鑑賞会
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「なるほどやりたい事とは。私はてっきりベッドへ行くのかと思ってたのですが」
「そんなわけないでしょう」
「そんなわけあると思ってワクワクしてた私の時間をどうしてくれるんですか」
「か、勝手に期待してただけでしょう!」
「…しかし光さんらしいです」
呆れてソファの上で爪を噛むエルに私は笑って見せた。
少し仕事が落ち着いている、と聞いた私は、それならば付き合って欲しいことがある、と彼にお願いした。
なるほど、エルが目を爛々と輝かせていたのは私と彼の間に大きな勘違いがあったらしい。
私は彼とソファに座ると、持っていたDVDを取り出した。見てみたくてワタリさんにお願いしていたのだ。
真っ暗な表紙には女性が叫ぶような顔が映っており、一目でホラーだとジャンルが分かる。
私は見てみたかったのだ、エルとホラー映画を。
キラ事件の時はそんな時間がまるで持てない日々だったので、つい顔が綻ぶ。
「しかし嬉しそうですね、本当に好きなんですね。」
「好きですし…エルと一緒にっていうのがやっぱり楽しみで仕方なかったんです」
「そんな可愛いことを言って…やはり映画は後にしてベッドに行」
「さ、再生しまーす」
ワクワクしながら再生ボタンを押す。部屋のライトも暗めにする。少しでも映画館のように感じられるように。
目の前にある巨大なテレビはあまり使われたことはない。言わずもがなエルはテレビなんか見ないし、私もこうしてDVDをたまに見るくらいだ。なんせ英語が分からなくてはイギリスの番組など見てもつまらない。
踊る心を落ち着かせてエルの隣に座り込む。彼はいつもと変わらない様子で爪を噛んで画面を見つめていた。
エルが怖がったりする事なんて絶対にないと分かってるけど、それでも楽しみなんだなぁ。
私はにやける顔を押さえて画面を見つめた。
「な…」
「終わりましたね」
「な、なかなか…」
「起承転結がよくまとまってる話でしたね」
「な、なかなかの良作ではないか…!」
暗い音楽と共に流れるエンドロールを見つめながら私は震える。
いい余韻だ、この複雑な余韻こそホラー映画の醍醐味!
「光さん目が輝きすぎだし言葉遣いも変です」
「こう、よくありがちなBGMどーーん!と大きくさせて驚かすのではなくあえて無音!無音の恐ろしさ!こっちの方が恐怖心を煽られる!ストーリーはまあそこまで珍しいとは言えないけど演出と女優が素晴らしくて!アホみたいな作り物とか派手な演出とかもあえてせずじわじわと迫る恐怖に拘ってる!」
「……」
「すっっっごく!!よかった!!」
そう断言して勢いよく隣にいるエルを見て、私はつい冷静になる。
未だ部屋のライトも暗い中、我を忘れて熱弁を奮ってしまっていた。エルはいつもとなんら変わりない表情で私をじっと見ている。
「……興奮しすぎました」
なんだか恥ずかしくなって小さな声で呟くと、珍しくエルは小さく吹き出して顔を俯かせて笑った。
しまった。また変なところを見せてしまった。
顔が熱くなるのを自覚して俯く。
「いえ。最高です」
「エルからかってますね」
「とんでもない。あなたは時々意外すぎる顔を未だに出してくるなんて。魅力が多すぎますよ」
「好きなんですよ…」
「好きとは知っていましたがまさかこれほどとは。あんなに熱弁を振るうあなたなど見たことありません」
エルはいくらか笑い続けるとようやく顔を上げて、微笑みながら私を見つめた。
とても優しい瞳。エル自身も、本当に嬉しそうで楽しそうだった。
そんな顔を見て、私もつられて顔が緩んだ。
「なんてことない生活が…私にとっては全てが尊い」
エルがゆっくり呟いた。
「あなたが笑顔でお菓子を焼く姿を見るだけで。外に少し散歩に出かけるだけで。共に寝るだけで。私にとっては幸福の他何ものでもありません」
まるで独り言のような小さな声でエルは呟いた。
なんだかとてつもなく愛おしく、嬉しく感じた。
あなたが死を覚悟した日
黙ってたけど、私も心に決めていたの
