2失敗作と突然の訪問
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「あちゃー。またこれなんでこうなったかね。おかしいなー」
私はオーブンの中を見て呟く。
そこには丸い形に焼かれるはずのチョコレートケーキが、なんとも歪な形に仕上がっている。
とりあえずミトンをはめて鉄板を取り出した。
甘い香りだけ嗅げばいい感じなんだけど…
これは人にあげるような形じゃないな。
また失敗か。
私は一人ため息をついた。
以前竜崎のいるホテルに行った後、その後数回彼を訪れていた。
まあ、こっちは仕事もしてるから毎日突撃は流石に無理だったけど。
休みの日や夜勤明け、私は竜崎のいるホテルへ行き過ごす。
しかし隣に座ってお茶をするぐらいがデフォルトで、時々会話を挟んだりしながらダラダラ時間が過ぎる。
果たしてカップルらしいか、と言われれば全くもってイエスとは言えない。
手を繋ぐ?ノーノー。
キスをする?ノーノー。
その先…とと、とんでもない。
結婚10周年の熟年夫婦のような空気感だ。
でもそれはそれで竜崎らしい気はする。あの竜崎が突然そこいらにいる彼氏みたいな言動を始めたらそれはそれで戸惑ってしまう。
特に不満はないけれど、こちらとしては若いカップルらしいこともしたいではないか。
…で、思いついたが安易な手作りのケーキ、である。
相変わらず糖分で体の3分の2を作ってそうな食生活の彼に、女子力を見せつけてやろう、という魂胆だ。
私の作ったおいしいケーキに驚き、舌鼓を打ち、私を褒め称える竜崎を想像する。
しかしここで問題が発生した。
私に見せつける女子力がなかった。
料理といえばカレーやオムライス程度の物で、お菓子作りなどこの人生でしたことのないタイプの人間だ。
クッキーすらチャレンジしたことがないのに、無謀にも手を出したのはチョコレートケーキで、今日で3回目の挑戦になる。
いつも竜崎の元へ行く直前に焼いては失敗し、結局ケーキ屋で買っていく流れ。なぜか焦げたり焼きすぎてパサパサだったりする。多分生焼けを恐れすぎてる。
そして本日、取り出したケーキは焦げてはないもののなんとも残念な形になっていた。どうしたのかね、誰かこのケーキにパンチでも食らわせた?
「…仕方ないな。今日も何か買ってくかなぁ」
別に買ってこなくていいんですよ、と以前竜崎は言ってくれたけど、なんとなく手ぶらもな。
私は頭をかきながらエプロンを外す。
やっぱり最初はクッキーぐらいにしておこうかな。うん、今度は自分のレベルに合った物をチョイスしよう。
そう考えて、私は竜崎の家に行く準備をしようと動き出した時だった。
背後から、聞いたことのない音が響いたのだ。
驚いて振り返ると、それは机の上におかれた携帯電話だった。
未だかつて一度も鳴ったことのない竜崎からの電話。
慌ててテーブルの上のそれを手に取る。表示は非通知だった。
竜崎と電話なんか、したことない。あの無口な男が何を話すんだろう。
意を決して通話ボタンを押した。
「もしもし!」
少し高鳴る心臓を何とか抑えつつ耳にあてる。
『愛さんですか」
「は、はい!そうです!」
『今家ですか』
「は、はい!」
『分かりました、ありがとうございます』
次の瞬間耳に聞こえたのは、ツーツーという機械の無機質な音だった。
……え
「…終わり??」
キョトンとして電話を離すと、やはり通話時間 9秒の文字が写っていた。
「な、なんなの今のは」
これが初めて電話するカップルの会話ですか?
