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ソファに姿勢悪くもたれかかりながら低い声で竜崎の質問に応え続けてる時。
リビングの扉が開かれた。
そこから現れたのは、私にとって砂漠のオアシスのような人。
「おや、まだお話されてましたか」
ワタリさーん!…と、初対面なのに抱きついてしまいそうだった。私はすがるような目で彼を見上げる。
そんな私に気がついたのか、ワタリさんは微笑んで竜崎に言った。
「竜崎、月島さんにお部屋のご案内をしようかと」
「…分かった」
竜崎は小さく言った。私の心に安堵感が広がる。正直、監禁から解放された時よりほっとしてる。
ワタリさんは優しく私に笑いかけた。
「月島さん、こちらへどうぞ」
「はい!!」
勢いよく立ち上がり、私はそそくさと竜崎の視界の中から立ち去った。少しでも早くこの重い空気から逃れたいと思った。
はあ〜…これからどうなるんだろう。
私も竜崎もお互い見もせず、リビングから出て行った。
長い廊下を少し歩いたところで、一つの部屋に案内される。監禁されてた部屋じゃなさそうだ。
ぱっと開かれれば、ぎょっとしてしまった。
そこは十分すぎる広さの部屋に、立派なベッド、大きなテレビ、化粧品の並んだドレッサーと、申し分ない素敵な部屋だったのだ。
「す、すごい部屋ですね…!」
「何か不足してるものは私にお申し付けください。あなたはJに狙われているかもしれません。外出は絶対なさぬよう」
「…そうか、そうなるんですね…」
「あなたの職場には、体調不良ということで休職の手続きを施しておきますので」
「あ、分かりました…」
「さあ随分お疲れでしょう、今日はもうゆっくり休んでください」
優しい言葉にため息が漏れた。そう、その言葉が欲しかったんですよ〜…
昨日丸一日監禁されて飲まず食わずで、神経も張り詰めてボロボロ。それを長々と尋問するパンダ男に怒りすら感じていた。
そんな私の表情で察したのか、ワタリさんがフォローする。
「竜崎は仕事のこととなると周りが見えなくなりますので…悪い人じゃないんです」
「はあ…そうですかね…」
「あなたの気分がよくなったら、また先ほどの部屋に来て頂けますか。食事はあちらで出しますので」
「は、はい。分かりました」
「では、今日は失礼します。おやすみなさい」
「あ、ワタリさん!ありがとうございます!」
私は慌てて頭を下げた。彼は優しく微笑んだあと、ゆっくりと扉を閉めた。
私は部屋を見渡す。今まで住んできた家よりずっと立派。
大きな窓があるのを見つけ近づく。するとそこからは都会を一望できる景色だった。どうやらかなり高いところにいるらしい。
適当に引き出しを開ける。有名なDVDが並んでいる。
タンスを開けば、ずらっと並んだ多くの洋服にこれまた下着まであった。
不自由なく生活、というのはあながち間違ってなさそうだった。必要な物はことごとく揃っている。
…にしても、ほんと何者なんだろう、パンダ男は。
私は首を傾げながらも考えることを放棄した。わざわざあの不愉快な男を思い出して嫌な思いをする必要はない。
私はテレビを付けてベッドに寝転がった。いつもと変わらぬテレビ番組が、今別次元に来てるかのような私の心を少しだけ、落ち着かせてくれた。
朝が来る。
時計を見れば、7時だった。
確か昨日は9時には寝たはず。よく寝た。
私は上半身を起こして伸びをする。目覚めはスッキリしていた。
寝心地の良いベッドだったからかもしれない。熟睡できたのが実感できる。
私は起き上がってとりあえず洗面所に行こうと思い立つ。そしてそっと部屋のドアを開けた。
廊下はしんとした静かさに包まれていた。よし、誰もいなそう。
私はなぜか忍足で昨日行ったバスルームへ向かった。開けると昨日と変わらず豪華な洗面台があった。
そそくさと歯磨きと洗顔を終えた。もしあの男に会えば気まずいからだ。
また忍足で自室に戻り、適当に掛かっていた服を着て化粧を施した。別に色気付いてるわけでなく、並べられた高級シャ●ルの化粧品が女心を踊らせたからだ。こんなの使う機会ないもんね。
準備を整え、さてリビングへ行こうと心に決める。きっとワタリさんが食事を用意してくれてるはず。
私はなぜか緊張しながら、昨日も開けた扉に手を掛ける。
