ワイミーズハウス
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「広い厨房ですね…!」
中に入りため息をついた。食堂自体広々としていたが、こういった場所の厨房など入る機会はないのでそちらに驚かされる。
目の前のコンロには大きな寸胴鍋が置かれている。凄い!実際こんな大きなのは見た事ない。業務用なのだろう。こんな時だというのに大鍋をかき混ぜる魔女の姿を妄想した。
私はとりあえず手をしっかり洗う。
アイリーンさんは早速両手で大きな箱を抱えてどしんと私の目の前に置いた。笑顔でワタリさんに何かを言っている。箱を除けば、人参やじゃがいもなどの野菜が多く入っていた。
冷蔵室保管でない無事だった野菜たちなのだろう。
「光さん、ランチの食事を適当に頼む、とアイリーンが言っています。当初作る予定だったメニューは材料が足りないから、あなたに任せると。パンはあるからそれに合う物を。少ししたらそれなりの量の鶏肉だけまず届くようです」
「……へ!?」
つい驚いてアイリーンさんを見る。彼女はニコニコと笑って親指を立てた。正直、野菜の皮むきとかの雑用をするのかと思っていたのだが、まさかメインを作らされるの!?
「わ、私が料理していいんですか?こんな大人数分の料理作ったことないんですけど…人数ってどれくらいいるんですか?」
ワタリさんがアイリーンさんに通訳するが、彼女は笑ってまた親指を立てた。ワタリさんも苦笑して私に伝える。
「日本人は料理が上手いから大丈夫、とのことです。すみません、あなたをアイリーンに紹介する時に料理が得意だと私が言ってしまったせいもあります」
「……」
そしてワタリさんの口から告げられた生徒数を聞いて一瞬意識は宇宙に飛んだ。正直どれくらい作ればいいのか素人には見当もつかない。
「ここにある鍋二つに一杯作れば足りる、とアイリーンが言っています」
まさかこんなことになるとは。
目の前の段ボールを見つめる。まず大量の野菜たち、皮剥くだけで凄い時間がかかりそう。
だが自分で言い出した事なのだし…ここで無理だと言うわけにもいかない。
「わ、分かりました、頑張ります」
「アイリーンも副菜を作りながら手伝うと言っています。あと彼女は夕飯の下ごしらえをもうやっておきたいようで」
「そ、っか、夕飯もありますもんね。分かりました」
「私は冷蔵室の故障を直してきます。せっかく食材が届いても保管できなければまた無駄になってしまいますので」
ワタリさんは申し訳なさそうに言ってくる。私は早速人参を手に取って笑顔を返した。
「大丈夫です。通訳必要な時は駆け込みますね!」
ワタリさんは丁寧にお辞儀したあと冷蔵室に入っていく。ところでワタリさんもロジャーさんも、困った時は偉い人なのに手伝ういい人たちだなぁ、なんてぼんやり思った。
いやいや、そんなことを考えてる暇はないぞ。私は目の前の野菜の山を見た。
とりあえず時間もないので皮むきを始める。手を動かしながら何を作ろうか考えを巡らせる。
パンに合うなんて…せめて日本食ならいいのに、難しい…
やはり王道のシチューか。いや、冷蔵室がダメなら牛乳もバターもダメになってるだろう。
少し離れたところでアイリーンさんは慌ただしく動き回っている。見れば奥にも2名人はいたがこちらに気をかける余裕もないほど動き回っていた。
ふとアイリーンさんの足元を見ると、他にも段ボールがいくつかおかれている。一度手を止めてそこを覗きに行った。
常温保存の野菜たちがいくらかある。
「あ、トマト」
大量のトマトがある。私はアイリーンさんに声を掛けた。
「これ、使ってもいいですか?」
つい日本語で言ったが、彼女は通じたらしい。笑顔を見せて私に段ボールごと手渡してくれた。
よし、トマト煮込みにする。鶏肉と野菜をトマトで煮ちゃえ!
