おつかれさま


「マルスに何かしてやりたい」

「……はい?」


その日、寝ぼけ眼でダイニングに向かったロイは突然、アイクにそう告げられた。


「何かしてやりたい」……
もしやケンカでもして、腹いせに仕返しでもしたいと言うのだろうか?

いやまさか、仲のいい先輩たちに限って……などと考えながら、ロイは首を捻る。


「え……っと?
話がちょっと見えないんですが……
『何かしてやりたい』って……何ですか?」

「もうすぐマルスの誕生日だろう」

「あ……はい、そうですね……」


4月20日はマルスの誕生日。

それを一週間前に控えたこの日、アイクはマルスに何かプレゼントをしたいというのだ。


『何かしてやりたい』が、仕返しをしたいという意味じゃなくてよかった……

いやまぁ、そりゃそうか。そうだよな。
ロイはほっとひと安心する。


「2月の俺の誕生日の時、他の連中はみんな忘れていたんだがマルスは覚えてくれていた。
ケン●ッキーのフライドチキンを5人前と、黒毛和牛のセットをくれてな……
本当に嬉しかった」

「…………」

「お前は忘れていたようだがな」

「……すいません……」


ロイはアイクの誕生日などすっかり忘れていた。

『アイク先輩は2月、マルス先輩は4月、俺は6月……
2ヶ月ごとに誕生日なんですね』と、昔自分で言ったのに。

そもそもアイクに話を切り出されるまで、マルスの誕生日も忘れていた。

大好きなお兄さん、大好きな先輩なのに。


「ただでさえ、俺は常日頃からあいつに相談に乗ってもらったり、手合わせをしてもらったりしている……
お前もそうじゃないか?」

「確かに、俺もかなりお世話になってる気がします」

「なのに俺達はあいつに何もしてやれていない」

「ですね……」

「だからこれを機に、あいつに感謝の気持ちを伝えたいと思うんだが……」

「なるほど……
感謝の気持ち……ですか」


あのアイクから『感謝の気持ちを伝えたい』なんてセリフが出たことがおかしくて、ロイは思わず吹き出しそうになる。

が、アイクは至って真剣。

ロイは必死に笑いをこらえた。


「しかしマルスは何が欲しいんだろうか」

「う~ん……」

「やはり王子だから、それなりのモノをやらんといかんか……」

「いえ、先輩は高価な物を貰って喜ぶような性格じゃありません。
きっと、『高い物を買うなら、みんなの為に使ってあげて』って言いますよ」

「そうだな……」

「贈り物は、気持ちが大事なんです」

「……気持ち……か。何だか難しいな」


単にプレゼントと言っても、考えるのは難しい。

自分が貰って嬉しいものでも、相手にとってはそうじゃないかもしれない。

逆に自分ではどうでもいいものが、相手には欲しかったりする……

そうして物々交換は成り立つんだぞ、とフォックスが話していたのを何故か思い出した。


それはさておき。

一週間以内に、何をあげるか決めなくてはならない。


「マルスが好きなもの、何かわかるか?」

「えっと……野草?」

「……それはただ詳しいというだけだろう……」


ただのボケですよ、とロイは笑う。

そして「う~ん」と考え込み、マルスが紅茶を飲むのを日課にしていることを思い出した。


「そうですね……先輩は紅茶が好きです。
それから、アップルパイも」

「アップルパイか……
お前、作れるか?」

「いえ……
美味しい紅茶も淹れられませんし」

「……俺もだ。
しかし、だからといって市販のアップルパイに適当に淹れた紅茶では、気持ちがこもっていない気がするしな」

「ですよね……」

「う~む……」

「う~ん……」


やはりいいプレゼントが思いつかない。


マルスが何を望んでいるのか。

それを知るためには、実際に見て確かめるのが一番だ。


「俺、ちょっとマルス先輩のこと観察してみます」

「観察?」

「先輩の日頃の様子を見て、先輩が今欲しがってるものが何なのかわかればいいかな、と」

「……なるほどな」


くれぐれも怪しまれないようにな、というアイクの言葉を背に受けて、ロイはコソコソと行動を開始した。

……見るからに怪しすぎる。





リビングに行くと、いきなりマルスの姿を見つけた。

うたた寝するピチューを膝に乗せて、鼻歌を歌いながら洗濯物を畳んでいる。


そして最後の一枚を畳み終えるのとほぼ同時に、リンクが声をかけた。


「マルスさん、ちょっとこっち手伝ってくれますか?」

「うん、いいよ」


どうやら野菜の皮剥きを手伝ってほしいらしい。

マルスは眠ったままのピチューを起こさないようにそっと下ろすと、キッチンへ向かっていった。



