1初訪問
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私は正座したまま腕を組み、テーブルの上にある一枚のカードを睨み付けていた。
ああ、もう30分はこうしてる。足痺れてきた。崩せばいいだけの話なんだけども。
ちらりと時計を見た。14時を指している。
そろそろ出ようか。
もういいよね、うん、そろそろだよ。
そう意を決して膝を立てた瞬間、痺れていた足を自覚してその感覚に悶えて床に突っ伏した。
竜崎の突然の訪問からもう10日。
貰ったルームキーはまだ使う事なく私の部屋に眠っていた。
それを見つめては胸をときめかせ、ニヤニヤし、完全に変質者と化した私は仕事のある日は仕事に励み、休みの日は一人悩んでいた。
いつでもいいです、と言ったのは竜崎だった。
朝でも夜でも関係なくいいと。
それを聞いてめちゃくちゃ嬉しくて飛び上がりそうになったものの、竜崎が帰ってからどうもムズムズした。
いつ行こう。いつ会いに行けばいいんだろう。
仕事上それなりにちょこちょこ休みはあって、その度に悔しいけど竜崎に会いたくなってたまらなくなった。
でも、自分の中の悩み癖が飛び出した。
いつでもいいとは言われたが…
翌日って、さすがにすぐすぎでしょ。
3日後?これまたまだあんまり経ってないね。
6日後?いやいやせめて1週間開けた方がいいんじゃない?
9日後?そろそろかな、ちょっと待て勇気が出ない。
すぐに会いに行って、迷惑じゃなかろうか、何だかこっちがめちゃくちゃ会いたいみたいで恥ずかしいじゃないか(実際めちゃくちゃ会いたいんだけど)
そんな答えのない自問自答を繰り返し、中々勇気が出なかったのである。
そうして10日。月の3分の1経てばいいだろうというよく分からない自分の指標をクリアし、今日ようやくこのルームキーを使用する時がきたのだ。
足を伸ばして痺れが治るのを待つ。なんてアホなんだろう。こんな所竜崎に見られたら絶対馬鹿にされるに決まってる。
しばらく経って私はようやく起き上がった。
ふうと一息ついた後、部屋の鏡をもう一度見直した。化粧も、髪型も、服装も…大丈夫かな。
自分の中で最上級の着飾りをし、私は鞄を手に取る。
大事なルームキーをしっかりしまって、家から出た。
途中で自分のお気に入りのケーキ屋さんでケーキを買った。訪問するのに手ぶらもなぁ、という妙な律儀さ。
ワタリさんの分も含めて買うと、ドキドキする心臓を押さえながら竜崎のいるホテルへと向かった。
相変わらず有名ホテルのスイートルームで、それなりに着飾ってきたとはいえ自分は完全に場違いだと痛感する。
…いやいや考えてみよう。竜崎よりかはよっぽどいいだろ。あれが世界のLだなんて誰も思わない。
私は一人でふふふっと笑うと、最上階へ登るエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターが上昇するにつれて更に気持ちも上昇する。
やっと会える喜びと、緊張と、もう色んなものが混ざり合ったミックスジュースだ。あれ、我ながら上手いこと言ったかも。
心臓に手を当ててふうと息をついた。ついたら竜崎はどんな表情するんだろう。笑顔でいらっしゃい、とか、はたまた意外と情熱的にハグしたりとか…!
は、ないな。
一度自分で冷静になって落ち着いた。
チンと高い音が鳴り響いて、エレベーターを降りる。一つだけある扉の前に歩み寄った。
ああ、主の許可を得てるとは言え、勝手にルームキーで入るって何か緊張するし悪い事してるみたい…
カバンの中から黒いカードを取り出した。
かざす前に深呼吸する。ああ私の体の奥底に眠る勇気よ、出てこい!