あなたがいない世界など無意味だと
私もこの名を書き込もうと
そんな死を受け入れた私たち2人が今こうして暮らしているのは、どこか不思議で現実味がない
しあわせすぎて、未だ夢の中のようだから
「…もっと、エルと色々したいことがあるんです」
「色々とは」
「そうですね、旅行とか、外食とか、家でイベントを2人でお祝いしたり、うーんあと何かなぁ」
「やりたいこと全部やりましょう。時間は沢山あります。」
「ふふ、そうですね。まず今日ひとつ、達成出来ました!ずっとやりたかったエルとの生活」
エルはすこし瞳を揺らす。
「…光さんには、外出すら出来ず、捜査ばかりでろくに時間も取れませんでした」
「そんなこと」
「これからは取り返します。どうしてもLである手前、普通とは行かないことも多々ありますがそれでもあなたとたくさんの事を経験したい。」
ゆっくりエルが私の手を握る。
未だ薄暗い中で、彼の白い肌がよく見える気がした。
「ですのであなたもこうしてやりたい事は全て言ってください。」
「…ふふ」
「どうしました」
「背後でホラー映画のエンディング流しながらなんて、なんか締まらないなぁって」
私が笑うと、エルも少しだけ口角を上げた。
私はようやくテレビを消し、部屋の電気を付けた。眩しさに目が眩む。
「でもほんと面白かったし嬉しかったです!つき合ってくれてありがとうございましたエル!」
「中々怖かったですよ」
「え、エルも怖いとか思うんですか?」
「ええそれはもう。あの髪の長い女性が目の前に現れたらと思うとゾッとします」
まるで表情を変えずにエルは言う。本当に思ってるのだろうか?エルがゾッとしてる姿なんて想像つかないんだけど…
「困りましたね」
「え?」
「大変怖かったです」
「え、そんなに?」
エルは爪を噛みながらゆっくり私を見た。
「一人でお風呂に入れません」
「……」
「というわけで光さん、一緒にお風」
「さ、DVD取り出そう」
「光さん、一緒に入りましょう、お風呂」
スルーも気にせず、エルはずいっと私に顔を寄せて強く言った。
…こいつ!絶対、怖くないくせに!!
私はぐっとエルを見返す。
「イヤです」
「シャンプーしてる間に鏡にあの女性が映ったらどうするんですか」
「これは作り物です、フィクションです、あの幽霊は女優です」
「こう言った類のものを見てると寄ってくるといいませんか。ああ恐ろしいです、私はもう一人ではいられません。光さん一緒にお風呂」
「絶対!!思ってないくせに!!」
私は慌ててソファから立ち上がる。さては初めからこういう流れに持っていくつもりだったな?
前も一緒に入りたいと言われた事はある。
断固!私は反対だ。
そんなの恥ずかしすぎる。明るいし洗ってる無防備な姿を見られるなんて嫌だ。女はお風呂で色々やることもあるのに。
エルは恨めしそうに私を見上げる。
「いいではないですか、もう全て見たことあ」
「エル、それ以上言ったら殴ります」
「それは殴るまでに言ってください」
「すみません手が早すぎました」
「怖いんですよ、私は怖いんです」
「こんなに見え見えな嘘も珍しいです」
「光さんが一緒じゃなきゃお風呂には入れません」
私に叩かれた頭をさすりながら、エルはしつこく言う。
出た、子供のような意固地。私はじっとエルを見つめる。
そして、にっこり笑った。
「エル」
「はい」
「よかったですね」
「はい?」
「全自動ヒューマンウォッシャーの出番です」
「………」
ワタリさんの発明がここ一番、役に立ちました。
今度からエルをホラー鑑賞に誘うのはお風呂終わってからにしよう。
私は心で固く誓った。
「私は今生まれて初めてヒューマンウォッシャーを恨んでいる」
その言葉通り恨めしそうに言うLを、私は首を傾げて見た。
Lは座った目で爪を噛んでいた。
ヒューマンウォッシャーは、私が開発したものだ。身の回りの事が何もできないLのために生み出した。中で座ってるだけで洗浄から乾燥まで自動でやってくれる。
正直なところこの機械に多大な恩があるのは私だ。もしこれがなければ、Lの入浴を私が手伝わねばならない羽目になっていた。
