6合鍵とモノトーンと
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朝9時、突然のチャイムに寝ぼけてインターホンのカメラを見てみれば、まさかの黒いクマが映っていたもんだから眠気はふっとんだ。
前日の仕事はかなり忙しく、ヘトヘトになって寝たのが0時丁度、そのまま爆睡して今に至る。
しつこくなるインターホンにイライラしていたのだが、まさか竜崎のご訪問とは。
私は慌てて玄関の鍵を開けた。
「おはようございます」
彼はいつも通りの格好と表情でいった。
「お、おはようございます…」
「寝てましたか」
「ええ実は…」
「それはすみませんでした」
まるで申し訳ないと思ってなさそうな口ぶりで竜崎は言うと、とうとう「上がってもいいですか」の許可を取ることもなく靴を脱ぎ始めた。
それが自然な流れで、竜崎との距離がなくなった感じもして嬉しく思った。
が、竜崎がスタスタと部屋に入っていって気付く。
しまった!
慌てて部屋に入ると、脱ぎ捨てた服や出しっ放しのスキンケア用品、シンクには洗ってないお皿がそのままだ。
「りゅ、竜崎!ちょっと10分…」
「別に構いません。仕事で忙しかったんでしょう」
竜崎はそう言ってベッドの隣に座り込んだ。
構うのは私の方なんですけど。
「物は乱雑ですが不潔感はないので掃除はしてるんでしょう。気にしなくていいです」
「は、はあ…」
「それより、それは学生時代の服ですか」
「…げ」
可愛らしいルームウェアでも着てればよかったのに。私が身につけていたのは高校の頃のジャージだった。
「ま、待っててください!」
私はあたふたと服を持って洗面所で着替える。寝起きのため歯磨きと洗顔もさっと済ませた。
出てくると竜崎は本棚にあった私の本を取り出して見ている。
自由人でマイペースなのは最近慣れてきた。彼に気遣いなどを求める方が無謀なのである。
とりあえずキッチンでお湯を沸かして、その間に軽く化粧水を塗った。
戸棚に入っていたクッキーを取り出し竜崎に出すと、ありがとうございます、と小さくいった。
「Lならそんな解剖生理学分かり切ってるんじゃないですか」
「基本的な事は分かりますが、あまり細かい事までは知りませんので面白いです」
竜崎が私の本を私の部屋で読んでいる。そんなどうでもいいことが、この上なく嬉しいのはなぜなんだろう。
あーあ、今日もいつもの服だし、変な座り方だし、指は口元にあるし。
変な人なのになぁ。
お湯が沸いた音に気づいて、紅茶をいれにいく。いつの間にか増えまくってしまった茶葉から、最近買ってきた新しい物を取り出した。
「仕事、いいんですか」
「少し区切りがつきましたので」
「というか電話してくださいよ」
「しましたよ、2回」
げ。さては爆睡で竜崎からの着信にも気づかなかったらしい。
完全に私の落ち度だが、だからといって急に来るかな。
散らかった部屋とジャージにスッピン姿を見られるなんて、普通もうちょっと後だよね?
