潜在能力


そして、時は流れ……


あれから11年。

スマッシュシティで武を磨き続けているロイは久方ぶりに故郷へと帰ってきていた。

とはいえ、過保護な父や親友の方が遊びに来たりしているため、そこまで懐かしい、とか久しぶり、という感覚はない。



「……あれ、ロイ何してるの?」

「…………」

エリウッドが中庭を覗きに来た時、ロイは何やら数冊の書物を傍らに置き、そのうちの一冊を読みふけっていた。

よほど集中しているのか、父が側に来ていることにも全く気付かない。


「ロイー?」

エリウッドはロイの真後ろから、書物を覗き込んでみた。

主に竜騎士が乗る飛竜の図解と、その説明が書いてある。


「へ~、飛竜の生態に関する本かぁ」

「わあぁ!?」

父の存在に気づき、ロイはひどく驚いた。


「あはは、ごめんごめん。 何してたの?」

「マムクートとか飛竜に関する本を取り寄せてもらったんだ。
俺、氷竜なのに自分の事全然知らないし……だから竜のこと、もっとよく知りたくてさ」

「そっか」


政治のことは勉強しろと言われても全くしないのに、自分の趣味のこととなると周りが見えなくなるほど熱中してしまう。

まるで親友だったヘクトルみたいだ、とエリウッドは微笑んだ。

フェレ騎士団は騎馬兵が主であり、飛竜や竜騎士は存在しない。

飛竜の産地でもあるベルンは隣国ではあるが、先の戦が終わったばかりで、尚且つ前国王を討ち取ったロイが今来訪するのははばかられる。

本当は飛竜の住む地を見に行きたいところだが、ツテを頼りに書物を取り寄せるくらいしか出来ないのだ。

だが近々、マムクートの話を聞きにナバタの里に行く予定がある。

それまでに少しでも知識をつけておこうと、必死に勉強しているのだ。


「竜ってこんなにいっぱいお肉食べるんだね……」

「あはは、ロイだってよく食べるじゃない、小さい頃から」

「ん~……俺も竜だからかな?」

「お母さんは小食だったよ?」

「あ~……関係なかったか」

聞けばロイの祖父エルバートより、更に数代前の領主がかなりの大食らいだったらしい。いわゆる覚醒遺伝と言うやつか。


ふと、ロイは気になっていることを父に訪ねてみた。


「……ねぇ父さん」

「うん?」

「父さんはさ……俺がマムクートの力を受け継いでるって、いつ知ったの?
……やっぱり、5年前のあの時?」

「……ううん。それよりもっと前。
ロイが、あの飛竜を助けた時だよ」

「……あ……あの時か……」


ロイは思い出した。

あの時、傷ついた飛竜の声を聞いたことを。

「エレル」と名づけ、必死に看病したことを。


「……ロイが飛竜の言葉がわかるって知って……それでマムクートの力を持ってるってわかった。
ニニアンも、何となく竜の言葉がわかるって言ってたからね」

「そっか……
今は飛竜の言葉なんて、ちっともわかんないけど……」

「成長するにつれて、能力も薄れて消えちゃったのかもね」

「……やっぱり、竜の血が薄いからかなぁ……
俺の中の竜の血は4分の1しかないんだもんなぁ」

「う~ん……それでもマムクートとしての戦闘力は相当凄いけどね?」

「いや……まだまだだよ。
純潔じゃないから口は小さいし、若いから爪も牙も鋭くないし、皮膚もまだまだ柔らかいし……」

「え?柔らかいの?あれで?」


端から見れば十分頑丈そうだが、それでもまだまだ、生まれたての竜と変わりない。

永い年月を生きてきた竜は、攻撃を受ける度に皮膚が強くなっていくのだという。

故に純血の火竜や氷竜相手には苦戦するし、神竜なんかとんでもない。


「マムクートとしての力はまだ過信できない。 もちろん、剣士としてもまだまだだけどさ……」

まだまだ、父や母には当分追いつけそうにない。




そんな時……


「ロイ様!」

「ん?」

何やら慌てた様子で、アレンがロイの元へやって来た。


「ロイ様、城門まで来てください!」

「え?」

「ロイ様に、お見せしたいものが……」


アレンに言われるがまま、ロイは書物もそのままに城門へと向かった。




「……あ!」

そこには懐かしい飛竜の姿があった。


「エレル……!」

「ロイ様がフェレへお戻りになられたのを聞きつけてやってきたようです」


ロイはエレルの元へ駆け寄り、勢い良く抱きついた。

あの頃と変わらない、しかしどこか貫禄を感じさせる佇まい。


「…………」


エレルは何かを伝えたそうにロイを見つめている。

だが、その言葉はもうロイには伝わらない。

「……ごめん……
俺にはもう……お前の声を聞く力はないんだ……」


ロイが申し訳なさそうにそう言うと、エレルは少し寂しそうに唸りながら、顔をすり寄せた。


「でも、元気な姿が見られて……良かった……」



ふと、エレルは空に羽ばたいた。

そして甲高い声で鳴きながら、ロイの頭上を旋回している。

「…………?」

それを見て、エリウッドはもしかしたら……と、あることに気付いた。

「ロイと一緒に、散歩したいんじゃないかなぁ」

「! そっか……」


ロイは姿を変え、エレルの待つ空に飛び立った。

それを見たエレルは嬉しそうに宙返りをする。


「行こう、エレル!」





二人はしばらく空の旅を続けた。


「風が気持ちいいなぁ」

いつかまた二人で空を散歩するのが夢だった。