ただ。ここ最近はこの機械も出番が減っていた。彼の恋人が人間力を更生させようと、自分で風呂に入るようLを指導したらしい。
愛とは恐ろしい。あのLにそんなことをさせたなんて。
…と、話が逸れてしまった。
「何か不具合でもありましたか、L。というか、最近はあれは使ってなかったのでは」
「不具合なんてとんでもない。ワタリが作った物は何でも完璧に作動する」
「ではなぜ恨みが??」
私が尋ねると、彼はその口から恋人とホラー映画を見たことを告げた。なるほど、確かにDVDを入手した覚えはある。
そこまでは微笑ましいエピソードだった。なんらヒューマンウォッシャーは関係なさそうだ。
が、次にLが、ホラー鑑賞のせいで生じた恐怖心を理由に恋人と風呂に入ろうと目論み、それがヒューマンウォッシャーのせいで交わされてしまった、というオチに、私は少々呆れてしまう。
まずそんな計画、あの人がハマるはずがない。Lが幽霊を怖がるなんて、誰だって信じるわけないのだ。
そしてそんな小賢しい理由をつけて恋人と風呂に入ろうとするなど、世界のLが聞いて呆れる。
「L。その設定は無理があります。あなたが幽霊を怖がるなど、誰が聞いても嘘だと分かります。ヒューマンウォッシャーがなくても上手く行きませんでしたよ」
「……」
「それに、彼女が普段から拒否してることをそんな方法で許可させようなど、よくありませんよ」
「……」
Lは拗ねたように口を尖らせた。
犯罪者を追うにあたっての計画や罠は完璧に練れるのに、この人は恋愛になるとまるで子供だ。こんな穴だらけの計画を立てるなんて。
私は少しだけ、笑った。
「そんなに入浴にこだわらなくても。これだけ毎日ずっと一緒に過ごせるようになったのですよ」
私が諭すようにいうと、Lは手を伸ばして紅茶を啜った。
そう、今は彼女とほとんど二人きりの生活。Lが求め続けた未来が現実となった。
いつでもLのためだけにケーキを焼き、Lと共に寝、Lの隣にいる。
今まで叶わなかったことはたくさん叶っている。
そんな幸せな二人を見るのは、私の喜びでもあるのだ。
「…人間は欲深い」
ポツリとLが呟く。
「一つ叶ったらまた一つ、また一つと願いが増える。果てしない」
「……」
「ワタリのいうように、私は今幸せを手に入れてるのに。強欲だ」
「L」
ゆっくり彼の名を呼んだ。
「欲が深いことは、決して悪いことではないですよ。むしろあなたは今まで欲がなさすぎた、事件解決しか頭に無くて。
幸せを求めるのは人間の真理です。ただ、全てが叶うとは限りませんけどね」
私の言葉を聞き、Lは少しだけ微笑んだ。
そう、求めるだけは自由だ。
叶えばラッキー、叶わなければ他を求める。
人間とはそれでいい。L、あなたはそれでいい。
「…しかし諦められない」
Lが呟く。
「私の夢です。あの手この手を使わせてもらいます」
「…L」
「ワタリも何かいい案はありませんか。ホラーはもう使ってしまった。私が怪我でもすればいいだろうか」
「……」
「いやそうなれば彼女は自分は服を着たまま手伝うだろうな。それでは違う、私は共に湯船に浸かりたい」
「……」
「はあ…彼女がホラーや雷を怖がるような女性だったら簡単なのに…私の恋人は一筋縄ではいかない…まあそこがいいんですけど」
Lは執念深い。
入浴というたった一つの行為にこだわりが強すぎる。
さすがの私も、呆れずにはいられない。
「あ、ワタリさんこんばんは!」
風呂上りの濡れた髪でにこやかに笑いながら、彼女は入ってきた。
Lは途端にだまり、何もなかったように紅茶を飲む。
「ワタリさんが用意してくれたホラー、すっっごくよかったんです!」
「そうでしたか」
「ありがとうございました!」
目をキラキラ輝かせてお礼を言うその姿は微笑ましい。
私は基本Lの意思を尊重し彼を応援するが、
この入浴問題はさすがに女性であるあなたを支持しますよ。
恐らくLはこれから先もあらゆる方法で攻めてくるに違いない。
「…ん?どうしました、ワタリさん」
「いえ。なんでもありません」
首を傾げて私を覗き込む彼女を、今日は哀れに思った。