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「は?まだヤッてない?」
夏美の声は居酒屋によく響く。私は慌てて周りを見渡した。幸いみんな自分の話に夢中みたいだ。
マリですらぎょっとしたように目を見開いていたのが印象的だった。
中々予定が合わず3人が揃って飲みにこれたのは久々になる。冬も深くなり年越しも近づいてきていた。
もはや忘年会、かな。
夏美は生ビールをジョッキ半分くらい一気に飲み、真剣な目で言った。
「いや。あんたたち半年くらい付き合ってるでしょ?」
「はあ、まあ…」
「いやいやさすがに。流石にですよ、##NANE1##さん。」
なぜか急に敬語で言われた。マリは心配そうに私を見つめてくる。
「仲はいいんでしょ〜?」
「ああ、いい、と思うよ。しょっちゅう会ってるし」
「誕生日は?プレゼントは愛をあげなかったの?」
「あげれるかっっ!!」
夏美とマリは顔を見合わせる。
普段は私をからかうようにする二人が、意外と真剣そうに私を見て言う。
「確かにゴンちゃん見たときびびったよ。変な人って」
「ははは…」
「でもこのエピソードが一番変だわ。」
夏美の隣にいたマリも頷く。
「さらっと私たちの分まで奢ってくれてスマートな人だったねー。でも確かになんか、変わってる人って感じはしたよね」
ですよねー。
竜崎を一言で表すなんて、変わってる人、これ以外は見当たらない。
多分100人中100人はそう言うよ。
「こうなればあんた誘うしかないよ!」
「は、はああ!?」
「一緒に寝なよ!それでおしまいだ!」
「いや、最近はたまに寝てるけど…」
「はあ!?」
数えるほどだけど、竜崎と夜一緒に寝たことはある。もちろん何もなく彼は1分で眠りにつく。
マリも加担して続ける。
「着替え持ってくの忘れなよー!竜崎さんの服借りてさ」
「いや向こうの家に沢山用意してくれてるから。」
「え。用意してくれてる??」
ぽかんと口を開けられた。正しくはワタリさんが、だけど面倒だから説明しないでおこう。
「じゃあお風呂一緒に入ろうって誘え!」
「できるかーー!!」
私はレモンサワーを一気に流し込んだ。そんな上級レベル無理に決まってるでしょうに!
「もう!二人ともふざけないでよ!」
顔が熱くなってるのを自覚する。しかしいつも笑う夏美とマリは今日は笑わない。
「いや本気だよ。心配してるんだよ。」
「そうだよねー?まあ二人がいいならいいけどー…」
やけにマジなトーンで言われてうなだれた。
久々に会った友人に最近どうよと聞かれ、質問されるがまま答えていったらここまで来てしまった。
私と竜崎の関係性。
ええそうですよね。私もいい加減思ってました。
いい大人が半年もキス止まりだなんて、大分変わったカップルだと思う。
それは時に不安にもなる。もしや私魅力ない?なんて。
こんな関係に嫌気がさして嫌われたりしない?なんて。
ただ竜崎はきっと、あの事を考えてくれてるんだと思うんだけどなぁ…
「なんでなの?ゴンちゃん。不能かな?」
「ちょ、ちょっと!」
「いやマジな話だよ。それ以外になんかある?ここまで手を出さない理由」
夏美は眉を潜めて首を傾げる。
私はうっと答えに詰まった。
仲の良い友人だが、言ったことはなかったのだ、私の暗い過去について。
隠してたわけではないが…今言おうか、言わまいか。
「あのー、そうね…心当たりがありますね」
「え?何よ?」
「えーと、私むかーしの事だけどね?ちょっと男の人に未遂だけど乱暴されかけたことがあって」
二人の表情が止まったのが分かった。
じつはむかーしのどころか、少し前にもそういうことあったんだけど、説明が面倒になるのでそこははしょった。
「あ、未遂だからね?」
「あ、うん…」
二人は眉をひそめて頷く。
