死者の代理人(旧)
セレンに、あたしが「死者の代理人」として、どう行動すれば良いのかとか、霊能力というと気楽な感じがするけれど、人間には持っていない「特殊能力」とか、とにかく様々なことを実践を含めて、たたき込まれていた。
普通、「死者の代理人」は自分の陣地……というか、テリトリーをもっているらしいんだけれど、セレンはそれを持っていない。あたしと出会う前から、「代理人」のいない「空き地」を転々と旅していたという。
セレンによって「代理人」になったあたしも、もちろん、旅をしている。
そして、これは、旅を始めてから、つまり、あたしが「死者の代理人」になってから、一年ぐらいたったぐらいの話である。
その日は、たまたま休息日として、セレンと二人で訪れた街を歩いていた。
この街は、車の往来も多く、コンクリートジャングルではあった。しかし、あたしの生まれた街のように、人々は死んだ目をしておらず、とても活気に溢れ、人々は生き生きとしていた。
様々な飲食店やブティックなどが多く並び、垢抜けた街だなと思った。
あたしたちはしばらく歩いて、街の外れまで行くと大きな建物があった。トラックなどの往来が頻繁に行われている。そして、止まったトラックの後ろから、荷物を下ろしている筋肉質の男性達が見えた。
「あの建物、トラックが多く止まっているな」
とセレン。あたしは、
「ああ、あれはきっと市場よ」
「市場? あれが? あんな建物に市場があるの?」
驚きを隠せないセレンは話を続け、
「久々にこの街に来たんだけれど、市場と言えば、前は露店だったよ。ここまで大きくなっているとは思わなかった」
と感心したようだった。
あたしの生まれた街にも市場はあったし、時々連れて行ってもらったから、市場についてよく知っているつもりだったけれど……
「確かに、ここの市場が大きいわ。っていことは、食べ物がおいしいのかしら」
そう呟くと、市場から出てきたと思われる大きな荷物をもった、中年のふくよかな女性が、あたしに、
「おいしいわよ。世界中のおいしいものがそろってるわ」
と自信ありげに話しかけてきた。
「お二人さん。もしかして、学校抜け出して、デート? うふふ。若いって良いわね。サービスするわ。おいで」
そういうと、中年女性はあたしの手を握り、
「いいところ、紹介してあげる。うふふ」
というと、手を引っ張り、無理矢理、街の中心部へと戻る道へ連れて行かれた。
「僕ら、そんな関係じゃないのにな」
後ろでぼそりと呟くセレンの声が聞こえた。
☆
着いた先は喫茶店だった。
中年女性は、喫茶店の前でマスターと思われる男性に大量の荷物を渡すと、
「うふふ。ここ、私が卸しているお店。カボチャパイとシナモンティーががオススメよ。マスター、彼女らに勉強してあげて」
「はいはい。伯母様にはかないませんよ」
マスターの声は優しいものだった。
セレンの姿が見えないことに気がついた中年女性は、
「あれ、彼氏は?」
と言うと、後ろから
「いますよ」
セレンの声が聞こえる。多分、テレポーテーションに近い能力を使ったのだろう。
「まったく、彼女をおいていくなんて、薄情ねぇ! せっかく学校を抜け出しているんだから、しっかりしなさいよ!」
そういうと中年女性は、大きな声を上げて笑い、去って行った。
若いマスターは、ドアを開け、
「君らも大変だったね。おごるよ。オススメはカボチャパイと、シナモンティーなんだけれど、嫌いじゃないなら、どうぞ」
マスターは、優しい声でニッコリ笑った。
「どうしよう、セレン」
あたしはヒソヒソとセレンには尋ねる。
「ここは好意に甘えよう」
そう言うと、セレンは
「ありがとうございます」
と言って、微笑み返した。
☆
「まさか、こんなことになるなんてね」
カボチャパイをほおばりながら、あたしは言う。
「ここは学園都市も兼ねているからね。平日に僕らぐらいの年齢の子どもが、街をうろうろしているのが、おかしいんだよ」
セレンはそう言いながら、砂糖を入れ、シナモンスティックで紅茶を混ぜる。一口飲むと、
「おいしい」
とだけ言った。
「これからどうしよう」
セレンに尋ねる。
「うーん。もうそろそろ、ヘカテ様からの司令が来ると思うんだけれど」
セレンがそういった刹那、テーブルの上に蝋で封してある手紙がおいてあった。
「あっ。これ……」
何度も見た、「女神ヘカテの手紙」。これの指示通りに、あたしたちは行動をしなければならない。
「ね、言ったとおりでしょ?」
あたしの驚きにセレンは笑った。
「開けてみなよ」
セレンはそう言うと、手紙をあたしに差し出した。
あたしは、「手紙」を受け取ると、丁寧に封を開けた。パッと光ったと思うと、折りたたまれた便せんと、大体五センチ四方のバラが彫られたオルゴールが出てきた。
