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「本来であればあなたも事情聴取されるはずですが、私から事の詳細は伝えておきます。特別に警察署へ行くのを免除されています」
リムジンの中で竜崎は相変わらず膝を抱えたまま言った。
外はもう暗くなっていた。私は結構長い間気を失っていたらしい。
竜崎の相変わらずの奇行も、なんだかとてつもなく嬉しい。もう二度と会えないかと思っていたのに。
「とは言っても、後日多少は話を聞きに警察が訪れると思います。初めに言っておきましたが、私やワタリのことは口外しないでください。恐らく聞いてくることはないとは思いますが」
「は、はい…」
竜崎は親指の爪を噛む。こちらを見ず、何か考えているようだった。
私も彼をなんとなく見ることができず、俯いて両手を握りしめる。
「…あの、竜崎…」
そのままの体制で、私は言った。
「…ありがとうございました…助けてくれて」
まだお礼を言っていなかったのを思い出して、私は今更感謝の意を述べた。竜崎は表情を変えずに答えた。
「…別にお礼を言われることではありません」
「…あのまま、もう竜崎には二度と会えないかと思いました…」
まさかあなたが直接助けに来てくれるなんて思ってなかった。
あの男が触れるたび、これが竜崎ならいいのにって思っていた。
怖いとき、私は竜崎の名前ばかり呼んでいた。
…今更自覚したが、私は自分で思った以上にあなたに心を奪われているらしい。
なんでなんだろう。ほんと、自分でも笑ってしまうくらい。
「…無事でよかったです」
竜崎が小さな声で呟いた。私はようやく顔を上げてゆっくり彼の方を見れば、竜崎もまたこちらを見ていた。
目が合う。ああ、私が苦手この上ないあの瞳。
私の気持ちなんて見透かしてるぞ、と言われてるような目。
「本当によかったです…」
「しかしあの状況で犯人を変態呼ばわりなど、やはりあなたの気の強さは別格ですね」
「だ、だってわけわかんない事言うし…」
「とんでもない虫に好かれましたね。ストーカー最上級です。」
「…いやほんとですよ…はあ。平和に暮らしてきた一般人なのに…」
「私もまさかと思いましたよ。あのJのトップが組織巻き込んでの求婚とは。」
「飛び蹴りするような女相手なんて、特に考えられない、ですよねぇ」
以前言われた言葉を嫌味っぽく笑って返してやった。
竜崎は小さく笑う。
「…いえ、今なら理解できます」
小さく呟いたその声に、心臓の音はこれまでかと言うほど早まった。
それ、どう言う意味で言ってるの?いい方に捉えていいのかな…
そう聞きたいのに勇気は出ない。声を出せれない。なんと自分の臆病なこと。
普段の気の強さは、あなたの前では皆無となってしまう。
「…あなたを家に送ります」
言われた途端、はっとした。竜崎はまた私から目を逸らし、どこか一点を見た。
「あなたが使っていたものはまた後日全て郵送します」
「あ…そ、っか。もうJは壊滅したんでしたね…」
動揺する心臓を誤魔化すように、私はあえて笑って答えた。
そうだ、もう私は竜崎のそばにいる理由がない。初めからそうだった、私の安全のために匿ってくれたのだ。
あの部屋に戻ることはない。
車から夜の街が見える。確かに、気がつけば私の知る道だ。自宅は近い。
「もう安心してよいかと思います。アジトは全て割り一人残らず逮捕にこぎつけましたし、少なくともあなたに執着していたのはあのトップだけですので」
「はい、よかったです…」
「ようやく元の日常に戻れます。よかったですね」
「はは、外に出れなくてストレス溜まってましたからね!」
笑いながら、なんとも言えない喪失感に襲われた。
朝起きればすぐにあなたに会って、一日中共に過ごした。
そんな日々はもう二度とかえってこない。
事件解決は嬉しい事なのに、私はひどく動揺した。
「…竜崎も、ワタリさんも、本当にありがとうございました!私が無事で生きてるのはお二人のおかげです」
運転席からワタリさんが優しく笑う。竜崎は笑う事なくどこかを見ていた。
「楽しかったです。凄く。最初は戸惑ったけど」
正直嫌いだった。しかしいつの間にか彼に抱いた恋心は、大きくなる一方で。
…今はもう、抱えきれない。
竜崎は何も言わずじっと前だけを見ていた。そんな彼を盗み見る。
ねえ、何か言って。
…言ってよ。
私は俯いて自分の拳を見つめた。
しんとした静寂の中に、車のエンジン音だけが響く。
私の心の訴えとは裏腹に、竜崎は何も言わない。
私も言いたいことがたくさんあるのに、何も言えない。
車はゆっくりと停車した。気がつけば、懐かしい自分のアパートの前に止まっていた。
ああ。ついてしまった。
茫然としてる私にワタリさんが声を掛ける。
「初めにJに鍵を奪われたでしょう。管理会社に連絡して、鍵は変わっています、どうぞ」
彼の手には部屋の鍵が握られていた。私は慌ててそれを受け取る。
「すみません!ありがとうございます!完全に忘れてました!」
「いえいえ。…少しお待ち頂けますか。念のため、あなたのアパート周りに不審な者がいないか確かめてきますので」
「え…」
ワタリさんはそう優しく微笑むと、帽子をかぶって車の扉を開けて外へ出た。
「お待ちくださいね」
「あ、ありがとうございます!」
彼の気遣いだ、と分かった。きっと私の恋心はお見通しなのだと。
車の扉が閉められ、ワタリさんは歩いていく。
取り残された私と竜崎は、やはり目を合わせることなく黙っていた。
「…あの、竜崎たちは、またあのホテル移動するんですか?」
意を決して話しかける。
「はい。元々色々なところを転々と移動して拠点を変える生活でしたので。またすぐにでも他のところへ移ります」
「そう、なんですか…」
再び流れる沈黙。竜崎は何も言わない。
…どうして、何も言ってくれないの。
名前すら知らない人。私を助けてくれた、大切な人と呼んでくれた。
でも今、私たちの関係は何なの??
