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「呼びましたか」
抑揚のない声が聞こえた。
はっと目を開けた途端、目の前にいた男が右に吹っ飛んだのが見えた。
その背後に立っていたのは、紛れもなく、
「…竜崎…?」
ポカン、としてまたその名前を呼んだ。
竜崎はあの猫背で足を蹴り上げていた。奴がそれで吹っ飛んだのだとようやく理解する。
チュッパチャップスを口に入れたまま、彼はいつもと変わらぬ表情でこちらを見ていた。
「う、そ…」
茫然と呟くも、はっとして倒れ込んだ男を見た。派手に床に倒れている。
しかしすぐに顔を上げた。その顔は無表情ながらも怒りを感じる、おぞましい顔だった。混乱もせず冷静な顔をしてるあたり、やはりこいつは只者じゃないというのが分かる。
男はすぐさまポケットを漁った。はっとして竜崎の名前を叫ぶ。
が、すぐに男は動きを止めた。
彼の頭に銃口が当てられたからだった。
「Do not move」
低い声が響く。
男の後ろにいたのは、背の高い外国人だった。
「ま、マイク!」
私が驚いて呼ぶと、マイクは少しだけ私に微笑んで見せた。
男は真顔でゆっくり両手を上げた。
マイクはニヤリと笑う。
「竜崎、私たちの仕事取らないでくれる?」
もう一つ、高い声が響いた。その主に目を向けると、
「メリー!か、体大丈夫なの…!?」
メリーだった。
彼女も拳銃を持ったまま出入り口に立っている。ひらひらと私に手を振った。
「かすり傷よ。あんなの。」
ほっとする。元気そうな顔は以前と何も変わらなかった。
ああ、よかった、元気なんだ…!
「…何者だあんたら」
床に座ったまま両手を上げる男。メリーは近づき、ポケットを漁った。中には拳銃とナイフが入っていた。
「どうやってここが分かった。それに、この部屋に入るまでもセキュリティがいくつもあったはずだ。」
竜崎はゆっくり男に近寄りしゃがみ込む。
「あんなのものの数分でした。」
「そんな馬鹿なことがあるか。」
「本当です。そして、先ほどJのアジトには警察が入り中にいた者は全て逮捕されました」
「……」
「3カ所。今回はアジトを3つに分けたんですね。残念ですが全て把握できました」
男の顔が初めてすこし歪んだ。
「壊滅です。」
竜崎はキッパリと言った。
男はそれでもあまり表情を崩さなかった。じっと竜崎を見ている。
「まさかあのJのトップが一人の女性にこれほど執着して組織を巻き込んでまで追うとは。正直あり得ないと思ってましたよ。」
竜崎はチュッパチャップスを口から出してゆらゆら揺らす。
「誘拐された4人も無事保護しました。終わりです。」
竜崎はそう短く言って立ち上がる。マイクは男の手を下ろして拘束した。
「おい、お前竜崎と呼ばれてたな」
「はい」
「何者だ。彼女とどんな関係なんだ」
竜崎はゆっくり振り返る。冷たい目で見下して言った。
「あなたに言う義理がありますか」
男は竜崎を睨み続けた。マイクとメリーは厳重に彼を拘束する。
「すぐ警察が来るわ。大人しくしといて頂戴。」
メリーはそう言うと。なんと、彼の後頭部を思い切り蹴った。
それはそれは見事な手加減なしの蹴りで、そのフォームは美しかった。私の素人の蹴りとはまるで違う。
男はどんと床に倒れて動かなくなる。
呆気にとられて私はそれを見た。
メリーは悪びれもなく言った。
「あのJのトップよ。気でも失っといて貰わなきゃ、最後まで油断ならない」
「…メリー。狙撃された恨みと正直に言ってください」
「はは!バレた?揉み消しといてね、竜崎」
メリーは笑って肩をすくめた。
ゆっくり、竜崎が私を見る。
私はついびくっとする。
竜崎はこちらへ歩いてくると、私の腕を強く掴んで体を起き上がらせた。そして一言、
「馬鹿!」
吐き捨てた。
竜崎は私をじっと睨みつけて続けた。
「なんて馬鹿なんですか。あなたがここまで馬鹿だと思いませんでした」
「ご、ごめんなさい…」
「そして私との約束を破るような人だとも思いませんでした」
「ご、ごめんなさい…」
竜崎に迷惑を掛けて心配かけた。私は彼の約束を破って自ら危険に突っ込んでいったのだ。さすがに何も言い訳ができない。
はあーと大きくため息をついて、竜崎は俯いた。
「話した私も馬鹿でした」
「…ごめんなさい…」
謝るしか出来ない。彼に呆れられてしまった。
竜崎はまたふうとため息をつくと、小さな声で言う。
「…いえ。自分のせいで4人もの命がかかってると聞けば、そう行動したくなる気持ちも分かります」
「……」
「しかし私を信じてくださいと言ったのに信じなかったのは正直ムカつきます」
座った目で竜崎は言った。私は慌てて否定する。
「き、きっと竜崎なら突き止めると思ってましたよ…ただ、24時間以内ってのが厳しいかもって…Jに捕まっても、しばらくしたらまた保護されるだろうって思ってたんです。とにかく4人を助けなきゃって…」
まさかアジトとは違うところへ連れてこられるのは予想外だったけど。
「でも、よくここが分かりましたね…?部下も誰も知らないって言ってたのに…」
「当然です。私を誰だと思ってるんですか」
「へ……竜崎、ですね……」
「……………そうでした」
竜崎は小さく呟くと、私の頭にゆっくり手を置いた。
「…生きた心地がしませんでした…」
少しだけ微笑み、私を優しく見つめた。
その顔を見た瞬間、どっと抑えていた恐怖が襲う。
目がじんわりと涙を溜めた。
「うう〜…怖かったぁ…」
「さすがのあなたも怖かったですか」
「当たり前ですよ!まさか佐藤くんだったなんて〜…」
「私も迂闊でしたね。あなたからその存在を聞いていたというのに、あまり信じてなかったので」
「へ!?信じてなかったんですか私のモテ話!」
「はい、すみませんが実を言うと」
「ひどい!」
「と、いうか、どうせあなたの思い込みだろうと」
「どうせって何ですか!」
「謝ってるじゃないですか。…さて、警察が来ては色々厄介なので、ここはマイクたちに任せて出ます。外でワタリも待ってますよ」
「あ、ワタリさんも…。嬉しい〜」
「拘束されては得意の蹴りも出せませんね…すみません、すぐ解きます」
竜崎は私の手足にようやく気づき、拘束を取ろうと手を伸ばした。が、すぐに止まる。
「……」
「竜崎?」
「…パジャマ?」
彼はじっと私が着ていた白いパジャマを見つめた。
「え?あ、なんか気を失ってるうちに変わってて…発信器とかないか調べたって…」
私が言うと、竜崎はピタリと停止した。
「…竜崎?」
私が名前を呼ぶと、彼はゆらりと立ち上がった。
マイクとメリーにガッチリ拘束されている男を見て言った。
「もう一発、入れます。」
そう宣言して、すでに気を失ってる男に、竜崎はもう一度蹴りを入れた。
マイクの焦った声が響いた。
外で見張りをしていたワタリさんに合流し、私と竜崎はそこから立ち去った。
優しいワタリさんの顔を見たら、これまた一気に安心感で泣けてきてしまった。
男はメリーたちが警察に引き渡すようだった。竜崎が言っていたように、他のアジトも今回は逃げられる前に警察が突入、メンバー全てを逮捕し、人質たちも無事保護された。