ゆっくり、開く。あれ、ノックした方がよかったのかな。
そこで見えたのは、昨日風呂上りに見た光景と全く同じだった。
白い服をきたあのパンダ男が、ソファに座っている。
違うのは、いつの間にか彼の前には沢山のモニターが並んでいたことだった。じっとそれを見ているようだった。
「月島さん、おはようございます」
声をかけられはっとする。ワタリさんが立っていた。
私は安心する。ワタリさんがいてよかった。
「おはようございます、ワタリさん」
「丁度朝食の準備が整いましたので、どうぞ」
促されてダイニングテーブルをみれば、何とも豪華な朝食が並んでいた。パンにサラダ、卵にヨーグルト、フルーツ。あまりに豪華で目をチカチカさせる。
「コーヒーと紅茶はどちらになさいますか」
「あ…紅茶をお願いします…」
まるでどこかの貴族になった気分で私は椅子に腰掛けた。
ワタリさんはまるで執事みたいだし、あながち的外れな例えではあるまい。
「い、頂きます…」
「どうぞ」
「ワタリさんは食べられたんですか?」
「はい、お先に頂きました」
ではあのパンダ男は、と聞こうとしてやめた。竜崎はこちらを見ることもなくひたすらモニターを見ている。
私は無視して、この豪華な食事に舌鼓を打った。素晴らしい、美味しすぎる。
そしてワタリさんが入れてくれた紅茶もすぐに手をつけた。何を隠そう、結構紅茶マニアなのだ。
「わ!凄いいい香り…!アールグレイですか?」
「よくお分かりになりましたね」
「凄く美味しいです!紅茶好きなんですよ」
「ここには様々な茶葉がございますので、自由にお飲みください。他にも冷蔵庫の中など全てご自由に」
至れり尽くせり。私は唸りながら食事を取る。
昨日は戸惑ってたけど、案外いいのかも。
ふふっと笑った時、ふと竜崎が目に入る。
彼の目の前のテーブルには、また甘いものが並べられていた。
…甘党すぎじゃない?
そう思ったが、私は特に何も言わず食事を続けた。
なるべく関わらない、関わらない。
ひたすら目の前の食事を食べていると、急に声を掛けられた。
「月島さん」
ワタリさんの声ではなかった。私は顔を上げる。
見れば竜崎が、ソファから立ち上がってこちらを見ていた。
彼はゆっくりと近づき、私の座る正面の椅子を引いて座った。
また膝を抱えて。
「最近尾行されてたのに気付いてましたか」
突然聞かれて、目が点になる。
「え?私がですか?」
「やはり気付いてなかったんですね。気付かなそうですもんね」
なんか一言多くないか?鈍感だから、と言われてる気がする。
私はむっとするが、パンダ男はどこを見てるのか、爪を噛みながら続けた。
「昨日あなたからここ最近の行動パターンを伺ったので、その場所の防犯カメラなどを集めて見ていました。あなたは頻繁に尾行されていた」
「え、誰に…!」
「尾行はその日によってしてる者が違いました。恐らくJの下っ端でしょうね」
自分の下唇をびよんと伸ばして遊びながら言う。
…全然気付いてなかった。てことは、やっぱり前から狙われてたんだ…
あの並んだモニターは、それをチェックしていたんだと今気づく。
「Jは下っ端を何人か捕まえたことはありますが、どれもボスについては知らないようで未だ黒幕がわかってません。その黒幕を明かすために私も追っているのですが、今までの中でも特に手こずってます」
「はあ…なんかよくわからないけど、竜崎って毛利小●郎みたいな感じで色んな事件に関わるんですね?」
「私は眠っている間に事件解決していたりしません」
知らないかと思いながら出した例えは、意外にも知っていたようである。
私はロールパンをかじりながら考える。
尾行されてたなんて全然知らなかった…なんで私なんだろう…
「なんででしょうねぇ。私飛行石とか持ってたかしら」
「彼らは空飛ぶ島など探してないと思いますよ」
「アニメ詳しいんですね」
「こちらの台詞です」
竜崎は無表情でそれだけ言うと、また椅子から立ち上がる。
ソファに戻ろうとして、思い出したようにこちらを見た。
「リビングは勝手に出入りして構いませんが、私の周りには事件の重要な資料などが数多くあります。
私の半径3メートル以内には近寄らないでください」
「…!」
ついかじってたロールパンを投げつけたくなった。そんな言い方ある!?
