10コンビニ
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夜、化粧を落とそうと洗面台へ向かい、髪を上げてクレンジングを手にして気がついた。
そうだ、クレンジング切れてたんだった。
最近竜崎の元で泊まることも増えてきたためかその減りは早く、前来た時に「今度持って来なきゃ」と思っていたのにすっかり忘れてた。
必要なものはワタリに言ってください、と竜崎は言うけれどそんな手間をあの紳士にかけるわけにはいかない。そもそもここに並んでる高級化粧品を全て用意してくれたのだし、それだけで多大な感謝。
「ちょっとコンビニ行こうかな」
上げた髪を再び下ろして、私はリビングへ戻る。
部屋では竜崎が椅子に座り気怠そうにパソコンを見ていた。
「竜崎、私ちょっとコンビニ行ってきます」
彼はゆっくりこちらを振り返る。
「コンビニ、ですか」
「クレンジング無くなったの忘れてて。買ってきます。すぐ前にあったし」
時刻は21時で暗くなっているけど、まだまだ早い時間帯。ささっと行ってこよう。
私は鞄を手に持つと、リビングを出ようと足を進めた。
「待ってください」
声が聞こえて振り向くと、立ち上がった竜崎がいた。
「私も行きます」
「へ、コンビニにですか?」
「行ったことないので、興味あります」
なんと、この世にコンビニに行ったことない人がいるだなんて。
さすが世界のL、身の回りの事は全てワタリさんがしてるみたいだしなぁ。
いい社会経験かもしれない。はじめてのおつかいのBGMが脳内で流れた。
しかも。竜崎とお買い物は初体験だ。すこしワクワクしてしまう。
「じゃ、行きますか!」
笑顔で答えた。
いつものように素足に踵を履き潰したスニーカーの竜崎がコンビニに入ると、やや視線を感じた。
涼しい店内には店員が2名。うち一人は女の子だったし、少しばかりたじろいていた。
まあ、この猫背とくまじゃあビビるのは大いに分かる。私もはじめて見たときはどこの薬中かと思った。
竜崎はキョロキョロと辺りを見回す。本当に初めてらしくて、興味深そうに辺りを見た。
私はカゴを手に取る。
「買い物自体初めてですか?」
「いえ、ケーキ屋とか果物屋とか、そういった店は何度もあります。コンビニが初めてなのです」
「なるほどー」
ゆっくりとした足取りで店内に踏み込む。私はとりあえず竜崎を放置して化粧品を見に行った。
多くはないもののいくつかある種類を手に取り、どれにしようか悩んでいると、ぬっと隣に竜崎がやってきた。
「愛さん」
「はい?」
突然現れてびっくりする。もう慣れてる相手だけど、コンビニの背景で見るのは初めてだ。
竜崎は目を見開いたまま私に言った。
「お菓子がたくさんあります…!」
可愛い、と思ってしまった自分を殴ってしまいたい。いい大人がコンビニのお菓子売り場に興奮してる。
いい大人どころか世界のLなんですけど…
私はにやけそうになる顔を必死に押さえて、冷静に言った。
「ああ、竜崎には珍しいんじゃないですか?いつも高級菓子ばかりだし」
私は一旦持っていた化粧品を置くと、戸棚を回ってお菓子売り場を覗く。
よく見る光景。さまざまなラインナップのお菓子が綺麗に並べられている。
竜崎は人差し指をじっと口元にあてて凝視している。
その新鮮な反応がおかしくって、私は声を出して笑ってしまった。
「何がおかしいんですか」
「いや、すみませんすみません!凄く目が輝いてるから!」
「たくさんありますね、すべての種類の購入は荷物が増える…ワタリの車があれば…」
「すべての種類って…とんでもない大人買いですね…ちょっときてください!」
私は籠を竜崎に渡し、その腕を引いてチョコレート売り場の前に来た。
多分竜崎がいつも食べてるお菓子のうん十分のいちの値段だけど、日本の企業はすごいんだから!低価格ハイクオリティ!
