5夜のお散歩
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「散歩に行きませんか」
突然立ち上がって竜崎はそう言った。
時刻は21時。
今日も泊まらせてもらうつもりで訪問した私は、そろそろお風呂に入ろうかな、なんて思ってたのだが。
竜崎はパソコンを閉じると突拍子もなく言ったのだ。
「えっ、散歩ですか」
彼を見上げて問う。
「はい、仕事も一段落つきましたし。息抜きに」
ここに来始めてしばらく経つが、竜崎と外出などしたことがなかった。いつも仕事で忙しそうな彼を隣で眺めてるだけなのだが。
私は慌てて立ち上がる。
「は、はい!是非!行きましょう!!」
ワクワクするな、という方が無理な展開。竜崎と出かけるだなんてはじめての事。たかだか散歩だが、言い方を変えればデートになる。
背後で仕事をしていたワタリさんが顔を上げた。
「車はよろしいですね。いってらっしゃいませ」
そう微笑む顔はやっぱり何度見ても優しくて紳士。
竜崎はそのままスタスタと部屋から出ていく。
私は隣に置いていた鞄を掴むと、ワタリさんに笑いかけて竜崎の背を追った。
「昼に比べると涼しいですねー!」
昼間は過酷な夏の太陽も、夜になれば顔を隠し暑さは多少和らぐ。その日は特にいつもより涼しい日だった。
どこからか虫の音が響き、切なさを醸し出す。
竜崎はかかとを潰したスニーカーでポケットに手を入れながら歩く。
外を歩く竜崎なんて初。もうこれだけで、私は感激してしまう。なんて低いハードル。
人もまばらの今は、夜の匂いがする。
細い道を、竜崎と歩いた。
「部屋に篭りきりだと季節も忘れてしまいますので時々気晴らしに出かけます」
「竜崎も出かけるんですね…」
「仕事が落ち着いてれば結構出ますよ。以前もワタリと美術館とか」
「へえ!」
「アイドルのコンサートとか」
「ええ!?」
「行ったことあります」
意外だった。Lは外出などほとんどしないかと思っていたのに。
「…ですが一番落ち着くのはここです」
竜崎はそう言うと、大きな木が生える公園の入り口を見た。
そちらに足を運んでいく。
まさかの公園とは。おどろきつつも、私はその背を追う。
「公園だなんて意外すぎます」
「噴水もあって植物もあって、落ち着きます」
「まあ、それは確かに同意です」
なかなかの広さの公園には、夜遅いため誰もいなかった。数の少ないライトがほんのり中を照らしている。
水の出ていない噴水は静かに中央にあった。
砂場にブランコ、滑り台やベンチが佇んでいる。
竜崎は迷わずブランコに近寄り、まさかのその上にもいつもの座り方で腰掛けた。
膝を抱え、右手だけブランコの鎖を握っている。
その光景は明らかに不審者そのもので、ああ今が昼間じゃなくてよかったと心から思う。
「夜は時々ここに来ています」
「昼間じゃなくてよかったと思ってます」
「昼間は人が多いので…」
「子供たちが竜崎のこの姿見たら泣きますよ」
「どう言う意味ですか」
「そう言う意味です」
私はそう言いながら、竜崎のその格好をみてぶはっと吹き出す。
竜崎は恨めしそうに私を見た。
「何がそんなに面白いんですか」
「あはは、全てですよ全て!」
竜崎はつんと顔を背けてブランコに座っている。ここだけ異質で、違う世界に来たかのような光景だ。
私はひとしきり笑うと、ふと砂場に目を奪われた。
どこかの子供の忘れ物だろう、スコップなどが置きっぱなしになっている。持ち主に忘れ去られた玩具たちはどこか寂しそうだ。
「砂場なんて久しぶり!」
私は竜崎をそのままに砂場に入りしゃがみ込んだ。
小さなスコップと、さらにカニの形をした型が置いてある。
私はスコップを使ってその型に砂を詰め始めた。
「いい大人が砂遊びとは」
竜崎の声が聞こえる。
「いい大人なのにブランコに乗ってる人に言われたくないです」
「これは乗り物ですから。遊園地みたいなものです」
「これだって陶芸みたいなものですよ」
「物はいいようですね」
型に砂をしっかり詰め終えるとスコップで固め、くるりと返した。
そっと持ち上げると、綺麗なカニがそこにいた。
「綺麗にできた!」
私が笑顔でいうといつのまにかそばに来ていた竜崎が覗き込む。
そして無言で、スニーカーでカニを蹴った。
「ああー!ちょっと何するんですか私のカニ!」
「形ある物はいつか壊れるものです」
「壊れる、じゃなくて壊したんでしょー!」
怒った顔で竜崎を見上げると、そこにいた彼は想像以上に優しい顔でこちらを覗き込んでいて面食らった。