「竜崎もそれ知ってるから…もしかしてゆっくりなのかなぁ、なんて…」
一気に明るい飲み会の雰囲気が変わってしまった。こうなることは分かってたから、中々いうタイミングもなかったのだ。
二人ともバツが悪そうに俯いた。
「ごめんね、知らなくて、なんか色々愛をからかっちゃった…」
「あー!全然気にしないで!昔のことだし乗り越えてるんだよ。男性恐怖症でもないしさ?隠してたわけじゃなくて、言うタイミングがなかっただけ!」
慌てて笑顔で言うと、二人の表情は少しだけ和らいだ。
「そっかあ、じゃあゴンちゃん優しいじゃん、見直したよ…」
うなだれて夏美が言った。彼女がこんなにしおらしいのも珍しい。
しかしさすがというか、すぐにまた強い語尾で言った。
「じゃあ、それこそ愛が誘わなきゃ進まないね!」
「は」
半分残ったビールを彼女は飲みきる。相変わらず酒の強い人だ。
マリはカクテルを少し口につけて私に聞いた。
「愛はさ、トラウマとか本当に大丈夫なの?」
「え?うん、きっと。」
「じゃあ、愛から合図出さなきゃ確かに進まないかもね」
まさかマリまで!しかし二人は腕を組んで考えるほど真剣な様子だ。
「だってゴンちゃんからすればタイミング分かんないっしょ。誘うは言い過ぎだけど、それとなく合図を出さなきゃさ」
「夏美の言うこと今日は一理あるよ。竜崎さん優しいから多分待ってるよ」
「今日はって何よマリ」
「だっていつもぶっ飛んでるもーん」
なんと。言われてみればそうな気がしてきた。
私は頭を抱える。
Jの事もあったし、竜崎からすればいつ私の傷が癒えるか分からない訳で。
私が合図しなくては動かないのか…?!
いやいや、でもっ、そんなこと出来ないんだけど!
「てゆうかゴンちゃんは愛が未経験って知ってるの?それもあってかな?」
「た、多分知ってるとは思うけど…」
「あーそりゃ手出せないわ。ゴンちゃん変じゃないわ。むしろ素敵な常識人だわ。変な人呼ばわりしてごめん」
竜崎に保護された時、事細かに色々な事を尋問されたことがある。
その中には付き合った男性の情報も聞かれて、私は素直に告げていた。
1週間や3週間ほどしか付き合わずすぐに別れたということ。
流石にどこまで進んだかなんて質問されなかったけど、普通察するだろう。
「困ったね…愛に出来ることは何かなあ」
「ちょっと真剣に考えて貰いたいです」
「てゆうことはあんたやる気あるんだね」
「げ、下世話な言い方やめてもらえますか!」
「いや普通だよ。ずっとこのままじゃ不安に思うよ。半年ってだけで普通なら不安だよ。高校生かよ」
ですよねー。
マリがあ、と声を出した。
私たち二人は彼女を見る。
「ちょっと服装変えてみる、とかね!」
「はあ…?」
「愛ってスカート多いけど丈長いのばっかじゃん?ミニスカートくらい履いてみなよ。」
「み、ミニとな!」
「いやそこまで凄いのじゃなくてもさ。膝出るだけで印象分かるよ!まあ些細すぎるお誘いだけど、もしかしたら、ねえ?竜崎さん気づくかも!」
その可能性は非常に低いと思うが。あの人は多分そんなに察しがよくない。
しかし、一緒に風呂誘うよりはずっと現実的だ。
服装の変化、か…
て、私本気で何悩んでるんだろう。欲求不満みたいでやだ。
でもでも、私から動かないと進まないという友人の助言はあたってると思う。竜崎がもし万が一、待っててくれてると、したら。
「本当は下着姿で寝てれば一番早いけどね?」
「ば、馬鹿ー!!!」
私が言うと、いつものように二人は笑った。
その次の日、単純にもいつもより丈の短いスカートを買ってみた。
いやいや何やってるんだ自分、と思いながら、もし竜崎が私からの合図を待っててくれるなら試してみてもいいとは思った。
全身の鏡で見るはじめての丈の短いスカート姿はなんだか似合ってない気がした。
でも、たまには、さ。
雰囲気変えるのって大事かもしれない!
