はじめてのおつかい エルVer
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「あの、エル。このすぐ前に小さな花屋さんがあるじゃないですか」
「ありますね」
「ほんとにすぐ前に。もう、エントランス出てちょっとでたどり着くとこに」
「ありますね」
「私ちょっとそこで買い物…」
「まさか一人で行くつもりですか?」
ピシャリと言い放たれて私は押し黙った。エルはパソコンから目を離してじっと私を見る。
「ワタリは今出てます。」
「は、はい、ちょっとだけ…」
「では私もいきましょう」
「え、エルは仕事がありますよ!!」
「やはり一人で行くつもりなんですね」
だって!私は心の中で叫ぶ。
本当に目の前にある花屋くらい、一人でもいいではないのか。私の心の叫びはエルには聞こえない。
少し前徒歩5分のスーパーに一人で買い物に行った時、心配しすぎたエルがワタリさんを使い尾行させていたことに後ほど気づいた。
忙しいワタリさんに申し訳なくて、その後は一人で外出はしていない。
しかしそこで諦めるつもりはなかった。私だって成人した大人なのだし自立したい。近い場所くらい一人で出歩けるようになりたい。
しかしこのエルという人は異常なまでの心配性で、こうして絶対に私の外出を許可してくれない。
もうほんとに。ほんとに。異常。
目の前の店に行くくらいいいではないですか、と断固訴えたい。
「すぐに戻ってきますから!」
「いいえワタリが戻ってきてからにしてください」
「エルは心配しすぎです!」
「当然です、外で何があるか分かりませんよ。拐われたりしたらどうするのですか」
「ちゃんとエルに貰った携帯持ってくし、こんな昼まで人通りもあるなら平気ですよ!」
「日本育ちのあなたは平和ボケしてます。この世界中昼夜場所問わず連れ去りは多発してるのですよ」
そう世界のLに言われれば何も言い返せない。私はぐぬぬと押し黙った。
しかし引き下がれない。私はこのままではダメ人間になりそうだからだ。
「おつかいくらいさせてください」
「そんなものしなくていいです」
「ちょっとだけです、子供でも出来るくらいの!」
「だめです。一人で買い物など。恐ろしいです。私ですらしたことないのですよ」
「それはそう…ん??」
私はキョトンとしてエルを見る。彼は相変わらずのL座りでソファに腰掛けていた。
聞き逃してしまいそうになったが。
「…エル、一人で買い物行った事ないんですか?」
「ありません。基本ワタリと一緒です」
ここにはじめてのおつかい未経験者がいる…!!
驚愕で目を見開きつつ、私はすぐに心の中で振り払った。
いや。お風呂すら満足に入れないような生活力のエルが、一人で買い物に行ったことないなんて想定内だ。
それに彼はなんといっても寝る時間ないほど多忙なのだし、それは致し方ないことのような気もする。買い物より世界の難事件を解いてくれたほうが世のためだ。
…でも、
これはもしや。
使えるのでは??
私はばっと顔を上げる。
「エル!あなたは一人で買い物に行く楽しさと喜びを知らないからそう反対できるんです!」
「…」
「一人の買い物って、勿論誰かと行くのも楽しいけど…こう、達成感あって素晴らしいんです!成長できます、だから私もいきたいんです!」
「…」
エルは止まったまま私を見ている。
よし、そうだ。買い物に行く喜びをアピールする作戦にしよう。私が楽しめるんだと分かれば、目の前の花屋くらいならエルも認めてくれるかもしれない。
力強く言った私をエルは大きな黒目でじっとりと見つめ、そして言った。
「分かりました」
「!エル…!」
「私一人で買い物に行ってみます」
「……は」
エルはゆっくりソファから降りる。予想外のセリフに私は停止した。
「それほど光さんが言うならばとても素晴らしいものなんでしょう」
「そ、そうだけど、いや、」
「行ってきます。思えば私も一度くらい体験してみてもよいかと」
Lはテーブルの上にあった個装されたチョコレートをいくつかポケットに入れる。どうやら本気らしい。
ええ、でも、エルが一人で買い物?
これだけ生活力のない人が??
…し、心配だ…
みるみる自分の顔が青ざめるのがわかる。
「え、エル、しかしお金は…」
「これがあります」
そう言って彼はジーンズのポケットから黒いカードを取り出して見せた。
…それは!
「ブブブブラックカードを財布にも入れないで!」
なんて適当な扱い!!ゾッとする!!