便せんを読むと、死者がこのオルゴールをある人に渡して欲しいというものだった。しかも、時間指定。
「オルゴールをこの場所へ持って行くのかしら? 時間通りに? めんどくさいけれど、いつもみたいに、逆襲に走るよりは簡単じゃないの!」
あたしはそう気軽に言うと、セレンが
「じゃあ、一人でやってみなよ、君が」
と言う。あたしは、驚いた。
「あたしが? この事案に?」
「うん。簡単だと思うケースからやってみるのが一番だよ」
セレンはにこにこ顔で言う。あたしは引っ込みがつかなくなって、
「えぇ、やってやろうじゃないの!」
と強がった。
「僕は何もしないからね。テル、自分一人の力でやってよ?」
セレンのこの言葉がとても心細かった。
☆
あたしは、指定された時刻に指定された場所へ向かった。
そこは、住宅街の一角で、一番古そうなアパートだった。郵便ポストの名前を頼りに、その号室まで行く。
部屋の前まで来ると、思わず鼻をつまむほど、とても臭かった。でも、初仕事。セレンもいないんだし、一人で頑張らないといけない。あたしは意を決してチャイムを鳴らした。
反応はなかった。三回ほど鳴らしたが、結局反応はない。
「んーなんなんだろ? ここには人が住んでいないのかなあ」
あたしはぼやくと、後ろから、
「あなた、どなたでしょうか」
と話しかける椿黒の髪が美しい女性の姿があった。
☆
「ここね、私の行きつけなの。あなたも知っているなんて、驚いたわ」
「いや、無理矢理連れてこられたんです……」
さっきセレンと行った喫茶店で、あたしはアパートで出会った女性とこんな会話をしていた。そして、
「どうして、あなたはあんな場所にいたの?」
「あなたはあの方のなんなの?」
「あの部屋に入りたがっていたの? 入りたいの?」
となどなど、根掘り葉掘り聞かれた。
くたびれたあたしは
「これを渡しに来たんですよ!」
と言って、オルゴールを見せた。それを見た女性は、
「返して。それは私のよ」
と言った。あたしは、
「身も知らない方に渡すわけにはいきません」
そうはっきり断った。女性は、うーんと悩むと、勢いよく、こう言った。
「わかったわ。話すわよ。私はね、『レンタル屋』なの」
そして、女性は話を進める。
「レンタル屋」とは、この街独特の職業で、この街に最近増えているひきこもりを社会復帰させる人のことだとか。
「そんなに需要があるんですか? こんなに活気がある街なのに」
純粋にあたしはレンタル屋の女性に質問をした。
「えぇ。最近増えているのよ。この活気について行けない人々がね。だから、私はこの仕事をしているの」
「へぇ……」
正直驚いた。どこの街にもいわゆる「落ちこぼれ」っていうのがいると言うことに、だ。あたしもその類いだったから、人のこと言えないんだけれど。
「では、あの人はひきこもり……と」
「ええ、そうよ」
あたしの質問にレンタル屋の女性は答える。それから、女性は、私にとって恐ろしいことを言われてしまった。
「ねえ、あなた、学校は? どこ中なの? ここでたむろしている場合じゃないでしょ!」 あたしはパニックに陥ってしまった。どうしよう。助けて、セレン! と叫びたかった。
「あなた、こういうのをね、非行少年っていうのよ? オルゴールを頂戴。そして、学校へ行きなさい!」
ヒステリックに大声で叫ばれ、ますますパニックになるあたしに、はす向かいでお茶を飲んでいた男性が近づき、
「ごめんなさい、妹がちょっと、法事から抜け出しちゃって。会計は払います。さ、行くよ」
と言って、会計を済ますと、あたしの手を引っ張って、喫茶店から抜け出た。
そして、しばらくそのままの状態で、人混みを歩いていた。
男性は黒く長い髪を一本に結んでおり、赤い目をしていた。年齢はだいたい二〇代ぐらいだろうか。
一本人通りの少ない路地に入った。そして男性は、あたしの顔をまじまじと見ると、
「セレンもなかなか酷な事をするよね。新人さんにこんなにきつい仕事をさせるなんて」
あたしは、この男性がセレンの名を言ったことに驚きを隠せなかった。
「えっ。セレンを知ってるの?」
そう言って、あたしは、今までつないでいた手を離したとき、
「ヘリウス! お前、何故いる!」
という怒鳴り声が聞こえた。
あたしは振り向くと、銀髪の青年がもの凄い形相で現れた。
「やあ、セレン。彼女の年齢にあわせるために、ガキの姿になったって聞いていたけれど、やっぱり、そっちの方がすっきりするな」
ヘリウスといわれた黒髪の青年は言う。
「えっ。セレンなの?」
私はびっくりした。セレンがなんで青年のすがたをしているの?