そういうことになる、ならないは置いといて。
少しでも竜崎に可愛いと思ってもらえたら(そんなこと多分ないだろうけど)嬉しい乙女心だから!
「似合ってませんね、それ」
隣に座った途端発せられた竜崎からの台詞は無情にもそれだった。
つい一時停止する。
相変わらず竜崎はパソコンを見ながら板チョコをかじっていて、私をあの目でちらりとだけ見た。
すぐにパソコンに視線を戻して、パキパキと音を立てながらチョコレートを食べた。
「え」
「初めて見ますね、その格好」
「は、はあ…」
「安売りでもしてたんですか」
「…」
「いつもの方がいいです」
相変わらずデリカシーのかけらもない男はそう言い放ち、興味なさそうにパソコンを操作した。
ミニスカートとまではいかないものの普段より丈の短いスカートは、膝より少し上のネイビーのスカートだ。
ええ、確かに安かったですよ。
元々安い服しか買いませんからね。2980円でしたよ。
そこまでお見通しだなんて、さすが名探偵ですね。
いつもならこんなデリカシーのない竜崎の台詞に、私は目くじらを立てて言い返してたと思う。
でも今日ばかりは何も言い返せなかった。
ただ目の前のテーブルをじっと眺めた。
似合ってないなんて、自分がよく分かってた。
鏡の中の自分を見ながら正直首を傾げた。
足が細くて綺麗でもないし。色が白いわけでもない。いつのまに作ったのか膝には小さな青痣があった。
ネイビーのスカートを見つけたときはこれだ!と思って買ったのに、いざきてみたらイメージとはかけ離れていた。
これがモデルだったらな。千年に一度の美少女だったらな。何も文句なしで着こなしていたに違いない。
家を出る瞬間まで迷った。やっぱり着ていくのやめようかな、なんて。違和感だらけの鏡の自分を必死に眺めながら迷った。
それでも勇気を出してきてみたんだけどな。よし!と自分を奮い立たせて。
とんでもなく恥ずかしくて恥ずかしくて、目の前がぼやけた。
竜崎に私の邪な気持ちが見抜かれているような気がした。
ただミニスカートを履いてみたってだけじゃない。もしかしてそんな流れになるかも、だなんて、緊張しながらここに向かってきた自惚れに気づかれている気がした。
情けない。恥ずかしい。馬鹿みたいだ。消えてしまいたい。
こぼれそうになる涙をなんとか堪え、瞬きしないように目を見開く。
ここで泣くのはお門違いだ。確かに竜崎もデリカシーないけどね。
いっそうるさいですよ!とでも怒鳴った方がいい。怒った方がいい。
いつも通りの反応をして呆れられた方がずっといい。
ああでも、どうしよう。
声が。出ない。
珍しく黙り込んだ私を不思議に思ったのか、竜崎がこちらをみた。
慌てて顔を背けて隠すが、背後で彼がたじろいだのが分かった。
しまった、竜崎を困らせたいわけじゃなかったのに。
こんなつもりじゃなかったのに。
「あは!いやーですよね。実は自分でも似合ってないかもって思ってたんですよね!」
何とか振り絞った声はほんの少し掠れていた。
一応涙は溢れる事なく引っ込ませた。よしよし、大丈夫。
「確かに安売りしてたんです、2980円!でもやっぱり柄にもないものは買うべきではないですね」
「…愛さん」
「それにしてもデリカシーないですよ!もう!」
「愛さん」
「ちょっくら着替えてきますかね。ワタリさんが買ってくれたやつ。」
竜崎が私を呼ぶ声も無視して立ち上がる。
このままの格好で彼の隣にいる自信はなかった。さすがにそれは厳しい。
一刻も早くこれを着替えて、こんなスカートゴミ袋に入れて燃えるゴミの日に出してやりたかった。
スウェットの方がまだマシだ。高校のジャージの方がよほどいい。
ネイビーなんて色、嫌いだ。
私が立ち去ろうと踵を返した時、竜崎が私の手首を掴んだ。
ひんやりとした大きな手に捕まれ驚いて振り返る。
彼は真剣な目で私を見上げていた。
「……すみませんでした」
「へ」
あの竜崎が素直に謝罪してきたことに驚く。
私は慌てて首を振った。
「いや!確かにデリカシーはないけど、似合ってないの分かってましたよ!大丈夫です!」
「似合ってますよ」
私の手を掴んだまま、彼は言う。
つい目を見開いた。
「…は」
「似合ってます。」
「ど、どうも…でも別に、大丈夫ですよそんなお気遣いなく…」
彼にしては珍しくフォローしなくてはと思ったのか。確かに、隣で涙目になっている人間がいたら普通そう思うだろう。
竜崎は握っていた私の手を引いた。私はそのまままた隣に座らされる。
彼は真っ直ぐ私をみて言った。
「気遣いではなく素直に思ってます。似合ってますよ。」
「……」
急になんだ、と思う。
あれだけどストレートに似合ってませんね、と言い切ったくせに、なぜ今更?
