喪われた記憶


「……こんなところにいたの?」


そんなロイに話しかけて来たのは、昼間親しくしてくれた蒼い髪の人。

「……あ……えっと……」

「マルス。
気にしなくていいよ、これだけ沢山いたら顔と名前覚えるのも一苦労だもんね」

すみません、と謝ればマルスは「いいよ」、と微笑み返す。


「夕飯、あんまり食べてなかったでしょ?
サムスさんの作ったタルトもらったから食べなよ」

「え……」

「大食いな君が僕と同じ量で満足するとは思えなくてね」

「あ……ありがとうございます……実はまだ凄くお腹空いてて……」

「ふふ……記憶が無くても食欲だけは変わらないんだね」

タルトを口にすると、ベリーの甘酸っぱい味が口に広がった。

とても美味しくて、マルスが一つ食べる間にロイは2つも平らげてしまった。


「……マルス……さん……
その……僕は……どんな人間だったんでしょうか……?」

「そうだねぇ……今の君とは正反対……かな」

「正反対?」

「いつも明るくて元気いっぱいで……凄く大食いで激辛カレーライスが好きな子でね」

マルスはロイと過ごした、何気ない日々を思い返す。

「過保護な父親に育てられたせいか甘えん坊で……それでいて目立ちたがり屋で負けず嫌い……
ピカチュウとは喧嘩友達みたいなもので、よくくだらないことで言い合いしてたな。
子供達が好きで世話するのも上手いけど……イタズラ好きなところもあって、僕も困らされたよ」

「…………」

「……だけど頑張り屋で…みんなに好かれる……凄くいい子なんだ……
可愛い弟みたいなもので……僕の…本当に大切な人だよ」


……それなのに……今の君は……


「……マルスさん……?」

「……ごめん、何でもないんだ……」

マルスはロイに顔を見せまいと、うつ向いたままその場を後にした。







涙を拭いながら部屋に向かっていると、廊下でアイクとすれ違った。

普段マルスの泣き顔なんて見ないせいか、動揺した顔で声をかける。

「……どうした、何泣いてるんだ」

「……大丈夫、何でもないよ」

「……ロイのことか」

さすがにバレバレか。
マルスは頷いて、抱えている気持ちを吐露する。

「……こんなに近くにいるのに……
ロイが……ロイが全然知らない…他人みたいな気がして……
凄く……心が苦しくなった……」

記憶が無くなることが、こんなにも悲しいことだとは思わなかった。
そのうち戻るだろう、なんて気楽に考えることもできない。
あんなにかけがえのない思い出ばかりなのに、自分しかそれを覚えていないなんて……そんな寂しいことがあってたまるか。

アイクはそんなマルスの思いを聞き、少し考えた後に口を開いた。


「……お前が誰よりもロイとの絆が深いのは熟知してる。
だからこそ不安になるのもな……」

「…………」

「だが焦ってもどうしようもない。ゆっくり時間をかけて少しずつ……いろんなことを教えていけばいいだろ。
その中でいつか記憶も戻る。俺はそう信じてる……」

マルスはゆっくり顔をあげた。

アイクがこんなに喋ること自体珍しいことなのだが、こんなにもしっかりした意見を言えるとは。

「仮にロイが何も思い出せなくても……またこれから新しい思い出を作っていけば良いだろう。
お前達が出会ってからのこと……大事な思い出は後から来た俺にはわからん。
だが……今からでも大事な思い出は沢山作っていけるだろ?」

