7それはただの偶然か
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ここ最近、男運は竜崎で全て使ってしまったように思える。
といえばとんでもない惚気に聞こえそうなもんだけど、大体あの犯罪者に無駄に惚れこまれた実例だけで証明できるだろう。
まああの事件が無ければ竜崎と出会えなかったと思うと少し感謝しちゃうけど。あれ。やっぱり惚気?
いやいや、とにかく最近周りの男は竜崎以外はろくでもないやつばかりなのだ。例えば、こいつとか。
「えー?月島彼氏出来たの?」
「ははは、まあ…」
「何だよ、俺狙ってたのにー?」
「ははは、また〜…」
若者を気取った口ぶりで話すこの男はもう40歳近いれっきとしたいい大人で、なのにファッションも無駄にカッコつけてる痛いヤツ。
髪も長めなのを無駄にきっちりセットして、無駄に乱れない。あれ、無駄ばっか。
こんなのが医者だなんてため息も漏れるけど、それなりに仕事はしてるから無我に出来ないのがまた辛い。
職場の飲み会などになるとハメを外しすぎる男は隙あらばいつも私の隣で「俺は凄いんだ」自慢を始める。
どうやら若い看護師を口説くのは昔からのよう。
勿論まるでなびかないし惹かれないしとりあえず毎回上手くあしらっておくだけ。
飲み会など行かなきゃいい、とも思うが、何せ開かれる会は大概仲間の送別会なのだ。離職率の高い仕事ゆえの結果。
会があるたび隣に座られ延々とよくわからない話を聞かされるのは苦痛で仕方ない。が、いくら気の強い私でもここで飛び蹴りはできない。職場では平和に過ごしたい。
お世辞を言うにも口説くにも、マイクみたいな爽やかさと軽やかさがあれば笑えるのに、
この男からはそんなもの一切感じない。
「最近体重増えたけど、体脂肪率は減ってさ〜」
「あー。筋肉になったんデスネー」
と、答えてほしい察して君な男は嬉しそうに笑いながら求めてもないのになぜか上半身の服を脱いだ。
ああ、このご時世に、こんなセクハラを。
しかし悲しいことに酔って毎回繰り広げられる展開のため、みな無視。
そう、これはこの人の毎回の行動。まあ確かに頑張って鍛えてるであろう体を自慢したくてしょうがないらしい。
気づかれないようにため息をついた。
「胸筋を鍛えてるんだよね、触ってみる?」
「ははは、恥ずかしいですよー…」
なぜ!私が!あんたなんかの胸板を触らねばならないのか!!
竜崎のすら触ってないのに!
視線を逸らせてとりあえず料理を食べた。
「ねえ彼氏どんな人?いい男?」
「まあ、そうですね」
「えー喧嘩したらおいでね?俺いつでも待ってるよ」
本人は色っぽく言ってるつもりなのかも知れないが、私にとっては雑音でしかなかった。
待たなくていい!
黙って飲んでろ猿!
…なんて心中で口汚く罵り、私は顔では愛想笑いを作った。
「あははー、まあ喧嘩しないように頑張ります」
「ええ?なんでよ。喧嘩して俺のとこくればいいじゃん、俺よりいい男なの?」
はい1億倍は。と言いそうになるのをぐっと飲み込む。
「先生とはー…タイプ違いますねぇーははは…」
「俺にしとけばよかったのに。医者だし。」
うるさい、こっちはLだぞ!L!
世の中のお医者さんに謝ってくださいと叫びたいほどの馬鹿なこの男に心の中でしか言い返せない私はとりあえず酒を仰いだ。
他の先生はいい人ばっかりなのに。こいつだけほんと自意識過剰のセクハラで、何とかならないかな。
哀れみの目で私をみる同僚に何とか笑顔を返すと、私はまたお酒をあおった。
「珍しいですねこんな夜中に」
深夜0時、もしかして竜崎は寝てるかもしれないと思ったけれど、どうしても気分を変えたくて来てしまった。
飲んでいた場所がこのホテルから比較的近かったせいもある。
あんなアホの相手をした後、どうしても竜崎に会いたくなってしまった。
「ああ…ちょっと近くで職場の飲み会がありまして…」
「なるほど。」
相変わらず竜崎は椅子の上で膝を抱えるように座っていて変な人だったけど、なんだか普段より増して輝いて見える。この人は自慢話しないし胸筋触らそうとしないし。
いや、胸筋はちょっと触ってみたいけどね。ってアホかな私は。
冷蔵庫から水を取り出して竜崎の隣に座る。
「送別会だったんです。ひっきりなしに退職者出るから、飲み会も頻繁にあるんですよね」
「ハードな職場ならではですね」
「竜崎はお酒とか飲まないんですか」
「基本飲みません。まあ飲もうと思えば飲めますよ」
「へえ!一度飲んでみたいです!」
「あなたは強そうですね」
「どうですかねー?普通だと思いますが」
話しながらいくらか水を飲んだ後、竜崎がこちらをじっと見てることに気がついた。
「あ、すみません。タバコの匂いとか気になります?居酒屋って煙すごいから」
「まあ言われてみればそうですが」
「?どうしました?」
「どうも疲れてますね」
言われて単純にも心が跳ね上がった。竜崎は黒い目で私をじっと眺め、ああこの人に隠し事って絶対出来ないなと思った。
私の些細な心に気づいてくれるの、凄く嬉しいな。
話す気なんてなかったのに、つい口が軽くなってしまう。
「ちょっとムカついた事があって」
「また職場が荒れましたか」
「まあそれもですけど…飲み会となるとハメを外す奴がいまして」
竜崎は目の前の紅茶を飲む。
その横顔を見て、やっぱりこの人はそこいらの男性とは全然違うなぁ、と思う。