しかも、こっちからは掛け直しできないという不利な形の。
気になるじゃない、なんだったの今の電話は。
「ほんとにマイペースな人だな!」
竜崎とはじめての電話、と少し浮かれた時間を返してほしい。
イライラしてベッドに電話を放り投げた。
人に合わせるという事を一切しない変人め。あーもう私ってほんと厄介な人に惚れたもんだ。
頭を抱えるも悩んでいても仕方ないので、すぐに切り替えて出かける準備を続けた。
それから10分後。
さて。あのスイートルームに行って先ほどの奇行の意味を問い詰めなくちゃ。
仕上げの化粧を施し、私は鏡の前に立った。
カバンを持ち最終チェックを施すと、テレビの電源を落として玄関に向かう。
お気に入りのヒールを履き、扉を開けた瞬間だった。
「うわーっ!!」
つい叫んだ。
開けた目の前にはクマの凄い男が立っていた。
「りゅりゅ、竜崎!!??」
心臓はバクバクしていた。今回ばかりは恋のせいなんかじゃなく、驚きのためだ。
竜崎は相変わらず猫背でポケットに手を入れたまま立っていた。
「すみません、ちょうどインターホンを鳴らそうとしたら扉が開きまして」
「び、びっくりしたぁ…!心臓止まるとこでしたよ…!」
胸を押さえて息をついた。しかも、この白い肌で黒いクマのビジュアルはただでさえ衝撃が強いのに。
「すみません、それにしてももう少し女性らしく叫ばないものですか」
「ほっといてください、突然の叫び声なんて意識で変えられるわけないでしょう。それより、急にどうしたんですか?」
「上がってもいいですか」
なんでこの人っていつもいつも唐突なの?全然ついていけない。
私はポカンとしてしまった。
「え、…いいですけど…もしかしてだからさっき電話で在宅か聞いたんですか?」
「はい」
「それなら今から行くって言ってくださいよ!」
「言いませんでしたか」
「言ってませんよ!なんてったって9秒ですからね9秒!」
呆れつつも、私は履いた靴を脱いだ。
「どうぞ。どうせ今から竜崎のとこ行こうとしてたところです」
竜崎は私に促されるまま入った。踵を潰したスニーカーを脱ぐ。中はやはり素足。
私はそのまままた自分の部屋へと戻った。
「綺麗ですね」
「え!?」
急に来てどうしてそんな気の利いた事を!?突然どうしたの!確かに、おしゃれ頑張ったけど!
…と振り返ってみれば、どうやら私の事を言ったのではなく、部屋に対して言ってるようだ。
「以前来たときは凄かったので」
「あ、ああ…あのときはちょっと荒れてましたから…普段はあそこまでじゃないです」
確かに前竜崎が訪ねて来たときは酷かった。ありとあらゆる物が出しっぱなしで。
…が。
実は普段から結構だらしないのだが、たまたま昨日気が向いて片付けたのは内緒にしておこう。いいタイミングだった。
竜崎は座らずキョロキョロと辺りを見渡した。
「どうしました?座ってください」
この前は勝手にくつろいでたくせに。
竜崎はそれでも座らず、ふっと何かを見つけたようだった。
「……あ!」
私は竜崎が見つけたものの正体に気付いて慌てる。
失敗したケーキは粗熱を冷ましてる途中でそのまま忘れていた。
私は慌ててそれを隠すように体を滑り込ませた。
「紅茶!入れますね!」
「焼いたんですか。」
ごまかしも聞かず、竜崎はストレートに聞いて来た。
実物を見られては、ごまかしようがない。
「い、いや…失敗したんです…」
正直に言った。恥ずかしくて顔を俯かせる。
いびつな形をしたケーキを見られてしまった。
できればうんと成功した美味しいのを涼しい顔で竜崎に食べさせたかったのに。
竜崎は指をくわえてじっと私を見ていた。
「ください、それ」
「…へ」
「ください」
「い、いや!失敗したんですって!そんなの食べさせたくないですよ!」
「大丈夫です」
「おなか壊しても知りませんよ!」
「いいからください」
竜崎の有無言わさない言い方に折れる。
私は渋々包丁で一切れ切ると、紅茶もいれた。
振り返れば竜崎はまたベッドの横で座っている。
てっぺんがつぶれたようになったケーキはやはりお世辞にも美味しそうとは言えなくて、こんなのを竜崎に出すのがたまらなく恥ずかしい。
私はフォークと共に彼の前に置く。
「…まずくても知りませんよ、味見もしてませんから」
そう警告して、私も竜崎の前に座る。
彼はじっとケーキを見つめた後、フォークを手に取り一口頬張った。
恥ずかしさを隠すために紅茶を飲む。まずいだろうけど、まずいって言ったら蹴る。食べされろって言ったの向こうなんだからね。
竜崎はもぐもぐと口を動かした後、言った。
「信じられません」
想像通りの反応に、私は言い返した。
「〜言っておくけど!竜崎が無理に食べたんですよ!私は止めたのに…」
「こんなに美味しいのに失敗作とは」
「失礼なこと…ん?」
キョトンとした。竜崎はまた一口頬張って食べる。
「美味しいですよ。凄く」
頬を一杯にしてそう断言した。
思ったのと違う反応にたじろぐ。
「しょ、正直に言っていいですよ…気を使わないでください」
「正直に言うと確かにビジュアルはあなたの蹴りでも入れたのかと思うくらいの歪みですが」
「ほんと正直だなこのやろう」
「味に関しては嘘ではなく本当に美味しいですよ。おかわりください」
竜崎はそう言っていつのまにか空になったお皿を差し出した。
ポカンとそれを見つめる。
竜崎はいつだって高級菓子を食べてる。こんなど素人のケーキ、舌の肥えた彼においしいと思われるはずがない。
…のに。完食して、おかわりももとめてくれる。
単純にも自分の口元が緩むのが分かった。
「…ありがとうございます…」
私はお皿を受け取ってまた一切れ出した。
「分かってると思いますが私は基本お世辞はいいませんので」
「…はい…」
少し思ってた状況とは違ったけれど…
彼においしいと断言され、おかわりを要求してもらえた。
これだけで、頑張った甲斐があった。
こころが温かくなる。やっぱり、嬉しい。
「前回と前々回はどのように失敗したんですか」
「最初はまるこげになって、その後は焦げはしなかったけどパサパサで…って、ん?」
目をパチクリとさせる。
竜崎の方を見た。
「ちょ、ちょっと…なんで知ってるんですか、これが3回目って…」
竜崎は涼しい顔して紅茶を飲んでいる。
何、もしかして初めの時みたいに監視カメラでもあった!?
