重い剣
「……よし。
これで切れ味も戻っただろう」
その日、アイクは趣味の一つである剣の手入れをしていた。
自分の持つ剣だけでなく、他の剣士が使う剣もピカピカに磨き上げる。
その為、彼に手入れを頼む者も少なくない。
そして今は、愛弟子の使う『封印の剣』の手入れを終えたところだった。
手入れの済んだ剣は、すぐに持ち主に返す主義。
すぐに乱闘等で使う人もいるかもしれないからだ。
同じく綺麗にした鞘に剣を納めて、アイクはマルスに封印の剣を手渡す。
「マルス、これをロイに届けてきてくれ。
その間に俺はお前の剣を磨いておく」
「わかった、じゃあ頼むね」
いつものように、マルスがロイに封印の剣を届けに行こうとした時。
「まって、マルスにーちゃん!」
「?」
マルスの前に、小さなこねずみポケモンが立ちはだかった。
いつも遊んでくれるロイが大好きな、ピカチュウの弟『ピチュー』だ。
「それ、ボクがロイにーちゃんにとどけてくる!」
「ピチューが?
……でも、凄く重たいよ?」
「だいじょーぶ!
だから、ね? おねがい!」
正直不安ではあるが、ピチューの瞳は『どうしてもこの役目を引き受けたい』と輝いている。
『ロイ兄ちゃんにとって凄く大事なものを無事に届ければ、ロイ兄ちゃんが誉めてくれる』……そう思ったのだろう。
そんなピチューの気持ちを汲んで、マルスはピチューに任せてみることにした。
「わかった、じゃあお願いするね。
でも、引きずったり落としたりしちゃダメだよ?
ロイの大切なものだからね」
「うん!」
ピチューはマルスから剣を預かり、よたよたと歩き出した。
途中、振り返って「だいじょーぶだよ」と言いはしたが、再び歩き出したその後ろ姿は酔っ払いの千鳥足のよう。
「……本当に大丈夫なのか?」
「う~ん……」
アイクもマルスも、危なっかしいその姿に、やはり心配を隠せなかった。
ピチューは剣をしっかり両手に抱え、バランスを上手くとりながらロイの部屋を目指した。
落とさないように、引きずらないように注意を払いながら、少しずつ進んでいく。
「よいしょ、うんしょ……」
そんな危なっかしい姿を見つけたのは、飲み終わったロンロン牛乳のビンを綺麗に洗っていたコリンだった。
「あれ、ピチュー?」
「あ、コリン……
……よいしょ……」
「何でピチューがロイ兄ちゃんの剣持ってるの?」
「これ、アイクにーちゃんがピカピカにしたの。
それでね、ボクがロイにーちゃんにとどけるからって、マルスにーちゃんにおねがいしたの」
「あ~なるほど……
またアイク兄ちゃんがロイ兄ちゃんの剣を磨いて、マルス兄ちゃんが配達しようとしたとこをピチューが引き受けたってわけか」
「『ごくひにんむ』だよ!」
「極秘じゃないと思うけど……
大丈夫? 重くない?」
「だいじょーぶ!」
「今は大丈夫かもしれないけど……」
こういうのは、後からじわじわと来るものじゃないだろうか。
暫くすれば腕は疲れ、剣も今よりずっしり重く感じるだろう。
「(オレもついてった方がいいかも)」
もしもの時に備え、コリンはピチューの後ろをついて行くことにした。
何故なら、後ろから見ると踊っているかのようにフラフラで、本当に危なっかしいからである。
だがピチューには、そんなコリンがうっとおしいようで。
「もぉ……なんでついてくるの!?」
「だって心配でさ……
すごいフラフラしてるし」
「だいじょーぶだもん!」
「オレには大丈夫に見えないよ……
……それよりピチュー、ちょっとその剣触らせてよ」
「だめ! おとどけものだもん!」
「お願い、ちょっとでいいんだよ……」
今まで子供達がロイの封印の剣に触れたことは一度もない。
大切な剣だから、やたらにイタズラされないように、触ろうとすればいつも檄が飛んできた。
だからコリンも、ロイに届けるまでのこのチャンスに、一度触ってみたいと思ったのだ。
「ね、ホントに少しだけでいいからさ……」
「……………」
「お願いっ!」
「……わかったよぅ」
コリンの押しに負けて、ピチューは渋々、封印の剣を手渡した。
「うわ、重っ……
これはマスターソードと同じくらいあるかも……」
封印の剣はコリンが思っていたよりも重く、これを振り回し戦うには相当な腕力や体力を必要とする。
まして、コキリの剣装備のコリンにとっては自分の身長と剣の長さが同じくらい。
これをピチューが運ぶのは、相当大変なことだと思われる。
が、ピチューは早く返して欲しいらしく、ずっと腕を組んで厳しい視線を送っていた。
「ロイ兄ちゃん、いつもこんなの振って戦ってるんだね……凄いなぁ」
「コリンにはおっきいね」
「うん……オレもマスターソード扱うにはちっちゃすぎたから、7年も封印されちゃったんだもんなー」
「ね、もうかえして」
ピチューは半ば強引に剣をひったくり、再び大事そうに抱えて歩き出した。
自分なりに使命感を感じているのか、その目線はどこか真剣。
真面目な顔が何だかおかしくて、横を歩いていたコリンは密かに笑いをこらえていた。
任務を引き受けてどれほど経っただろうか。
「……ついた!」
休憩を挟みながら、長い時間をかけて、二人はようやくロイの部屋の前にたどり着いた。
「ロイにーちゃーん!
おとどけものだよーー!」
ピチューが声を張り上げ、何度も戸を叩いてみるが……中からの返事はない。
ロイは耳もよく、例えシャワーに入っていても来客にはすぐ気付くはず。
「ロイにーちゃーーん!」
これだけ声をかけても出てこないということは、部屋にはいないのだろう。
「いないみたいだね……」
「……うう……」
せっかくここまで頑張って運んできたのに、とピチューはがっかり。
コリンはそんなピチューを慰めるように、優しく頭を撫でた。
「他を探そう。
オレも付き合うからさ」
「……うん」
ピチューは再び剣を抱え、どこにいるかもわからないロイを当てもなく探し始めた。