「……うん……そうだね……」

マルスは涙を拭い、恥ずかしそうに笑った。


「君に慰められるとは思わなかったな」

「慰めたつもりはない、単に思ったことをそのまま言っただけだ」

「……でも元気出たよ、ありがとう」

「……別に礼を言われるほどじゃない」


アイクに背中をさすられながら、マルスは自室へと戻って行った。




一方、ロイはマルスのことが心に引っかかって消えずにいた。

「…………」

去り際に見せた涙が、ロイの胸をちくりと痛ませる。


……あの人……泣いてた……


自分のために涙を流してくれる……
それだけ彼にとって僕は大事な人……
僕にとっても彼は大事な人……


「(……思い出したい……)」












次の日……


まだ眠そうに目を擦りながら、ロイがダイニングへとやって来た。

それに気付いたピットが笑顔で挨拶する。


「あ……ロイ!おはよ!」

「……おはようございます」

「んー……まだ思い出せないか……」


相変わらずロイの記憶はまだ戻っていないようだ。


「ロイは年上以外には敬語使わないからね」

「……そうなんですか?」

「うん……
……なんか敬語のロイって……変な感じ」

「……ところで君は確か……
僕と仲が良かったっていう……」

「ピットだよ!」

「そうだ、ピット君だ」

「君づけやめてよぉ~……」

ピットは何だか恥ずかしそうに笑う。


次に挨拶してきたのは寝ぼけたウルフを引きずるフォックスだった。

「おう、おはようピット、ロイ」

「おはようございます、フォ……フォックスさん」

「お、名前覚えてくれたんだな!
ちなみにこの寝てるやつはウルフっていうんだ」

「えっと……わかりやすいお名前ですね」

「あはは!そうだろ?」

記憶がなくてもロイの周りには笑顔が絶えない。


「あ!」

ロイの姿を見つけたピチューが、猛ダッシュで駆け寄り胸に飛び付く。

「ロイにーちゃんおはよー!」

「お……おは……よう」

「えへへ……ボク、ロイにーちゃんがなにもおぼえてなくてもいっしょにいる!
きっとおもいだしてくれるもん!」

「……君は僕と仲がよかったの?」

「うん!いつもロイにーちゃんがあそんでくれたんだ!」

そう言うピチューの笑顔は、いつもと変わらぬ愛らしいものだった。

「ピチューの奴、取り乱すか泣き叫ぶかするかと思ったけど……」

「しっかり現実と向き合ってるな」



しかし、ただ一人立ち直れない少年がいた。


「……?トゥーンは?」

「ロイが記憶を無くしたのは自分のせいだって……昨日から落ち込んだままなんだ」


トゥーンはあれから一切喋ることも笑うこともなく、ただ自分を責め続けていた。

アイスクライマーやネスが何とか元気付けようとしても、トゥーンは一向に笑おうとしない。

「トゥーン元気出しなよ!トゥーンだけのせいじゃないよ、ボク達みんなのせいなんだよ!」

「……でも、デクの実を投げたのはおいらだ……」

「取り損ねたのはボクだよ!」

「もういい、おいらが……おいらが悪いんだよ!
ほっといてよ……!」

「トゥーン……」


意地を張っているだけなのか、トゥーンは皆を遠ざけ朝食さえ食べようとしなかった。





「ごちそうさま……」

「あれ……もういいの?」

「はい……まだ食べられますけど……このくらいに控えておこうかと」

「遠慮しなくていいのになぁ」

ロイは自分の食べた皿を片付けてシンクまで持って行く。

いつもの4分の1しか食べていない彼を、マリオやルイージは不思議そうに見つめていた。

「真面目なロイってのも新鮮でいいな」

「……うん……でも……」

「?」

「僕は……今までのロイの方がいい……」

「……そうだな。やっぱ俺も今までの方がいいや。今のロイだと調子が狂う」


今までの明るくて元気なロイに戻ってほしい、そう思う者は少なくなかった。










ロイには気になっていることがあった。

肌身離さずずっと身に付けていた、紺碧のペンダント。

「……あの、マルスさん……これは何ですか……?」

「それは……」


マルスは説明するのに戸惑った。

ロイに竜の血が流れていることを話すべきなのか。

ペンダントには竜の力が封じられているということや、彼が経験してきた辛い過去まで、話してもいいのだろうか……

「(……このまま記憶が戻らないままなら……知らなくて良いこともあるのかもしれない……
辛い過去の事まで……わざわざ言うことは……)」

「マルスさん?」

「あ……いや……
…………それは君にとっての大事な宝物なんだよ。
絶対に無くしてはならない……大切なものなんだ」

結局、そうとしか言えなかった。

「そうなんですか……」

ただでさえ記憶が無い彼に事実を突きつけて、更に混乱させたくはなかったのだ。



「……そうだロイ、乱闘しよう!」

「乱闘……?」

「僕達ファイターの娯楽のようなものだよ。
中でも君は特に戦うのが大好きだったんだ」

「僕が……?」

「うん。
とりあえず、身支度してトレーニングルームに行ってみようよ」



乱闘の支度を終えたマルスとロイは、トレーニングルームに向かう途中マスターハンドとすれ違った。

「あ、マルスにロイ♪」

「!?」

ロイは驚いてマルスの陰に隠れている。

いきなり目の前に大きな真っ白い右手が現れたのだから言うまでもない。


「ロイ、この人はマスターハンドだよ。
この世界と僕達を生み出した創造神で、これでも一応一番偉い存在なんだ」

「えへへ♪そうなんだ~♪
あ、でも神々しくてカッコよくて偉大なる神様だからって謙遜しないで、気軽に接してくれていいからねっ☆」

「あ……はい……」

ロイはボーッと話を聞いていたが、マルスはそのウザさに危うくファルシオンを抜きかけた。


「二人とも乱闘するの?」

「うん。といってもトレーニングだけど……
剣を交えればロイの記憶も戻るかもしれないし」

「そっかぁ、くれぐれも無理はさせないようにね~」

「うん」
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