ワイミーズハウス
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さてもう今日の仕事は終わりかと思っていたところへ新たな仕事が出来てしまった。
ところでケーキを作ると豪語したものの材料の方は大丈夫なのだろうか。何人かはいくらか材料を買って帰ってきているが…
さすがに日本語では通じないからワタリさんを呼ぼうかと思っていたところ、素晴らしいタイミングで彼は現れた。
優しく目尻を下げて私の元へ近づいてくる。
「光さん、ありがとうございました。すみません中々こちらへ来れず。修理に必要な部品を買いに出たりしてまして」
「ワタリさん!全然大丈夫です。冷蔵室はもういいんですか?」
「ええ部品も調達してようやく直りました」
「さすがワタリさん!」
「こちらの台詞ですよ。とても好評だったようですよ、アイリーンたちから聞きました。日本人はやはり料理が上手だと褒めてたので、彼女は特別上手いのだと訂正しておきました」
「お、大袈裟ですよ…」
恥ずかしくなりつつも嬉しくて顔が綻ぶ。お世辞でも好評だったと言われて素直に喜んじゃうな。
「エルをずっと放置ですが大丈夫ですかね?」
「彼はどこでも頭の中で仕事を出来ますから。さあ戻りましょうか」
「あのワタリさん、一人の子とケーキを作る約束をしてしまって…」
私は先程あった出来事を簡易的に彼に伝える。メロという名前をだしたとき、彼は少し表情を変えたように見えた。
何度か頷きながら聞いてくれる。
「なるほど、そういうことでしたか」
「アイリーンたちはまだ余裕ないだろうから作りたいんですが…」
「承知しました。私も手が空いたのでお手伝いいたします」
「え、いいんですか?」
「勿論です。材料を確認しに行きましょうか」
よかった、ワタリさんもついててくれればこれほど心強いことはない。思えば1時間は無謀だったし。
ほっと息をついて彼と材料の確認をしに行く。
さて、バースデーケーキとなればやはりショートケーキか。
…あの腕前で?ワタリさんがデコレーションしてくれればいいけど、もし彼が何かの用事でいなくなったりでもしたら私は終わりだ。メロって子に一目で舌打ちされるに違いない。それにさすがにタイミング的に苺はなさそうだ。
あまり凝ったものを作るほどの時間もない。
冷蔵室には中々の材料が詰まり始めていた。ケーキに必要そうなものは大体ある。好みをメロに聞いておけばよかった。
私はううんと考え、けれども時間もないので直感で思った。
チョコレートケーキにしようか。多分、嫌いなものがあればあの子なら始めに言ってくる気がする。きっとチョコが嫌いなんてことはないだろう。
幸運にも板チョコは業務用のものが沢山あった。何かのデザートに使う予定だったのだろうか。
私はワタリさんにチョコレートのケーキにすることを伝えてすぐに材料を運び出して取りかかった。
ワタリさんはお菓子作りに必要な物品を集めてくれた。相変わらずなんて気の利く人だろう。
思えばワタリさんと並んで調理するなんて初めてだった。きっと彼なら料理も出来るんだろうなと思っていたけれど動き出してその予想は超えていた。
何も言ってないのにチョコレートを砕き湯煎用のお湯を沸かしてくれる。さっと私に必要なボウルを差し出してくれる。手早くチョコを細かく刻んでくれる。
わお、本当にワタリさんって何でも出来るのね。
始めに1時間と言ったのは無謀だと思っていたが、彼と共に動けば無謀ではなさそうだった。
すぐにスポンジの準備は整いオーブンへ入れられる。
ワタリさんと調理しながら私はなんだか懐かしい気持ちになっていた。
なんだか…お母さんと料理してた時みたいだ。
キラ捜査中もほとんど一人で調理していた。誰かと並んで協力し合いながら料理なんて、久しぶり。エルとはケーキ作ったけどあれば料理教室だったしな。
ワタリさんの繊細で細かな手の動きがどこか安心感があって、懐かしくて、私は単純に楽しかった。
ケーキが無事完成した頃、ワタリさんは一度エルの様子を見に行くと言って食堂を出た。
ちょうど約束の時間の頃にケーキは完成した。メロを待たせずに済みそうだ。ふうと安心する。メロなら絶対、待つということをしなさそうだもんな。
ワタリさんの協力もあったためか中々の自信作が出来上がり、アイリーンたちも覗きに来てはオーバーリアクションで反応を取ってくれた。