セレンは、
「うるさい。彼女に口出し、手出しするな」
とさっきと打って変わって静かな声で話す。対して、ヘリウスは
「うーこわいこわい。お前が、ヘカテ様に愛されているからって、あんま、調子のりすぎるなよ?」
と言いながら、あたしの長い赤毛を触る。なんだか、髪が燃えるような感覚に陥った。
「やめてください!」
あたしは、思わずそう言うと、ヘリウスを突き飛ばした。彼はバランスを崩し、倒れ込む。
「お前、いい気になっているなよ! いずれ冥界の頂点に立つのは、この俺だ!」
よろけながら、立ち上がったヘリウスは、そう言い、人混みの多い通りへ走って行った。
セレンの方は、ため息をつきながら、
「テル、あいつとは二度と口をきかないでよ」
と言った。
「助けてくれてありがとう。でも、セレン、その姿は何? なんで大人になっているの?」
そう純粋に疑問をぶつけたあたしに
「あいつも言っていたでしょ、この姿で一四歳の女の子を連れ回したら、犯罪じゃないか」
とはにかみながら、セレンは言った。
そして、指を鳴らすと、セレンはいつもの少年の姿に戻った。
「まったく、簡単っていうから、こんなことになるんだよ。僕たちの仕事に簡単はないの。ね、アドバイスをあげるから、もう一度、やってみてよ」
セレンはそう言って、「ヘカテの手紙」をあたしに手渡した。
☆
死者からの指定の時間は、夕方だった。
あたしは腐臭のする指定の部屋に再び向かった。
ドアの前に立ち、ふうと息を吐いたとき、「レンタル屋」がやってきた。
「また、あなた! この部屋には入れないのよ? オルゴールなら、私が……」
「これは、あたしの仕事です」
あたしは、こう言い切った。そして、ドアノブに手をかけ、セレンのアドバイス通りに、思い切り力を入れて、ドアノブをひねった。
「鍵がかかっているのよ? 開くはずが……」
という「レンタル屋」をよそ目に、あたしは鍵のかかっていたドアノブをひねり壊した。
「セレンの言うとおりだった。あたし達には不思議な力があるみたいだわね」
あたしは一言ぼそりと呟くと、鍵の開いたドアへ入っていった。
「ちょ……ちょっと! あんた、ドアをぶち破って、何を……っていうか、何が?」
「レンタル屋」には、言いたいこと言わせておけば良い。下手に焦らないこと。セレンから、そのことも教えてもらったあたしは、ちょっと気にしてはいるものの、あまり気にせず、きつくなっていく腐臭とグジャグジャに散らばったゴミの中を入っていった。
「レンタル屋」も意を決したのか、あたしについてきてきた。
一番奥の部屋である寝室のドアを開けたとき、レンタル屋は悲鳴を上げた。
あたしも、一体何が起きているか分からなかった。
この部屋の住民である男性は、白骨だった。
「だっ……だれかああああっ!」
「レンタル屋」は、悲鳴を上げつつ、部屋から出て行った。
あたしは、呆然としてしまっていた。
この人が「ヘカテの手紙」に書かれた「死者」なら、どうして死者本人に渡さなきゃ行けないんだろう、と。
ハッと我に返り、あたしは、オルゴールを死者の手に握らせ、その場を去った。
☆
「ってわけ。訳分からないわよ。でも、オルゴールは届けたわ。でも、謎が解けずに、終わるのは嫌だなあ」
「人の気持ちを知るのは難しいよ。神クラスじゃないと無理だね」
「えーそう? 今回のことは謎だらけで、ホント、もやもやするわ」
「僕たちは、僕たちの仕事さえしていればいいんだから、細かいところを、気にしちゃあだめだよ」
翌日、こんな雑談をカボチャパイとシナモンティがおいしい喫茶店で、セレンと二人でお茶をしていた。
「あああああっ! いたあああっ!」
レンタル屋の女性が大声をあげながら、あたしの元へ駆け足でやってきた。
「あなた、とんでもないことをしてくれたわね! あの後大変だったんだから!」
と「レンタル屋」はヒステリックに叫ぶ。
「オルゴール、どうなりました?」
あたしは、深呼吸をすると、彼女に静かに話しかけた。
「あんたが、あんな風におくものだから、鑑定に回されて、さんざんな目に遭ったわよ。でも、ほら、返してもらったわ」