意を決してカートかざした。微かにピピっと音が響き、鍵が開く音が聞こえた。
再び深呼吸するとドアノブに手をかけてゆっくり開いた。
広くて綺麗な玄関が見える。ここのホテルは初めて来るため、イマイチ造りが分からない。
「お、お邪魔しまーす…」
言ってる意味がないほどに小さな声で呟いて、私は中に入る。
恐る恐る先に進む。こちらもまた広々とした立派なスイートルームだ。一体一泊いくらするんだろう。
足を進めると、一つドアがあった。ゆっくりそれを開く。
高い天井にシャンデリア。圧倒される広さと美しい部屋。
その中央にあるソファに、彼は座っていた。その姿を見つけた瞬間どきっとする。
こちらに背を向けている。相変わらず猫背で膝を曲げて。
この豪華すぎる部屋に不釣り合いな男は、こちらを見ることもなくいった。
「こんにちは」
10日ぶりの声についびくっとなる。
前から思ってたけど、この人背中に目がついてるよね絶対。
「こ、こんにちは竜崎…!ケーキ買ってきました!」
「ありがとうございます」
「紅茶、入れますね!」
私は声がひっくり返りそうになりながら言った。竜崎はゆっくりこちらを見る。
目が合った。
瞬間、心臓が更に高ぶる。今血圧測ったらきっとヤバイ数値が出るに違いない。
「お願いします」
私は慌てて目を逸らしてキッチンに入った。
どこか震える手でお湯を沸かし、深呼吸する。
どうしよう。どうしたんだろう私。
今までも竜崎とはずっと一緒にいたのに、こんなにドキドキしてしまう。
竜崎はやっぱりいつも通りなのが最高に悔しい。せめて、彼も戸惑っていてくれればいいのに。
ため息をつきながら紅茶をいれ、ケーキのためのお皿とフォークを取り出した。
キッチンを出ると、竜崎がいつのまにかこちらに来てケーキの箱を覗き込んでいた。
「美味しそうです」
「あっ…りゅ、竜崎何がいいですか?私どれでもいいから…」
何噛んでるんだよ。こんな何でもない会話に。
「ではショートケーキとガトーショコラでお願いします」
「…ん!?一人一個ですよ!あと一つはワタリさんの分です!」
「ワタリはきっと私にくれます」
「本人がそう許可したならいいけど、今はワタリさんいないんだからダメですよ!一個!」
私が言うと竜崎は拗ねたように口を尖らせ、ではショートケーキで、と言った。
普通3個のケーキのうち2個を自分の分と思うかね。
私は呆れつつも少し笑った。緊張がほぐれた気がする。
ショートケーキと自分のタルトを取り出すとお皿にのせる。
丁度紅茶も入れ終えたところで、またソファに座っていた竜崎が声を上げた。
「こちらにどうぞ」
彼を見た。座る竜崎の前にはパソコンや何やら書類があるけれど…
「いいんですか?3メートルルール…」
「あなたなら構いません。」
あなたなら。
そんな言葉についそっと微笑む。
お盆にケーキと紅茶を乗せて竜崎の元へ運んだ。
少し迷うが、私は勇気を出して彼の隣に座った。
竜崎はパソコンを見たままこちらを見なかった。私は彼の前にショートケーキを置く。
「ありがとうございます」
やはり律儀にお礼を言う人で、こういうところがまたとてつもなく私の心を揺さぶる。
彼はあの変な持ち方でフォークを手に取り一口食べた。
「美味しいですね」
「あ、よかった!私ここのケーキ屋さんお気に入りなんですよ。」
顔を綻ばせて自分もケーキを口にした。
なんか、変な感じ。
竜崎と並んでお茶してる。
相変わらず何も態度に変化のない人だけど、前言ったみたいにドキドキしてくれてるんだろうか。
紅茶をすすれば、懐かしい香りがした。ようやく少しだけ心が落ち着く。
「忙しかったんですか」
唐突に竜崎は言った。
「え?」
「この10日間」
竜崎はこちらを見る事もなく食べながら言う。
「え?えーと、まあまあ…」
「4日間休みがありましたね。予定があったんですか?」
「…というか何で私の休み知ってるんですか」
「私を誰だと思ってるんですか。Lですよ」
そりゃ、以前も私のシフトを調べてもらった事はある。そんな情報手に入れるの容易いだろう。
私が聞いてるのはそんなことじゃない。
「何でわざわざ調べたんですか?」
私の質問に竜崎は答えなかった。苺を頬張り頬を膨らませて食べている。
困ったときは無視もしくは質問返し。つくづく困った男だ。
「…まあ、予定はあったりなかったり…?」
「ではなぜ来なかったんですか」
顔を上げて隣の竜崎を見た。相変わらずもぐもぐしてる。
「…竜崎もしかして
待ってたんですか?」
自惚れ上等の質問をした。
何言ってるんですかそんなわけないでしょう、という返事が来ることを覚悟したが、彼は何も言わなかった。
ようやく鎮まってくれていた心臓がまた鳴りだす。
変な沈黙が流れる。時々フォークとお皿がぶつかる音だけが響いた。
それに耐えられなかったのは私の方だった。
タルトをゆっくりフォークで切りながら答える。
「その、来ようか迷ってたんですけど…なんていうか、あの、すぐに行くのは迷惑かなとか色々考えてて…」
「…あなたの気の強さはどこに行ったんですか。毎日突撃されるだろうと思ってました」
「突撃って。となりの晩ご飯ですか」
「何ですかそれは」
「あ。日本人じゃない竜崎は知らなかった。ヨネスケ。まあかなり昔の番組ですけど」
「以前から思ってましたがアニメやテレビ好きですね」
話が脱線してしまった。私は自分を戒める。
「あの、毎日突撃は…さすがの私も遠慮しますよ」
「あなたに遠慮なんて単語が出てくるとは意外です」
「む、また失礼な!遠慮くらいしますよ!」
「なぜするのですか、付き合ってるのに」
竜崎は急にこちらを向く。すこし首を傾げて、私を見つめた。
…なんて、ストレートな物言い。そして、そんな真っ直ぐ見ないで。
私はぐっと押し黙った。
目が合うだけで苦しいほどになる。あなたをまっすぐ見られない。
…しなくていいんですね?遠慮なんて。
私、会いたい時に来ていいんですね?