竜崎は私から手を離すと、またふいっと正面を向いた。
「ただ…あまり着て欲しくないと思ってしまったので。心にもない事を言って傷付けました、すみません」
似合ってるのに着て欲しくない??
私はぽかんとして彼を見る。竜崎は私の疑問に気づいたのか、ふうと小さく息を吐いた。
「…そのような格好で、街中を歩いて来たというのはあまり感心しません」
ポツンと、小声で言う。私は思っても見ない言葉に唖然とした。
「どこで誰が見てるかわからないんですよ」
「……」
そりゃめちゃくちゃ露出が激しいものならそう叱られても仕方ないけど、
私の履いてるスカートはそこまでミニでもないのだが。膝より少し上くらいで、もっと短いのを履いた女の子は大勢いるのに。竜崎は意外と心配性なのだろうか?
竜崎はゆっくりと私を見た。ぐっと息を飲むほど真っ直ぐに見つめられる。つい全身が強張る。
「それと。あなたは忘れてるかもしれませんが、私も男です。普段私を押さえ込んでいるストッパーが外れる危険もあります」
淡々と述べられた瞬間一気に顔が熱くなるのを感じた。
それでも竜崎はそれをからかわなかった。
…なんて言った?今
ちょっと待って、脳が処理追いつかない。
『私も男です』
『私を押さえ込んでいるストッパーが外れる危険もあります』
それは、つまり。
やっぱり竜崎は、私のために待っていてくれてるということ??
彼はまた私から視線をずらした。膝に両手を置いたまま正面を見ている。
チョコレートはいつのまにかテーブルに置いていた。
「…すみません。あなたが過去に色々あった事は勿論分かってますので。急がせてるわけではないです。ただ私は私が怖いので。一度外れたらもう戻れそうにない」
そこまでいうと竜崎はゆっくりティーカップを持って紅茶を飲んだ。微かに見える喉仏が上下するのがなんだか綺麗に見えた。
ああ、どうしよう。
胸がドキドキしてうるさくてたまらない。
「ですから、似合ってますが履かないでください。手遅れになります。」
竜崎が少し戸惑ったように言ったのを聞いて、私は動けなくなった。
…私はなんて答えればいいんだろう。このスカートは、私からの合図ですよってそんなこと言えない。
どうすれば伝わるんだろう。
私はそんなのもうちっとも怖くないよ、なんて。
竜崎が好きで好きでたまらなくて仕方ないんですよ、なんて…
声を出そうとしてなかなか出ない。なんて言葉で紡いだらいいのか分からない。完全にパニックに陥っていた私はただ呼吸するだけでも一生懸命だ。
竜崎が紅茶を置く音がやけに大きく響いた。
ああ、これほど自分の言葉の少なさを嘆いたことはない
恥ずかしいし、混乱してるし、それでも伝えたいこと。
「あ、の…竜崎…」
出た声が少し震えてるのがわかる。
彼はこちらを見ず返事もしない。
どうしよう。なんて言おう。
「忘れてませんよ…竜崎が、お、男の人だってことなんて…」
忘れるわけがないのに。だってあなたはこんなにもいつも私をときめかせる。
「あの。だから、なんていうか」
でも、ここで黙っていては私たちは何も進まないと思った。
進まなくてもいいのかな。竜崎はどうなのかな。
もし、…竜崎が進みたいのだとしたら。
「…ストッパーとか……い、いらない、のかな、って……」
竜崎の体がピタリと止まり停止した。