少し落ち着いた様子で、こう言うと、鞄から青いバラのオルゴールを出した。
「中身、見ました?」
セレンは、「レンタル屋」に尋ねると、
「いいえ……。気味悪いんですもの」
「大切なモノがあるかもしれませんよ」
セレンは「レンタル屋」に優しく話す。
「えっ……。まっさかあ……あなた方が持っていたオルゴールに、それが……」
と言いつつ、オルゴールを開けた。
メロディはひねっても鳴らなかった。しかし、一枚きれいに折りたたまれたメモがあった。
レンタル屋のお姉さんへ
ボクはもう死んでいます。死因についてですが、ボクには、心臓に持病があったらしく、それの発作のようです。
お姉さんにお世話になったから、ボクの最後を見つけてもらうために、彼らに頼み事をしました。
オルゴールをなかなか返さなくって、ごめんなさい。それと、壊しちゃってごめんなさい。
つたない文字で、書かれた文字とその内容に、女性は泣いてしまっていた。
「あたしが……彼を一人きりにしたから……。だから……お亡くなりになったのね……」
「え、どういうことでしょうか」
あたしは『レンタル屋』に訊く。
「ひきこもりの人が外に出ない場合、家族が家の外へ出るのよ。食料はたくさん置いておいてね。でも、持病があったなんて……ここまで無理させなきゃ良かった……恨んでいるのかしら……彼……」
ホロホロと泣き崩れる『レンタル屋』をよそ目に、セレンは、
「さ、会計しようか」
と無視をする。
「ちょ……どうしたらいいの? あたし?」
とセレンに対し、問うが、
「生者の悩みなど、僕らには関係ないね」
と言って、レジへと向かった。
「レンタル屋」は
「ねえ、あんたのせいよ! あんたさえいなければ、私はこんな目に遭わずに済んだのに!」
と一方的に責められる。
どうしようもなくなったあたしは
「あのまま、彼を放っておくわけには、いかないでしょう。あなたに見つけて欲しかったと彼が言っているのだから、これで良いじゃあないですか」
と正直に言った。
「そんなあああああ、なぐさめてよ! あたしは悪くないって!」
と「レンタル屋」は泣き叫ぶが、
「自分の失敗を、他人に押しつけないで!」
と叫んだあたしに、「レンタル屋」は、泣き止み、
「五月蠅いわね! すべてはアンタが悪いのよ」
とだけ言うと、あたしの頬にビンタし、そのまま、店を出て走り去っていった。
あたしは、そんなこと言われたって、彼が死ぬかもしれない状況に追いやったのは、彼女なのだし、でも、ここまで彼女を追いつめてしまったのは、あたし自身なんだし……そう思っていると、思わず涙がこぼれた。
あたしは何も出来なかったのだ。だれも救えなかった。
セレンは、あたしの顔を見て、はっきりと言った。
「テル。これから先は長いんだ。くよくよ悩んでいちゃダメだよ」
それから、セレンはあたしの手を握り、喫茶店から出た。
☆
「これで、よかったのかな」
涙をハンカチで拭くあたしに、セレンは
「こんなのばっかだよ?」
しばらく歩いて行って、あたしは、ちょっとした疑問をぶつけた。
「あのヘリウスっていう人も、「死者の代理人」なの?」
この質問にセレンは
「奴の話はするな、お願いだから」
と、やや怒った口調で答えた。
あたしは、逆鱗に触れちゃったかな、とおっかなびっくりな感じだったけれど、セレンの表情は、すぐに穏やかになったので、安心した。
普通、「死者の代理人」は自分の陣地……というか、テリトリーをもっているらしいんだけれど、セレンはそれを持っていない。あたしと出会う前から、「代理人」のいない「空き地」を転々と旅していたという。
セレンによって「代理人」になったあたしも、もちろん、旅をしている。
そして、これは、旅を始めてから、つまり、あたしが「死者の代理人」になってから、一年ぐらいたったぐらいの話である。
その日は、たまたま休息日として、セレンと二人で訪れた街を歩いていた。
この街は、車の往来も多く、コンクリートジャングルではあった。しかし、あたしの生まれた街のように、人々は死んだ目をしておらず、とても活気に溢れ、人々は生き生きとしていた。
様々な飲食店やブティックなどが多く並び、垢抜けた街だなと思った。