野菜の皮剥きを終えてすぐ、今度はコリンが慌てた様子でやって来た。


「マルス兄ちゃん、リュカのニワトリが何羽か逃げちゃったの!捕まえるの手伝って!」

「えぇ!? わ わかった!」



庭では子供達とニワトリの追いかけっこが始まっていた。

マルスは鶏の逃げる先を予測しながら、手際よく捕まえ鶏舎に戻していった。



そして全てのニワトリを何とか捕獲し、ほっと一息ついていると……


「マルスー、オルディン大橋で手合わせしようぜー」


今度はピカチュウが乱闘の誘いにやってきた。

マルスは嫌な顔一つせず、

「わかった、じゃあ10分後にね」

と笑いかける。



乱闘を終えて、疲れた体でリビングに戻ると、そこにはソファに寝転がるウルフがいた。


「ふあぁ……
マルス、ビッグマックとポテトLが食いたい……あとコーラも……」

「いいですよ」


寝言にも聞こえるウルフの頼みにも、マルスは笑顔で答える。


お使いにこっそりついていくと、ファストフード店に行く前に腰の曲がったおばあさんを見つけ、代わりに荷物を持って家まで行ってあげていた。

なんていい人なんだ。



極めつけは……


「おーいマルス、ヘル●ア緑茶持ってきてー」

「はいはい」


冷蔵庫と10m程度しか離れていないマリオからの「飲み物取ってこい」。

そのくらい自分で取りに行けよ、と思うが、マルスはしょうがないな、と苦笑いしながら飲み物を持っていった。

いい人にも程がある。




一通りマルスの後をつけたロイは、本人に気づかれ怪しまれる前に、アイクの元へと戻った。


「どうだった?」

「……マルス先輩の一日って、思ったよりハードでした……
リンクさんと変わらないくらいに…… いや、それ以上かも……?」

「そうなのか……」

「そんなマルス先輩に必要なのって……やっぱり……」

「休息……だな。
こんなバタバタした日々じゃなく、穏やかな一日……」

「……なんか無理そうですけど」


頼み事をされると断れない、マルスの優しすぎる性格も災いしているのかもしれないが……いつもあんな生活ばかりしていては身体がもたない。


そう話していると、張本人のマルスが二人を見つけて声をかけてきた。


「あ、いた……
アイク! ロイ!」

「ん?」

「うわぁ!? マルス先輩!?」


思わず反射的に叫んでしまった。

まさかバレていたのか……とドキドキするが、マルスは不思議そうに首をひねる。


「……? 僕、脅かしたつもりはないんだけど……」

「あ いえ……すみません。
どうかしたんですか?」

「これからいろんなお店でタイムセールがあるんだ。人手が足りないから、君達にも手伝って欲しいんだけど……」

「わかった」

「もちろんです!」


あれだけ動き回ったあとで、今度は特売品の買い出しまで行くという。

本当にハードな一日だ。


アリティアで王子として暮らしていた頃だって、精神的にも肉体的にも疲弊しきる毎日を送っていただろう。

それなのに、スマッシュワールドに来てもマルスは全く変わらず、まるで忙しいのが当たり前みたいに過ごしている。


侯爵家の生まれでありながら、比較的甘やかされ自由に過ごしていたロイや、
平民として生まれ、身分に縛られず傭兵として自由に生きてきたアイクには考えられないこと。


改めて、二人は「一日でも、マルスをこの多忙な日々から解放してやりたい」……
そう思うのだった。








「必要なものは、これで全部か?」

「うん、ありがとう」


言われた通りの食材や雑貨を全て揃え終わり、マルスは付き添いで来た時姫と共にレジへ向かっていった。


「ふぅ……」

いろんな店をはしごして、歩き回ったロイはもうくたくた。

だがロイはこの後、竜の姿で大量の荷物を運ばなければならないという、最重要の仕事が待っている。


セールの最後に訪れたこの場所は、街で一番大きな有名デパート。

精算が終わるまではまだ時間があるため、ロイはあることを考えていた。


「アイク先輩、何かマルス先輩に良さそうなものがないか探してみましょう」

「む……そうだな」


マルスに一番必要なのは「休息」だが、それだけではあまりにも申し訳ない。

そもそも休息なんて満足にあげられるかもわからない。


だがこれだけ広い店なら、何かマルスに合うプレゼントが見つかるかもしれない。

二人は後ほど、入口で皆と落ち合う約束をし、店を見て回ることにした。
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