しかしエル本人は何か問題でも、と言いたげに摘み上げた黒いカードを見る。
「落としたりしたらどうするんですか!」
「その時はその時です」
「現金は…」
「私は持ってませんので。それに、このカードなら店にあるもの一気に買えたりできて楽なので」
店にあるもの全て!!?
どこの漫画やドラマですか!?
私は慌ててエルの手からカードを取り上げる。
「怖すぎます、とんでもないもの買いそうです!」
そして私ははっと思い出し、寝室に慌てて走った。以前スーパーへ行った時、ワタリさんに貰った現金の残りがあるはずだと思い出したのだ。
財布を覗けばやはりいくらかお金が入っていた。
私はよしと頷くと、それを持ってリビングにいるエルへ手渡した。
「エル!使うならこれを!」
「……20£しかありませんが」
「それくらいでいいですよ!とんでもないもの買ってきそうですもん!」
日本円にして2500円くらいだろうか。あとは硬貨がいくつか入ってるのみ。確かに子供か、と思われそうだけどエル一人にブラックカードよりずっといい。
「それでエルの好きなチョコレートでも買ってきてください」
「子供ですか私は」
「はじめてのおつかいなら子供と一緒でしょう?」
不服そうに口を尖らせるが、エルはすぐに私の財布をポケットに入れた。
「まあいいです、光さんの財布を使えるなどそうそうないので」
「ほ、ほんとに一人で大丈夫ですか…」
「ええ、とても楽しいらしいので楽しみですよ」
全然楽しみじゃなさそうにエルは言うと、さっさと歩き出して玄関へ向かう。私も慌てて追う。
「車には気をつけてくださいね?」
「はい」
エルは履き潰したスニーカーを軽く足に掛けると、私を振り返る。
「では行ってきます」
「…い。ってらっしゃい」
そんなありふれた挨拶が、実は初めて交わしたのだと気づく。なぜか恥ずかしくなって私はその黒いクマを見つめた。
エルは特に何も思ってないようにそのまま外に出て扉を閉めた。
…エルが、一人で出て行った。
なんだか流れでこうなったけど、でもいい経験だよね?
お風呂だけじゃなく、様々な人間としての生活を経験してもらわなきゃ、私やワタリさんに何かあった時困るのは彼なんだから。
うんそうだよ。ブラックカードも置いてったし、変なもの買わないだろう。
私はそう言い聞かせて振り返った時、ふと思った。
…いや。
ちょっと待って。
忘れてたけど彼はLだ。その顔はごく一部の人しか知らず、基本は正体不明の名探偵。
様々な難事件を解決してきたゆえ、犯罪者などから命を狙われているという。みな躍起になって彼の正体を探っているとか。
…そんな人を一人外に出していいのか??
一気に自分の顔から体温が引いた。普段はワタリさんがいて、彼は高齢ではあるものの狙撃の腕は凄いらしいし様々な注意を払ってエルを守ってるのだろう。
そのワタリさんなくして、世界のLが…?
私はとんでもないことをしてしまったのかもしれない!!
わっと思い出し急いで彼を追いかけようと扉に手をかけた瞬間、それが開かれる。突然のことに驚きのけ反った。
「…おや、すみません、光さん、大丈夫ですか」
そこに立っていたのはあの紳士だった。
「わ、ワタリさん!」
「どうされました、お出かけですか?」
「え、エルに会いませんでしたか!?」
「Lですか?いいえ」
私は慌てて今までの経緯をワタリさんに話す。彼はいつものように冷静に、そして優しく微笑みながら私の話を聞いている。
「だからその、もしかしてエルの身に危険が迫ったらって…!」
「なるほど、落ち着いてください光さん」
「わ、ワタリさん〜…」
「彼はきっと大丈夫ですよ。一人で買い物は初めてですが、一人で外出はしたことありますから」
「…え、そうなんですか」
それを聞いてほっと胸を撫で下ろす。そうか、はじめての外出ではないのか…
そんな私を見てワタリさんは優しく言った。
「ですが、気になるようでしたら…見に行きませんか」
「えっ」
彼は悪戯っぽく微笑んで人差し指を立てた。
「彼を、尾行してみましょう」
私はワタリさんに言われるがまま車に乗り込み、すぐに周辺を走らせた。
エルはすぐに見つかった。綺麗に整備された歩道をゆっくり歩いている。すれ違う人たちがたまに彼に目を奪われている。
とりあえず彼の無事を見てほっとした。ワタリさんがそんな私を見て微笑む。
エルは小さな本屋を見つけてふらりと入る。ワタリさんは少し離れたところに停車してくれる。
本を買うのだろうか、思えばうちの家の一室は世界中の言語で書かれた沢山の本が並ぶ広い部屋はあるが、エルがそれを読んでるのを殆ど見たことはない。
彼曰く「一度読めばすべて頭に入る」らしく、しかも読むのもかなり早いためさらりと読んではあとは飾りと化すのだ。
そんなエルが新しい本…何を買うのだろう、とワクワクしていたが、彼はすぐに手ぶらで出てきた。
お目当てのものはなかったらしい。
「エルならケーキ屋さんかなぁと思うんですが…」
私がいうと、ワタリさんは微笑みながら言う。
「しかし彼は最近光さんのお菓子があるからあまり市販のものは求めませんよ」
「…それもそうですね…食べる量も減ったし…」
「キラ事件がやはり最も食べてましたね。」
ワタリさんはまたゆっくり発車する。
でもエルから甘味をとったら、あとは何を買うのか見当もつかない。
エルはまたゆらりと街中を歩き、少し歩いたところで今度は高級そうな鞄屋さんに入った。
…20£しかないくせに!しかもあの出立で!
