子供の世話は楽じゃない


それは、まだスマッシュワールドが創られて日の浅かった頃の話。

まだファイターも25人しかおらず、お互いをよく知らない時だった。


「……おい、そこの赤毛」


そう話しかけてきたのはねずみポケモンのピカチュウ。

当時はまだ全然仲が良いわけでもなく、話しかけられたのもこれが初めてだったかもしれない。


しかし馴染みのない相手にいきなり「おい、そこの赤毛」なんて言われて、第一印象が最悪だったのは間違いない。

せめて赤髪と呼んでくれれば、その方がカッコ良かったのに。


「ロイっつったか、お前に頼みがある」

「俺に?」

「ああ。俺の弟のピチューは知ってるな?」


そう言われて、ロイはいつもピカチュウの隣にいた小さいポケモンを思い出す。


「弟……あー、お前に似てるあの耳の大きいやつな」

「そうだ。俺はこれからマスターハンドとかいうクソ右手野郎に頼まれて、山に出向かねばならん。
その間、俺の弟のピチューを預かって欲しい。
つーか預かれ」

「命令口調!?
てかマスターの扱い酷いな…… それに何で俺なんだよ?」

「前にお前がネスやコリンと親しげにしてるのを見て、お前は子供の扱いが上手いと思った。
お前ならピチューの子守りを任せられる」

「ちょ……待てって!
俺は子供は好きだけど世話が得意な訳じゃ……」

「安心しろ。子守りっつってもピチューはそこまでガキじゃねぇ。
確かに最年少で甘えん坊だが、していい事と悪い事の区別くらいはつく。そこまで苦労はしねぇはずだ。
お前がいつも他の子供と接するようにしてやってくれればいい」