私は笑顔で一通り種類を眺めると、目についたお菓子を手に取った。
「外せない!ガルポ!」
「ガルポ」
「めちゃくちゃ美味しいから覚悟してください。あ、アルフート!!冷やして食べるのがおすすめです」
「アルフート」
「たけのこの山!きのこの里!!」
「たけのこにきのこ」
「チョコペイ!!これ絶対!」
「チョコペイ」
「ああ〜ブラックサンドー!!」
「ブラック」
「バイの実!紗々紗!カントリーマム!!」
竜崎の持つ籠にポイポイと入れていく私。それを視線で追っていく竜崎。
その籠はあっという間に山盛りになってしまった。
全てチョコレート菓子で。店員さん引くだろうな。
私はお勧めを一通り選び終えると満足して腕を組んだ。
「その辺食べとけば日本のお菓子は制覇したと言っていいでしょう。普段食べてるのとはまた違ったおいしさです、私のオススメですから間違いないです」
「勉強になりました」
普段と違って素直に感嘆した竜崎をみて、私はまた声を出して笑ってしまう。
その上竜崎が山盛りになった籠を持つなんて姿見たこともないからこの上なく新鮮。
お腹が痛くなるくらいに笑ってしまう。竜崎は普段と変わらない様子で私を見ていた。
「ただの買い物でよく笑う人ですね」
「ただの買い物すらしたことない竜崎が面白すぎるんですよ」
「私は真剣に買い物に臨んでるんです」
「ぶはっ、やめて、本当に面白いから!」
目から出た涙を指で抑えて拭くと、私は竜崎をレジに促した。
「はい、お会計しましょ!」
籠いっぱいのチョコレート菓子をそっとレジに置けば、さっき引いてた女性の店員さんが入ってきた。
私たちの様子を見ていたのだろうか。心ばかりか、初めよりは表情が柔らかい。竜崎が意外と普通の人間であることに安心したのかもしれない。
「いらっしゃいませー」
女性は慣れた手つきでバーコードを読み取っていく。沢山のチョコレート菓子が籠から出されていく。
竜崎は興味深そうにそれをじっと眺めていた。
合計金額が出そうなところで私が鞄を漁ると、竜崎の方がいち早くカードを差し出した。黒いクレジットカードだった。
私は驚いて竜崎を見上げる。
「竜崎って財布持ってるんですか」
「いえ。ポケットに入れてきました」
ブラックカードを!!裸で、ポケットに入れるなよ!!
竜崎の危機管理のなさに呆れる私の横で店員さんは顔色を変えずカードを手に取った。
今更だけど竜崎ってどれくらい金あるんだろう…世界のLだし、想像もつかないよなぁ…
竜崎は操作の終わったカードをまた無用心にも適当にポケットにしまった。まあ、竜崎に財布なんて概念ないよね。ワタリさんが全部やるだろうし。
レジの上に積み上がったお菓子を店員さんが次々袋に入れていく。白いビニール袋は3つになってしまった。
私が受け取ろうと手を出した時、横の竜崎は無言で私より早く手を出して袋を受け取った。
なんとなく横を見ると、スッとした鼻が高くて綺麗だ、と思った。
会計にしろ荷物を持つにしろ、意外とスマートに私より早く行動してくれる。ま、竜崎の買い物だから当然だけどさ。
でもいつも気遣いということを微塵も感じられないこの人が意外と紳士な行動するんだな、って感心した。
竜崎なら会計も荷物持ちもせずポケットから手を出さないかと思ってたのに。そしたら蹴ってたけど。
「ありがとうございました!」
営業スマイルに見送られ、私と竜崎はコンビニから出た。
外はだいぶ涼しくなってきてはいたものの、やはり冷房の効いたところから出ると暑さが際立つ。
「竜崎、一個持ちますよ」
猫背の彼は片手にかさばるビニール袋を3つもって、片手はポケットに入れていた。袋は大きく膨れ上がったものばかりだ。
「別にいいです」
竜崎はそう短くいうと、またホテルに向かって歩き出した。
なんとなく微笑んで、私はその背を追う。
空には綺麗な満月が見えていた。
「わー!満月綺麗ですね!」
「前も思いましたが空をよく見てるんですね」
「目に入るじゃないですか!」
夜の道を竜崎と並んで上を見た。怖く思えるほどの神秘的な月。それに照らされるその人は、なんだかとても儚く見えた。
竜崎はじっと月を見た後、呟いた。
「今まで空を気にしたこともコンビニに行ったこともありませんでした」
彼はゆっくり私の方を見る。
少しだけ、口元を緩めて。
「あなたといると、初めてをたくさん経験します」
優しいその表情を見れば私の目は泣き出したくなるほど、感情が溢れた。
あなたと、何でもない買い物をして。
あなたと、夜の道を歩いて。
あなたと、月を見上げる。
そんなたわいない行動が、この上ない幸せに思えるのはなぜだろう。
その優しい顔を見るだけで私は心が温かくなれる。
ああ、生きててよかったな、なんて。
「今からもっといっぱいしましょう。色んなこと」
「そうですね。次は何をしましょうか」
「ファーストフードデビューしましょ」
「甘くないものは嫌です」
「またあ…」
竜崎の持つコンビニの袋がガサガサと音を立てて揺れている。どこかそれが心地良くて、私は深呼吸した。
こんなどうでもいい時間を、あなたと。
あなたといるってだけで、特別すぎる時間になるんだよ。
「あ」
「どうしました」
「クレンジング買い忘れた」
「…………」
