13お詫び
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その日珍しく電話で、夕方18時に来るように言われた私は、この前竜崎からもらったルームキーを持って訪ねに行った。
新しく滞在する事になったホテルに初めて行ってみれば、リビングに並べられた見覚えのあるパッケージを見て目を点にした。
山のように積み上がっている。オーソドックスな味から苺もある。
わかる。わかるよ。美味しいよねガルポ。
しかしこれはあまりに量がえげつなくないか?
「どうしました立ち竦んで」
椅子に座りパソコンを見ている竜崎の手にも、そのお菓子はある。
「…いや、どうしたんですか。どっかの懸賞でガルポ1年分でも当たったんですか」
「私が懸賞など応募すると思いますか」
「まあないですよね、じゃあこれは何ですか」
見ればガルポに紛れてたけのこの山もあった。こいつたけのこ派か。
それは紛れもなく私が以前コンビニでお勧めした者達だ。
「悔しいですがあなたに勧められたこのチョコレートが食べたことのない食感で感激いたしまして」
「んでこんだけ買ったんですか!?」
「とても美味です。他にもお勧めあったら教えてください、さすがは日本です。」
そう言いながらまたもぐもぐと口に入れて頬張る。なんと美味しそうに食べる事。
しかしいくら気に入ったからって、こんなに買うかな…てゆうか、飽きるよこんなに食べると!
「あ。飽きませんか…こんなに食べて…」
「時折他のものも混ぜますから。紗々紗も大変美味で冷やして食べると最高です」
「分かってるじゃないですか。あれは冷さなくてはなりません」
ってそうじゃなかった。私は呆れて鞄を置き、とりあえずソファーに座る。
「こんなに買わされたワタリさんが可哀想です」
「まさかワタリがあの小さなコンビニで一つ一つ購入するとでも?業者から箱買いですよ」
「そ、それもそうか…」
そういえば最近ガルポ食べてなかったな。見てたら食べたくなってきた。
「竜崎、一個ください」
そう言いつつもうすでに手を出している私を、竜崎は制した。
「ダメです」
「………え!?」
まさかガルポ一個のお恵みもない!?
私は驚いて隣を見る。
竜崎はもぐもぐとそのチョコレートを食べながら私を見ている。
「え、一個ですよ?」
「はいダメです」
「こんなにたくさんあるじゃないですか」
「全て私のものですから」
「私のおかげでガルポと出会えたのに!?」
「それとこれとは別の話です」
世界の名探偵が!こんなスイートルームに連泊してるやつが!
ケ チ !!
そう頑なに拒否されるとどうしても食べたくなってくる。
ああ私のガルポ。大好きなチョコレート。
「ケチ!竜崎ケチです!」
「甘いものに関してはケチなんですよ」
「一個!一個!」
「ダメなものはダメです」
「次来る時また買ってきてあげますから!」
「いいえいけません」
私が必死に手を伸ばすのを、竜崎は片手で掴んで止める。頑なに、止める。
確かにこの男は甘いものがまさに三度の飯より好きなのはわかり切っていた。
他に何か趣味ある?って聞きたいほど、他ごとには無関心だし。
だから執着さは分かってる。分かってるけど、1ヶ月仕事で放置していた彼女にチョコレート一粒くらいもあげないってさすがにどうなのこれ。
本当ならごめんねっていいながら高級ディナーでも奢るところじゃないの!