目を見開いたまま、ただ正面一点を見つめている。
顔から火が出そうなほど熱い私はそんな彼を目の端で捉えていた。
どうしよう。竜崎なんて言うんだろう。
震えてきた手を押さえながら待つも、竜崎は止まったまま長く動かない。
しんとした静かさが流れる。
その沈黙があまりに辛くて、もう耐えられないと思った。
「……な、なーんちゃっ」
おどけて誤魔化そうと声を出した瞬間、竜崎が私に強く口付けた。
噛み付くようなそのキスに戸惑う。
チョコレートの味が微かにした。
竜崎がふと顔を離す。その顔は真剣な目つきで、どこか怒ってるのではないかと思うほどだった。
そして次の瞬間、彼は私を抱き抱えた。
「ほわっ!?」
「暴れないでください落とします」
世に言うお姫様抱っこをされた私は戸惑ってパニックになった。
「あああの竜崎!?」
あの細い体で意外にも軽々運ばれ、私はただかちこちに体を強張らせながらなすがままだ。
竜崎は返事もせずスタスタとリビングを出ると、すぐそばにある寝室へ入った。
その瞬間、きっと私の心臓は一瞬止まったと思う。いや、今も止まってるかも。
叫び出しそうな私をやや乱暴にベッドの上に放り投げ、竜崎は部屋の扉を閉めた。
私が慌てて上半身を起こしたところで、彼は四つん這いでベッドに上がり私に迫る。
ずいっと近づいてきたその顔を見て、息を止めた。
「言っておきますが、ストッパーを外したのはあなたです」
そういつものように抑揚のない声で告げると、また私に強くキスを落とした。
押されるがまま背後に倒れ込み、されるがまま受け入れた。
ゆっくり何度も、キスを重ねた。
運ぶ時はあんな乱暴だったくせに、竜崎は時間をかけて、それはそれは優しいキスを繰り返した。
触れるだけのキスかと思えば、深く強く食べられた。
酸素を吸うのすら苦しくなるほどになれば、少しだけ顔を上げて私の呼吸を待ってくれた。
肺に空気を吸い込んだのを見てまたキスを落とされる。
それの繰り返し。
頭がぼうっとしてくる。完全に茹で上がっている。
竜崎がキスをしながら器用にも私の着ているシャツのボタンを外しているのをぼんやり感じた。
こんな時なのに、私が頭で思い浮かべるのは緊張からか果てしなくどうでもいいこと。
ああもっと腹筋頑張ってお腹凹ませておけばよかったかな、とか。
下着ってもっと可愛らしいのがよかったのかな、とか。
スタイルなんて全然よくないから、どうか竜崎に幻滅されませんように、とか。
ただグルグルそんな事ばかりが回っている。
恥ずかしくて死んでしまいそうだと、思っていた。
「…やはり無理してませんか」
気がつけばキスを止めていた竜崎を見上げる。
下から見る竜崎はまた普段と違って見えた。無造作な髪が垂れている。
「…え」
「手、震えてます」
言われて気がつけば、確かに私の手は小さく震えていた。手先の感覚が少し鈍い。痺れたような不思議な感覚に陥っていた。
私の手首を優しく握っていた竜崎がじっとそれを見ていた。
「無理しないでください。私はあなたが嫌がる事はしたくないので。」
「え…」
「別に急がなくてもいいんです」
「あ…いや、そうじゃないです!」
慌てて私は否定した。
「その、嫌だからとかじゃないです…単純に緊張してるんです…ほら、こういうの経験ないから…」
