3竜崎の誤算
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騒がしい人だ、と思っていた。
有名すぎる犯罪組織が特別扱いしてる女と聞き、こちらで観察と保護を警察に提言したのは完全に好奇心からだった。
あのJが特別扱い。恐らくとんでもない身元に違いない。
監禁してその素性を割るのを待っていた。
彼女の体から薬の効果が消えて目を覚ました時、どんな反応をするのかとじっとモニターを見ていた。
ようやく目を覚ました彼女は起きて混乱しつつ部屋を漁ると、出入り口の扉を叩いて叫んだ。
応答がないと知るや否や、その足を振り上げて扉を蹴り上げた。
白いロングスカートは派手にまくり上がり、下着が見えたほど。
…なんだ、これは。
想像していた反応とだいぶ違った。
彼女が裏の世界で生きてるような人ならば、あえてここまで派手に動かないはずだ。身元を隠すために一般人のフリをし、さめざめと泣くのが正しい。
こんなに叫び扉を蹴り上げるなど、あまりに馬鹿げた言動だ。
その上名前を聞けばすんなりと答えた。
教わった名前でしらべてみれば、なんと簡単に調べがつくごくごく普通の一般人だった。
まさか。
さまざまな方向から攻めるも全てシロ。疑わしきものは何もなかった。
「…誤算だ」
私はモニターを見ながらポツリと呟く。隣にいたワタリが言う。
「やはり、本当に一般人のようですね」
「となればなぜあんな特別扱いだったのか。」
例えばボスがよほど気に入り想いを寄せた女性?
そう考えてもどうもふに落ちない。どちらかと言えば確かに美人の部類だろうが、言ってもありふれたレベル。数々の美女をさらって売ってきたあのJが選ぶとは理解に苦しむ。
相手が一般人だと知り、保護を申し出た事をすでに後悔する。面倒なことになってしまった。
やはり警察に送り返そうか。
ちらりとモニターを見る。
長い髪、派手でもない服装。
どこにでもいそうな彼女が一つだけ他の女性と違うところは、とんでもない顔でこちらを睨んでいることだ。
爪を噛んでいた親指を一度止めた。
珍しい人だ、と。
「一般人となれば、Jの被害者です。監禁はさすがに不憫なのでは」
ワタリが言う。正論だ。
ため息をついてまた自分の親指を噛んだ。
「…仕方ない。予想外だが監禁をやめる。一般人であるのに特別扱いをされてたという事実が興味深いのも確かだ。」
モニターの中でこちらを睨み付ける彼女を見た。
この状況でこちらをこんな目で見るとは。気の強さが伺えた。
竜崎の誤算
直接会った彼女の第一印象は、「正直な人だな。」
私を見た途端の不審者を見るような(彼女からすれば実際不審者なのだが)表情はなんとも正直。
普通はそれを隠そうとするのが常識だろう。
その後事情聴取を行うもこれまたどんどん不機嫌が増していくのが目に見えてわかる。
不思議と不快感はなかった。むしろここまで顔に出やすい人が面白かった。
彼女は私からなるべく離れて座り、眉を潜めてこちらを見、そしてワタリに助けを求めるような目で訴えかける。
散々な扱いだ。
しかしJを捕まえる強いカードになりうるというだけの関係。私は特に深入りするつもりもなくその存在を適当にあしらっていた。
が、どちらかと言えばこちらのスペースに突っ込んできたのは彼女だ。
私の食生活などを口煩く罵り、堂々と言い合いをしてみせた。
女性とはこれほど騒がしかったか。
自分も中々のものだというのに私に失礼な人だ、と宣言する。
その口以上に物を言う表情を鏡で見せてやりたい。失礼なのはどちらだ、と。
そんな彼女からLの名前が出たのは完全に偶然だった。
私をLだと疑いもしない彼女はペラペラとLについて話した。
予想外に、特にその存在を否定することもなく。
そして言いのけたのである。
「自分がちゃんと信じられる道なら、他人なんて関係ないですよ。竜崎は竜崎ですから!」
強く言い切った語尾が力強い。
それを聞いて笑ったのはワタリだ。
彼女が退室した後ワタリは言った。
「大変面白い方ですね」
「…女性とは誰しもあんなに騒がしいのか」
「彼女の個性でしょう」
「やはりな」
「あんなに口数の多い竜崎を初めて見ました」
「言い返しただけだ」
「楽しそうでしたよ」
ふと顔をあげれば、見慣れた目尻のシワがなお深くなっていた。
「あまり人間らしくないあなたが、楽しそうでした」
「…気のせいだ」
「あれほど正直で真っ直ぐな方、あなたには珍しいでしょう」
