでも思い出させてやる……」
ピカチュウはそう言うと、座っているロイの手を掴んで引っ張った。
「ほら立てロイ!俺はマルスと違って優しかねーぞ!」
「あ……あの……」
ピカチュウはロイの体に電撃を浴びせ、思いきり前方に投げつけた。
「せいやっ!」
「うぁっ!?」
「立て直す隙はやらねぇぜ!
『でんげき』!」
ピカチュウの電撃が当たりロイはかなり吹っ飛ばされてしまった。
「どうしたどうした!?反撃してみろよ!このポンコツ野郎!」
「くっ……(隙がない……!)」
起き上がって剣を構えてみても、素早く小さいピカチュウの動きを捉えきれない。
「お前はいつも俺と乱闘してた……
戦うのが好きで……お前は熱くなりすぎていっつも俺に負けるんだ。
注意しても全っ然直さねぇんだよな、その性格……
…………うらぁっ!」
りょうあしげり、しっぽサマーソルトと立て続けに攻撃を加え、戦えないロイにも全く容赦ない。
「くぁっ……」
やられてばかりのロイを見て、マルスは不安げな表情を浮かべていた。
「いい加減思い出せよ!
いつものお前じゃねーと調子狂うんだよ!」
「…………!」
その瞬間、ロイは不思議な感覚を覚えた。
一瞬真っ白になった頭の中に、次々と見たことのない景色が浮かんでくる。
否、それはロイが忘れていた、大事な思い出――……
「トドメだ!『ロケットずつき』!」
だが、ピカチュウの攻撃は当たることなく、直前で跳ね返され吹っ飛ばされた。
「カウンター……!?」
空中で体勢を立て直そうとするも、砂煙の中から燃え盛る剣を振り斬りかかってくるのが見える。
「くっ……」
とっさの電光石火で攻撃をかわし、何とか着地に成功した。
「(今のは……『ブレイザー』!?)」
「……れが……誰がポンコツだよバカ野郎……」
砂煙の中から現れたロイは刀身に灼熱の炎を纏い、澄んだ青い瞳でピカチュウを睨み付けている。
「てめぇはただ口が悪いだけの電気鼠じゃねぇか!」
「へっ……言うじゃねぇか!
俺に勝てたこと一度もないくせに!」
「うっさい!今日は勝ってやる!」
「やれるもんならやってみな!」
「……ロイ……」
マルスが見つめる中、ロイは剣を握りピカチュウに斬りかかる。
「お前の攻撃はワンパターンなんだよっ!」
「……ちょこまか動きやがって……!
『ドラゴンキラー』!」
「甘いんだよ!『ねずみはなび』!」
「くぁっ……!」
「ほらほらどうした?
所詮甘やかされて育ったお坊ちゃんの実力なんてのはそんなもんか?」
「…………!」
「(あ……ヤバいな、ロイのプライドに火がついた)」
これはまた負けるなー……とマルスは確信した。
ピカチュウは勝ち誇ったように笑みを浮かべている。
「て……てめぇ……
バカにすんのも大概にしやがれっ!
『エクスプロージョン』!」
ピカチュウは緊急回避でそれを軽々と避け、ロイの後ろに回り込む。
「なっ……」
「『かみなり』!」
「うわああぁぁっ!」
ピカチュウの雷が当たり、ロイはステージ外へ吹っ飛ばされてしまった。
「……ほーら、やっぱり勝てねぇじゃねーか」
「く……そぉ……」
ロイは仰向けに寝転んだまま悔しそうに空を見つめている。
ふと、マルスが近付いてきたのが見えて、ロイは体を起こした。
「ロイ……」
「……心配かけてごめんなさい、マルス先輩……
俺……俺…………」
だがマルスは何も言わずロイにぎゅっと抱きついた。
「ひゃっ!?」
「……何も言わないで、ロイ……」
「あ……あの……マルス先輩……?」
マルスはなかなか離れようとせず、ロイの顔が赤くなる。
「……ホントに良かった……」
微かにマルスの声が震えている。
ロイの記憶が戻って、よほど安心したのだろう。
「……先輩……」
そんな二人の様子を見ながら、ピカチュウは呆れたようなため息をつく。
「……お前ら男同士でいつまで抱き合ってんだ」
「あ……」
マルスは恥ずかしそうに顔を赤くしながら、慌ててロイから離れた。
それが何だかおかしくて、思わず二人の間に笑みがこぼれる。
こうして、ロイの記憶は無事に戻ったのだった。
乱闘を終えマルスと別れたロイは、真っ先にトゥーンの元に向かった。
「…………」
トゥーンは相変わらずうつむいたままで、誰とも話そうとしない。
ロイはため息を1つついて、そんな彼に話しかけた。
「おい!」
「!」
「いつまでヘコんでんだよ!それでも海賊勇者か!?」
「……ロイ……兄ちゃん……?」
トゥーンは赤く腫れた大きな目でロイを見つめている。
「記憶、戻ったの……?」
「あぁ」
トゥーンは少しホッとしたような顔をしたが、それでもどこか落ち込んだまま。
「……ごめんなさい、ロイ兄ちゃん……おいらのせいで……」
「気にすんなって!俺はこの通り元気なんだしよ!」
「でも……」
「くどい!」
「いたっ……」
ゲンコツで殴られて、トゥーンは涙目で頭をさする。
そういえば殴られるのはマルスに続いて2回目だ。
「この事は忘れろ!俺が許すっつってんだからいつまでもウジウジ悩むこたぁねぇんだよ!」
「ご……ごめんなさ……」
「だから謝んな!
ほら、もうすぐ昼飯だろ。行くぞ」
「…………うん!」
ロイに元気付けられ、トゥーンはようやく元気を取り戻したのだった。
「ご飯どんぶり大盛りでおかわりお願いしまーす!」
「おーおー……いつものロイだなぁ」
一時期大人しかったのに記憶が戻った途端これだ。
大食い選手権かと見間違うほどの量の食べ物が、あっという間に彼の胃に吸い込まれていく。
「待っておかず足りなくなるんだけど!」
「……やっぱ記憶戻んない方が良かったかな」
「ハハハ……」
そんな皮肉を言いながらも、やっぱりロイはいつもの明るいロイがいい、と皆は思うのだった。
ーーーENDーーー