ボソボソと述べれば、その瞬間竜崎が目を丸くした。
私を凝視している。な、なに?その顔は。
「…あの、竜崎?」
恐る恐るたずねる。
「…なんて言いました。今」
「へ?だから、嫌とかじゃなくて、緊張で」
「その後です」
「え、ええ…だから…こういうの、経験ないから、って…」
言った途端あれっと思い彼を見上げる。
もしや。
「え。竜崎…知ってて待っててくれたんじゃないんですか。」
竜崎は未だ目を見開いて停止している。今日彼はよく停止する日だ。
「…知るわけないでしょう。あなた今までも付き合った男性がいたのでは」
「え、だって言ったじゃないですか、1週間と3週間ですよ?そんなステップ進んでませんって」
私がいうと、竜崎は一度目を閉じてはあーと長くため息をついた。それにびくっと怯える。
「す、す、すみません…やっぱり重いですか…」
世の男性の中には、そう感じる者たちも一定数いるとは知っていた。
これがピチピチの10代ならまだしも、成人したいい大人なのに。
一気に恥ずかしくなった私は手で顔を覆う。しまった、言わなければよかった。てっきり竜崎は察してるもんだと思っていた。すかして経験あるフリでもしておけば。
すると彼は私の手をどかして顔を出す。
少しだけ口角を上げていた。
「馬鹿なことを言わないでください。嬉しいに決まってるでしょう」
「…え」
「こんなに嬉しいこと、ありません」
そう言うと、竜崎はまた私に優しくキスを落とした。
それが嬉しくて、私は目を閉じた。
竜崎は私にそっと触れた。
それはまるで宝物に触る子供の手のように柔らかで優しい手だった。
くすぐったいような、心地よいような不思議な感覚に包まれて、いつのまにか私の頭は何も考えられないようになっていた。
竜崎が私の全身にキスを落とせば、そこが初めて命を宿したように熱くなる。体の全てが燃えて溶けてしまいそうなほどに熱くてたまらない。
竜崎の息が漏れるたびに私も息が漏れた。ため息とも呼べるほど長い息。
彼が長い指で私の中の奥底に触れれば、まるで自分から出たとは思えない声が漏れて慌てた。
そんな私を、竜崎は少しだけ微笑んで見た。
いつだったか、竜崎には性別などを逸脱した存在で、性の意識なんてなさそうだと考えていた時があった。
そんな過去がアホらしく感じるほど、今黒髪の隙間から覗く瞳はどこか野生的で色っぽかった。
その目に見られれば、意識が飛んでしまいそう。
「…りゅう、ざき」
つい、息と共に声が漏れた。
彼は手を止めて私を見る。
「大丈夫ですか」
私を気遣う声が、瞳が、指が。
最高に好きだ、なんて。
「…は、い」
「何も考えないでください。考えていいのは私の事だけです」
いつもの竜崎からは考えられないようなセリフが飛び出して、私は嬉しくてつい笑った。
その瞬間、私の中にいる彼の指がなんだか特に凄いとこに当たって、つい体がのけぞる。ゾワゾワとした変な感覚になる。
「ちょ、待…!」
「待つと思いますか」
さっきの優しさのかけらも無く竜崎は言い放つ。
「いや、待…!」
「痛みますか」
「そうじゃ、ないけっ…」
「では待ちません。ほぐさないと後々辛いのはあなたです」
って!でもちょっと待ってってば!
未知の世界で戸惑う私を、竜崎はじっと眺めている。
ああ、せめて見ないでください!今私絶対変な顔してる!
