4居眠りからの
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「…うわ」
目を開けた時全てを悟った。
柔らかなソファにかけられた毛布。隣を見れば、猫背の名探偵がこちらを見ていた。
「起きましたか」
ね、寝てしまってたのか…!
私は慌てて起き上がる。
「すみません、いつのまにか寝てた!」
時計を見るともう夕方を指していた。なんと。昼前くらいにここに来て気づけばこの時間。私は何しに来たのだろうか。
竜崎は普段とまるで変わりない姿勢でパソコンを眺める。
「寝室へ促したのに気づけば爆睡でした」
「す、すみません…」
「いえ、夜勤明けですし謝ることありませんが。」
「私イビキかいてませんでした?」
「かいてませんでしたよ」
ほっ。私は胸を撫で下ろす。
「よだれは垂れてました」
「うわー!」
「ワタリも爆睡姿に笑ってました」
「わ、わ、ワタリさんにも見られたのですか…!」
私はがくっとソファに崩れ落ちる。そんな私をみて竜崎はやや不満そうに言った。
「私に見られたよりショックを受けるのはなぜですか」
「だって…あの紳士なワタリさんに…」
「私も紳士ではないですか」
「本気で言ってますかそれ」
「少しふざけました」
「素直でよろしい」
むくりと顔を起き上がらせる。嘆いても仕方ない。
夜勤明けに来たのがまちがいだった。疲れてどうしても会いたくなってしまったんだ。
「帰ります…寝にきただけでした」
「泊まっていけばいいではないですか」
サラリと言われはたと止まる。
竜崎はなんの表情も変えずパソコンを見ていた。
「明日は休みなのでしょう」
「し、しかしご迷惑なのでは…」
「何を今更。元々暮らしていたのに」
「そうでした」
とは言っても、それは保護されていたのであって私情で泊まっていたわけではない。
それに…それに、だ。
ととと泊まるとは、やはり、そうなるのでは?
決してそういう覚悟が今までなかったわけではないが、いざそうなると混乱する。
しかし断るのもどうなのか。保護されていた時と違って確実に今は竜崎と付き合っているのに。
「あ…じゃ、じゃあ…ちょっとスキンケア用品とか。コンビニで買ってきます」
「必要ないですよ。ワタリがまた揃えてくれています」
「なんと!私に送ってくれなきゃよかったのに!」
「あれは移動の時邪魔だったので」
ともなれば、私に断る理由はない。きっとワタリさんのことだから必要なものは一つ残らず揃ってるだろう。
だってこれはあれでしょ。竜崎からのお誘い、なわけでしょ。
あの飄々とした竜崎からの。
…では。
覚悟を、決める!
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて…!」
「はい」
「お、お風呂借りていいですか」
「どうぞ」
こちらを見ることもなく返事した竜崎を横目に、私はそそくさと浴室へ入った。
ここのホテルの浴室に入るのは初めてのことだ。いつもリビングで寛いだ帰るばかりだった。
そっと覗き込めば豪華なお風呂に気分が上がる。と、同時に今自分が置かれている状況に心臓が爆発する。
ちょ、ちょっと落ち着こうではないか。自分。
あの夜以来手も繋がずキスもせず中々心の準備を無視した展開ではあるとは思うが、別に段階的にジャンプしてるわけではない。
それなりに頻回に会ってはいるし、私たちはいい大人だし。
…しかし、なんだ。
こう竜崎とって、そういう想像がつかないんだよなぁ。前も思った事あるけど、彼は性別なんかを逸脱してる存在な気がして。
食事も睡眠も何もかもが人間離れしてる彼に、通常の人間のような性の意識があるのか。
私はため息をつきながらとりあえず湯船にお湯を沸かした。
洗面台にはなるほど、スキンケア用品などもあるし戸棚には私のサイズの可愛らしい部屋着もある。
ワタリさんって何者なのほんとに。よだれ垂らした顔見せてごめんなさい。
クレンジングを拝借してメイクを落とす。
鏡に映った平凡な自分の顔を見てため息をついた。
スッピンなんか初対面の頃に見せちゃってるし今更だけど。
じっと頬にできた小さなニキビを見つめる。
「あーーー」
目の前の鏡におでこを打ち付ける。
ほんとにほんとに、私竜崎とそうなるんだろうか!?