思えばワタリは初めから気づいていたのかもしれない。
今まで出会ったことのない彼女のような人に、
私が惹かれてしまうことを。
「竜崎、紅茶飲みますか?」
隣に座る彼女が聞いた。
今日は夜勤明けだと言って、昼前にホテルに入ってきた彼女はやはり眠そうに目をしょぼしょぼとさせている。
そんなどうでもいいワンシーンがひどく尊く見えた。我ながら呆れるほどに。
「いえ。眠いなら寝てはどうですか。あちらの寝室自由に使って構いません」
「うーん、眠いけど寝るの勿体ないですよねぇ」
「その気持ちは痛いほど分かります」
「あ、いや、全然ですよ。竜崎ほどの不眠とはまるで違いますよレベルが。そのクマに今度コンシーラー塗ってあげます」
「コンシーラーとは何ですか」
「あ、世界のLも女の化粧品には詳しくなかった!クマとかシミとか隠すんですよ!ファンデーションみたいなものです」
「なるほど。女性とは努力が尽きませんね。そうやって塗り絵のごとく顔を塗るのですね」
「塗り絵って!言い方!」
くだらなすぎる会話。今までの私を知っている者が見たら驚くだろう意義のない会話。
会話の中でもコロコロと表情を変える彼女は表情筋が私の3倍はありそうだ。
微笑まずにはいられない。
初めてこの人の笑顔を見た時、つい目を奪われた。
普段吊り上げている目を垂らして大口を開けて笑うその顔は無邪気で眩しかった。
こんなふうに私は笑えない。そう、感じたのを鮮明に覚えている。
「夜勤は嫌いです…夜は働くもんじゃない、寝るもんですよ…」
睫毛をパチパチと捌かせて彼女は紅茶を飲んだ。
隣に座ってはいるものの未だにある微妙な距離。
それを縮める方法が、私の知識では存在しなかった。
今まで思ったことがなかったのだ。
誰かに触れたい、だなどと。
笑顔を見れば目を奪われ、そこにいるだけで心は落ち着く。
他の男と話せば不愉快になり、くだらない話をすれば口角があがる。
そんな自分に辟易しながら、これが一体何なのかさすがに気づかないわけではなかった。
他者には興味のなかった自分が。
一生愛だの恋だのするつもりのなかった自分が。
人としてどこか欠落している自分が、こんな感情を抱くなど、完全に誤算。
だが私はLとして、そんなものにうつつを抜かすわけには行かなかった。
普通の人とは違う生活、命を掛けた仕事、こんな人生に彼女を巻き込むなど言語道断。
それなのに私はあの日、人生最大の過ちを犯した。
涙ながらに過去を語り、私の目を真っ直ぐに見て彼女は呟く。
「……竜崎にだけは…知られたくなかった…」
その発言の意図は分からない。
だがすでに心の容器は満タンで何とか耐えていた感情を溢れさせるには十分すぎる声だった。
気がつけば彼女を腕に抱きしめた。
振り払ってくれればいい。
そう思って彼女に告げるも、あの人はしなかった。
それがまたひどく自分の感情を揺さぶった。
あんなに明るく笑っているこの人が、こんな過去を持っているなど想像もしていなかった。
人間性が歪んでも仕方ない程の出来事なのに、あなたはこんなにも真っ直ぐで笑っている。
そのいじらしさが自分の心を掻き立てる。
ああ、もう引き返せないと。
こんなに冷静さを欠いた自分は生まれて初めてで、ただひたすら、愛しさに溺れた。
気づけば隣で寝息を立てている彼女を見た。だから寝室で休めと言ったのに。
決して映画などのワンシーンのように美しくはなかった。
ソファにだらしなくもたれて口も開き、足も放り出したように伸びている。
苦笑した。果たして、自分はなぜこんな面白い女性に心奪われているのか。
無防備極まりない。
隣で私がどんなことを考えているのか知るよしもないだろう。
「失礼します」
背後からワタリの声が聞こえた。
「おや…いらしてたんですか愛さんは」
彼女の爆睡の姿を見て、ワタリも少し笑った。
「夜勤明けらしい。眠そうにしてたから寝室へ促したのだが気づけばこの有様だ」
「この方らしいですね」
ワタリにこの人のことを告げた時、彼はとても嬉しそうに微笑んだのが印象的だった。
『そうなると思ってましたよ』などと言って。
「毛布をお持ちします」
「頼む」
ワタリはそう言って寝室へ入っていく。
少しため息をついて、また寝顔を見つめた。
まさか隣にこの人を置いて仕事をすることになるなど。
こんなアホ面を眺めながらケーキを食べることになるなど。
初めは全く想像していなかった。
なんという、嬉しい、誤算。