「み、見な…」
「見なくてどうするんですか。もっと見せてください」
「ひいい」
「またそんな声を」
竜崎は少しだけ、笑った。
普段白い服に隠されていた体は細身だけれど薄い筋肉を纏っていて直視できなかった。肩幅は私よりゆうに広くて、首筋と鎖骨がやっぱり綺麗だった。
いつもは体温が低くてひんやりしている竜崎の手は、今は熱い。私に負けないくらい。
それがとてつもなく嬉しかった。
二人の体温が溶け合って、更に上昇する気がした。
恥ずかしさと緊張と心地よさで、自分はおかしくなりそうだ。
普段隣で眺めているだけだった竜崎の綺麗な手が、私の体に触れ、ケーキばかり食べる唇が、私の肌に触れる。
私の反応を確認しながら一つ一つ触れる彼は、私の知らない彼だ。
力が抜ける。
このまま死んでしまうかもしれない、本気でそう思った。
ふいに、竜崎が腕を伸ばす。
ベッドサイドのテーブルの引き出しを、その長い指で引いた。
そこから出してきた物を見て、つい目を丸くした。
…あ。
そんな私を見て、竜崎は不思議そうに言った。
「なんですか」
「…いや…竜崎が用意してたの意外で…」
彼は呆れたように私を見る。
「用意なかったらここまで進んでませんよ。それともあなた用意してくれてたんですか」
「へ!?ままままさか!ありませんよそんなの!」
「では驚くのもおかしいでしょう。言いましたが私も男ですから。いつでも準備万端にしてました」
「じ、準備万端って」
ついぷっと笑ってしまう。
用意してなかったらここまで進んでない、と言ってくれた彼の優しさが滲みた。
それは当然のことだ。
でも当然のことを出来ない男はこの世にたくさんいる。
当然を当然だと言ってくれる竜崎が、嬉しい。
「まあ、使うのはもっと先かと思ってましたけど。あなたからお誘いがあるとは」
「え!私ですか!?」
「当然でしょう。これがお誘いでなくて何ですか」
ひゃー!と顔を手で覆った。いやでも確かにそうだ。恥ずかしいけど、ストッパーなんていらないとかほざいちゃったの私だ!これは誘ったと見なされても反論出来ない。
そんな私を竜崎は少しだけ笑って、起き上がるとゴムの袋を噛み切った。
慌てて布団を抱き抱えて視線を逸らす。だだ、ダメだ。また一気に緊張してきた。混乱、再び!!
急に現実に戻された気がする。こんな素っ裸で寝てるのが恥ずかしくて死にそうになってきた。
そんな私が強く抱く布団を、竜崎はぶんどる。
「わー!ちょっと。取らないでくださいよ!」
「何を今更」
「今更も何も!」
「急に騒がしいですね」
そう竜崎はいうと、私の額にキスを落とした。
竜崎の黒髪が顔に触れる。
たったそれだけのことで、また体温が上がった気がした。
竜崎の手がゆっくり私の膝を立てたところで、ついにと実感が襲ってくる。
彼は真剣な声色で私に言った。
「いいんですか」
「は、はい」
「…痛みは伴うと思います。無理しないでください。やめて欲しい時は言ってください」
そう優しく言ったあと、熱いものが触れる。
同時に急に走った疼痛につい体が強張った。
無意識に眉を潜める。
これは。
確かに。
…ちと痛い。
「愛さん、力抜いてください」
そう言われましても。
目をきつく閉じたまま私は息をゆっくり吐く。力、力、力抜くんだ。呼吸呼吸。
それでもやはり痛いし、なんだかどうやらまだ全然進んでないっぽい(多分)
竜崎の声が響いた。
「…痛そうですね。やめましょうか」
そう言われて、閉じていた目を開けた。
目の前では竜崎が心配そうに私を覗き込んでいた。その髪から覗ける眉は少しひそめられている。
普段の飄々とした竜崎とは幾分違って見えて、なんだか私はそれが酷く嬉しかった。
「…大丈夫です」
「しかし」
「今日ヤろうが来週ヤろうが痛いもんは痛いんですから」
「…笑わせないでください」
竜崎はふっと小さく笑った。しまった、確かにめちゃくちゃ大事なシーンでとてつもなく色気のない言い方をしてしまった。
こんな時に。
「す、すみません」
「いえ。あなたらしいです」
竜崎はそういうと、再び私にキスを落とした。今日何十回目だろうというくらいの、優しいキスを。
それだけで、私は今すごく幸せだと感じれた。
過去に嫌なこともあったけど、
愛する人に全て上書きしてもらえたな。なんて。
痛みなんて大したものじゃない。
あなたが降らせるキスだけで太刀打ちできる。
それにこれは幸せな痛みだ。
私は何も、怖くない。
竜崎の動きが止まって、少し息を吐いた。
私も釣られて息を吐く。
未だ走る痛みはあれど、それより達成感が勝った。
「…ぜんぶ、ですか?」
尋ねると、竜崎は小さく頷いた。
ああ、そうか。
ようやく、だ。
ほっとした私の髪を竜崎は優しく撫でて、一言言った。
「…エル、と、呼んでくれますか」
つい彼を見上げる。
「…?」
「エル、と。」
竜崎が偽名であることは聞いていた。本名は告げられないと言われていたし、そこを無理に聞く必要はないと思っている。
しかし、Lだってコードネームのようなものでは?