あ、でもワタリさんは!?いつもワタリさんってどこで休んでるのかしら!?
ワタリさんが近くの部屋にいるとしたら気まずいし…
「…とりあえず考えるのやめよう。パニックに陥るだけだ」
私はすでにやや赤らんだ顔を手で覆うと、ようやく浴室に入った。
「竜崎、お風呂ありがとうございました」
「長かったですね。2時間も入るなんて中で溺れてるかと思いました。」
「は、ははっ。豪華な浴室にテンション上がって半身浴してました」
のぼせそうに熱くなった全身を仰ぎながら私は冷蔵庫から水を取り出す。
実は色んな妄想に駆られて中々出てこれなかったとは言えまい。
「夕飯は適当にルームサービスでも取ってください、メニューです」
「あ、ありがとうございます…でも私キッチンにあるもので適当に済ませますから。てゆうか竜崎もちゃんと食べましょうよ」
「食べてますよ、晩ご飯」
「シフォンケーキはご飯とは言わない!」
相変わらず甘いもの以外はほとんど口にしない甘党大王はいくら言っても聞かないのはもう分かり切っている。
私はため息をついて冷蔵庫や戸棚を漁る。それなりに食料が入ってるので夕飯には困らなそうだ。
「ワタリさんは?」
「仕事で外に出ています」
「そうですか…」
私は冷えた水を飲むとちらりと竜崎を盗み見た。彼は普段と何も変わらない様子で座っている。
いつもいつも。私ばっかりあたふたしてる。
竜崎は平然としてるのが、めちゃくちゃに悔しい。
この人はいつもそうだ。私の心の中の葛藤や慌てぶりなんか知るよしもないだろう。
私はお水を持って竜崎の隣に腰掛けた。
「お仕事…忙しそうですね」
「まあ今はそれほど大きな事件は取り扱ってませんが…」
「沢山依頼があるんですね」
「世界中から来ます。言い忘れてましたが仕事上突然海外へ飛ぶ事もあります。しばらく海外に滞在することもザラなので、覚えておいてください」
「あ、はい…」
特殊すぎる仕事。しょうがない。世界のLはたった一人なのだ。
世界中飛ぶこともそりゃあるだろう。彼はさまざまな難事件を解決してるのだから。
「そういえば竜崎ってどこの国の人なんですか」
「育ったのはイギリスです。元々の国籍は分かりません、前も言いましたが施設で育ったのでそこの詳細は不明です」
「ぱっと見日本人ぽく見えますけどね」
隣にいる彼を見てみれば、確かに肌は白いけど髪は黒だし、瞳の色も青かったりするわけではない。
鼻筋は悔しいほど通ってるけど、スッキリした日本人です、と言われれば納得しなくもない。
ムカつくくらいの美肌に映えるクマ。勿体無いなぁ、これなかったら大分人相変わるのに。
ああでも、もはやクマのない竜崎なんて想像つかないしなんだか物足りないかもしれない。これは重症だぞ、私。その横顔がたまらなく綺麗に見える。
「そんなに見られたら穴が開きそうです」
「あ、すす、すみません」
じっと凝視してたことに気付いて慌てて目を逸らす。竜崎の口元が少しだけ緩んだ。
「久々に見ました」
「え?」
「あなたが化粧をしてない姿を」
言われて急に恥ずかしくなった私は顔を背ける。
「あんまり見ないでもらえますか」
「何を今更。何度も見たことありますよ」
「そ、そうですけど。複雑な女心ですよ分かりませんか」
「まるで分かりません」
「世界の名探偵も女心は分からないんですね、まだまだですね」
竜崎はゆっくりこちらを見ると、面白そうにじっと私を見つめた。
「素顔も好きですけどね」
