17惚れたら負け
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惚れたら負け、という言葉がある。
恋愛において、だ。惚れた方が負けなんだよ、という有名なこの言葉は結構当たっていると思う。
そして私たち二人で当てはめるとこれは絶対私の負け、完敗なのだ。それだけは間違いない、自覚している。
勿論竜崎も、Lということを明かしてくれた決意もあるし結構大事に思ってくれてるんだろうなとは思う。
ディナーとか用意してくれたり?忙しいのに外出行ったり?
でもでも私の気持ちは絶対彼を超えている。
竜崎に会いたいがために頻繁にホテルに足を運び、顔を見るだけで嬉しくて踊り出しそうで、キスを落とされればドキドキして心臓壊れそうになるんだから。
それでいて竜崎はいーっつも表情もテンションも崩さず飄々としている。いつだったか私もドキドキしてるんですみたいなこと言われたけど絶対次元が違う、レベルが違う。
こっちは死にかけてるんですよ!ほんとーに。
だからこの恋愛はきっと一生私の負けなのだ。悔しい事に、勝てるわけがない。
竜崎が私に死にそうなくらいドキドキしてあたふたしてるところなんて見れるわけがない。
それほど私はあの男に惚れ込んでいる。もう何でなんだろう。隈すごいし猫背だしいつも同じ服着てる超変人なのに。
…理由なんてわからない。ただただ、竜崎が好きってこと。
惚れたら負け
いつものようにホテルに訪ねていくと、そこのリビングに見慣れない本棚がどんとあった。
珍しいものに目を張っていると、今日はソファでなく椅子に座っていた竜崎が椅子ごとくるりと振り返った。
「こんにちは」
「あ、こんにちは…」
挨拶だけすると、彼は再び椅子を回転させてパソコンを見つめだす。
ほら、いつも通りの態度。私は膝をたてて座るその姿にすらときめいてるのにさ。
とりあえずソファに鞄を置き、朝焼いてみたお菓子を取り出す。
ケーキは恐るべきビジュアルで失敗続きなので難易度の低いパウンドケーキにした。紅茶を入れて。さすがの私もパウンドケーキは失敗しなかった。
パソコンをじっと見つめる竜崎の隣に近づくと、私は机の上にラッピングしたパウンドケーキを置いた。
「ちょっと作ってみました…」
これこそ、彼に惚れ込んでるんだと自覚しないわけにはいかない行為。
料理なんて簡単な物しか手を出したこともない私が、今まで付き合ってきた人には贈り物などしたことのない私が、こうして頻繁にケーキを焼いては竜崎に贈る。
彼が美味しそうに完食してくれる姿を想像して料理するのは意外と楽しいからだ。
竜崎はちらりとそれを見て、少し首を傾げた。
「どうしたんですか、見た目が普通です」
「さすがにパウンドケーキは失敗しませんでした」
「しかしそうなると今度は味が心配です」
「どういう意味ですか!」
「あなたは見た目と味を正反対に作るのが特技なようなので」
悔しい!でも言い返せない!相変わらず一言多い人だ!
