空は快晴。雲一つ見えない気持ちのいい青。

 さすがに夏は超えて、秋の顔を出してきたここ最近だがそれでも日によっては十分暑い。特に昼間はまだまだ気温は上昇する。

 特に今現在私は大変暑い。贅沢にもエアコンを効かせてもらっている。

 長く伸びた髪をゴムで纏め、その毛先が体が動くたびに背中に当たるのが分かる。

 息は切れ切れだ。身体中の毛穴から汗が出て肌の上をつたっていく。苦しさと暑さで頭がくらくらしそうだ。

 それでも目の前にいる美女はあまり汗もかいてないし息なんて乱れていない。私がいかに体力がないか思い知らされる。

 そろそろ力が入りにくくなってきた足をなんとか踏ん張り、私は片足を突き上げた。

 大きな窓ガラスから見える青空は爽快だ。この高層マンションから見る景色はいつ見ても別格で飽きることはない。ここに来てもう2ヶ月が経つが、毎日圧倒される景色。この辛い特訓には、いい緩和剤になっていると思う。

「オーケー終了!」

 ジェシーの声が響いた瞬間、私ははあーと息を大きく吐いて座り込んだ。肩が上下するほどに激しく酸素を吸い込む。苦しい! ジェシーは少しだけ笑って言った。

「##NAME1##は筋はいいんだけどね。圧倒的に運動不足ね」

「じ、自覚しております…」

 だって、目の前のジェシーは全然平気そうだもの。私だけこんなにヘロヘロでバカみたい。

「イギリスでも家にトレーニングルームあるんでしょ?」

「そうだけど…時々気分転換に使うくらいで、こんなに本格的に体動かしてない」

「太るわよ」

「言わないで」

 もう一度大きく息を吐いて天井を見上げた。その時、背後から声が聞こえる。

「終わりましたか」

 エルの声だった。10分に一度は様子を見にくる彼、ちゃんと仕事進んでるのかな。

 私はくるりと振り返る。やはり、黒いクマが出入り口からこちらを見ていた。

「エル、今終わりました」

「そうですか。お疲れ様です」

「シャワー浴びたら戻りますから」

「わかりました、なるべく早くお願いします」

 そういうエルの発言はもういい加減慣れたとばかりに、ジェシーは苦笑すらせずスルーしてタオルで汗を拭いた。



 イギリスから日本に来て2ヶ月。

 初めは摩訶不思議な依頼の為に来日したものの、その事件はあっという間に解決。その後はゆっくりしていたのだが、私が誘われた高校時代の同窓会が行われたホテルでテロが発生した。

 それもさすが、エルが無事解決してくれたのが1ヶ月前だ。一時期はテレビというテレビがあのホテルの占拠について報道したが、最近は落ち着いてきた。

 さてそろそろイギリスに帰るか、と思ってたところに、テロに巻き込まれて台無しになったクラス会をやり直そうという連絡が届いた。

 エルは、「また私の苦悩が始まる」とかブツクサ文句を言いながら、「せっかくなので参加してはどうですか」と促してくれた。

 一度参加したから十分、と断ったけれどエルは勧めてくれた。

 その気持ちが嬉しくて…そしてやっぱり実はクラス会に参加したかったのもあり。

 私たちは未だ日本に滞在している。



 さて例のテロが起こった時、私はその計画者である男と関わる事となり、エルを死ぬほど心配させてしまった。

 特に何もされず無傷で帰ってこれたのだが、以前誘拐された事もあり、二度あることは三度ある、という有名な諺が私を脅した。

 あれ、もしかしていつのまにか私コ○ンくん体質?事件呼んじゃう?

 そう怯えたため、とりあえず出来ることから始めようと思い立ったが防衛だ。

 ほとんど運動という運動をしてこなかった私はいざという時に抵抗したり攻撃したりする術もまるで知らない。

 まあ正直なところ今まで巻き込まれた事件、護身術があったとしても結果的に何も変わってないような事件なのだけれど、身に付けておいて損はないと思った。

 エルに提案すれば、彼も大いに賛成した。「あなたをもう危険な目に遭わせるつもりはありませんが、あるに越したことはありません」と。

 ではどこか教室に、と提案すればこれは否定された。「指導者が、もしくは同じ生徒に男性がいたらどうするんですか。護身術の見本だと言ってあなたに触ってくるかもしれませんよ」って、もうどんな心配。

 そこで名を挙げてくれたのがジェシーだった。先日の事件から見ても分かるが、彼女は相当しっかり訓練されている。Lの役に立つには必要なことだ、と言っていた。

 気の知れた友人に教えてもらえればこんな楽しい事はないし、エルの心配も何もないためすぐに決まった。

 広いマンションの一室をトレーニングルームとして、週に何度か教室を開いて貰っているのだ。彼女は柔道からみる受身や、キックボクシングなど幅広く教えてくれる有能な先生だ。