…はあ…。こいつはまた急にこういうことを言う。
憎まれ口からの急な方向転換。心がついていかないんだってば。
見られてどうも恥ずかしくて竜崎を見れない。
「見ないでもらえますか!」
「さっきは人の顔じっと見つめたくせに」
「そうでしたけど竜崎の肌は綺麗だもん、ニキビないもん!」
「そんなことを気にしてるのですか、夜勤明けで肌のサイクルが少し乱れてるのでしょう」
「竜崎は毎日夜勤でしょうが…」
「そうでした」
そのくせこの美肌なんて。私より断然綺麗なのが悔しくてたまらない。こっちは毛穴だのテカリだの赤みだの色々悩んでるってのに。
竜崎は変わらず私を見ている。その顔は完全に面白がっている。
「ニキビなんて気になりませんよ」
そう言って、ずいっとさらに顔を寄せてくる。
はっと身構えた。
竜崎の顔が一気に至近距離になった気がする。
心臓が高鳴った。
もしや、このまま、キ、
「夕飯、食べないんですか」
近づいた顔から漏れたのはそんなどうでもいい言葉。
私は一瞬キョトンとして、すぐに期待していた自分に恥ずかしくなって立ち上がった。
「た、食べます!」
竜崎は何も言わずまたパソコンの前に姿勢を戻した。私には到底読めない英語の資料を手に取り読む。
そんな様子にやっぱりドキドキしながら、私はキッチンへと移動した。
時刻は23時。
ずっと変わらず仕事を続ける竜崎の隣で、私は携帯を見たりワタリさんが置いといてくれた小説を読んだり、しかし実は何をするにも全く集中出来ていない。
実はこの有名なミステリー小説の登場人物すら把握しきれてないし、携帯は意味もなく友達から届いた連絡を読み返していただけ。
適当に作った夕飯はほとんど味が分からなかったし、喉を通らなかった。
漏れそうになるため息を堪えたのは何度目だろうか。
そろそろいい時間だ。
お風呂も入ったし歯磨きもしたし、準備は整っている。
何度目かの時計を眺める行為を繰り返したあと、私は意を決して声に出した。
「そっ、そろそろ寝ます!」
噛んでしまった。
口から心臓を吐き出しそうになりながらそう宣言した。
さあ、どう動く。
一緒に寝室に行けばいいのだろうか。あれっ、そういえばまだ竜崎はお風呂入ってなくない?今から入るのを待つのか?まままさか一緒になんて言い出したら…
「はいおやすみなさい」
頭の中できっと世界一の名探偵と同じくらい回転を早くしながら色々考えていた私の耳に入ってきたのはそんな言葉で。
つい一時停止せずにはいられなかった。
竜崎は紅茶をすすりながらこちらを見る。
「ごゆっくり。」
「………」
あれっ、待て待て。
心の準備必要なし?
竜崎はキョトンとして言う。
「どうしました?一人で寝るの怖いんですか」
「こ、怖くなんかないですよ!いい大人なんですよ!」
「それもそうですね。おやすみなさい」
そう言って微かに微笑んで、竜崎はまた紅茶を飲んだ。
………
考えすぎ、だったようだ。
彼にはまるでそんなつもりはないらしい。
今日1日の私の緊張は。
「…はい、おやすみなさい」
私はふらりと立ち上がり、ゆっくりそのまま寝室へ向かった。
脱力した足はどこかフラフラしている気がした。
「本当顔に出やすい人ですね…」
フラフラとリビングから立ち去った人を見送り、小さく呟く。
あんな緊張の顔を見ては、まるで手出しできない。
まあ、一人百面相してるのが面白いからいいが。
呆れて少し笑った竜崎の言葉を、私は知らない。