「ハメ、ですか」
「ええ若干一名…」
「医師ですか」
「はい、毎回の事なのでもう慣れて来ましたけど、やっぱりどうも、ね」
「どのように」
「こう…しつこく隣に座って武勇伝を語る」
「まさに部下から嫌われる行動ですね」
「でしょう!?」
世界のLなのに武勇伝の一つも語らないのを見習ってほしい。私、Lの武勇伝なら聞いてみたいのに。
「もういい大人なのに自分を若いと思って言動が痛々しいんですよ…途中で絶対服脱ぐし」
「服を?」
珍しく竜崎は驚いたように私を見た。
「そうなんですよ、鍛えてる体見てほしいらしくて。」
「それは何ともばかばかし過ぎる行動ですね」
「胸筋触れよってうるさいんです」
「触ったんですか」
「あれ触るくらいなら犬のウンコ触った方がマシです」
「辛辣にもほどがあります」
そう言いながら竜崎はふっと笑った。つられて私もつい笑ってしまう。竜崎の笑みを見れただけで、今日一日頑張ってよかったなと感じる。
「得意の飛び蹴りはしないんですか」
「さすがに職場でかませませんよ…平和に生きたいです」
「しかしいつもあなたの隣と言うことは大分気に入られてるのでは」
「とりあえず若いのに声掛けてるだけですねあれは」
私は水をゴクリと飲んだ。冷たく冷えたそれが喉を通り爽快感。
「まあてきとーに流してるだけですけどね。同僚がフォロー入れてくれたりもするし。しかしこの色々厳しい今に時代錯誤ですよねー」
「大変でしたね。ちなみにその人はなんという名前ですか」
「え、そんなこと聞いてどうするんですか」
「どうもしませんが」
不思議に思いながらその名前を教えた。竜崎は小さく頷いただけでそれ以上何も言わなかった。
「でももう元気になりましたー!」
「相変わらず立ち直りの早い人ですね」
「褒めてもらってありがとうございます。」
なぜ立ち直りが早いのかなんて、わかり切っていた。
竜崎の顔を見たから。
彼とこんな短い時間でも話して、一緒にいるだけで私の減りに減った元気パロメーターはマックスになれる。
恋とは本当に恐ろしく素晴らしいものである。
竜崎はこんな夜中だというのに目の前にあったチョコレートを一つ摘むと、言った。
「あまり油断してはなりませんよ」
「え?」
「その男性、あなたを気に入ってるとしたら、あまり油断してはだめです」
「…心配してくれてるんですか」
竜崎は表情を変えずにもぐもぐと口を動かす。
「まああなたも一応女性なので」
「一応とは何ですか一応とは。れっきとした女性でしょう?どこか女性らしくないとこあります?」
「人の前で犬のウンコなどと発言するところがですよ」
「竜崎、いいんですか、そんなこと掘り返して。今自分が何食べてるか忘れたんですか」
私がニヤリとしていうと、竜崎はピタリと止まって眉を潜めた。
彼が食べてるのは茶色いチョコレート。まあ、カレーほどじゃないにしろ茶色繋がりで連想は出来る。
「…ほんとそういうところですよねあなた」
「あはは!」
「小学生男子レベルです。信じられません」
「先に失礼なこと言ったのは竜崎ですよ!一応女だなんて!こんなレディ捕まえて!」
「世界中のレディに謝ってください」
竜崎は眉を潜めたまま紅茶を飲む。そんな表情が面白くて私はさらにケラケラ笑った。
「せっかくのチョコレートの味が台無しです」
「あーあー高いやつなのに」
「もう食べる気なくしました」
「もーそんな細かいこと気にするタイプじゃないでしょうー?」
「あなたと一緒にしないでください」
竜崎はそういうとチョコレートを一つ摘み上げ、無言で私の口にズボッと突っ込んだ。
「ふあ!」
「責任持って食べてください、あなたにあげます」
「こんな夜中にチョコレート食べたら太りますよ!」
「怒るところそこですか…」
呆れた竜崎を見ながら口の中で溶けゆくチョコレートは、それはそれはとてつもなく甘く感じた。
2日後。仕事だった私は朝から下がり切ってる気分をなんとか持ち上げて職場に入った。
「おはようございます〜」
「あ、おはよー」
先輩がにこやかに挨拶をしてくれる。私は大きな欠伸をしながらその日のメンバー表を眺めていると、つつつと先輩が隣に来た。
「ね、一昨日お疲れ様」
「へ?」
「また絡まれてたでしょ?」
「ああ…もう慣れましたから」
「知ってる?また送別会ありそうなのよ」
「ええー!またですか!?今度はだれが!」
先輩が腕を組んで考えるように言った。
「愛ちゃんに絡んでたアイツだよ」
「…へ」
ポカン、とする。
「何かね、突如もう一つの病院に移動だって。何でって感じだよね?勤務自体ももうあっちらしいよ」
「えっ…急すぎません?そんなことあります?」
「ね?何かあったのかな。ま、これで働きやすいし飲み会も平和だしいいね。一応送別会あるみたいだけど欠席だよね?」
「イエス」
「おけー」
先輩は笑って離れた。
このタイミングで、こんな変な形で、いなくなってしまった。
目の前に黒いクマが思い浮かぶ。
いやいや。ないでしょう。竜崎がそんなこと。やろうと思えば出来そうだけど。
確かに名前聞かれて教えたけど。
ただの偶然ですよね。うんうんそうだ。
竜崎も多少は心配してくれてたみたいだけど、本当に多少、ぐらいだったし。
とにかくもうあれに絡まれなくて済むんだと思うと気が軽い!
私は一人納得すると、気合を入れるため伸びをした。