私は心に決めると持った段ボールを運んで皮むきに戻った。
それからは怒涛の時間だった。
少しして届いた大量の鶏肉を見て正直青ざめた。それをカットする手間もかなり要すると思ったのだ。
しかしそこはアイリーンさんたちも手伝ってくれた。メインにタンパク質なしでは駄目だもんね、肉は重要だ。
まさかワイミーズを見に来てこんな大人数の料理を作る羽目になるとは夢にも思ってなかった。キラ捜査の時の人数なんて比べものにもならない。
時間が非常に厳しかったため、小さく切った野菜たちはレンジで加熱してから鍋に投入した。たったこれだけの過程を進めるだけなのにかなりの疲労だった。
大量の食材が入った鍋の中身をかき混ぜまるだけで二の腕が辛い。日々の運動不足がここで仇となる。
ああ、私が食べてた給食もこうしておばちゃんが作ってくれてたのね。今更ありがとう。
そんなどうでも良いことを思いながら、とりあえずランチタイムに間に合うことを祈りながら必死に調理を続けた。
そして、ランチタイム直前。
大匙なんて次元の量でない調味料たちを鍋にぶちこみ、アイリーンさんに味見もしてもらって完成した。
さすが外国人、味見で食べたあと彼女は大きく両手を広げて私を抱きしめた。とりあえず口には合ったようだ。
それを大量のお皿に取り分ける。これまた明日絶対筋肉痛だろうなと思うほどの重労働。お玉をこれほど重く感じた事は未だかつてなかった。
その頃には食材の手配に行っていた人たちも何人か戻ってきていて、私を手伝ってくれた。英語はわからないけど口々に感謝を述べてくれてるのは雰囲気で分かった。みんないい人そうな人たちだった。
そしてようやく子供達が食堂に押し寄せる。
どうやら昼食は時間差になってるらしく、始めは小さな子達ばかりが入ってくる。走りながらキラキラした顔でお盆を取っていく様子はつい微笑む。
厨房の中からこっそり様子を伺う。アイリーンさんに味見はしてもらったけど、やはり不安は付き纏う。国境という舌の違いは思った以上に大きな壁なのだ。
だがしかしみんな笑顔でスプーンを口に運んでくれた。それを見てホッとする。
ああ、給食のおばちゃんもこうやって残さず食べてもらったら嬉しかっただろうな、なんて…また給食のおばちゃんに感謝。残した事あってごめんなさい。
いつのまにか額に浮いてた汗を軽く拭くと、晴れ晴れとした気持ちになった。
「す、凄い時間だったあ…」
私はシンクを洗いながら呟く。アイリーンさんが慌てて駆け寄り何かを言ってくる。多分、そんな片付けいいのよ!…ってとこだろうか。
「いえ、大丈夫!あと少しだから」
私が笑顔で言うと彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。今日ここで働いてよくわかった。英語ってさほど重要じゃない。
アイリーンさんは英語だし私は日本語だけど、ワタリさんの通訳をお願いしなくても結構通じた。きっと彼女もそう思ってる。
そう思うと、国境なんてそう大きな問題じゃないんだなあ、なんて…
嬉しく微笑んでいるところに、声が響いた。
「It is a person seeing it for the first time(初めて見る顔だ)」
ふとその声を振り返る。
一人の少年が立っていた。
まずあまりに綺麗なブロンドに目が行く。サラサラとした金髪は、日本では中々お目に掛かれないし、やはり染めた偽物とはまるで違う。
年は14.5くらいだろうか。少年と青年の間、という感じだ。どこか小生意気そうなのが表情を見てわかる。
「あ…えっと、ごめんなさい、アイ…」
「日本人か」
アイリーンを呼ぼうとして少年が言葉を被せた。綺麗な日本語に舌を巻く。
「す、すごく日本語上手なんだね」
「それくらい普通だろ。あんたは英語話せないみたいだけど」
なんと、やはり生意気な。
しかし私はそれが可愛らしく見えてぷっと笑った。
「ごめんなさいね普通じゃなくて。私は今日限りのヘルプで入ったの。冷蔵室が壊れて朝からバタついてたから」
「ふーん?」
目を細めてこちらを見る。なんだか強い眼光の子だ、綺麗な金色の髪と不釣り合いな表情。鋭い目は少しだけどきりとした。
「どうでもいいけど、エマは?」
「え?」
私が首を傾げた時、奥からアイリーンがやってきた。少年を見てあっと駆け寄ってくる。
何やら早口で彼に告げる。彼はかなり分かりやすく不機嫌に陥った。眉を潜めて口を歪ませる。
せっかく綺麗な顔立ちが勿体ないと思うほどの顔だった。でもまあ、分かりやすい素直な子ともいえるな。
少年はチッと舌打ちすると、厨房から出ていこうとする。私はなんとなくその後ろ姿に声を掛けた。
「何かあった?」
ちらりと私を見る。もうほんとに見るかに不機嫌だ、こんなに表情に出る子も珍しい。
「ケーキ」
「え?」
「エマがケーキ作ってくれる約束だったんだ。でも今はまだ夕飯の食材買いまわってて帰ってないってさ」
「ケーキ?食べたかったの?」
私が尋ねると、彼はつまらなそうに頭を掻いた。
「誕生日だから」
「………」
なんと。それは不機嫌にもなる。
誕生日ケーキがなしになったってことか。
彼はそれだけいうと何も言わずに立ち去ろうとする。慌ててそれを止めた。
「あ、待って!」
「ん?」
「えーっと、1時間くらいくれない?」
「は?」
「ケーキ。私が作るから」
聞いた彼は分かりやすーく目を細めた。何が言いたいのかすぐ分かる。作れるの?お前に?ってことですね。
あまりに分かり易すぎる正直な顔に笑いながら言った。
「ないよりいいでしょ?不味かったら捨ててもいいよ」
「…1時間な」
「うん、また来てくれる?あ、ねえ、名前教えて?」
私が尋ねると、彼はめんどくさそうに一言だけ言った。
「メロ」