あたしたちはしばらく歩いて、街の外れまで行くと大きな建物があった。トラックなどの往来が頻繁に行われている。そして、止まったトラックの後ろから、荷物を下ろしている筋肉質の男性達が見えた。
「あの建物、トラックが多く止まっているな」
とセレン。あたしは、
「ああ、あれはきっと市場よ」
「市場? あれが? あんな建物に市場があるの?」
驚きを隠せないセレンは話を続け、
「久々にこの街に来たんだけれど、市場と言えば、前は露店だったよ。ここまで大きくなっているとは思わなかった」
と感心したようだった。
あたしの生まれた街にも市場はあったし、時々連れて行ってもらったから、市場についてよく知っているつもりだったけれど……
「確かに、ここの市場が大きいわ。っていことは、食べ物がおいしいのかしら」
そう呟くと、市場から出てきたと思われる大きな荷物をもった、中年のふくよかな女性が、あたしに、
「おいしいわよ。世界中のおいしいものがそろってるわ」
と自信ありげに話しかけてきた。
「お二人さん。もしかして、学校抜け出して、デート? うふふ。若いって良いわね。サービスするわ。おいで」
そういうと、中年女性はあたしの手を握り、
「いいところ、紹介してあげる。うふふ」
というと、手を引っ張り、無理矢理、街の中心部へと戻る道へ連れて行かれた。
「僕ら、そんな関係じゃないのにな」
後ろでぼそりと呟くセレンの声が聞こえた。
☆
着いた先は喫茶店だった。
中年女性は、喫茶店の前でマスターと思われる男性に大量の荷物を渡すと、
「うふふ。ここ、私が卸しているお店。カボチャパイとシナモンティーががオススメよ。マスター、彼女らに勉強してあげて」
「はいはい。伯母様にはかないませんよ」
マスターの声は優しいものだった。
セレンの姿が見えないことに気がついた中年女性は、
「あれ、彼氏は?」
と言うと、後ろから
「いますよ」
セレンの声が聞こえる。多分、テレポーテーションに近い能力を使ったのだろう。
「まったく、彼女をおいていくなんて、薄情ねぇ! せっかく学校を抜け出しているんだから、しっかりしなさいよ!」
そういうと中年女性は、大きな声を上げて笑い、去って行った。
若いマスターは、ドアを開け、
「君らも大変だったね。おごるよ。オススメはカボチャパイと、シナモンティーなんだけれど、嫌いじゃないなら、どうぞ」
マスターは、優しい声でニッコリ笑った。
「どうしよう、セレン」
あたしはヒソヒソとセレンには尋ねる。
「ここは好意に甘えよう」
そう言うと、セレンは
「ありがとうございます」
と言って、微笑み返した。
☆
「まさか、こんなことになるなんてね」
カボチャパイをほおばりながら、あたしは言う。
「ここは学園都市も兼ねているからね。平日に僕らぐらいの年齢の子どもが、街をうろうろしているのが、おかしいんだよ」
セレンはそう言いながら、砂糖を入れ、シナモンスティックで紅茶を混ぜる。一口飲むと、
「おいしい」
とだけ言った。
「これからどうしよう」
セレンに尋ねる。
「うーん。もうそろそろ、ヘカテ様からの司令が来ると思うんだけれど」
セレンがそういった刹那、テーブルの上に蝋で封してある手紙がおいてあった。
「あっ。これ……」
何度も見た、「女神ヘカテの手紙」。これの指示通りに、あたしたちは行動をしなければならない。
「ね、言ったとおりでしょ?」
あたしの驚きにセレンは笑った。
「開けてみなよ」
セレンはそう言うと、手紙をあたしに差し出した。
あたしは、「手紙」を受け取ると、丁寧に封を開けた。パッと光ったと思うと、折りたたまれた便せんと、大体五センチ四方のバラが彫られたオルゴールが出てきた。
便せんを読むと、死者がこのオルゴールをある人に渡して欲しいというものだった。しかも、時間指定。
「オルゴールをこの場所へ持って行くのかしら? 時間通りに? めんどくさいけれど、いつもみたいに、逆襲に走るよりは簡単じゃないの!」
あたしはそう気軽に言うと、セレンが
「じゃあ、一人でやってみなよ、君が」
と言う。あたしは、驚いた。
「あたしが? この事案に?」
