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死者の代理人(旧)

 あたし、地神テルは、三人のクラスメイトによって、学校近くの用水路へと投げ込まれた。こんないじめは初めてだった。
「こんなビッチ、死んじゃった方がマシだよねー」
「デブでブス、そのうえ、ビッチだなんて、最悪だよねぇー! きゃはははははっ」
 そんな声を聞きながら、あたしは用水路でもがいていた。そして、急に息が出来なくなって……クラスメイトの笑い声とともに、あたしの意識はそのままブラックアウトした。

 目を覚ますと、もうあたりは真っ暗。そして、あたしは、落とされた用水路から、それほど遠くない歩道の上で寝ていた。
「あ、起きた? まさか、この国にも未練がある娘がいるとはねぇ……。さすが、ヘカテ様。来た甲斐があったよ」
 そう言って、あたしのそばでにっこりと笑う少年、そう、私とそう変わらない年齢の少年が目の前にいた。
 少年は、月のような銀色の髪に、金の瞳を持っていた。赤い宝石の入ったブローチが目立つ。そして、結構かっこ良かった。
「未練って何よ……?」
 あたしは男の子に尋ねる。
「まあ、まあ、焦らないで、地神テル。君は、さっき、死んだんだよ。おぼれてね。そして、夜一二時になった。だから、君は現世に戻ってきた。ここまで、オーケー?」
 少年は、まるで楽しそうな雰囲気で話した。え、ちょっと待ってよ?
「あたしが死んだ? 馬鹿なこと言わないでよ。勝手に殺さないで! そもそもね、名前をどうして知ったの?」
 あたしは怒った。当然でしょ? こんなことで死んでたまるものですか!
「話は最後まで聞きなよ。すべてはヘカテ様のお導きだよ。それで、君は今から復讐しなくてはいけないんだ。君を殺した人間に対してね」
 少年は話を続けるが、突拍子もないことを言われて、カチンときたので、
「助けてくれたのは、嬉しかったわ。ありがとう。でも、言って良いことと悪い事ってあるでしょ? 帰るわ」
「えっ。ちょっと、話の半分もしていないよ、僕。ちょっと、待ってってたら」
 おどろいた様子の銀髪の少年を無視し、あたしは、立ち上がり、湿った体のほこりをはたくと、荷物を持って、家へと歩き出した。
「ねえ、話を最後まで聞いて。聞かないと……」
 少年はなんか言ってくるが、あたしは放っておくことにした。
 真夜中……夜一時に、ずぶ濡れで帰ってきたため、怒られるかと思っていたが、逆に心配され、一日大事を取って学校を休むことにした。



 二日後、あたしは学校へ登校した。
 クラスのみんなは相変わらず、無視やヒソヒソとあたしの悪口を言う。
 中一の頃は、みんなと仲良くしていたのに。それが脳裏によぎる。
 ノートを開くと、「泥棒」「死ね」「クソビッチ」などの落書きがあった。
 彼女達の中でも、昨日、あたしを用水路に落とした主犯格の女の子が、あたしの悪い噂……例えば、万引きをしただの、援助交際しているだのそんな噂を流していた。
 中二になったこの一年間、ずっとこの調子なので、周りのこの対応はもう慣れっこだった。
 でも、今日に限って、言葉では言い表せない、胸のどこかでクラスメイトに対して、「何かしてやりたい」という感情がふつふつと湧いてきた。
 授業で集中が解ける休み時間になるたびに、この感情に感情に駆られるのはつらかった。 たしかに、あたしは、確かにデブで、ブスだ。でも、万引きも援助交際もしていない。
 それを否定したかった。何故この感情が溢れるのか、思い悩んだ末、「あたしはクラスメイトに復讐をしたい」と考えているのではないかと気づき、あたしは思わず、
「まさか……」
と、呟いた。それと同時に、あの銀髪が言っていた事を思い出し、放課後、彼を探すことにした。
 放課後、校門をくぐり、急いで銀髪を探そうとすると、一昨日の三人組に会ってしまった。
 主犯格の女の子は、
「アンタ、生意気ね。ブスのくせに、私たちに盾突こうだなんて。復讐考えているんでしょ? 死んだふりまでしてさ」
「いや、あたし……そんなつもりは……」
 必死に否定するが、
「アンタみたいなブスはあの時、本当に死んじまえば良かったんだよ!」
「このまま、殺すか!」
 彼女らは、そう言うと、笑いながら、私の鞄をひっぺはがし、腕をつかみ、肩を押し、学校の隣に流れている用水路へそのまま突き落とした。
 あたしは、再びもがき苦しんだ。近くにいた他の生徒のざわめきと、クラスメイトの笑い声が、頭に響く。そして、またもや気を失った。