「世界のLがガルポ一個も渡さないんですか」
「それはLは関係ありません。」
「よこせ!」
「強盗ですかあなたは。」
竜崎が指先で摘み上げているチョコを取り上げようと手を伸ばすも、彼も更に高く手をあげる。
私は立ち上がって更に手を伸ばす。竜崎も立ち上がってまた高くなる。
とうとうソファの上に乗ってやった。竜崎も応戦し、ここに大人2人ソファの上で闘う図が完成した。
悔しいことに竜崎は意外と身長が高い。女性平均ぐらいの私とはかなり身長差があり、彼が高く持ち上げたチョコレートは届くはずがなかった。
「子供ですか!」
「こちらの台詞です。」
「ねー!一個だけ!」
「ダメです。」
私が悔しさで歯軋りをしていると、背後から笑い声が聞こえた。
ふと振り返ると、あの紳士が優しい顔で笑っていた。
一気に恥ずかしくなった私は慌ててソファから降りて座る。
「わ、ワタリさん!」
「楽しそうなところを申し訳ありません」
「全然!全然楽しくなかったですすみません!!」
いつも優しくて紳士なワタリさんに変なところを見られるのは非常に恥ずかしい。時には竜崎に見られるより恥ずかしい。
私は自分の顔が赤くなるのを自覚した。
竜崎もゆっくりと隣に座ると、不満げに言う。
「なぜあなたはワタリの前ではしおらしいのですか」
「だってワタリさん紳士で素敵ですもん。淑女でありたいですよ」
「あなたが淑女とは程遠いことなんてとっくにワタリも知ってます」
「うるさい」
まあ、そうでしょうけどね!
私と竜崎を未だ笑いながらワタリさんは近づき、竜崎に声をかけた。
「竜崎、準備ができました」
「頼む」
それだけ言うとワタリさんはまた下がっていく。しかしすぐに、オシャレなワゴンを引いて入ってきた。
その瞬間ふわりといい匂いが鼻につく。私はキョトンとした。
竜崎がソファから立ち上がり、私を見下ろす。
「愛さん。ディナーです」
「………は」
唖然とした。なに、ディナー???
振り返ればワタリさんはテーブルの上にお洒落なキャンドルと花を飾り付け、そこにカラトリーを並べている。
竜崎はスタスタと歩き、席に座る。
「たまには美味しい食事をしましょう。どうぞ。」
彼は相変わらずあの座り方だったけど、その光景を見て私の心臓は一気に早まった。
慌てて立ち上がってテーブルの上を見てみれば、お高そうな前菜とワイングラスが置いてある。
ワタリさんが自然と引いてくれた椅子に恐縮しながら座ると、ワタリさんがシャンパンを手に取りグラスに注いでくれた。
…え。なに、どういう状況?
色々聞きたいことはあっけれどとりあえず、私は竜崎に言った。
「……だから、チョコレート食べさせなかったんですか…」
すぐにディナーの用意があったから。お腹膨れちゃうから。
竜崎は何も言わなかった。この人はこういうとき、よく無言になる。私もわかってきた。
ふふふと笑ってしまう。
…だったらそう言えばいいのに。
「…で、なぜ急にディナーなんですか?」
「いつもあなたはケーキを買ってきてくれたり焼いてきてくれたりするので。ほんのお礼です」
「そんなのいいのに…」
「あと。1ヶ月も放置してしまったので。」
竜崎がこちらを見た。あの大きな黒い瞳が私を捕らえる。
…そうだったんだ。
竜崎のお詫びだったんだね。
気にしてくれてたんだ。
つい綻ぶ口元が、私の感情を表していた。
「…そんなのいいんですよ。仕事ってわかってますから」
「あなたは意外と理解のある人ですよね」
「いや意外とってなんですか」
「帰ったとき、怒られるのを覚悟してました」
「そんなことで怒ってどうするんですか。どっかの国で浮気でもしてたなら別ですが、仕事ですよ?Lの。」
「浮気してたらどうしてたんですか」
「今この場に五体満足でいれると思うな」
「どんなホラー映画よりゾッとしました」
そんな会話をしながら私は笑う。竜崎も少しだけ口角をあげた。
ワタリさんが注いでくれたシャンパンを手に持ち、それを竜崎に突き出す。
「乾杯しましょ!」
竜崎は少しだけ入ったシャンパンのグラスをそっと上げて、私のグラスに触れさせた。