「うん。簡単だと思うケースからやってみるのが一番だよ」
セレンはにこにこ顔で言う。あたしは引っ込みがつかなくなって、
「えぇ、やってやろうじゃないの!」
と強がった。
「僕は何もしないからね。テル、自分一人の力でやってよ?」
セレンのこの言葉がとても心細かった。
☆
あたしは、指定された時刻に指定された場所へ向かった。
そこは、住宅街の一角で、一番古そうなアパートだった。郵便ポストの名前を頼りに、その号室まで行く。
部屋の前まで来ると、思わず鼻をつまむほど、とても臭かった。でも、初仕事。セレンもいないんだし、一人で頑張らないといけない。あたしは意を決してチャイムを鳴らした。
反応はなかった。三回ほど鳴らしたが、結局反応はない。
「んーなんなんだろ? ここには人が住んでいないのかなあ」
あたしはぼやくと、後ろから、
「あなた、どなたでしょうか」
と話しかける椿黒の髪が美しい女性の姿があった。
☆
「ここね、私の行きつけなの。あなたも知っているなんて、驚いたわ」
「いや、無理矢理連れてこられたんです……」
さっきセレンと行った喫茶店で、あたしはアパートで出会った女性とこんな会話をしていた。そして、
「どうして、あなたはあんな場所にいたの?」
「あなたはあの方のなんなの?」
「あの部屋に入りたがっていたの? 入りたいの?」
となどなど、根掘り葉掘り聞かれた。
くたびれたあたしは
「これを渡しに来たんですよ!」
と言って、オルゴールを見せた。それを見た女性は、
「返して。それは私のよ」
と言った。あたしは、
「身も知らない方に渡すわけにはいきません」
そうはっきり断った。女性は、うーんと悩むと、勢いよく、こう言った。
「わかったわ。話すわよ。私はね、『レンタル屋』なの」
そして、女性は話を進める。
「レンタル屋」とは、この街独特の職業で、この街に最近増えているひきこもりを社会復帰させる人のことだとか。
「そんなに需要があるんですか? こんなに活気がある街なのに」
純粋にあたしはレンタル屋の女性に質問をした。
「えぇ。最近増えているのよ。この活気について行けない人々がね。だから、私はこの仕事をしているの」
「へぇ……」
正直驚いた。どこの街にもいわゆる「落ちこぼれ」っていうのがいると言うことに、だ。あたしもその類いだったから、人のこと言えないんだけれど。
「では、あの人はひきこもり……と」
「ええ、そうよ」
あたしの質問にレンタル屋の女性は答える。それから、女性は、私にとって恐ろしいことを言われてしまった。
「ねえ、あなた、学校は? どこ中なの? ここでたむろしている場合じゃないでしょ!」 あたしはパニックに陥ってしまった。どうしよう。助けて、セレン! と叫びたかった。
「あなた、こういうのをね、非行少年っていうのよ? オルゴールを頂戴。そして、学校へ行きなさい!」
ヒステリックに大声で叫ばれ、ますますパニックになるあたしに、はす向かいでお茶を飲んでいた男性が近づき、
「ごめんなさい、妹がちょっと、法事から抜け出しちゃって。会計は払います。さ、行くよ」
と言って、会計を済ますと、あたしの手を引っ張って、喫茶店から抜け出た。
そして、しばらくそのままの状態で、人混みを歩いていた。
男性は黒く長い髪を一本に結んでおり、赤い目をしていた。年齢はだいたい二〇代ぐらいだろうか。
一本人通りの少ない路地に入った。そして男性は、あたしの顔をまじまじと見ると、
「セレンもなかなか酷な事をするよね。新人さんにこんなにきつい仕事をさせるなんて」
あたしは、この男性がセレンの名を言ったことに驚きを隠せなかった。
「えっ。セレンを知ってるの?」
そう言って、あたしは、今までつないでいた手を離したとき、
「ヘリウス! お前、何故いる!」
という怒鳴り声が聞こえた。
あたしは振り向くと、銀髪の青年がもの凄い形相で現れた。
「やあ、セレン。彼女の年齢にあわせるために、ガキの姿になったって聞いていたけれど、やっぱり、そっちの方がすっきりするな」
ヘリウスといわれた黒髪の青年は言う。
「えっ。セレンなの?」
私はびっくりした。セレンがなんで青年のすがたをしているの?
