兄弟喧嘩


その日、Mr.ゲーム&ウォッチは庭で日向ぼっこを楽しんでいた。

「いやぁ、今日は天気がいいですねぇ」

澄み渡る空を眺めながら、黒い塊​──クッキーをサクサクと美味しそうに頬張る。


平面人間には平面人間専用の食べ物がある。

もちろん普通の食べ物も食べることは出来るが​──元々生活していた次元から何もかもが違うため、この世界では暮らしているだけでストレスが蓄積していく。

慣れによって緩和されるものではあるが、完全に無くすことは出来ない。気づかないうちに心は少しずつ疲労する。

そんな時に、慣れ親しんだ平面世界の食事は彼のストレスを解消するのにうってつけだった。

平面世界の食べ物を食べて、何も考えずボーッとすること。

これがMr.ゲーム&ウォッチの最大のストレス解消法だった。


「しかし、体が黒いせいかだいぶ熱くなってきてしまいましたね……そろそろ戻りますか」

漆黒の体は太陽光を吸収する。

十分のんびりしたし、誰かが触れたら火傷しそう…という程に全身が熱を持ったため、部屋に戻ることにした。


その時……


「マリオのわからず屋ーーッ!」

突然の大声にビックリして飛び上がってしまった。

「ええと……今のはルイージさんの声……?」

カクついた足取りで、ウォッチは声のした方へ向かう。

そこにはとても穏やかじゃない雰囲気のマリオとルイージがいた。


「わからず屋なのはお前の方だろうが!」

「もう知らない!勝手にすればいい!」


「珍しいですね……何かあったんでしょうか」


マリオがプンスカ怒りながらその場を立ち去ったのを見届けて、ウォッチはルイージに近づき声をかけた。


「こんにちは、ルイージさん」

「ウォッチ……もしかして今の見てた?」

「すみません、近くにいたもので」

「……そっか……なんかごめん、恥ずかしい所見せたね」

「いえ、珍しいなぁとは思いましたが」

感情を落ち着けようとしているのか、ルイージは深く深呼吸をする。

「……僕、怒ってもそんなに大声出さないというか……むしろ黙る方なんだけど……
今日はアイツがあまりにもわからず屋だったから思わずっていうか……
あぁダメだ、もう思い出しただけで腹立ってくる……」


いつもより口数が多く、イライラしているのが伝わってくる。

怒ったところを見ると、やっぱりマリオによく似ているな…なんて思ったが、今それを言うと火に油どころかガソリンなのでやめておいた。


「そんなに怒るなんて、一体何が原因なんですか……」

「原因……? んー……何だっけ……」

「忘れたんですか!?」

「なんか些細なことだったとは思うんだけど……気づいたらなんか言い争いになってて……罵詈雑言のオンパレードに……
……いや、マリオは馬鹿だし語彙力ないから小学生みたいな悪口しか出てきてなかったけど。馬鹿だから」


……見えないところで馬鹿を連呼されるマリオ、ご愁傷さまである。

ルイージといえばいつも冷静で頭の良いイメージが強いが、今の彼はどちらかといえばちょっと子供っぽい。

意外な一面、これはこれでいいものを見れた気がする……などとウォッチは内心考えていた。


「でも、ずっと険悪なままも嫌でしょう?ここはひとつルイージさんが大人になって謝ったりとか……」

「無い。絶ッッッッ対に無い」

即答されてしまった。

ルイージは意外と頑固なところがある。兄弟喧嘩となると尚更なのだろう。

これは厄介だなぁ、とウォッチは苦笑いした。





片方だけに話を聞くのはフェアじゃない。

そう思い、今度はマリオを探した。


「あ、いました」

ダイニングテーブルに見慣れた赤シャツとオーバーオールの姿が見える。

心做しかその背中は少し小さく見えた。

大盛りのキノコパスタをフォークでクルクル巻きながら、食べるでもなく深いため息をついている。

「マリオさん」

「ん?」

「ここですよ」

平面ゆえに気づかれにくいのはいつもの事。少し角度を変えれば、黒いボディが露になる。

「うぉっ……ウォッチか……」

「ルイージさんとケンカしたみたいですねぇ」

「……お前、さてはあの場にいたな?」

偶然居合わせてしまっただけですよ、とウォッチは笑う。

マリオは恥ずかしそうに頭をかいて、ため息をついた。


「……まぁ、よくある事だよ。子供の頃からずっと繰り返してるありふれたケンカだ」

「そうなんですね……兄弟だからこそ、でしょうか。
……でも、このままは嫌でしょう?サクッと謝って仲直りする気は……」

「は? 絶対無いが?」


……貴方もですか。

強情なところまでよく似た兄弟である。……いや、出来れば似ないでほしい。


さっさと謝ってしまった方がいい、その方がダメージは少なくて済む。これ以上拗れなくて済む。

マリオだって、そんなこと頭ではわかっているのだ。

……わかっているん、だけど……


「あ」

……タイミングがいいのか悪いのか。

いや、悪い。

リンクとルイージが、マリオのいるダイニングを通りすがろうとしていた。

状況を理解しているのか、リンクはマリオとルイージを交互に見ておろおろしている。

途端、マリオは冷静さを欠いてしまった。


「……なんだよお前、謝りにでも来たのか?
謝ったところで俺は許すつもりないけどな?」

「………………」

ルイージは無視してその場を去ろうとする。

相手にするだけ無駄だと思ったのだろう。

…………が。

「なんで何も言わないんですか〜?何も言えないくらい頭悪くなっちゃったんですか〜〜?」

マリオの更なる追撃に、ルイージは足を止めて深呼吸する。

「……こういう時はアンガーマネジメントだ……
……1……2……3…………
…………よし、ぶっ飛ばす」

「わーー!落ち着いてルイージさん!全然マネジメント出来てません!!」

マリオの挑発攻撃、6秒もたないアンガーマネジメント。

……ダメだこの人達、早く何とかしないと。


「マリオさんなんで挑発するようなこと言うんですか!」

「うるせー!ルイージの味方すんならお前も敵だ!」

「なんでそうなるんですか、もぉ〜……」

子供じみたマリオの言い分にリンクは肩を落とす。

「ウォッチさん助けてください〜……この2人、怒りのメーター振り切れちゃって僕にはどうすることもできません〜……」

「私のような平面人間には何もできませんよ……」


まったく、見ている方は胃が痛くなってくる。


「……謝る気は無いし、バカを相手にしてる暇もない。
暫く僕の前に顔出さないでくれる?」

「うるさいバーカ!俺だって謝らねーし顔見たくねーよ!バーカバーカ!」

「マリオさん……」

いや、本当に小学生みたいな言い方だな。

ウォッチとリンクは揃って「こりゃダメだ……」と肩をすくめた。
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