「留守だったらどうするつもりだったんですか」
「そんなもの針金一本で解決です」
「ちょっと!犯罪!犯罪だよ!」
紅茶をいれおえて竜崎に持って行くと、彼はクッキーを摘み上げて食べているところだった。砂糖はどれくらいか分からないからセルフにしよう。私はスティックシュガーを袋ごと置いた。
「それにしても、モノトーンな部屋ですよね」
「え?ああ…言われてみればそうかもしれませんね」
「好きなんですか、モノトーンが」
「まあ、好きですね。黒とか紺とか、あまり女らしくないですが」
確かに部屋はあまり女性らしい可愛い色はない。かろうじて時々数の少ないぬいぐるみが飾ってある程度だ。これもお土産だったりの頂き物で、決して自分の趣味ではない。
「落ち着きます、この部屋」
そう言われ、つい彼の方を見た。
「竜崎には狭いでしょう?普段あんな豪華なスイートルームにいるのに」
「別に広いところが好きというわけでもないのです。長期滞在するのに荷物が増えたりしても困らないよう取ってるだけなので」
「…まあ、確かに竜崎ってあの部屋に似合わないくらいこじんまりとしてますよね」
いつも膝を抱えて椅子の上から動かず、あの部屋のほとんどが無駄になってる気がする。
「広さも、色合いも、落ち着きます」
また言われて、そういえばこの男自身がモノトーンだと気づいた。
白い肌に白い服。黒い髪に黒い瞳、黒いクマ。ジーンズだけ青いけど、あとは白と黒で仕上がっている。
それに気づいた時、見慣れた自分の部屋が酷く愛しく見えた。なんだか、竜崎みたいな部屋だな、なんて。
竜崎は熱そうに紅茶をすすってクッキーを食べ続けている。
こんな朝早く会うのは初めてだった。
私が向こうに行くことがほとんどの中、なぜ突然来たんだろう。
頭の中で、自分に都合のいいシーンが浮かぶ。
朝早く仕事を終えた竜崎が、急にめちゃくちゃ私に会いたくなって、ソワソワしながら電話して、出ないことにヤキモキしながら来てくれたのかなぁ、なんて。
……
無いな。うん、そんなの竜崎ぽくない。
多分あの無表情で気まぐれに行こうと思いついたんだろうな。
「忙しかったんですか、昨日」
竜崎が紅茶を飲みながら聞く。
「そう!そうなんですよ!もう昨日はちゃめちゃで!」
「はちゃめちゃですか」
「落ち着いた日勤でね、このまま行けば定時に帰れるぞとその日のメンバーで心の中で思ってたんですけどね、あと15分で上がるぞって時に緊急入院の電話がきて、更に一人急変して、あれよあれよと言う間に夜になったんですよ…!積み重なって淡い期待は裏切られて…」
「なるほど」
「急変ってこう、特別な音が鳴るんですよ!普段のナースコールとは別の音で、何度聞いても心臓が飛び上がる音なんですよ…あれ絶対寿命縮んでる。家にいても幻聴聞こえたりします」
「はあ」
竜崎はクッキーを摘んでぽりぽりたべながら相槌を打つ。ペラペラと話し終えてようやく気づく。竜崎っていつも、私の話静かに聞いてくれるよなぁ。
むしろ、さっきみたいに私が話したかったことを聞き出すような誘導をされてる気がする。竜崎はほとんど話す事はないのに。彼は仕事の話なんてなかなかしないし、好きな漫画の話とか、テレビの話とか、そういった事だって何も話さない。
「…すみません、私ばっかり話してた」
「いいえ」
その高い鼻を横から眺めながら思う。
今まで好きになった人は明るくておしゃべりで、一緒に馬鹿な事をしてはしゃぐような人ばかりだった。
まるで正反対、なのになぁ。
というかこんな天才が、私みたいなオチも何もない話を聞いてきて何を思うんだろうか。楽しいなんて、思うはずないよな。
例えば相対性理論?とか、そういうのについて語れれば竜崎も楽しいかもしれないのに。残念ながら私にそんな脳みそは持ち合わせていない。
「楽しいですよ」
「へっ!」
突然、竜崎が言って変な声が出る。
竜崎はこちらを見て、少しだけ口角を上げていた。
「愛さんの話。楽しいです」
