少女、覚醒める

NO SIDE

とある亜空間にて。正確には、一柱の神が創り出した神域である。そこにいるのは顔が暗転で隠れているモノクロの少女と、上半身裸で美麗な容姿であるが、コバルトブルーの鱗が特徴の蛇の下半身の異形だった。

「こ、ここは何処なの……?」

「喜べニンゲン。貴様は我が主・ネフシュタン様が転生させる存在として数多ある魂の中から貴様をお選びになった。よって貴様は我が主の祝福を授かり、新たな生を歩む。だが貴様がそれを拒むのなら―」

「何それ、今流行りの神様転生や異世界転生って奴じゃない!やったー!私が主人公になるのね!だったらさっさとその祝福とやらを私に寄越しなさいよ!!言っておくけど誰もが羨む美貌や体力、好きなもの食べても太らない体質は絶対よ!それと異性によく愛される世界がいいわ!乙女ゲームみたいに逆ハーレム!逆ハーレム!でもイケメン以外のブサイクなんかにチヤホヤはされたくないから、そこは気をつけなさいよッ!!!」

矢継ぎ早に自分の欲望を曝け出した少女に、異形は顔を顰める。コイツは自分の立場を理解していないのだと。普通の人間なら、こんな状況になったら戸惑い、恐怖するものだ。今まで主の「命令ひまつぶし」の為に沢山の生き物―もっと言えば人間の魂を転生させ、自分は祝福を施し見届けていた。ある者は平々凡々な生き方を、ある者は偉大なる悪として生を全うし、ある者は英雄になろうと挫折と敗北を繰り返した末に命を賭して世界を護った。


「アーッハッハッハッハ!最高の気分だわ!この力さえあれば私の夢が叶う!私だけの世界、私の為の世界、私の思い通りの世界が……アーッハッハッハッハッ!!!」

それだというのに、今自分の目の前にいる女はどうだ。自分の立場を理解せず、図々しくも祝福の内容はこれがいいと要求し、自分が転生した後のありもしない空想に浸る始末。今回の主は「愚者が転落していく様」を見たいのだろう。そういう結論に至った異形は主から受け取っていた「祝福」を少女の頭上に降り注ぐ。祝福を受け取った少女の姿はモノクロからピンク色のセミロングにアクアの瞳の美少女に変わった。見た目は可愛らしいが、先程の態度を知っている異形からすれば「外面の良い女ラットゥン・アップル」でしかない。内心毒づいていると主から伝言テレパスが送られる。さっさとコイツを転生させろというお達しだ。

「さあ、行くがいい。だがこの先、その祝福を望む未来ハッピーエンドに生かせるかどうかは貴様次第であ―」

「これで私はイケメンにチヤホヤされる逆ハーレムの毎日が確立されたわ!周りのブス共の嫉妬の視線に苛まれ、それに怒りを見せたイケメン達が私のことを護ってくれる!チヤホヤされて、お姫様みたいな薔薇色の人生!私が世界の中心、私が唯一無二!世界は私を中心に回ってくれるのよ!!!」


人の話を聞かないのは元からだろう。ぶっちゃけ、本当にこんな【自主規制】女に祝福与えて転生させて良かったんですか我が主。祝福の無駄遣いですよ……と面と向かって言えないことは心に押し留め、早急に目の前の転生者を転生させることにした。





≪御苦労だったな、エルフ。ワニゾーが転生させた、詠導ミクのいる世界に異物枸幹アカネを紛れ込ませる。その使命を見事に全うした……誠に大義であるぞ。≫

「何と有り難き御言葉……しかし、あんなマヌケで宜しかったのですか?ワニゾーの思惑を崩すのなら、他にも優良な魂の持ち主が存在していましたよ。其れ等を洗脳させた方が宜しかったのでは?」

≪ふむ…われもそうしようかと思ったが、万が一洗脳が解けた場合のリスクを考慮するなら、最初から吾の祝福を欲する者の方が扱い易いと結論付けた。それだけのことだ。≫

「なんと…申し訳ありません!ネフシュタン様がそこまで考えておられるとは知らずに無粋なことを……何卒お許を!」

≪そう畏まるな、お主の疑問なぞ至極当たり前のことだ……クククッ、ワニゾーも諦めが悪いなァ。吾の暇潰しを毎回毎回飽きもせずに阻止する―それが寧ろ吾の暇潰しの1つにしかならんの言うのに……本当に、哀れな奴だ。さて、吾はこれから優雅なティータイムに移る。エルフ、早急に支度をせよ。≫

「畏まりました、ネフシュタン様。最高のティータイムを貴方様に…。」

≪(詠導ミク……前に何処かで聞いたような名前だが……まあいいだろう。所詮人間オモチャの固有名称の1つだ。どうせ今回もワニゾーの負けだ。吾の暇潰しは……必ず完遂されるのだからな!!)≫


ネフシュタンは知らなかった。

ワニゾーが自身の暇潰しを打ち止めにする為に選んだ転生者がミクだけでないことを。

詠導ミクのいる世界が「何でもありギャグとカオスな世界線」だったことを。


そしてこの時、「詠導ミク」という存在を明確に思い出さなかったことが……ネフシュタンという大邪神にとって最大級の危機を迎えることを。
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