 火葬された骨が一斉に置かれる場所であたしは目を覚ました。はじめ、頭蓋骨が目の前にあるのに、びっくりして叫んだが、その隣に例の銀髪の少年がいるのに気づき、あたしは、少し安心した。
 そして、死に装束姿のあたしは立ち上がると、
「あなた、何か知っているようね? あたしは一体どうなったの?」
 少年は、明るい声色で
「簡単さ。君は『死者の代理人』になったんだよ。だから、夜一二時には体は現世へ戻ってくる。どんなにバラバラになっても元通りさ」
 あたしの頭の中は混乱してきた。わけわからない。
「はあ……よく分からないんですが」
 あたしは彼が何を言っているのか、さっぱりだった。
「もう、この前、聞かないからだよ。はじめから話すね。僕ら『死者の代理人』は、若くして死んで、なおかつこの世に未練のある者達なんだ」
「あまりにも、突拍子もない話だわね」
 あたしは呆れた。
「まあ、最後まで話を聞いてよ」
 そして、銀髪は話を続ける。
「君は一週間前、用水路で死んだ。でも、君には『未練』があった。それを察知なさったヘカテ様が僕を派遣させ、君を死者の代理人にしたんだよ」
「未練なんかないわ!」
 あたしは大声で叫んだ。
「ブスブス言われ続けて。そんなあたしに未練なんかあると思う? ふざけないで!」
 あたしは叫んで叫んで……泣いた。その様子を見た銀髪の少年は、
「いや、あるじゃないか、 未練」
 とあっけらかんと言う。
「自分を認めてもらえる人に出会うことじゃなかったの? それ、僕じゃ、ダメかな?」
「えっ……? なんでそれを……?」
 自分の心の奥にしまい込んだはずの気持ちを言い当てられて、背筋が凍る。
「ん? 簡単。ヘカテ様のお力さ。あの方の力は凄いからね。僕の気持ちも言い当てられちゃうよ」
 そう銀髪の少年は、また明るく話す。
「僕の名前は、セレン。よろしく。地神テル」
 そう言って、手を差し出した。
「はあ、テルです。よろしく……」
 あたしは、セレンと握手をした。セレンは、何を考えているのか分からない妙な笑顔でこっちを見ていた。
 あたしは死に装束から、セレンが用意した(なんでサイズが分かっているのか知らないが)ブラウスやスカート等を着た後、すぐに言われた。
 着替え終わると、
「それで、復讐の話になるんだけれど」
「えっ、急に何? 復讐って……?」
 あたしの質問にセレンはすぐに答える。
「死者の代理人の仕事は、死者のし残したことを代わりにすることなんだけれど、最初の仕事っていうのが、自分のし残した事をすることなんだよね」
「あたしのし残したこと……」
 走馬燈のごとく、あたしの頭の中はし残したことをを思い出すが、
「日記帳の処分……」
 それぐらいしか思い浮かばなかった。
「いや、違うでしょ? テルはテルを殺した人間をどうしたいの?」
「あ……。そういうこと……?」
 そうだ、あたしは殺されたんだ。
「ちなみに、今回の事件は、下校時で、目撃者がたくさんいたから、彼女らによる殺人になっているよ。だから、それなりに罰は受けるだろうね」
 セレンはまるで推理小説のオチを言うように軽く話す。
「あと、司法解剖もされたよ。窒息死だったって」
 そうとんでもないことを話すセレンにあたしは訊く。
「えっ。その間、あたしは目を覚まさなかったって訳? 夜の一二時になると現世に戻ってくるんじゃなかったの?」
 その問いに対して、セレンは
「うーん。僕と会ったとき、『代理人』になるの拒否したでしょ? 『死者の代理人』に選ばれても、決めるのは自分自身だもの。気がつかないうちに決めかねていたんじゃない? 自分はこれからどうするか、ね。人間が『二度生き返る』ってことは、まず、あり得ないんだけれど、そんな感じかな。まあ、せっかくのやり手を失いそうになっていた僕の身にもなってよ」
 セレンは、その場で一回転すると、
「それでね、君は殺した相手をどうしたい?」
 と真面目な顔であたしに尋ねた。
 あたしは、
「一番の主犯格を殺したい」
 とだけ答えた。