そもそも、近寄ろうなんて思わないから!
「言われなくてもあなたになんて近寄りませんよ!」
「そうですか、安心しました」
竜崎はそれだけ言うとスタスタとソファに近づき、ぴょんと飛び乗ってまたモニターを見出した。
(〜〜〜なにあれ!もっと言い方あるでしょうに!)
昨日に引き続き、やっぱりパンダ男の印象は最悪だった。
あんなやつの側なんて、絶対近寄らない!頼まれたってごめんだね!
そう心の中で毒つく私を、ワタリさんは少し笑いながら見ている。
せっかくの豪華な朝食の味が分からなくなってしまった。勿体ない。
私が不機嫌そうにしてるのを見てワタリさんが声を掛けてくれる。
「私は少ししたら所用で不在になります。昼食はこちらに用意しておきますので、ご自身で温めてくださいますか。竜崎も言っていた通りリビングはお好きに出入りなさって構いませんから」
「いいえ、邪魔みたいなので食事以外は自室にいます。」
ムカムカして答える私を、困ったようにワタリさんは見た。
「邪魔など。竜崎は少し口が悪いですがそんなこと思っていませんよ」
「…」
さすがの彼のフォローも、心には響かなかった。
それぐらい、あの竜崎という男は私の神経を逆撫でさせるのだ。
確かに私は元々気が短い方だとは思うけど。それにしても、だ。
「…ごちそうさまでした。」
私はゆっくり手を合わせる。残った紅茶を飲み切ると、立ち上がった。
「では、ちょっと休んできます。ワタリさんもいってらっしゃいませ!」
「はい。ありがとうございます」
目を細めて笑うワタリさんに癒されると同時に、こちらをまるで気にしない竜崎の姿が目の端にうつる。
私を見もしない。
それがなぜかまたムカついて、私はそのままリビングを後にした。
部屋では退屈しなくて済んだ。
テレビを見たり、並んだDVDをどれにしようと首を傾げながら悩み、それを再生してしまえば数時間は潰れる。
クローゼットの中の洋服を、あ、これ素敵だなあとか見た後、よくよく見たらどれも有名なブランドのもので目玉飛び出そうになったり。
本棚には色んなジャンルの小説もあったし漫画もあった。
まるで誘拐犯から匿われているとは忘れてしまいそうなほど。
自分の部屋を一通り漁った後、気がつけば時計はもう昼を過ぎていた。
昼食かぁ。
朝ごはんが豪華だったためか動いてないためか、あまり空腹は感じない。でもワタリさんが用意してくれたんだしなぁ…
「というか。」
私は腕を組んで考える。
ワタリさんはいなくなるって言ってた。
つまりは??
「もしや二人…?」
二人で食事を取る羽目になるだろうか。
想像して首を振る。膝抱えてよく分からないフォークの持ち方してる人と食事とは。味感じれなさそう…
いやしかし、私も大人だ。この人とじゃご飯いらない!なんて勝手な真似は出来ない。
それもこれもあの優しいワタリさんの面目のため。
しょうがないかと意を決すると、私は自室から出た。
そして朝も開けたあの扉をそっと開いた。
なんの音も響かない部屋に入る。無音。
もしかして誰もいない?と思った瞬間、やはりあの定位置に座る白い服の男が見えた。
やっぱり、いた。
私が閉じるドアの音がやたら大きく響いた。彼は何も言わない。
気まずさを覚えながらも、私はとりあえずダイニングテーブルに近寄った。
そこには、やはり豪華な食事が……一人分。
あれ?もう食べたのかな?