ここでこのまま別れてしまったら、もうあなたを探し出すことはできない。二度と会えないかもしれない。
「〜あの竜崎!」
痺れを切らした私が竜崎の方を向く。
「で、電話番号とか教えてくれませんか?私今携帯ないから…すぐ契約して、そしたら…」
声が震えているのが自分でも分かった。竜崎はゆっくり私を見る。
そして身体ごと、私の方に向き直った。
正面から竜崎に見られ、私は言葉を止める。
「…あなたに黙っていたことがあります」
「…え」
竜崎は言った。
「私はLです」
予想外の言葉に、思考停止する。
L
世界の名探偵、最後の切り札。
竜崎が、L??
目を見開いて彼を見た。竜崎は真顔でじっと私を見ている。
……ああ、そうだったの。
今まで疑問に思っていた謎はその一言で全てが解けた。
無駄にお金持ちだし、警察に権力あるみたいだし、やたら自信家だし、名前すら隠すし。
あなただったの。L。
あなたがLだったの。
驚きと共に沸いたのは、絶望だった。
彼が今、このタイミングでなぜそれを私に告げたのか分かった。
気づかないわけにはいかなかった。
これは、竜崎の優しい「拒絶」なんだと。
そりゃ滞在地も頻繁に変えるだろう。
電話番号も教えられないだろう。
…こんな一般人の女と、恋愛なんか出来ないだろう。
彼は気付いている。私の要望に。これからも、あなたと共に生きていきたいという気持ちがバレている。
それの、答えなんですね。L。
彼は特別な人なんだ。世界をも変えられるほどの人。
「…なるほど、そういうことなんですね…」
「黙っててすみませんでした」
じゃあ、私の恋心をどうしてくれるのよ、なんて。
じゃあ、何でキスして大切な人と呼んだのよ、なんて。
責められるわけない。
なぜなら、彼の誠意が感じられたから。
別に今ここで私にLだと告げなくても、適当な電話番号を言ってトンズラすればいいだけの話。
でも彼はLだと教えてくれた。そこには多大なリスクがあるはずなのに、私を信じて教えてくれた。
今彼にできる精一杯の誠意なんだと、私は気づいていた。
目を逸らさず私を見つめる竜崎の姿を目に焼き付ける。
白い肌、黒いクマ。
猫背に無造作な髪。
いつも同じの白い服にジーンズ。
笑っちゃうくらい、私なんでこんな変な人が大好きなんだろう。
「…わかりました。そりゃ電話番号も教えられないですね」
「すみません」
「ううん。これでスッキリしました。竜崎の謎が解けた。」
泣きそうなのを堪えて笑った。彼は私が笑ってる方がいいと言ってくれたから。
あなたの記憶最後の私は、笑顔でありたい。
「大丈夫、絶対誰にもいいません。こう見えて口固いんですよ!」
「よろしくお願いします。うっかり口を滑らさないように」
「さすがの私もこれだけは大丈夫ですよ。竜崎には死んでほしくないから」
窓の外で、ワタリさんがゆっくりこちらに歩いてくるのが見えた。
別れの時だった。
「竜崎、私楽しかったです!一緒に暮らしてたの。」
「私もです愛さん」
彼の口からその名が出たのはあの日以来だった。
ああずるい人だ。最後にそう呼んでくるなんて。
あなたはずるすぎる。
いつでもそう。私の気持ちを、振り回すんだよ。
私は耐えられなくなって、そのまま車を出た。
ワタリさんが立っている。
最後の力を振り絞って、笑顔を作った。
「ワタリさん、お世話になりました!」
「いえいえ。…お疲れ様でございました」
丁寧にお辞儀する紳士に私も頭を下げると、振り返らずに足早にそこを立ち去った。
竜崎は呼び止めなかった。
一歩一歩、あなたから遠ざかる。竜崎がじっと私の背中を見てる気がした。
そのまま私は見慣れたアパートに入り、ワタリさんからもらった鍵を使って部屋に入った。
車のエンジン音が遠ざかる音が響いた。
1ヶ月以上も主をなくしてた家はひっそりとしていた。
ワンルームの部屋は前出てきたまんまで、洋服や化粧品は出しっぱなしで散らかっている。
ふらつく足で何とか電気をつけると、そのままそこに倒れ込んだ。
ようやく泣くことを許された私は、ポロポロと流れる涙で床を濡らす。
誰も責めれない。誰も悪くない。
ちょっと恋した相手が悪かった。世界の人だったとは。
「…でも…悲しい…」
こんなに人を好きになったの、
初めてだった。
「…竜崎………」
名前も年齢も何も知らない人。
もう二度と会うこともない。
いつも変な座り方でケーキばかり食べて、時々私に笑いかけてくれる竜崎。
泣き声が夜に消える。大きな喪失感に体が溺れる。
私ね、あなたをもっと知りたかった。
あなたが他にどんな顔をするのか。
あなたが他にどんなものが好きなのか。
もっともっと。一緒にいたかったんだよ。
でもさようなら、竜崎。
私は確かにあなたが、
大好きだった。
