喪われた記憶


それは春の日差しが暖かいある日のこと。

マルスとロイは屋敷の外に出て日向ぼっこをしていた。


「いい天気ですね……」

「そうだね」

「鍛錬、サボっちゃってよかったんですか?
1日怠けると取り戻すのが大変なんじゃ……」

「ん~……明日倍にして取り戻せばいいよ」

「そんなもんですかね……」

「そんなものだよ」

何てことない話をしながら、たまには1日こうしてのんびりするのも悪くない、とロイは体を伸ばす。

いつも子供達とバカ騒ぎしたり乱闘したり、常に体を動かしていたせいか、ゆっくりした時間を過ごすのは久しぶりだ。


「ふあぁ……」

大きなあくびを一つして、ロイはマルスの肩にもたれ安らかな寝息をたて始めた。

「あれ、寝ちゃった……?」

「すー……」

ロイの体をどけるでもなく、マルスはそのまま彼の子供っぽく愛らしい顔を見つめる。


けれど、そののどかな1日は一瞬にして奪われることになるのだった。


「あっ……ごめん!」

「何やってんだよー!」

ふと、どこからか子供の声が聞こえたかと思うと、何かがこっちに向かって山なりに飛んでくる。

「!? 危なっ……」


やがてゴンッ!と鈍い音がして、ロイは気絶して倒れてしまった。

「ロイ!」

足元にはデクの実が転がっている。

誰かが投げたものが、ロイの後頭部に直撃してしまったのだ。

「一体どうしてこんなものが……」


すると、背の高い草を掻き分けて走ってくる者がいた。
トゥーンリンクやネス、ポポなどの子供達だ。


「マルス兄ちゃん……それにロイ兄ちゃん!?」

「トゥーン……これ君が?」

「そ そうだよ……おいら達遊んでて……そしたら手が滑って……」

「もしかして、ロイ兄ちゃんに当たったの!?」

マルスが頷くと、子供達は心配そうにロイの周りに集まる。

「ロイ兄ちゃん!」

「大丈夫!?」

子供達に体を揺さぶられ、ロイはうめき声をあげる。

「ロイ、大丈夫!?」

「…………?」

目を開けたロイはゆっくり起き上がると、不思議そうに辺りを見回す。

「よかったぁ……」

「さすがロイ兄ちゃん石頭だね」

だが、次にロイの放つ一言で彼らの笑顔は一瞬にして消え去ることになる。


「あの……どなたですか……?」

「え……」






「「えぇ~~~~~~~っ!?!?!?」」












「記憶…喪失……!?」

医務室に連れて行き、ドクターに言い渡された診断結果は『記憶喪失』。

「日常に関することは覚えているようなので、生活するのに支障はないと思われます。
しかし……自分や家族……私達ファイターのこと……
ロイ君の身の回りに関することの記憶はごっそり抜けてしまっているようですね……」