 午前二時。
 あたしたちは、主犯格の家の前に立った。
 鍵は開いていたため、そのまま家に入った。玄関からでも、中年女性のの怒鳴り声が聞こえる。
「なんで、私がこんな目に遭わなきゃいけないの!」
「お前がいじめをして、ましてや、地神さんを殺すなんて!」
「殺してなんかいない! もういい!」
 明るい部屋から、廊下へ彼女は出てきた。
 そして、自室だと思われる部屋に入っていった。
 あたしは、彼女を追いかけ、部屋に入った。
「入ってくるなっていってるだろう、ババア!」
 そう言ってくる彼女は近づいてきた。あたしは、
「ねえ」
 と微笑みながら話しかけた。
「えっ」
 彼女は、腰を抜かし、倒れ込んだ。
「なんで、地神が! うわああああっ」
「あたし、復讐しに来たの」
 真っ青な彼女のがますます青ざめていくのが分かった。そして、
「えっ。やめてぇえ。許してええ!」
 大声で叫び始めた。
「あんたが全部悪いのー。地神は美人で、髪が長くって、スタイルが良くって、中一の時、男子から人気があったから……私は小学校の時は一番の人気者だったのに! それをあんたが! 奪った! それが、憎くってえ! でも美人なアンタも悪いのよぉお! もっと抵抗して欲しかったのにぃいぃ!」
 そのまま、訳の分からないことを、わめき続けた。それから、泡を吹いて、気を失った。
 あたしは、何も言えなかった。それより、こんな簡単なことで、あたしを死に追いやったなんて。「憎しみ」と言えば聞こえは良いが、くだらない。勝手に憎まれたのだ。そして、その「憎しみ」によって、あたしは死に追いやられた。それが信じられなかった。
 しばらく、あたしは倒れている彼女を見て、
「もういい」
 あたしはそれだけ言うと、部屋から出た。



「これでよかったの?」
 セレンは言った。
「えぇ。コイツを殺して、あたしもコイツ程度の人間に落ちる必要はないから。あ、もう人間ではないか」
 あたしはそういうと、涙ぐんだ。そして、軽く笑うと、
「それに、あいつを殺したって、あたしが死んだ事実は消えることはないんだし、いじめられらてた事実だって消えないわ。そして、憎んでいたということもね」
「その考えこそが、『死者の代理人』の第一歩だよ。事実の確認っていうのはね」
 セレンは微笑む。あたしは、涙を拭くと。
「まあ、単純な話、『死者の代理人』だろうが、人間だろうか、あたし自身が間違ったことがしたくなかっただけの話。褒められる筋合いはないわよ、セレン」
 そうあたしは言うと、暗い夜道を歩いて行くセレンの後をついて行った。
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