15レッツメイク
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スーパースイートなルームで目を覚ました私は、歯を磨いて顔を洗っていつも通り動き出した。
その日竜崎は寝ることなく私の隣にはいなかったのだけれど、洗面所から戻った時、彼はなぜか寝室のドレッサーの前に座っていた。
ワタリさんが用意してくれた化粧品にプラスして自分が持ってきたその種類は中々豊富なものとなっている。
竜崎はそれを摘み上げて見ていた。
「どうしました竜崎、マスカラなんて持って」
私は彼の隣に並び、化粧水を手に取る。
竜崎はじっとドレッサーに並ぶ化粧品たちを見て呟く。
「なんですかこの数々のものは。画家か何かでしたかあなたは」
「ええ、芸術には厳しいんです」
「あのデコレーションの腕前でですか」
「そこ!うるさいですよ!」
そのデコレーションケーキをあれほど美味しいと言ってた可愛い竜崎はどこへいったのか。
彼は興味深そうに様々な化粧品を摘んでは見ている。
「これは何ですか」
「ファンデーションの下地です」
「これは」
「チークです」
「ではこれ」
「アイライナーです」
「こちらは」
「ハイライトです」
「では」
「コンシーラーです。もう!私今から化粧するんだからどいてもらえますか!」
あの世界の名探偵の知識にも、詳しい化粧品はさすがに無かったようだ。ジロジロと見ている竜崎が少し可愛い、なんて思ったのは言わないでおこう。
「見ています。これらをどう扱うのか気になります」
「勘弁してください、化粧するところ見られたくなんかありません」
「なぜですか。どうせ素顔も完成品も知ってるしいいではないですか」
「竜崎って女心に疎いですよね!まだまだですね。」
「あなたに女心などあったのですか」
「殴られたいんですか朝から。」
竜崎は一向に動く様子もなく、椅子に座ったままびくともしない。
なぜかは分からないが、相当この化粧品たちが気になって仕方ないようだ。
ふと、私は思い出す。
「あ。そういえば竜崎にコンシーラーを塗ってあげる約束してましたね!」
「決して約束ではないと思いますが。あなたが勝手に言っていただけで」
「よしよし塗ってあげますよ、そのクマ薄くさせようじゃないですか!気になるんでしょう、化粧品が!」
私はなんだか楽しくなってきたのでウキウキとコンシーラーを手にするが、当の本人は非常に嫌そうに眉を潜めた。散々人の化粧する姿を見たがったのに、自分がするのが嫌とは。
「私は特に必要ありません」
「いいからいいから。」
「こんなものは女性がするものです」
「遅れてますねー。今の時代男性も化粧する時代ですよ、知りませんか」
キャップを捻りスティク状のそれを持ち竜崎を見ると、今更ながらその毛穴ひとつない美肌におったまげる。
なんだかんだこんな近くで竜崎の顔をじっと見ることなんてない。あれ、という事は私も見られてるの?スッピンのこの傷んだ肌も?
私は黙って竜崎の瞼を無理やり閉じさせた。彼がさらに不機嫌になるのが分かる。
「なんですか乱暴な」
「いや目閉じててくださいよ。塗るのに緊張します」
「そんなものいりません」
「ちょっとだけ!ちょっとだけですから!」
目を閉じた竜崎を更に近くで眺め、今更ながらドキドキしてきてしまう。
ああくそう。重症な病め。
美肌にすっと通った鼻筋、クマは不憫なほど濃いけど少し薄めの唇が最高にカッコよく見えるなんてもう駄目だ。私は末期だ。分かってたけどね。
それなりに一緒にいる時間も長くなってきたというのにまだこんなにときめかせるか。初めて会った時はあんなにやばい奴だと思ったのに、恋というやつは恐ろしすぎる。
「まだですか」
「へっ、あ。すみません!」
私は慌てて目の下にコンシーラーを塗り込んだ。正直私より色白な彼にこの色は合わないだろうと思ったがしかたない。
人差し指で伸ばしていく。あれほど嫌がってたが、大人しくしてるところを見ると完全に諦めたらしい。
どんなシミもニキビ跡も美しく!というキャッチフレーズを謳っていたコンシーラーは確かにとても優秀なのだけど、竜崎のクマにはやはり大分てこずってるようだ。
完全には消えない。あれでも、かなり薄くなったんじゃないか!?