不覚にも心臓が鳴る。
室内で見る竜崎と夜の公園の竜崎は少しだけ、違って見えた。
「貸してください、私の方が綺麗に出来ます」
そういうと竜崎は私からスコップを取ると、自分も砂を掻き出した。
ああやばい、不審者レベルがアップした。竜崎に子供用スコップはいけない。
彼は型に砂を詰めると指先で掴んでそれを地面に返し、ゆっくり持ち上げる。
「ほら、私の方が綺麗です」
「私が作ったのは竜崎が壊したから比べられないですよ」
「いいえ、あなたのはカニの目の部分が崩れてました。私のは完璧です」
「どこで負けず嫌い出すんだよ!」
また笑い出してしまう。こんな些細な遊びがとてつもなく特別で、とてつもなく幸せに感じてしまうのはもう重症。
この不審者がなぜかたまらなく好きで、多分今まで生きてきた中で一番ハマってるのは確かなのだ。
どこかまだカップルらしくないこの微妙な距離感のもどかしさが、探り探りのお互いの言動が、全てが貴重で楽しい。
「思えば砂遊びなどしたの初めてかもしれません」
「えっ!」
「子供の頃から難しいパズルや方程式のが好きだったので…」
「さ、さすが…レベルが違いますね…」
スコップで砂を意味もなく掘る竜崎の顔を見つめる。髪が垂れて目に入らないのか心配だった。
「天才は小さな頃から天才ですか」
「偏屈でしたけどね。ワタリの手を焼かせました」
「あはは!安易に想像つきます」
「あなたは子供の頃から騒がしそうですね」
「子供なんて大概騒がしいですよ」
「その中でも特にです。」
「まあ否定はしません。男子と喧嘩してました」
「さすがです」
竜崎は飽きたのかスコップをポイと置くと、また立ち上がりブランコへと移動する。好きだな、ブランコ。
また両足を上げて乗り空を見上げた。
私も竜崎のそばへ駆け寄り、なんとなく隣のブランコに座り、同じように空を仰いでみる。
三日月が見えていた。
「月が綺麗だー」
「…ほんとですね」
「月って、なんか見ると寂しくなりませんか?好きなんですけどね」
「あなたは感情の起伏が激しいですからね…月を見るだけで感情が揺さぶられるとは」
「ええ?普通ですよ、普通!」
少し地面を蹴って軽くブランコを揺らす。キイキイと微かに音が響いた。
「公園なんて久々に来ました。しかも夜だなんて。あー去年の夏ぶりかなぁ」
「去年の夏はなぜ来たのですか」
「友達と花火しに。カップルばかりの有名な公園に女3人で花火しに行きました。」
「それはまたなんというか…」
「凄い勇者ですよね?そんな馬鹿ばっかしてます」
「イメージ通りです」
「え、私そんな馬鹿なイメージでした?」
「ええもう出会った頃から」
「最悪な印象ですね。普段はおしとやかな乙女を演じてるつもりなんですけど」
「おしとやかな乙女は扉を蹴り上げたりしません」
「またそれ出す!」
竜崎の方を向いて口を尖らす。彼はそれをまた「阿呆っぽい顔ですね」と呆れて見た。
アホっぽいって。そりゃLからすればみんなアホでしょうよ。
私はまた正面を向いてブランコを少し揺らした。
「気をつけてくださいね。バカはうつりますよ。竜崎も私のバカうつるかもですからね!」
「恐ろしいですね」
「もううつってるかもですねー?頭いいのがうつればいいのにねぇ?」
笑いながらそうふざけていると、ふと影が覆ったのが分かった。
見上げれば、いつのまに降りていたのか、竜崎が目の前に立っていた。
ブランコの鎖に手をかけ、揺れる私を止めた。
彼の大きな黒い瞳と目が合い心臓が止まる。
竜崎の黒髪のうしろに、三日月が見えた。
そのまま彼は何も言わず、猫背の背をさらに曲げて私に顔を寄せた。
「…これでもっと馬鹿がうつりましたかね」
唇が離れたところで、竜崎はそういって微笑んだ。
もうすでに彼の顔を見れない私は必死に竜崎の白い服を見て平常を保ち、何とか声に出す。
「…ですね、もう竜崎仕事出来ないかもですね」
「それは困りました。私も終わりですね。あなたのせいです」
「りゅ、竜崎が自分からうつりに来たんですよ」
「それもそうでした。それと愛さん」
「へ?」
「夜なのに分かるほど、顔赤いですよ」
「き、気のせいですよ!夜なんだから!見えるわけないでしょ!」
私は顔を手で覆う。頭上でふっと笑い声が漏れた。
「夜なのにわかるほどとは。…あなたは見ていて飽きませんね」
見上げた時見えた竜崎の微笑みはそれはそれは可愛くて。
三日月を頭にちょこんと乗せてるようで。
きっとこの瞬間は死ぬまで一生忘れないんだろうな。
私はそんなことを思った。