品のいい音が部屋に響いた。
「あれっ。そういえば竜崎も普通のメニューですか!?ちょっと量少ないけど!」
美味しすぎる料理に感激して気づかなかった凄い事態に、私は突然気がついた。
「はっ!しかもお酒も飲んでるのはじめて見ました!少ししか飲んでないけど!」
竜崎は私とともに前菜やスープ、メインの激うま肉料理まで食べていた。私の半分くらいだったけれど、スイーツ以外のものを食べてるの初めて見た。
竜崎は無表情でフォークを口に運びながら言う。
「前も言ったはずです。食べようと思えば食べれます」
「わー貴重!凄い!お酒も飲むんですね、全然酔ってないけど」
「あなたこそグイグイとシャンパンを飲んでる割に全然酔いませんね。正直ここまで飲むとは思ってませんでした」
「美味しいんですこのシャンパン!」
それに何より、竜崎と向かい合ってゆっくりディナーなんて初めてで、かなり気分が高揚しているのもある。
揺れるキャンドルの影が幻想的で、見慣れた竜崎の表情がどこか違って見えた。
まあ、いつもの服装L座りは変わらないけどね。普通店ならこの格好で入店すらできないよね。
だからこそ楽に食べれる二人きりの環境はとてもいい。リラックスして食べられる。
ワタリさんの細かな気遣いに感謝しながら、私はあまりの嬉しさに頬が緩みっぱなしだ。
確かに1ヶ月寂しかったけど、待った甲斐があったななーんて。
「すごく嬉しくて楽しいです竜崎」
「…それはよかったです」
「でもほんと、次からは気を遣わないで下さいね。仕事で海外に行くたびに気を使ってては疲れてしまいます」
「ほんとに、あなたは意外なところでしおらしいですね」
「だって私本当に怒ってないですよ、どこかの国で誰かを救ってきた竜崎が誇らしいんですよ」
私が言うと、竜崎は少し目を見開いて私を見た。
「それに…竜崎の負担にはなりたくないです」
世界のL、それは私には想像つかないほどの重圧があり、多くの人に必要とされている。
仕事で多少寂しく思ってしまうのも致し方ないと、強がりじゃなく思う。
私と付き合っている事で竜崎の負担が増えるのは嫌だ。
私はこれからもずっと長く…彼といたいから。
竜崎はフォークをゆっくりおくと、私を見た。
「いいですか、これだけは言っておきます」
「え?」
「あなたが負担にはなるようなことは永遠にありません。例えどんなわがままを言っても、どれほど怒っても。全ては叶えられないでしょうが、なるべくは答えたいと思っています」
「………」
「それに、ディナーはただのお詫びではなく、私の願望でもあるんです。たまにはこうしてゆっくりあなたと向かい合いたかった」
まっすぐ私を見る竜崎の目はやっぱり力強くて逸らしてしまいたくなる。
出会った頃から変わらない。
その目に見られると、私は身動きできなくなるよ。
ああ、胸が苦しい。
「…ありがとうございます…」
「あなたは理解がよすぎです。本当に意外です」
「竜崎意外意外って言い過ぎですよ」
「本当に意外だから仕方ありません。ですがまあ、幼い頃から施設や親戚の元で育って気を遣って生きてきたんでしょう。生い立ちを考えれば確かに納得です」
言われてみればそうかもしれない、と思った。
人に迷惑がかからないよう我がままを言わずに生きてきた。
そうか、生い立ちが背景にあったのか。自分で気がつかなかった。
「確かにそうかもしれませんね。目から鱗です」
「律儀にケーキを買ってくる事も必要ないです。まあ手作りは嬉しいので待ってますが」
「えっ、あんな不細工待ってるんですか」
「不細工なのに美味しいというギャップが面白すぎなので」
「いつか見た目も完璧なの作ってやる!」
そんなことを言いながら私は笑う。
そして思う。
今まで出会った人たちに、気を遣いすぎだなんて言われたことなかった。
でも竜崎は私という人格をよく知り、諭してくれる。
それってやっぱり控えめに言って最高だよね。
「…ありがとうございます竜崎。またディナー、食べたいです」
私が言うと、竜崎は口角を上げて笑った。
キャンドルの火がやっぱり、幻想的だった。