「ちょ、ちょ、竜…!」
ワナワナと震える。彼はパチリと目を開けた。
「ぎゃっ」
「なんですか人をお化けみたいに」
そう言いながら竜崎はドレッサーの鏡を見た。本人も少し意外そうにそれを見ている。
すごい、すごいよさすが日本の化粧品。
あの見慣れたクマは完全にとは言えないけれどだいぶ
違和感ないほどに薄くなり、それだけであの竜崎の人相はだいぶ変わった。彼がどれほど目の下のクマで損をしてるかよーく分かった。
かっこいい。いわば、かっこよくなった。想像以上に。
「り、竜崎じゃないみたいです…!」
「…なるほど、この短時間でこれほど自然に消せるとは。確かに素晴らしい、こんな顔初めて見ました」
まじまじと鏡を見るその姿は、よくテレビである「動物に鏡を見せたらどんな反応するか」みたいな実験の猫みたい。
本人は素直に感心してるようだ。
「しかしこれでは女性は化粧を落とした時別人になり得ますね。あなたはあまり変わりませんが」
「えっ、私変わりませんか?」
「もちろん多少は違いはわかりますよ。でも別人とはなりません。」
「喜ぶべきなのかどうなのか…」
こんなにお金と時間かけてる化粧、多少の違いだったのか…
「これほどカバー力ありつつも肌には優しいのでしょう?奥深いですね、企業の努力が感じられます」
「感想がさすがといいますか」
「非常に面白いですね」
竜崎はまた様々な化粧品を手に取って眺めている。
その光景を見ながら、私は単純に思った。
クマがない竜崎は新鮮。正直、カッコいい。
異常な人相が人並みになったってだけなんだけど。
…でも、なあ。
ああ、本当に恋とは厄介だ。
もはやクマのない竜崎は、なんだか物足りない、だなんて。
「どうしました」
じっと見つめてたせいか、竜崎が不思議そうに見上げてくる。
「…いや、竜崎、めちゃくちゃいいと思いますけど」
無造作に伸びた黒髪、白い肌。
大きな黒目に黒いクマ。
認めないわけにはいかないほど、こんなあなたが好きすぎるんだよばかやろー。
「…やっぱり竜崎はいつもの竜崎のがいいですね」
私が笑っていうと、彼はきょとん、とした。
「なんかもう、クマがない竜崎は物足りないです」
「あれほど私のクマを罵っておきながら」
「罵りましたっけ?」
「余命1ヶ月の人間の方がマシだと言われました」
「あはは!ありましたねそんなこと。それは事実ですけどね。」
「…まあ、つまりは」
竜崎は私を見上げてニヤリと口角を上げる。
「このままの私が一番好き、ということですね?」
上目遣いでの笑顔は反則級だ。この人は分かっててやってるんだろうか。
「〜っ!!」
「私はさん愛の素顔も化粧したのも好きですけどね。」
「も、もういいですからどいてくださいよ、化粧するんですから!」
「今日はもういいではないですか、そのままで」
「嫌ですよ!隠すもんたくさんあるんですよ!」
「今更…どれだけみてきたと思ってるんですか素顔を」
「だから女心ですよ!お、ん、な、ご、こ、ろ!」
「では、男心、を教えてあげましょう」
竜崎はそういうと、足を下ろしてゆっくりと立ち上がった。
背の高い竜崎が、私を見下ろす形になる。
それだけなのにときめいてしまった。ソファに座ってることの多いこの人と向かい合って立つ事なんて、あまりないのだ。
竜崎は私の顔をじっと眺めて言う。
「素顔とは、「自分しか見れない」という優越感があり男は好むのです。私にもうすこし、優越感を味あわせてくれませんか」
そして、ほんの少し目を細める。
胸が苦しくなるぐらいときめいて、私は慌てて視線を下ろした。
ずるい、そんな言い方されたら、
…何も言い返せない。
俯いた私を見て竜崎はニヤリと笑い、「私の勝ちです」と呟いた。そのまま私の袖を引っ張りながら寝室を出て、リビングへと向かわされてしまった。
せめてこっそりパウダーくらい塗りたかったのに。
結局その日、メイクをした竜崎とすっぴんの私で一日過ごしたのであった。