「…じゃあ…次から遠慮しません…」
「そうしてください。私もしませんから」
「竜崎こそ遠慮なんて初めからしてないでしょ」
「バレましたか。そんなもの私の中の辞書にありません」
ついふふっと笑った。
なんだ、そっか。もっと早くくればよかった。
遠慮せずガンガン来ていいぞ、竜崎はそう言ってるんだよね。
なんとなく心のしがらみがとれた私は竜崎を見て言った。
「竜崎、素直に言えばいいんですよ?私に会いたかったって!」
「はいとてつもなく会いたかったです」
からかい半分で言った私に、竜崎は即答した。
予想外のセリフに停止してる私。
竜崎は口角を上げて言った。
「あなたに、会いたくて仕方ありませんでした」
負け。
そんな表情でそんな事言われたら。
完全ノックアウトですよ。
私は片手で両目を覆う。
「顔赤いですよ愛さん」
「ほっといてください…」
「照れ過ぎです」
「竜崎はもう少し照れてくださいよ」
「照れてる私などみたいですか」
「嘘です不気味です気持ち悪いです」
「急に辛辣ですね」
竜崎は何も変わらず黙々とケーキを食べてそれはすぐに空っぽになった。
ああもう、なんでこんなに振り回されてるの。
この人の一つ一つの言動が私を狂わせる。
「そうでした、愛さん」
竜崎は思い出したように呟いてポケットを漁る。
手を下ろしてみると、彼は一つの携帯電話を持っていた。
「…これは?」
「あなたにあげます」
「…え」
「私の番号は教えられませんが、こちらからは掛けられます。この電話は私以外の通話はしないで、またデータにも何も入れないでください」
彼からそれを受けとる。
「つまりは、竜崎からかかってくる専用電話って事ですね?私からは掛けられないと」
「はいすみませんが。決してあなたを信じてないわけではなく、万が一紛失したり誰かに盗まれた時、私の番号があると厄介ですので」
「分かってます、大丈夫です」
普通のカップルならブチギレ案件。
片方だけしか連絡先が分からないなんて。ただ掛かってくるのを待ってるだけなんて。
でも私はこれで十分に嬉しい。竜崎と電話なんて出来ないと思ってたから。
つい溢れる笑顔でそれを見つめた。
「…やめてください」
「え?」
「そんな嬉しそうな顔、やめてください」
「え、え、私そんな顔してました?」
「本当に顔に出やすい人ですね」
「い、いいじゃないですか!嬉しい顔がバレる分には!」
「…自分勝手だ、と、突き返されるかと思ってましたので」
竜崎は紅茶を一口飲む。
「まさか、そんな顔を見れるなど」
そう言って竜崎は少しだけ微笑んだ。
「思ってもみませんでした。…嬉しい誤算です」
どこか優しく嬉しそうな声で言う彼が最高に愛しくて、大好きで。
この10日間意地張ってた自分を殴り倒してしまいたい。
もっと早くに会いにくれば良かった。
あなたとの距離感が分からなかったけど、少し理解したよ。
この電話だって、宝物になりそうだ。
「…私毎日突撃するから必要ないかもですけどね」
「ヨネスケになるんですか」
「そうですよ、竜崎の晩ご飯調べに来ます」
「昨日の夕飯はマカロンです」
「どこの女子だよ!」
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