不屈の片翼

NO SIDE

時は遡りメルティクルーシブル前日。
ここはヘルヘイムのアジト(ドラエン支部)の一室。室内にいるのはヘルヘイムのリーダーであるドンナと彼の右腕のテュール。
重厚感のある黒壇色の机で隔たれている距離。ゲンド◯ポーズを取るドンナに対し、テュールは足を組みながら椅子に座っている。


「…詠導ミクを見定めたい?」

「ボス……不躾ながら宣言します。オレは詠導ミクを鳥籠に囲うのは反対です」

一見すればヘルヘイムの理念に反する台詞。この言葉を他のメンバーが聞いたら手も足もレスバも出るファイトは秒読み、特にゼクトからは普段の100倍濃縮された罵詈雑言が繰り広げられ、裏切り者天音ルインがそれを見てゲラゲラ笑うのが確定された未来である。

しかしそれが分からない程愚かな男ではないことは、彼を右腕として側に置いているドンナが一番知っていた。故に狼狽えることも反論することもなく言葉を続ける。


「……お前がそんなことを言うなんて、何か意図があるのかな?」

「生憎オレはシュネーのような庇護欲も、ゼクトのような妄信的な信仰心も、ヴォルフのような能天気な思考回路も、レルヒェのような切り替えの早さも、そしてルインのようなイカれた精神は持ち合わせていません。オレはただ、オレが仕える存在の隣にいる存在は「対等」でなきゃ無意味だと考えているだけです」

「ほう……」

「今の詠導ミクでは、経験値が圧倒的に足りません。それに詠導ミクを認めない群衆は口を揃えて言います―ファヌエルのいない詠導ミクに価値はない。まあその点に関しては、オレも多少は理解しますよ。詠導ミクにとって、ファヌエルは切っても切れない存在でしたから」

理想の看護師ナーシングモデル ファヌエル……本当に美しいユニットだったね」

「ですから……ボス、詠導ミクに経験値を稼がせ、ファヌエルを彼女の元に戻させましょう。その方が良い……苦難も無く手にするよりも、己のが手で掴んだ結果の方が説得力はありますし」