セレンは、
「うるさい。彼女に口出し、手出しするな」
とさっきと打って変わって静かな声で話す。対して、ヘリウスは
「うーこわいこわい。お前が、ヘカテ様に愛されているからって、あんま、調子のりすぎるなよ?」
と言いながら、あたしの長い赤毛を触る。なんだか、髪が燃えるような感覚に陥った。
「やめてください!」
あたしは、思わずそう言うと、ヘリウスを突き飛ばした。彼はバランスを崩し、倒れ込む。
「お前、いい気になっているなよ! いずれ冥界の頂点に立つのは、この俺だ!」
よろけながら、立ち上がったヘリウスは、そう言い、人混みの多い通りへ走って行った。
セレンの方は、ため息をつきながら、
「テル、あいつとは二度と口をきかないでよ」
と言った。
「助けてくれてありがとう。でも、セレン、その姿は何? なんで大人になっているの?」
そう純粋に疑問をぶつけたあたしに
「あいつも言っていたでしょ、この姿で一四歳の女の子を連れ回したら、犯罪じゃないか」
とはにかみながら、セレンは言った。
そして、指を鳴らすと、セレンはいつもの少年の姿に戻った。
「まったく、簡単っていうから、こんなことになるんだよ。僕たちの仕事に簡単はないの。ね、アドバイスをあげるから、もう一度、やってみてよ」
セレンはそう言って、「ヘカテの手紙」をあたしに手渡した。
☆
死者からの指定の時間は、夕方だった。
あたしは腐臭のする指定の部屋に再び向かった。
ドアの前に立ち、ふうと息を吐いたとき、「レンタル屋」がやってきた。
「また、あなた! この部屋には入れないのよ? オルゴールなら、私が……」
「これは、あたしの仕事です」
あたしは、こう言い切った。そして、ドアノブに手をかけ、セレンのアドバイス通りに、思い切り力を入れて、ドアノブをひねった。
「鍵がかかっているのよ? 開くはずが……」
という「レンタル屋」をよそ目に、あたしは鍵のかかっていたドアノブをひねり壊した。
「セレンの言うとおりだった。あたし達には不思議な力があるみたいだわね」
あたしは一言ぼそりと呟くと、鍵の開いたドアへ入っていった。
「ちょ……ちょっと! あんた、ドアをぶち破って、何を……っていうか、何が?」
「レンタル屋」には、言いたいこと言わせておけば良い。下手に焦らないこと。セレンから、そのことも教えてもらったあたしは、ちょっと気にしてはいるものの、あまり気にせず、きつくなっていく腐臭とグジャグジャに散らばったゴミの中を入っていった。
「レンタル屋」も意を決したのか、あたしについてきてきた。
一番奥の部屋である寝室のドアを開けたとき、レンタル屋は悲鳴を上げた。
あたしも、一体何が起きているか分からなかった。
この部屋の住民である男性は、白骨だった。
「だっ……だれかああああっ!」
「レンタル屋」は、悲鳴を上げつつ、部屋から出て行った。
あたしは、呆然としてしまっていた。
この人が「ヘカテの手紙」に書かれた「死者」なら、どうして死者本人に渡さなきゃ行けないんだろう、と。
ハッと我に返り、あたしは、オルゴールを死者の手に握らせ、その場を去った。
☆
「ってわけ。訳分からないわよ。でも、オルゴールは届けたわ。でも、謎が解けずに、終わるのは嫌だなあ」
「人の気持ちを知るのは難しいよ。神クラスじゃないと無理だね」
「えーそう? 今回のことは謎だらけで、ホント、もやもやするわ」
「僕たちは、僕たちの仕事さえしていればいいんだから、細かいところを、気にしちゃあだめだよ」
翌日、こんな雑談をカボチャパイとシナモンティがおいしい喫茶店で、セレンと二人でお茶をしていた。
「あああああっ! いたあああっ!」
レンタル屋の女性が大声をあげながら、あたしの元へ駆け足でやってきた。
「あなた、とんでもないことをしてくれたわね! あの後大変だったんだから!」