それとも、竜崎よりは本名に近いのだろうか。
「…L…?」
「はい、エルです」
「L」
彼をそう呼ぶのは初めてだった。呼んではいけないと思って。
いざ呼んでみると不思議な感じだ。あの世界の人が目の前にいる。
「L」
「はい」
「…何か不思議なかんじ」
私が小さく笑うと、竜崎も優しく笑ってまたとろけるようなキスを落としてくれた。
「…綺麗です」
ぽつんと竜崎が呟く。
驚いて彼を見た。
少しだけ目を細めて、私を見ている。
「えっ…」
「普段のあなたからは想像もつかない」
「ちょっと!どういう意味ですか!」
つい普段の調子で言い返す。こんな格好で、こんな状況で。
竜崎はまた少し笑った。ふと今日の竜崎はよく笑うな、と思う。
私の頬を両手で包み、じっと見つめる。
「普段は『可愛い』です」
「…は」
ぽかん、として竜崎を見る。
「今は『綺麗』です。どちらもあなたは魅力的です」
「り、竜崎壊れたんですか」
「そうですね。多分壊れてます。」
あの竜崎がこんな褒め言葉をくれるなんて。なんだか違和感だよ。
「あなたに溺れています。」
「………」
「これからも、きっと永遠に。」
竜崎は私に優しくキスを落とした。
それがあんまりにも心地良くて、愛しくて。
私は目から涙を溢した。
ああ、私幸せだ。
これほど愛した人に愛されて、きっと私は世界で一番幸せ者なの。
ありきたりな言葉だけど。竜崎。
あなたに出会えた事が、私の一生の宝だよ。
溺れてるなんで私の方。いつだって溺れて酸素不足だ。
でもあなたとなら溺れてたい。一緒に溺れていきたい。
「凄い効能でしたね、ミニスカート」
ぐったりしてる私の隣で竜崎が言った。
ああ、竜崎はもういつも通り飄々としている。
あの後も走る痛みを抑えつつ彼にされるがままいたら、もう全身ヘロヘロだ。未だに痛いしこのやろう。
「え?スカートですか?」
顔を枕に埋めながら答える。
「そういうつもりで履いてきたのでは?」
「…えっ!!」
「まさか半年死ぬほど耐えてきたのに、ほんの数十センチの布切れに翻弄されるとは。不覚です」
竜崎はやや不満そうに言った。そういうつもりで履いてきた、にも突っ込みたかったが、それよりその後のセリフに興味が移ってしまった。
「死ぬほど、ですか?」
「当たり前です死ぬほどです。無防備で考えなしのあなたを隣にどれほど戦ったか。私のストッパーは強靭ですよ。ミニスカートに簡単に壊されましたが」
そう話す彼を見て、つい笑ってしまった。
なんだか嬉しかった。
そうか、死ぬほど我慢してくれてたんだ。
今更ながら大事にしてくれてたんだな、なんて再確認してしまう。
笑う私をジロリと竜崎は見た。
「笑い事ではありません」
「す、すみません。嬉しかったんです。その、大事にしてくれてるなぁ、なんて」
「もし万が一そういう時にあなたに蹴られでもしたらこちらがトラウマですからね」
「そ、そんなことしませんよ!」
「どうだか」
憎まれ口を叩きながらもまた笑う。そんな私を見て竜崎も少し微笑んだ。
「ところで。今日はあなたも辛いと思うのでこれで終わりにしますが、次から覚えておいてください」
「へ?」
きょとん、と彼を見る。
竜崎はニヤリと笑って告げた。
「我慢してた半年分。巻き返しますから。覚悟しておいてください」
「な!わざわざ!宣言しないでください!」
また赤くなる顔を、竜崎は笑ってからかった。
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