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「Jと思わしき犯罪が今のところ報告されてません」
竜崎はいつものようにソファに座ったまま突然言った。
5日ほど経って、ようやくここの生活に慣れてきた頃。
竜崎は相変わらず目も合わせないし必要最低限の会話しかしないパンダの置物だった。
ただ、食事を終えたあと自分の紅茶を入れるついでに竜崎の分も一緒に入れてあげた。彼はその時だけ素直にありがとうございますとお礼を言った。
そんな様子を見て何故か「仲良くなられたんですね」と微笑むワタリさんに全力で否定しながら、私は今日も食後のお茶を入れて飲んでいた。
「え?」
「詐欺や子供、女性たちの誘拐、拳銃の密輸や薬物の流出などまるで報告がありません」
「アジトがばれたから、新しいところ探してるんじゃないですか?」
「以前も彼らのアジトを突き止めたことはありますが、その後被害が収まるようなことはありませんでした。」
「奴らも慎重になってるんですかね?」
私は紅茶を飲みながら答えた。その日朝からいるワタリさんは、美味しいタルトを冷蔵庫から取り出して切ってくれている。
あー美味しそう、と心中で呟いた。
「まあその可能性もありますね。もしくは…」
竜崎は考えるようにしていった。
「あなたを探してるか」
「…え」
つい、持っていた紅茶を落としそうになる。
「全ての仕事を放棄してまであなたを探してるとしたら…」
「ちょ、ちょっと待ってください、本気ですか?」
こんな一般人をそこまでして探し回るって…
竜崎は親指の爪をかじりながら続けた。
「この前突き止めた時、つい寸前まで人がいたようでタバコの火が付いていました。あなたを連れ出す余裕はなかったんでしょうね。またさらえばいいと楽観的に考えていたかもしれません。」
「私とJの繋がりってわかったんですか?」
「あなたを尾行していた2人は逮捕しました」
「え!?」
5日前の情報、もう逮捕まで突き詰めるとは…
「ですがやはりJの下っ端ですね。ボスのことは知らないし、あなたを何故つけていたのかも理由は分からないと。行動パターンを見ていただけのようで、上からの指示だった、としか話しません」
「……」
ぞっとする。背筋が寒くなった。
本当に私を狙ってるやばい奴らがいるとようやく自覚出来た気がする。ここに不自由なく保護されてるのはありがたいことなのかも…
ワタリさんが切ってくれたタルトをくれる。美味しそうだけど、なんだか一気に食欲失せたかも。
ワタリさんは竜崎の元へもケーキを持っていく。竜崎はすぐに苺にフォークを刺して一口食べた。
「月島さん」
「え?あ、はい」
「少し検証してみたいことがあります、協力して頂けますか」
「え、どんなことですか。内容によります」
簡単にはいと言うにはリスクが大きい。私は正直に言った。
すると竜崎はタルトとフォークを持つとソファから飛び降りた。のそのそとこちらに近づくと、私の正面に座り込んだ。
正面から見る竜崎。
なんとなく背筋を伸ばした。
彼はフォークをペタペタと唇に当てながら天井をみあげる。
「あなたは誘拐された20日以降、ここで目覚めるまで記憶はないとおっしゃってましたが、もしかしたら覚えていないだけでJの元にいた時、多少意識が戻っていた可能性がある」
「え…」
「薬を使って眠らされていたので。そういうケースが多くあるんです」
「はあ…」
「その検証をしたい。」
「つまり、何をするんですか?」
「あなたが保護されたJのアジトに一緒に行ってもらいたい。見覚えがあると感じれば、あなたの意識はあったことになる。忘れていた記憶が蘇ることも」
竜崎はタルトをぱくりと頬張る。
「もしかしたらJのトップの顔を見てる可能性も。」
チラリと私を見る。相変わらず圧迫感のある視線だ。私はぐっと息を飲む。
「もちろん護衛はつけます、あなたの安全は守ります。まあ、もう去ったアジトにJが戻ってくるようなことはないと思いますが」
「護衛って、警察も一緒に行ってくれるんですか」
「警察より信頼のおけるプロたちを呼んでおきます」
警察よりプロって何者?