まさか、自分が竜になって飛ぶとは思わなかったけれど。



その時……


​ーロイ……​ー


「(! エレルの声……!?)」

懐かしい声が頭の中に響いてきた。

竜の言葉を聞く力は、もうない筈なのに。


ー私ノ声……届イテイルカ……?ー

「うん……わかる……わかるよ……」


ー私ガオ前ヲ訪ネテココヘ来タノハ……最期ノ別レヲ告ゲル為ダ……ー

「え……?」


ロイは一瞬、耳を疑った。


「最期って……どういうこと……?」


ー私ハモウ長クハナイ……ー


エレルの言葉がロイの胸に突き刺さる。



ー私ハ数年前カラ、治ルコトノナイ病ヲ抱エテイル。
モウ最期ノ時ハ近イノダ。
ダカラオ前ニ……改メテ礼ヲ言イ、別レヲ言イタカッタノダ……ー

「……そんな……」


ーオ前ニ命ヲ救ワレテカラ、私ハ幸セナ時ヲ過ゴシタ……
仲間ト穏ヤカニ暮ラシ、家族ヲ持ツコトモ出来タ……
……本当ニ感謝シテイルー


本当ならあの場で死んでいたはずのエレル。

ロイに助けられ、竜として誇り高い、最高の生き方をする事が出来た……と、嬉しそうに話した。

終わりの時が近いと知ったロイが、あまり悲しむことのないように。



ーオ前ハ覚エテイルカ?
私ノ傷ガ治ルマデ、共ニ過ゴシタ日々ヲ……ー

「もちろん……覚えてるよ」

ーアノ時……本当ハ、傷ハモット早ク完治シテイタ……
ダガ私ハ治ッテイナイフリヲシタノダ……ー

「えっ……!? どうして……?」

ー……ソレハ、オ前ト共ニ居タイト思ッテイタカラダ。
オ前ハ私ノ主人トハ違イ、私ノ事ヲ考エテクレテイタ……ー


エレルにとって、あの時必死に面倒を見てくれた幼い少年は大切な存在になっていた。

彼が自分の主人であったらどんなに良かったか……


ーダガアル日、仲間ノ声ガ聞コエタ。
オ前ト別レナケレバイケナイト思ッタ……ー


だからあの日、エレルはベルンへ帰ることを告げた。

別れを告げられたロイも辛かっただろうが、告げたエレルも辛かった。


どんなに一緒にいたくても、仲間の元に帰らなければならない。

リキアに飛竜の居場所など無いから……





ー……人間ト竜ノ架ケ橋ニナリタイ……ト言ッテイタナ。
ソノ志……オ前ナラバ叶エラレルダロウ……ー

「!」

エレルはベルンの地から、ロイの活躍を見聞きしていた。

ロイが竜の子だということも、ロイの夢さえも知っていた。


ーオ前ナラバ、キット夢ヲ叶エラレル。
何十年……何百年カカロウトモ、オ前ナラキット……ー

「エレル……」

ー私ハ、信ジテイル……ー


ロイは涙が出そうになった。

人と竜を繋ぐ夢に、少しだけ近づいた気がしたから。





その後、暫く散歩を続けた二人は草原に降りた。

あの時、エレルと別れた場所。


その事を思い出し、胸がズキンと痛くなるのを感じながら、ロイは人間の姿に戻った。


「ホントに、お別れなんだな……」

ー……ソウダ。モウ会ウコトモナイダロウ……ー

「…………」

ーダガ、悲シム事ハナイ。
私ガ居ナクナッテモ……私ノ心ハ、イツデモオ前ト共ニ有ルー


ロイは泣きそうなのを必死にこらえた。

例え永遠の別れだとしても、泣いてしまっては未練が残る。

お互いが幸せに別れられるように、ロイは絶対に泣かないと決めた。


ーアリガトウ、ロイ……
本当ニ……楽シカッタ……ー

「俺も……楽しかった。
あの時も……今も……
お前の顔が見られて……お前と一緒にまた空を散歩できて……凄く嬉しかった」


最後に思い出を作ることができて良かった……

ロイはそう呟いた。



エレルは翼を広げると、ふわりと宙に浮いた。


「……もう、行くのか」

ー少シデモ、家族ヤ仲間ト共ニ居タイ……ー

「……そっか、そうだよな」

ー……オ前ノ事モ、家族ト同ジクライ大切ナ存在ダト思ッテイル……ー

「そうなのか? ……それはありがたいな」

ーオ前ハ私ノ命ノ恩人……
竜ハ受ケタ恩ヲ決シテ忘レヌ。
オ前ノ名ハ我ガ一族ニ代々伝エテイク……
ソウスルコトデ、オ前ノ夢ヲ叶エル手助ケニモナルダロウ……

……オ前モ人トシテ……竜トシテ……誇リアル生キ方ヲセヨ……ー

「……ああ、わかった!
いつか英雄って……神様だって崇められるくらい偉大な存在になってやる!」

エレルは嬉しそうに唸ると、どんどん高度を上げていった。


ーサラバダ、ロイ……
……アリガトウ……ー


ロイはその姿が見えなくなるまで、ずっとエレルを見つめていた。

あの時と同じように……



「……ありがとう……エレル……」


幼い頃はわかった竜の言葉も、今はわからない。

それなのにエレルの声が聞こえたのは、エレルの意思の強さがロイに届いたからなのだろう。

竜の言葉がわからなくても、人と竜が手と手を取り合って生きて行けるように。

誰もが幸せになれるように。


エレルとの出会い……そして別れは、少年に大きな夢と使命を与えた。



「俺……頑張るよ。
いつかこのエレブ大陸を……人と竜の理想郷にする…… 絶対に!」


ロイは再び姿を変えると、澄み切った青空に向かって大きく吼えた。


飛び去ったエレルにも聞こえるように。


そしていつか必ず願いを叶える、その誓いを立てるために……



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