と「レンタル屋」はヒステリックに叫ぶ。
「オルゴール、どうなりました?」
あたしは、深呼吸をすると、彼女に静かに話しかけた。
「あんたが、あんな風におくものだから、鑑定に回されて、さんざんな目に遭ったわよ。でも、ほら、返してもらったわ」
少し落ち着いた様子で、こう言うと、鞄から青いバラのオルゴールを出した。
「中身、見ました?」
セレンは、「レンタル屋」に尋ねると、
「いいえ……。気味悪いんですもの」
「大切なモノがあるかもしれませんよ」
セレンは「レンタル屋」に優しく話す。
「えっ……。まっさかあ……あなた方が持っていたオルゴールに、それが……」
と言いつつ、オルゴールを開けた。
メロディはひねっても鳴らなかった。しかし、一枚きれいに折りたたまれたメモがあった。
レンタル屋のお姉さんへ
ボクはもう死んでいます。死因についてですが、ボクには、心臓に持病があったらしく、それの発作のようです。
お姉さんにお世話になったから、ボクの最後を見つけてもらうために、彼らに頼み事をしました。
オルゴールをなかなか返さなくって、ごめんなさい。それと、壊しちゃってごめんなさい。
つたない文字で、書かれた文字とその内容に、女性は泣いてしまっていた。
「あたしが……彼を一人きりにしたから……。だから……お亡くなりになったのね……」
「え、どういうことでしょうか」
あたしは『レンタル屋』に訊く。
「ひきこもりの人が外に出ない場合、家族が家の外へ出るのよ。食料はたくさん置いておいてね。でも、持病があったなんて……ここまで無理させなきゃ良かった……恨んでいるのかしら……彼……」
ホロホロと泣き崩れる『レンタル屋』をよそ目に、セレンは、
「さ、会計しようか」
と無視をする。
「ちょ……どうしたらいいの? あたし?」
とセレンに対し、問うが、
「生者の悩みなど、僕らには関係ないね」
と言って、レジへと向かった。
「レンタル屋」は
「ねえ、あんたのせいよ! あんたさえいなければ、私はこんな目に遭わずに済んだのに!」
と一方的に責められる。
どうしようもなくなったあたしは
「あのまま、彼を放っておくわけには、いかないでしょう。あなたに見つけて欲しかったと彼が言っているのだから、これで良いじゃあないですか」
と正直に言った。
「そんなあああああ、なぐさめてよ! あたしは悪くないって!」
と「レンタル屋」は泣き叫ぶが、
「自分の失敗を、他人に押しつけないで!」
と叫んだあたしに、「レンタル屋」は、泣き止み、
「五月蠅いわね! すべてはアンタが悪いのよ」
とだけ言うと、あたしの頬にビンタし、そのまま、店を出て走り去っていった。
あたしは、そんなこと言われたって、彼が死ぬかもしれない状況に追いやったのは、彼女なのだし、でも、ここまで彼女を追いつめてしまったのは、あたし自身なんだし……そう思っていると、思わず涙がこぼれた。
あたしは何も出来なかったのだ。だれも救えなかった。
セレンは、あたしの顔を見て、はっきりと言った。
「テル。これから先は長いんだ。くよくよ悩んでいちゃダメだよ」
それから、セレンはあたしの手を握り、喫茶店から出た。
☆
「これで、よかったのかな」
涙をハンカチで拭くあたしに、セレンは
「こんなのばっかだよ?」
しばらく歩いて行って、あたしは、ちょっとした疑問をぶつけた。
「あのヘリウスっていう人も、「死者の代理人」なの?」
この質問にセレンは
「奴の話はするな、お願いだから」
と、やや怒った口調で答えた。
あたしは、逆鱗に触れちゃったかな、とおっかなびっくりな感じだったけれど、セレンの表情は、すぐに穏やかになったので、安心した。
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