「………………」

「それに楽しい思い出なんて後から何とでもなりますよ……思い出を塗り潰すほどの愛で羽を千切って、二度と飛べないように堕とせばいいんですから」

「…………それもそうだね。いいよテュール、お前の好きにしなさい。それで俺達が望むモノが手に入るのなら存分に」


「…………イエス、ボス」



理想の看護師 ファヌエル。それはこの世界での詠導ミクにとって「片翼」であり、前世での詠導ミクにとって「ソウルメイト」であったユニット。

黒壇色のセミショートに金色の瞳の女性天使。凛とした表情と白と青を基調とした半袖ナースワンピースが、背中から生えている4枚の純白の翼を引き立たせる。

彼女の持ち主である詠導ミクも又、心優しく献身的な少女だった。見返りや損得勘定を考えず、ただ直向きに仲間や周りの役に立とうと努力していた。


そんな彼女に甘え、いつしか彼女が自分達の世話を焼くのが「当たり前」だと思い込み始めた周りが、無自覚な悪意を見せ始める。

≪あっ、これもよろしくね≫

≪お願い!詠導さんしか頼めないの!≫

≪此位やってもいいじゃん≫

≪何?役に立ちたいって色々やってくれていたのに、アレ嘘だったの?≫

≪詠導さんひどい!私たちのこと騙していたんだ!!≫

≪嘘吐き≫

少女が周りの期待に応える度に、彼女への悪意と妬心が肥大化していく。

≪自分から言い出したんだから責任とってやれよ!≫

≪■■■様達が慕っているからって偉そうに!≫

≪容姿が珍しいからって調子に乗るなよな!≫

≪あんたなんてアタシ達の役に立つことくらいしか価値ないんだから!!≫

≪おい、早くやれよ!≫

≪さっさと始めろ!≫

≪なんでこんなに遅いのよ!≫

≪私達がこんなにも困っているのに!!≫

自分達も密かに彼女を助けていたが、それでも周りの悪意と妬心は際限なく膨れ上がっていった。

そして決定打になったのは、とある村にあった「あの場所」での大事故。彼女は運悪く利用されてしまった。ただそれだけ、不運が重なっただけ。

それだけのことが、彼等の悍ましい「感情」を爆発させた。


≪どうしてくれんだよ!≫

≪巫山戯んなよこの無能女!≫

≪こうなったのもお前のせいだ!≫

≪アンタがあんなことしなきゃ私達がこんな目に遭うことなかったのに!!≫

少女が反論しようにも、多勢に無勢と言葉になる前に潰される。

≪最低!人でなし!≫

≪テメーなんてあの時くたばっていればよかったんだ!何で生きてんだよ!!≫

≪何が想天の令嬢だよ、役立たず!≫

≪とっとと出ていけこの愚図!≫

≪疫病神!≫

≪出来損ない!≫

≪忌々しい!呪われた女!≫

≪消えろ!落ち零れ!!≫


トドメの一撃が、無慈悲に振り下ろされる。


≪ファヌエルのいないテメーなんて、何の価値もねぇだろうがッ!!!≫


…………彼女の心は限界だった。プツリと、簡単に、張り詰めていた糸が切れた。


言葉にならない絶叫と共に蹲り、異なる色の目ヘテロクロミアから大粒の涙を零す。引き裂くような大声で今まで溜め込んでいた感情と痛みが少女を支配していく。少女の脳内にはグルグルと「1つの言葉」が回っている。

「なんで私が?」―と。

周りは彼女の行動に動揺し傍観するか恐怖で足が竦んで慄然と佇むの二択。徐に一人が彼女へ歩み寄る。慰める為じゃなく追い込む為に。


泣けば済むと思っているのか―口から出る筈の言葉は泡のように消える。彼女のデッキから現れた「天使」によって地に叩きつけられたのだから。



≪よくも、よくもこの子を傷付けてくれたなこの塵共がァァァ!!!≫

≪ひ、ひいぃぃぃ!!!≫

≪な、何で!何でユニットが実体化しているんだよ!!?≫

天使の目は少女を扱き下ろした愚者への「憎悪」と「怒り」で満ち、今にも射殺さんとばかりの視線に周りは恐怖で支配されていた。


≪うわああああ!みんな、みんな嫌い!大嫌い!!あっちいけ!消えて!うわああああああ!!!≫

≪可哀想に……こんなに泣き喚いて、悲しみと苦しみに支配されて……お前等のせいだ。元はと言えばお前等が、お前等がこの子の優しさに漬け込んでッ!!!≫

≪わ、悪かった!俺達が悪かった!≫

≪も、もうしない!約束する!≫

≪許してくれ!いや、許して下さい!!≫

≪わ、私はやめようって言ったもん!でもみんなが反対したから仕方なく!≫

≪はぁっ!?≫

≪アンタだけ助かろうとすんなよ!≫

≪狡いじゃない!!≫

≪元はと言えばあなたが言い出したんじゃない!≫

≪こんな奴使い勝手のいいパシリとか言っていたのを知っているんだから!!≫

≪うるさいわよ!アンタ達だって――≫



≪黙れぇぇッ!!!くたばるのはお前等の方だッ!!!≫


≪うわあああああ!!!≫

≪いやあああああ!!!≫

≪たすけてぇぇぇ!!!≫



正に阿鼻叫喚。傷だらけだが死んではいない「生き物」。その中心にいるのは泣き疲れて眠っている少女。少女を慈しむように膝枕をしているのは、柔和な笑みを浮かべ優しい声で歌う返り血の着いた天使。


≪■■■■……私、みんなに知らせてくる!≫

≪……………………≫

人を呼ぼうと走り出す仲間を腕を掴んで止める。

≪■■■■?何してんの?離してよ!!≫

≪……自業自得だろ此奴等の。アイツの優しさに漬け込んで楽して、責任も何にも取らねぇで利益だけ貰って、その癖自分が加害されたら責任転嫁?腐ってんだろ、んなの≫

≪■■、■■?いいから離して!このこと伝えなきゃダメ!こんなこと―≫


≪こんな世界要らねぇ。アイツは悪くねぇ。なのに、アイツに全ての責任ツケを払わせるのかよ。なら―≫

今までの痛みや苦しみが、全部悪い夢だったって思わせるくらいの「執心アイ」でまもってやるよ。



オレの■■■!!!



鉄線の狐面は見定める。唯一無二と愛する「少女」の価値をその目で確かめる為に。


続く
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