私はほっと息をつきながら洗い物をしていると、突然背後からあの生意気そうな声が響いた。
「1時間」
振り返るとやはり、ブロンドが見えた。挨拶もなしに出る言葉がそれか。私は苦笑する。
メロはなんだか疑い深い目で私を見ていた。ほんと、なんて眼光の強い子。エルも目力は強いと思うけど、全然タイプの違う感じ。
「お待たせ、ちょうどさっき完成しました」
私は冷蔵庫で冷やしておいたケーキを取り出してくる。
フォークも添えて、彼に差し出した。
不機嫌そうに立っていた少年は私が差し出したものを見て、わかりやすく目を見開いた。
「はい、お誕生日おめでとう!」
「…誰に聞いた」
「え?」
「チョコのこと」
チョコのこと??私はキョトンとする。
メロは無言で私からケーキを受け取った。そしてその場で立ったまま、乱暴にフォークを刺して一口大きく頬張ったのだ。
「あ、ちょっと!座って食べなさい!」
「母親か」
メロはそう憎まれ口をたたきながらも、口をもぐもぐさせる。
見た目も完璧に出来たと自負していたケーキ、まるで気にせず彼は豪快にフォークを刺したな。もうちょっと見た目も楽しんで欲しかった。
しかしそんな私の気持ちも、次の瞬間どこかへ吹っ飛んだ。
ごくんとケーキを飲み込んだメロは口角をあげて、笑ったのだ。
…かっわいい。
私の素直な感想はそれだった。
正直なところ笑ったとこも無邪気な笑顔というような雰囲気ではないのだけれど。
あんな生意気な口を聞く少年がチョコケーキを食べて笑うなんて、それだけで可愛いではないか。
つい釣られて笑う。
「どうかな?」
「まあ、悪くない」
「ふふ、君の口から出たのなら最高の褒め言葉な気がする」
多分「凄く美味しいよ!」…なんて言うタイプじゃないだろう。彼にしてみれば悪くないは中々の褒め言葉上級に違いない。
メロはまた立ったままケーキを食べる。
「チョコ は好きなんだ」
「あ、そうだったの?偶然!というか、だから座って食べなさいって」
「正直くそまずいケーキ出してくる気がしてた」
「ほんと正直だね。私多分君よりかなり年上だよ?」
「だからなんだ」
「…なんでもない」
話しながら笑ってしまう。めちゃくちゃ口悪いし失礼なのに、この子がいうと許してしまうのはなぜなんだろう。不思議。
そういえば初めてエルにクッキーを作った時も、料理するのが意外って言われたな…わたしの第一印象ってどうなってるの。
「まあ気に入って頂けたならよかったです。改めてお誕生日おめでとう、メロ」
メロは返事もせず黙々とケーキを食べ続ける。私のいうことを聞いて椅子に座るつもりはまるでなさそうだ。
なるほど、エルも相当変わった人だけど、
やはりワイミーズにいる子って一筋縄ではいかないんだね。
彼は最後まで美味しい、とは言わなかったけれど、驚くスピードでケーキをそのまま食べ尽くした。私は細身の彼の体をチラリと見る。
甘いものも頭を使えば太らない、というエルのめちゃくちゃ理論、意外と本当なのかもしれない。
空になったお皿とフォークを私に差し出す。
「こ、この場で全部食べるとは思わなかったよ…」
私はお皿を受け取りながら苦笑する。でもまあ、やっぱり美味しかったんだね。
「名前は?」
「え?」
「名前」
突然聞かれ、私の事だと理解するのに少し時間を要した。
「あ、私?藍川光」
「今日だけのヘルプだって?」
「うん、そう。あれ、もしかしてこれからも食べたいなんて思ってくれた?」
私がからかうようにいうと、メロはまたわかりやすく面倒くさそうに顔を歪めた。
そして何も言わないままくるりと背を向けて歩き出す。
もう、愛想も何もない。でもまあ思春期なんてそんなものかな。
私は微笑みながらお皿をシンクに入れる。
「光」
突然呼ばれて振り返る。
メロが思い出したように私を振り返って見ていた。
つい面食らう。こんな年下な子に呼び捨てされる日がくるなんて、思ってもみなかった。いやでも、ここはイギリスだ、そう呼ぶのが普通なのか。
「英語ぐらい話せたほうがいい」
「…肝に銘じておきます」
私が素直にそう答えると、メロは片方だけ口角を上げてニヤリと笑った。そして今度こそ、厨房から出て行ってしまった。
…なんて変わった子なんだ。
ふっと笑う。でも憎めない、面白い子だった。