私は周りを見渡す。
「監視したりしてませんよ」
「あ、ああ…ですよね」
「私をどれだけ非常識だと思ってるんですか。容疑者などならまだしも」
「安心しましたよ…」
とりあえずほっと胸を撫で下ろしてまたケーキを竜崎の前に置いた。
竜崎はまたフォークを摘んで続けた。
「簡単な話です。あなたからいつもチョコレートケーキの臭いがした」
「犬ですかあなたは」
「冗談です」
この人が言うと冗談に思えないからやめてほしい。
「あなたの服の袖にチョコレートが付いてました。」
「…げっ!!」
私は今着ている服の袖を見た。するとなんと、かすかにチョコレートがついている。
え。まって、3回ともつけてたの?
「3回とも同じようにつけてくるとは、狙ってたんですか?」
「ぐ、偶然です」
「さすがですね。」
ふっと竜崎は笑ってまたケーキを食べる。
「チョコレートが衣類に付くとは、それが溶けてる状態でないと無理でしょう。あなたはよく私にケーキを購入してきてくれる。それが手作りになるのは自然な流れです」
「……」
「ただ、いつになっても持ってきてくれる気配はなく、市販のものばかり与えられたので…さては、失敗して諦めてるのだな、と」
「世界の名探偵さすがですね…」
「これくらい誰でも分かります。推理とも呼べません」
私は俯いた。
「その…やっぱり大成功したやつを涼しい顔で竜崎に食べさせたかったんです…偶然にも見つかってこんな形で食べられちゃったけど…」
それが複雑な女心というもの。好きな人の前で少しくらいみえをはりたいの。
予想外の訪問に、こうなっちゃったけど…
「偶然、ですか」
竜崎はポツリと言う。
「私がなぜ今日ここに来たか。偶然だと思いますか?」
竜崎はそう言って、私をニヤリと笑った。
…え、
え、まさか!
「え!まさか食べに来たんですかこの失敗作を!」
「あなたが今日仕事も休みと知ってましたので。また焼くのだろうなと。」
「え、ええ!」
「いつも訪問はティータイムの15時前後が多いので、それくらいの時間を狙ってきました」
つまりは全て竜崎に仕組まれていた。
彼はわかってやってきたのだ。私がまた失敗して市販のケーキを買っていくだろうことを。
「………」
「複雑な表情ですね。」
「複雑ですよ…私の行動を読まれすぎてるのもなんか悔しいし、本当は大成功したやつを披露して女子力を見せつけるつもりなのにすでに失敗がバレてたなんて」
「あなたに女子力なんてないことわかってますよ」
「残りのケーキ顔にぶつけますよ」
「結局は見た目はともかく味は成功してますし、いいではないですか」
竜崎は悪びれもなくまたお皿を空にした。
「大成功まで待っててくれればいいのに」
「いつになるかわからないのに待てません。それに」
彼はまたしても空のお皿を私に差し出して微笑んだ。
「早く食べたかったんですよ。失敗作だろうとなんだろうと。待てなかったんです」
「………」
優しい微笑みに、優しい言葉。
私の女子力見せつけ大作戦は大失敗に終わったけれど、これはこれで成功かな。
竜崎のこんな顔が見えたなら。
「おかわりお願いします。あ。切らなくていいですよ」
「食べ過ぎですよ」
「構いません。」
ホールで完食するなんてこの人の健康状態が心配でならないが。
…まあ。いっか。
今日くらい食べてもらっちゃおう。
だってこれはあなたの優しさだからね。
私は無意識に微笑んだ。