「……」
実は竜崎って、人の心を読めたりするんだろうか。
そういう能力があるからLとして成功してたりして…
「あなたは話してる最中もコロコロ表情を変えますので、見ていて面白いです」
全く面白そうじゃない彼はそう言って、私から目線を逸らして爪を噛み始めた。
「それって、褒めてるんですよね?」
「最高に褒めてます」
「なんかそう聞こえません」
「素直じゃないですね」
だって見ていて面白い、だなんてさ。まあマイナスな意味じゃないだろうけど、それって彼女にいう台詞としてはどうかなと思うんだけどな。ま、いっか。
美味しそうに紅茶とクッキーを手にする竜崎を見ていたら、なんかなんでもよくなる。
私の部屋に来て、私の話を聞いて、私の隣にいてくれるんだから。
…スッピンだけど。化粧したかった。
「今更ですが、突然来て迷惑でしたか」
「えっ」
「起こしてしまいましたし、部屋も散らかってますし」
「やっぱり散らかってると思ってたんですね…」
「誰が見ても思うでしょう。私は別に気になりませんけど」
初めて竜崎が来た時よりはだいぶマシだからか、私も感覚が狂ってやがる、くそう。
でももう今更だ。取り繕ってもしょうがない。
私は返事をしようとして、あっと思い出す。
立ち上がって、クローゼットの扉を開いた。中にあった小さな引き出しを引いて漁る。
竜崎はなんだなんだとこちらを見ていた。
「えーと確かー…だいぶ昔にもらったやつだけど、ここにー」
重要なもの、と判別したものは一つの引き出しに入れておいて、それが溢れかえって結局ごちゃごちゃになってしまうタイプの私は、やはり大切な書類に埋もれてしまった目的の物をようやく取り出した。
「あったあった」
銀色に光るもの。ここで一人暮らしをし始めて一度も使っていないスペアキーだ。
私は竜崎の隣に再び座って、それをテーブルの上に置いた。
竜崎は無言で目を見開く。
「あげます!針金なんか使わなくていいように」
サラリと言って竜崎を見たのだが、予想外に彼は停止していた。
じっと置かれた鍵を見つめて、大きな瞳が瞬きもせず光っている。
「…竜崎?」
不思議に思い彼の顔を覗き込むと、竜崎はようやく口を開いた。
「これは…いいんですか」
「私も貰ってるじゃないですか」
「すぐ移るホテルのルームキーと家の鍵では重要性が違うと思いますが」
「いやむしろLの部屋の鍵よりか、一般ピーポーの私の家の鍵の方が重要性低いですよ」
何をそんな驚くことがあるんだろう。
「言っておきますけど部屋散らかってても文句言わないでくださいね。夜勤明けとかちょっと悲惨です。」
「それは構いませんが…」
未だ鍵を見つめたまま動かない。
「何か不都合ありました?」
竜崎は少しだけ目を揺らすと、いいえ、と小さく呟いてようやくそれを手に取り、ポケットに忍ばせた。
「別にいつ来てもらっても私はいいですよ、私もそうしてるし。と、ゆうか」
私はテーブルに置かれたクッキーと紅茶を指差す。
「紅茶だってクッキーだって、竜崎が来たときの為に買っておいたんですから。いつでも食べに来てください」
笑顔で彼をみる。竜崎はまた目を開けたまま停止して私を見ていた。
少しして竜崎は少しため息をつくと、湯気の出なくなった紅茶をすすった。
ほんのちょっとだけ、口角を上げて。
「敵いませんね」
「へ?」
「いえ。次はジャージじゃないことを期待します」
「うわ!言われた!あれ着心地いいんですよ、てゆうか服装に関しては竜崎にだけは言われたくないですね!」
「確かにぐうの音も出ません」
モノトーンの部屋にモノトーンの人。
それを結びつける銀色の鍵は、あなたのポケットに眠ってる。
「ワタリno.705の容疑者特定。FBIへ連絡を」
「かしこまりました」
目の前に並んだ沢山の捜査資料もこれで不要。私は一纏めにして適当にテーブルの端に押しやった。
ワタリはそれをすぐさま手に取り片付けて去っていく。