ぐぬぬと押し黙る私を横目に、竜崎は早速開けて指先で摘み上げ、パクリと食べる。
もぐもぐと口を動かしながら言った。
「今日はあの特技はお目にかかれませんでしたね」
めちゃくちゃ遠回しだけれど、これは美味しい、と言ってるようだ。
味見はしたから自信はあったものの、ほっと胸を撫で下ろす。
「素直に美味しいって言ってくださいよ!」
「ええ美味しいですよ」
「私が本気出せばこんなもんです!」
「急に自信家ですね」
ほんの少しだけ口角を上げて面白そうに言う竜崎は、もう一切れを食べ切ったようですぐに次のものを口に入れた。
「しかし紅茶味とは。あまり見かけません、美味です」
「いいですよね紅茶の香りがして!レシピ見てワクワクしちゃって。」
「悔しいですがおいしいです。好みの味です」
「なんでそこで悔しがるかな」
次々と胃の中へ入っていくケーキは、あっという間に無くなってしまった。よかった、本当にお気に召したらしい。
ようやく一息ついた私は自分の飲み物を準備しようとキッチンへ入ろうとし、先ほど見えた本棚を思い出す。
竜崎が仕事に使うのだろうか、と近づいて見てみれば、小説が大量においてあった。
それも私が好きそうなミステリーの本が、だ。
「わ!竜崎、これどうしたんですか?」
彼はパソコンを見ながらこちらを振り向きもせず、淡々と言った。
「ワタリに用意させました。あなたの時間潰しになればよいなと」
「え…私?」
驚いて竜崎を見る。こちらからは、白い服が少しと黒髪しか見えない。
「よく持ち込んでいるでしょう、本。確かにここは娯楽も少ないのでね。暇つぶしにでも」
そう言われて、思わず感激で手が小さく震えてしまった。
ここに滞在してる時、竜崎は殆ど仕事をしている。
時々休憩のように私とお茶したり、ケーキを食べたりするのだが、基本的にはパソコンの前で何かを考えている事が多々だ。
そんな彼を邪魔するわけもいかず、私は持ち込んだ本を読んだりゆっくりお風呂に入ったりして時間を潰していた。
別に不満に思った事はない。彼の隣にいることが嬉しい事だし、仕事をしながらも竜崎はこちらに話しかけてくれたりして聞いてくれる。器用な人だ、雑談しながら難事件を解決しているなんて。
でも竜崎がそんな私のために好きな本を用意してくれたことがとても嬉しかった。私のことを考えていてくれたなんて。
…そういえば前も、同じ本を読んでいたらすぐに新しいものを送ってくれたことがあった。
意外と見ててくれてるんだなぁ、私のことを。…なんて。
「あ、ありがとうございます!凄く嬉しいです!」
改めて本棚をざっと見れば読んだことのない本で、読んで見たいと思っていた好みばかり並んでいる。
…すごいな。このセレクトはワタリさんだろう。
私が心でこっそりサイボーグじゃないかと疑ってるあの気遣いの神様は、やはり凄い。
「こうしてお菓子をやいてきてくれますし、ほんのお礼です」
「ええ!この前ディナーも頂いたのに!?」
「どちらも大したことじゃないでしょう。大袈裟ですね。」
呆れたようにようやくこちらを振り返った竜崎を見れば、つい笑顔が溢れた。
ああもう、これを大したことじゃないなんて。
サラリと言ってしまう彼がたまらなく恋しくて、愛しくて、やっぱりこの恋は完敗だなと思い知らされた。
私が喜ぶ事をこんなにサラリとやってくれるあなたはそれこそ悔しいけれど最高の人だと思い知らせてくれる。
よく分からない花束を贈られるよりずっと嬉しい。こういう性格がバレてるのかな。
「本当に嬉しいです、竜崎、ありがとうございます!」
「別にお礼を言われることではありません」
「ワタリさんも!最高のセレクトですね…私結構好み偏りある方ですけど。はっ!これ発売したら買おうと思ってたやつ…!」
一冊を手に取り早速読もうと振り返ると、一台パソコンを持って竜崎は立ち上がり、のそのそと移動するといつものようにソファに座り込んだ。
膝を立てたまま座り、爪を噛みながら画面を見つめる。
その光景を見てそっと微笑んだあと、私はゆっくり彼の隣に回り込み、ソファに座った。
いつもの場所、いつもの位置。
私は彼の隣でその横顔を見ながら思う。
事件を追っている時の竜崎の視線は鋭く、いつもの彼とどこか違う。あの大きな黒い瞳は未だに見つめられるのが苦手だが、横から眺める分には大丈夫だ。
真剣なその横顔が、たまらなく好きだ、なんて言えない。
時々紅茶を飲むフリをしながら、盗み見てるだなんて、言えない。
もう付き合ってそれなりに経つのにまだこんなに胸をときめかせるだなんて罪な人。
惚れたら負け。私は今日も白旗を上げる。