「そんな……」

マルスが愕然とする中、ロイは不思議そうに辺りを見回している。

「ねぇロイ、ホントに何も思い出さない?」

ロイは首を横に振る。

「……そっか……」


マルスはどうにも信じがたかった。

ついさっきまで、何も変わりなく一緒にいたのに。

それなのに、一瞬にしてロイの思い出が、記憶が全て無くなってしまったなんて……


「記憶はすぐ戻るかもしれないし、時間がかかるかもしれません……
脳に刺激を与えれば、失った記憶を呼び覚ませるかもわかりません」

「そうですか……ありがとうございました」

「早く記憶が戻るのを祈りますよ」





医務室を出ると、そこにはトゥーンの姿があった。

「あ……」

「トゥーン……」

いつになく不安げな顔でマルスを見つめている。

「ま……マルス兄ちゃん……あ……あの……」

「……脳に損傷はないし日常生活に問題はない。
ただ……自分や僕達に関する記憶だけが無くなってる」

「!!」

自分のした事の重大さに気づき、トゥーンはうつ向いて震え出した。

「お……おいら……なんてお詫びしたら……」

「……トゥーン」

「へ……?」

トゥーンが顔を上げると、その瞬間思いきりげんこつを食らった。

「いっ……」

思わず頭を抱えてしゃがみこむ。

「……本当ならこの程度で済まされるべきじゃない……
でも君はまだ子供だからね……」


子供なりにこれがどれだけ大ごとなのかはわかっている。
自分の不注意で、ロイは大切な記憶を全て無くしてしまったのだから。

マルスの隣で何もわからず怯えているロイを見ていると、罪悪感に襲われ涙が出てくる。

本気で怒ったマルスが怖かったから、でもあるが。

「……ごめんなさい……ロイ兄ちゃん……マルス…兄ちゃん……」

「とりあえずリビングに連れていこう。
みんなに会えば記憶が戻るヒントをつかめるかもしれない」

「うん……」






「ロイ!」

「大丈夫か?」

ロイ達がリビングに行くとすぐに皆に囲まれた。

ロイが記憶喪失になったことは既に皆に知れ渡っており、どうやら子供達が何気なく話したのがリレー方式で伝わったらしい。

「な……何ですかこの人達は……? 人間じゃない……」

「カービィだよ!」

「……ピカチュウだ。 ホントに忘れちまったのか……」

明らかに人ではない者にまで囲まれ、ロイは混乱してしまっている。


「ロイ兄ちゃんごめんね!僕達のせいで……」

「俺のことも忘れちまったのか!?」

「ロイ君が記憶喪失だなんて……」

「ロイ、俺お前に金貸してたんだけど」

「フォックスお前ロイが覚えてないからって騙すな!」

「バレたか……」

「ホントに覚えてないの!?」

「え……えぇと……」


皆が口々にロイに話しかけるのをマルスが何とか制す。

「と、とりあえずみんな落ち着いて!一番混乱してるのはロイなんだから……」

「……えっと……ロイっていうのが、僕の……?」

「そう、君の名前だよ。
あ……僕はマルス!君の友人だよ」

「…………」

ロイはマルスの顔をじっと見つめる。

何かを思い出そうとしているのだが、やはり何も思い出せない。



「それにしても……どうしたら記憶戻るんだ?」

「ドクターが言うには脳に刺激を与えればいいって……」

「刺激……ねぇ……俺の電撃で脳を痺れさせてみれば……」

「うーん、却下かな……」

「物理的に殴ってみるか! ファルコ~ン……」

「やめろ!ロイの頭がもげる!」

ピカチュウの電撃やファルコンパンチを阻止しつつ軽く頭を叩いてみたり、


「……アルバムを見せたらどうかな」

ルイージの提案で昔のアルバムを見せてみたりもした。


「フェレ家はリキア地方では名高いけれど他から見れば田舎貴族で……年に一度の収穫祭はフェレ家の者がこぞって参加するんだよ」

「田舎貴族て……」

「レッドさん毒舌……」


「で、お前はリキア地方一の大都市オスティアにいる令嬢リリーナと付き合ってんだ、田舎者の分際でな」

「ピカチュウ更に毒舌……」


「これはファイターとして参戦した頃かな」

「ロイ兄ちゃんのエクスプロージョンは凄いんだよ!」


だが、何を試してもロイの記憶は一向に戻る気配がない。


「みんな、ロイも疲れてるだろうし休憩させてあげようよ」

「そうだね……無理に思い出させようとしても……ダメなのかも」

「時間はたっぷりあるしな」

このままではロイのストレスになるだけ、と考え皆解散する。

ロイはその後も暫くアルバムを見つめていた。


「……ロイ……」

時間はたくさんある、焦ってはいけない。

頭の中ではわかっているのに、マルスはどうも気持ちがそわそわして落ち着かなかった。












それから時は経ち夜がやって来た。


「ワハハハハ!ワリオ様のお通りだぜぇ~!」

「うるせぇニンニクメタボ」


ロイが記憶を無くしたこと以外には、何の変わりもないいつもの夜。


トキ、ソニック、コリン、ピカチュウはテレビを見ながらも、ロイの事を気にかけていた。


「ロイは?」

「バルコニーで物思いに耽ってるぜ」

「いつもこの時間はピカチュウと格ゲーしてるのにね」

「日課だったのが急に無くなってつまらん」


「考えたいこといっぱいあるだろうし、そっとしとくのが一番じゃねぇか?」

「そうだね……」





「…………」

ロイはバルコニーから満天の星空を眺めていた。


自分は誰なのか、どうしてここにいるのか、彼らは何者なのか。

知りたいことがたくさんありすぎて頭が痛くなる。



手がかりになれば、と自分の部屋にも行ってみた。

少しごちゃついていて、脱いだ服もこれから着る服もそこらじゅうに散乱している。

食べかけの辛そうなお菓子も置きっぱなしだったり、冷蔵庫にたくさんのいちご牛乳が冷やしてあったり。

父親や母親らしき人の写真が飾ってあったり、情報量は多かったが、何かを思い出せることは無かった。


「……僕は……僕は誰なんだ……」
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