「んー……そっか、わかった」


今日は予定があるわけでもないし、特に断る理由もない。
ロイは快く引き受けることにした。


「……つーかお前、随分口が悪いな?チビのくせに」

「俺は16歳でお前より年上だ。
それに種族の中では平均的な大きさだ。
人間としてチビなお前に言われたくねぇ」

「うっせー!俺だって15歳で平均的な身長だっつの!」

ムキになるロイを見て、ピカチュウは疑い深そうな視線を投げかける。

確かにマルスと一緒の時は目線を上げないと顔が見えないし、一部の女性より背が低いのは少しコンプレックスだったりする。

が、あくまで平均なのだ。普通なのだ。


「……本当は弟も連れて行きてぇが少しリスクを伴う仕事だ。
まだ幼いアイツを危険な目に遭わせるわけにはいかねぇからな」

「……お前は大丈夫なのか?」

「俺はそんなヤワじゃねぇ。
お前に心配される筋合いはねーよ」

「あぁそう……」

ホントに口も態度も悪いネズミだな、とロイは不機嫌になる。


「……それじゃ、俺はそろそろ行かなきゃならねぇ……
ピチューに会わせるから、お前ついてこい」

何でこんなちっこい奴に上から目線で言われなきゃならないんだ、と思いながらも口には出さないでおく。

言ったら自分もまたチビ扱いされて自己嫌悪になりそうだ。





「いててて!そんな引っ張るな!」

「あはは♪キツネさんのおみみー♪」

「キツネじゃなくて俺にはフォックスって名前が」

「ふぁっくす?」

「誰がファックスだ!
あぁもう親父何でこんな名前付けたんだよ!
親父はジェームズって平凡な名前なのに!」

「びよ~ん♪」

「いててて!」


ピチューはリビングでフォックスの耳を引っ張って遊んでいた。

本当はファルコもいたのだが、ピチューに捕まって遊ばれる前に逃げ出したのだという。

「(ファルコの野郎後でシメる!)」


そんなところに現れた、ピカチュウという名の助け船。


「ピチュー!」

「あっ おにーちゃん!」

兄の姿を見つけ、一目散に駆け寄りぎゅっと抱きつく。


「(助かった……)」

解放されたフォックスはホッとしたように去っていった。


「ピチュー、昨日も言った通り俺は今日出かけるからな」

「いつかえってくるの?」

「わからねぇ……もしかしたら遅くなるかもしれねぇ」

「…………」

「そんな寂しそうな顔すんな。
俺が帰ってくるまで、この赤毛に遊んでもらえ」

「赤毛って言うな!」

「コキ使っていいからな」

「おい!」

「んじゃ頼んだぞー」


ピカチュウはケロッとした顔で家を出ていく。


「…………」

「………………」

残されたピチューとロイの間には、なんだか気まずい沈黙が流れた。

いきなり馴染みのない子供と二人だけの状態にされればそれも当然か。


しかし、世話を頼まれている以上いつまでもこの沈黙のままでいるわけにはいかない。


「(さて……どーすっかな……)」


兄貴があんなヤンキーであるのに対して、弟は穏やかで素直そうに見える。

今は兄ではない、よく知らない人間の少年と一緒にいるせいか、オドオドと挙動不審になっていた。


だがロイが抱っこしてやると、ピチューは嬉しそうに笑った。

子供らしく無邪気な笑顔だ。


「……とりあえず……ピチューだっけ、お前の兄貴が帰るまでの間……よろしくな」

「……おにーちゃん、なまえなんてゆーの?」

「……ロイ」

「ろい?
あは、ヘンななまえー!」

「お前に言われたくねぇ!」


すると今度はロイの髪を触ってケラケラ笑っている。

「すごいあたまー!バクハツしてるみたいー!
それにマルスにーちゃんよりちっちゃいねー」

「…………」


……前言撤回。
素直すぎて毒舌だ。


果たして自分にこの子の世話が務まるだろうか。

ロイは先行きが少し不安になった。



「……で、お前はいつも兄ちゃんと何して遊んでんだ?」

「うーんとね、かくれんぼとか、おにごっことか!
あと、おみせやさんごっこ!」

「ふーん?」

「ボクがおみせのひとで、おにーちゃんがおきゃくさんになるの!
それでね、ボクがおにーちゃんにきのみとかおかしをうるの!」

「へー……」

「おにーちゃんはとにかくわらえっていってた!
『えいぎょうスマイル』がだいじなんだって!」

「そ そうか……」


それにしても、あのヤンキー鼠が弟の子供じみた遊びに付き合っているのかと思うと、何だかおかしくて笑えてくる。


「でも俺がそんなことしても虚しいっつーか性に合わねーっつーか」

「ダメなの?」

「んー……
そうだ、とりあえず外で遊ばねーか?」

「うん!」


外には大きな公園のような遊具が一式揃っている。

子供達はわざわざ遠くまで遊びに行かなくても、庭だけで夕方までじっくり遊べてしまうのだ。


「みてロイにーちゃん!ボクね、こーやってくるんってまわれるんだよー!」

「そんなの余裕だな、むしろ俺なんか側転できるぞ」

「むー……てつぼうだってできるもん!」

「ふんだ、俺なんか逆上がり出来んだからな! うりゃあっ!」

「あっ、なわとびやろー!」

「ちょっ……おまっ今の俺の華麗な回り見てなかっただろ!
縄跳びやんのか!?だったら俺の素晴らしき二重跳びを……わあぁ!」

「あははロイにーちゃんコケたー!」

「うるせぇ!」


気が付けば、ロイも子供を戻ったかのように一緒になって遊んでいた。

一緒に遊ぶことでお互いの緊張が解れ、いつの間にか二人はすっかり仲良くなっていた。



「つぎはなにしよっかな~……
……あ!」

ピチューは一目散に砂場へと駆けていった。

その一部はコリンが作った大きな泥のたまり場になっていて、ピチューも普段からよくここで遊んでいるのだ。


「ロイにーちゃん! どろんこあそびしよー!」

「あー? しねーよお前一人でやれよ」


どうして子供というのは泥遊びが好きなのだろう。

ロイのような歳になると入りたいとも思わないし、汚れの後始末が大変なだけで楽しさなど全くわからない。

当のピチュー本人は泥の中を走り回ったりジャンプしたりと楽しそうだが。

「お前そんなんで楽しいのか?」

「うん!」

「俺にはわかんねーな……」


その時だった。


「あ」

ピチューは足を滑らせ、見事に泥の中にダイブしてしまった。

ファルコンダイブならぬピチューダイブだ。


「ちょ……おま……大丈夫か?」

「ふえぇ……」

起き上がってみれば、大きな顔の表面に綺麗に泥が付いている。

例えて言うなら泥パックだ。

おまけにロイの服にも泥が飛び散ってついてしまっている。

特にズボンが白いためシミになると厄介だ。


「ロイにーちゃぁん……」

「ぷくく……ひでー顔……」

「わらわないでよ~……」

「悪い悪い」


ロイは笑いを何とかこらえると、ピチューの手を引っ張りスタスタと歩き出した。

「? どこいくの?」

「風呂場だよ。汚れ落とさないとな」

「おふろ……?」





屋敷備え付けの大浴場に来たまではいいものの、それからが大変だった。

まず泥を落とさなきゃいけないのに、風呂場に入った瞬間ピチューはあちこち走り回る。


「きゃはははー♪」

「こら風呂場で走るなっ!」

「あうっ」

「……言わんこっちゃねぇ……」


派手に転んだピチューを起こすと、そのまま逃げないようにしっかり捕まえ、先に顔の汚れを落とす。

一通り綺麗になると、また「わーい」と走り出してしまった。


「やれやれ…… ……ん?」


ふと、ロイは湯船の中に誰かがいるのを見つけた。

「あっ……リンク!マルス先輩!」

「やぁ」

「何だ、誰かと思ったらロイじゃねーか!」

それは仲が良く、普段から一緒にいる親友二人。

アリティアの王子マルスと、やんちゃな時の勇者リンクだった。


「こんな時間にどうしたんだ?」

「ピチューと遊んでたら泥だらけになっちゃってさ……
ピカチュウの奴に1日世話を頼まれたんだよ」

「ふーん……大変だな」

「まぁな……あんな感じだから……
……ってシャワー止めろバカ!」

ピチューは全てのシャワーを全開にしてさも楽しそうに笑っている。


「先輩達も手伝ってくださいよ、一人じゃ大変なんですよ」

「手伝ってあげたいのはやまやまなんだけどね、このあとも予定が詰まってて……」

当時からマルスは皆の手伝いや頼まれごとに奔走していた。
ゆっくり風呂に入れるのも今の時間しか無かったのだという。


「お前手伝えよリンク」

「俺ちびっ子苦手だし☆」

「……お前中身はコキリ族のちびっ子だろが……」

「コキリ族じゃねーよホントはハイリア人なんだよ」

「はいはい」


リンクが子供苦手、というのはまぁ嘘なのだが(単に面倒くさかっただけだろう)、どうやら一人で頑張るしかなさそうだ。


「わーい♪」

「こらピチューてめぇ待っ……
いだぁ!」

「ロイにーちゃんまたコケたー!」

「あっはははロイ下半身丸見えだぞー?」

「見んなバカ!スケベ!」

「誰もお前の残念な体なんか興味ねーわ」

「んだとぉ!?」

「……えっと……少し静かにしてくれないかな……」


ぎゃあぎゃあと大騒ぎの大浴場。

リンクが邪魔する上にピチューがなかなか言うことを聞かなかったため、その後風呂を出るまでに2時間もかかってしまったのだった……
1/2ページ
スキ