 だがここで一つ後悔。

…ジェシーは中々の鬼コーチだった。





 シャワーを浴び終えてリビングへ入ると、ワタリさんがパソコンの前で座って作業していた。こちらを向いて微笑む。

「お疲れ様でございます」

「ワタリさんお疲れ様です!」

「筋肉痛は感じないようになりましたか」

「あはは、最初よりは断然マシです!初日終わってから次の日動けないくらいでしたからね…」

 運動不足の自覚はあった。辛いけど、体を動かした後はどこか気持ちよく感じるまでになってきて成長ぶりに満足だ。

 私は冷蔵庫から水を取り出して飲む。火照る体に染み入る美味しさだ。ついふーっと大きな息を吐いてしまう。

 ようやくエルが座るソファの隣に移動し、ゆっくり腰掛ける。

「ようやく私の集中力が上がります」

「エル10分おきに見にきてるもんね…」

「あなたの姿が見えないと落ち着きませんし、動いてる##NAME1##さんの姿が神々しくて頻繁に見に行きたくなるのです」

「仕事してください」

「そこは勿論大丈夫です。ワタリ、no.1035 特定。これで確定だ」

 エルの声でワタリさんが立ち上がる。トレーニングを覗きに来ていたものの、ちゃんと難事件は解決してるらしい。さすがは最後の切り札だ。私は素直に感心する。

 エルは私が朝焼いたブラウニーを、生クリームをたっぷりつけて口に入れる。その口端が白くなる。私は少し笑ってエルに言う。
 
「エル、クリームついてる」

「どこですか」

「右の口端」

「とってください」

「いや子供ですか。拭いて」

「##NAME1##さんが食べてください」

 馬鹿!と言い捨てて近くにあるティッシュを手に取りエルの口に当てる。もうほんと、難事件解決してない時の人間レベルの低さ。

「##NAME1##さん。そこは、『もう、ついてるぞ』などと言って指で掬い上げてそれをあなたが舐めるところです」

「またどこかの少女漫画を鵜呑みにしてるね」

「もう一度食べますのでお願いします」

「わざと付けない!!」

 とんでもない量の生クリームをスプーンですくったエルを慌てて止める。エルの七不思議の一つなんだけど、その少女漫画知識どこで拾ってくるの?

 私に止められいささか不機嫌そうなエルが紅茶を飲み、話す。

「ジェシーの特訓はどうですか」

「スパルタです。でもおかげで上達が自分でも分かります」

「想像通りですね。彼女はそんな感じがします」

 まだシャワーから戻らないジェシー。言われてますよ。

「まあ護身術を身につけておいて損はありません。今度またあるクラス会で男に口説かれでもした時相手をぶちのめせます」

「まず口説かれないしクラスメイトぶちのめさないし。エルぶちのめすなんて言うの珍しいね」

「あなたに近寄る男はみなそうしたいのですよ」

 いつまでも怖いほどに嫉妬深いこの人は一体いつになったら落ち着くのだろう。私は呆れてエルを見た。

「ああ、##NAME1##さんに抱きついた松田などぶちのめさなかったのを後悔してます」

「じ、事件に巻き込まれた私を心配してたんじゃないですか…あんなに協力してくれたんだし」

 テロ事件の後強く抱きしめられたのを思い出す。確かに強い抱擁だったけども。あれは仲間としてで、そこに恋愛感情なんか一切ないのだ。それを、この男はいつまでもぐちぐちと文句言っている。

「そういえば彼らとはもう会わないのですか」

「え?ああ…落ち着いたらイギリスに帰る前にみんなで食事でも、って言ってるけど、なんかまだまだ忙しいみたいでみんな予定が合わなくて…」

「前代未聞のテロ事件ですからね。その組織のボスも判明しましたし、世間では落ち着いてますが警察はまだまだ混乱ですよ」

 それもそうか。私は残念に思う。夜神さんたち、もう一度会えるといいけどなぁ。

 エルはパソコンを眺めながら聞いた。

「ところで次のクラス会は場所は決まりましたか」

「あ、うん!吉沢くんからメール来てたよ。今度はホテルじゃなくて、小さなお店を貸し切ってやるみたい」

「さすがにホテルはトラウマが蘇るでしょうからね」

「来週のお昼。ジェシーに送ってもらうね」

「そうしてください。時計を忘れずに。二次会などがあれば行ってきてもいいですが、必ず一人にはならないでください。ジェシーは近くで待機させます、移動なども彼女が尾行しますので」

「は、はい…」
 
 もし第三者がこの会話を聞いたらなんて思うだろう。多分私はどこの王族かと勘違いされる。

 エルはそう厳しく言うと、また生クリームを大口を開けて頬張った。そしてゆっくりこちらを見る。

…あれ。なにその視線は。

「##NAME1##さん」

「はい」

「付きました」

まだ忘れてなかったんかい!

 エルは先ほどより多くクリームをつけてこちらを見ている。完全に待っている、自分で拭く気はゼロと見た。

 私は苦笑して、Lの口端に派手についたクリームを人差し指ですくった。

 その瞬間嬉しそうに口角を上げたエルの鼻に、人差し指を押し付けた。

「………」

「あはは!」

 鼻にクリームをつけられたエルは、恨めしそうに私を見た。



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