…とは突っ込む雰囲気でもなく、私は素直に頷いた。
「分かりました。捜査に協力するという約束だし、それくらいやります」
「思ったより話が早くて安心しました。度胸のある人ですね」
「それしか取り柄ないもので」
「なるほど」
そんなことないですよ、とかのフォローはないんですね。相変わらずの人だ。
私は目の前に置かれたタルトをようやく食べた。うん、美味しい。
大丈夫。プロがつくっていうんだし、私はそんな心配することはなにもないだろう。
「ワタリ、連絡を頼む」
「はい。」
「その護衛たちがこちらに着き次第行きます。」
そう言ってパクパクとタルトを食べ終えたと思えば、すぐにワタリさんがまたケーキを出した。
「…竜崎」
「はい」
「私は今、Jより気になっていることがあるんですけど」
「なんですか」
「あなた、ちゃんと食事とってるんですか?」
とうとう胸にあった疑問をぶつけた。ここに来てからずっと抱えていた疑問だった。
私が食事のためにここに来ても、竜崎はお菓子を食べてるだけで食事を取ってるのを見たことがないのだ。
「これが食事です」
「……」
めまいがした。私は頭を抱える。
「頭を使うには糖分が一番なので。」
無茶苦茶な理論をいいながらタルトを食べる竜崎を、私はぎっと睨んだ。
「竜崎。私の職業、知ってますよね?」
「看護師でしたね」
「こんな!ひどい食生活送ってる人!見たことありませんよ!ちゃんとした生活送ってください!」
これは職業病なのだろうか、不健康そのものの彼の生活が気になって仕方なかったのだ。
竜崎は黙々と食べながらいう。
「私はあなたの患者ではありません」
「そういう問題じゃないんですよ。このままじゃ糖尿病まっしぐらですよ!予防できる病気はきちんと防ぐ、人間として当然のことでしょう?」
「相変わらず騒がしい人ですね」
「誰のせいで騒がしいと思ってんですか」
竜崎は素知らぬ顔で食べ続ける。そのなんとも思ってない態度はいつも私の神経を逆撫でするのだ。
今まで色んな人と出会って来たけれど、こんなにも神経を逆撫でさせる人なんて見たことがない。
なぜなの。
「頭を使ってますから太りませんしちゃんと消費してます」
「どこの子供理論ですか。病気になるって言ってるんですよ!」
「今までずっとこの生活で何不自由してませんし、私は別に長生きしたいと強く思ってるわけでもありません。短命ならそれはそれです。」
「…竜崎、いいこと教えてあげます」
私は目の前にある苺をフォークでぶっさす。
「海外はどうかしりませんけど、少なくとも日本は、今の医学では簡単に殺してくれませんよ?
失明しようが足が腐ろうが寝たきりで食事すら食べられなくなっても生かされる。それが現実。
楽に早死にしようなんて甘いですね。この苺くらい甘い。」
苺を彼に見せつける。ようやく竜崎は顔を上げて目を丸くして私を見た。
お、ちょっと効いたのかも。
まん丸になった目で私を見つめるのをしっかり返してやった。
見つめ合う私たちの背後から、急に笑い声が響いた。
振り返れば、ワタリさんが笑っている。
「やはりお二人は仲がよろしいですね」
「わ、ワタリさん、どこをどう見たらそうなるんですか!」
「竜崎とここまで言い合っている方を初めて見ました」
「笑ってる場合じゃないですよ、ワタリさんもあまり甘やかしちゃだめです!」
「私も叱られてしまいましたね。肝に銘じておきます」
ワタリさんは微笑みながらそう言った。竜崎の前に淹れたての紅茶を置く。
「月島さん」
ふとみれば、正面に座る竜崎がこちらを真剣な目で見ていた。
「ありがとうございます、色々参考になりました」
「あ…いえ…わかってもらえたならいいんです…」
ほっと胸を撫で下ろす。すると竜崎はぱくりとまたタルトを食べて、言った。
「病気になった時は日本の医療には頼らないことにします」
「……」
「他国の医療についても調べねば」
「そういう問題じゃなーーーい!!」
叫ぶ私の背後で、またワタリさんが笑った。
なんて無茶苦茶な人なんだろう、もう知らない。
私はプンプン怒りながら目の前のケーキを食べた。
こんなに頑固で生活が酷い人、仕事してても出会ったことない。
ふと、今頃私が居なくなってどうしてるかなぁと思う。
連絡くれてる友達もいるだろうな…
「あの竜崎、私の荷物ってアジトには何も無かったんですよね?」
ダメ元で聞いてみた。
竜崎はもぐもぐと食べながら答える。
「無いですね。あなたの荷物でありそうな物は何も発見されてません」
「ですよねぇ…」
想定内の答えを聞いて落ち込んでると、隣で立っていたワタリさんが聞いてくる。
「何か必要なものがございましたか?」
「あ、いえ携帯を…友達とか心配してるかなって」
竜崎が声を出す。
「外部との通信が取れるような物は一番に破壊されるでしょうね」
「まあ、そうですよねぇ…」
一体いつまでこの生活なのやら。みんな元気にしてるかなぁ。
「次のアジトを必ず突き止めます。今度こそはJのトップの鼻を明かします。こんなに手こずってるのは初めてです」
竜崎は爪を噛みながら言う。
うーん、よく分からないけどとりあえず厄介な相手と言うのは分かった。
私はふと、竜崎に言ってみた。
「警察はLとか、捜査依頼しないんですか?」
竜崎はピタリと動きを止める。
「ほら、何か世界の名探偵って言う。警察がお手上げの事件も解決するんでしょう?どこにいるのかさえ分からない存在ですが…」
最後の切り札L。性別も年齢も不詳の名探偵。
解決した事件は数知れずっていうし…