ちらりと竜崎を見た。こちらのことなんて何も気にしてない様子で何か読んでいる。
聞いてみようか、うん、私は大人だからね。
「竜崎は昼食、もうとられました?」
意を決して声を出したのだが、彼は相変わらずまるで私を見ず。
「はい」
そう短く答えただけだった。
……気まずい。気まずいじゃないのよ…
しかしここで、じゃあ自分の部屋で昼食食べるわ!と豪語して運ぶのもこれまた大人気ない。
私は諦めて、テーブルの上にある食事をレンジに入れて温めた。
冷蔵庫の中も覗かせてもらい、十分なほど食料が詰まってる中からお水を取り出す。
テーブルにそれぞれ置くと、ゆっくり腰掛けた。
(頂きます)
声には出さず、私は手を合わせた。
箸を持ってゆっくり口に運ぶ。上品な美味しさがくちにひろがり、先ほどまで空腹を感じないなどと思っていた自分が嘘のように箸が進む。
うーん、美味しい。
ただしやはり味に負けないほどの存在感を持っているのが部屋の奥にいる。
変わらぬ変な座り方…摘むような持ち方…気になり出したらキリがないほどの変人。こんな変わった人見た事ない。
時折竜崎が飲む紅茶のカップがソーサーに置かれる音だけが響く。
もくもく食べる私に、動かない竜崎、なんてシュールな絵面だろうか…気まずさこの上なし。
いやいや気にしない気にしない。あれは空気だ、いやパンダの置物ということにしておこう。我ながらいいアイデアだ。
顔を綻ばせながら食事を進み、あっという間に完食する。これまずいね、この調子で食べてたら絶対太るな。
改めて手を合わせてご馳走さまをした。さて、せめて食器は洗っておこうか。
私は立ち上がって流し場にお皿を運ぶ。腕まくりをして水を出す。
水の流れる音と、時折お皿のぶつかる小さな音が響いた。食事を終わったらまたまたDVDでも見ようか。本を読もうか…
考えつつ、ふと思い浮かぶ。
そうだ、紅茶をちょっとばかり頂こうかな。ワタリさんも好きに飲んでいいって言ってた。
洗い終えたお皿を並べて手をふくと、私は近くの戸棚をそっと開けた。
そこには目を張るほどの種類の紅茶が並べられていた。しかも、見たことないパッケージ!
紅茶好きの私としては踊る心を押さえきれず、すぐにお湯を沸かした。
さまざまな種類からどれにしようか悩む。ちょっと鼻を近づけて香りを堪能する。
よーし、これにしよう。
私はとりあえず今日は王道のダージリンを選択すると、ティーカップを探して取り出す。
「月島さん」
「ぎゃっ」
突然声を掛けられて驚く。完全に集中して竜崎の存在を排除していた。
おかげでこの高級そうなティーカップを落としてしまうところだった。
彼はソファに座って何かを見ながら声だけ出した。
「すみませんが、私の分も入れて頂けますか」
「…え」
まさかの要望に少し驚く。が、そういえば彼は昨日もずっと紅茶をのんでいたか。よほど紅茶好きらしい。
まあ、ついでだしそれくらいいいけど…
「いいですけど取りに来てくださいね、私は竜崎の3メートル以内に入れませんから」
ちょっと嫌味のつもりで言ってやった。しかし当の本人は気付いてないのか、
「はいもちろんです」
とだけ答えた。
まあ仕方ない。紅茶ぐらい入れてやるか、とかなり上から目線で心の中で呟くと、私はもう一つティーカップをとりだした。
茶葉を開ける。今まで嗅いだことのないほどの上品な香りだった。これ絶対高いやつ。みたことないもんこんなの。
丁度沸いたお湯を手に取る。
私の部屋にあった洋服や雑貨もブランド物だったけど、ほんとに何者なの…?やっぱり私ヤバいやつに騙されてるんじゃ…
そんな疑心暗鬼を持ちつつ紅茶をいれた。自分の分と竜崎の分。
テーブルに並べる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
意外とお礼はしっかり言ってくれるんだ、と少しだけ感心したところへ、彼は歩いてくる。ひどい猫背、引きずるジーンズ。転びそうで心配。
竜崎はゆっくり私のいれたての紅茶を手に持ち、そのままソファへと戻っていった。
…もしかしたらこっちで一緒に飲むかと少し思っていたから拍子抜け。
私は自分も座って紅茶を手にする。
さて飲もうとした時、たまたまあっちに座る彼の様子が見えた。
彼はとんでもない量の砂糖を紅茶にいれて少しかき混ぜた後、それを口にした。
が、次の瞬間、目がぐっと見開く。
そしてばっと、こちらを見たのである。
パンダ男の突然の形相に、私はびくっと怯えた。
竜崎は目を丸くしたまま私を見る。
「ど、どうしました」
「…月島さん」
「は、はい」
「物凄く美味しいです」
ずっこけそうになった。そんな凄いリアクションで溜めながら、出てきた言葉はただの感想だった。
いちいち怪しいんだよ、すべてが。