右隣に積み上がったファイルを摘み上げる。少し開いて確認した後、また乱雑に置いた。
事件は世界中でひっきりなしに起こる。殺人でも強盗でも窃盗でも。
興味があれば重要性の高くない事件も受け持つことはあるが、基本は自分の好奇心をくすぐるような難事件かどうか、だ。
正直なところ、世界を平和にしたい、だの悪人を裁きたい、だの理想を翳してこの仕事をしていない。
ただ面白いからだ。道楽の一つのようなもの。
負けず嫌いの性格も幸いして、誰も解けないような難事件を解くことに喜びを感じる。結果として平和が訪れればこんな一石二鳥な話はない。
砂糖のとけきらない紅茶を飲み喉を潤す。
ふと思い出し、ポケットの中から銀色に光る鍵を取り出した。
キーホルダーも何もついてない状態の冷たい鍵は、未だ出番なくポケットに眠っているだけだ。
先日、まだ日が登ってもいないような時間からどうも彼女の顔が見たくなり、電話をかけた。
残念ながら相手は出ず、恐らく寝ているのだろうと推測した。
しばらく時間が経って再び電話したがやはり出なかった。
ケーキで気を紛らわそうとしたが紛れなかった。仕事にも集中力が続かないため素直に諦め、彼女の家に訪ねていった。
寝癖をつけて学生時代のジャージを着て、まさに寝起きですという顔立ちで私を出迎えた彼女はなんとも滑稽な姿なのだけれど、私はそれが酷く愛しかった。
取り込まれたまま畳まれていない洗濯物も、狭いテーブルに並べられた化粧品も、彼女は慌てて隠そうとしたが止めた。
普段ホテルのスイートルームで過ごす自分にとって、生活感のあるあの部屋がとても面白くて居心地がよかったからだ。
そしてまた恥ずかしそうにする彼女が大変に面白いので。少しの散らかり具合など無問題。
香りの良い紅茶と甘いお菓子を摘みながらそこにすわれば、不思議なことにとんでもなく心が落ち着いた。
彼女には寝起きのまま慌ただしくさせてしまって申し訳ないと思ったが。
ベージュのカーテンに黒のテレビ台、茶色のシーツ。
透明のガラスのテーブルに紺色のゴミ入れ。
正直あまり女性らしさの感じないこの部屋で、いつもこの人はどう暮らしているのだろう。
今までにこの部屋に入った男性がいたのか。
そう想像すると、少しだけ胸の中が渦巻いた。
彼女が思い出したように立ち上がり、何やら引き出しの中を必死に漁った後、私に差し出してきたものを見て驚かされた。
この部屋の鍵だった。
何か問題でも?というようにキョトンとするその人は未だ少し寝癖で髪が跳ねていた。
頭の中ではもらって良いものなのか、とただただ混乱を繰り返した。
本名も何も告げることの出来ない私に、当然のように鍵を渡してきた。
無論彼女に対しての気持ちは半端なものではないし、もし彼女に危害が及びそうなら全力を掛けて守るつもりではいる。
でも時々ひどく思うのだ。
普通の人間ではない私が、この人の隣にいていいのか、と。
そんな気持ちを消し飛ばす銀色の鍵は、彼女がどれほど信頼を置いてくれるのかを示していた。
そして目の前にある紅茶もクッキーも、私の為に用意していたものなんだと笑ったとき、どうしようもないくらいに心が揺れた。
帰る家などなかった私に、居場所を与えてくれているんだと気付いた。
難事件を解くのは楽しい。しかしそれと同時に、私は人として持つべき物を持っていない。
世界中を飛び回り、時には適当に家を買うこともあったが、それは私にとっての「帰る家」ではない。ただの滞在場所なのだ。
いつでも戻りたいと思うような場所に、今まで出会ってこなかった。
この鍵を使って入り、少し散らかった生活感のある部屋で、
あなたのいれた紅茶を飲み、甘いものを食べ、
寝癖を恥ずかしそうに手で押さえるのを見る。
きっとこれが、今まで手にしたことのない幸福なのだと、感じた。
じっと見つめた鍵を再びポケットに仕舞い込んだ。
右側のポケットだけ、妙に温かく感じた。
私はそれを感じつつ、目の前の紅茶を飲み切った。