やはりというか、彼はすぐに手ぶらで出てきた。分かりにくいがやや不服そうだ、おそらく20£がいかに些細な額か今更がっかりしたに違いない。彼は金銭感覚がスポンと抜け落ちてるのだ。
あの格好で20£であの店に入るとは。メンタル強すぎだろ。
私は呆れて白い服の後ろ姿を見る。
ワタリさんがまたゆるやかに車を発車する。
その後もエルはゆるゆると街中を歩きながら目についた店に入っては手ぶらで出てきた。
雑貨屋や靴屋、どれも20£では足りないらしい。
そしてついに彼は、くるりと周り今まで歩いてきた道を帰ってきてしまったのだ。
…やっぱりカード、渡してあげればよかったかも…
今更ながら後悔する。せっかくのはじめてのお使いに、欲しいものが買えないんじゃ楽しくないよなぁ。思えばエルのお金なんだから店ごと買おうがどうしようが彼の自由なのに。
少し反省する。きっとエルはこのまま手ぶらで帰ってくるんだろう。彼に申し訳ないことをしてしまった。
「戻るようですね、私たちも戻りましょう」
「あ、はいワタリさん!ありがとうございました!」
「いえいえ、私も面白かったですよ」
そう彼は笑うと、ハンドルを切って家へと戻って行った。
一足早く家に着いた私はリビングで置かれたブラックカードを見ていた。
20£じゃあ何も買えなかったエルにため息をつく。
買い物の楽しさを教えたかったのに、これじゃあただの散歩だよ。
あの後せめてケーキくらい買ってくれてればいいけど…
私が落ち込んでいると、チャイムの音が鳴り響いた。そういえば彼は鍵を持っていかなかったのかと気づく。
慌てて立ち上がり玄関へ向かった。
鍵を開けて扉に手をかける。
「おかえりなさ…」
そう言いながら彼の姿が目に入った時、私はつい言葉を無くした。
彼は花束を持っていた。
「……」
「ただ今戻りました」
淡々と言うと、すぐさま靴を無造作に脱ぎ捨てる。そして素足を床に置くと、私に持っていた花を差し出した。
「どうぞ」
「……え」
「花が欲しかったのでは?」
あらゆる色の花が束ねられたそれを見て言葉も出ない。
そう、私は最初に言った。目の前の花屋に行きたいと。
実を言うとその店が一番近かったからそう述べただけで、花が欲しくて言ったわけではなかったのだけれど。
「わ、私に買ってきてくれたんですか…」
「私が選びました。あなたに合いそうな色で」
白とブルーを基調にしたシンプルで上品な花たちがこちらを向いている。
私は震える手でそれを受け取った。
エルは頭をかきながらいう。
「他にも見たのですが…本屋は日本語の本が無く、身に付けるものなどは所持金が足りず」
「そ、そんな。はじめての買い物、エルが欲しいもの買ってきてくれればよかったのに」
「私が欲しいのは一つですよ」
エルは口角をあげて私を見る。
「光さんの笑顔だけです」
最高の殺文句を、頂いてしまいました。
泣きそうになって花を握りしめる。
「楽しかったですね、あなたに何を贈ろうか考えながら買い物をするのは」
「あ、ありがとうございます、エル…嬉しい」
溢れる笑みで彼を見た。
なんて自分が浅はかなのだろうと思った。
彼がすべて私に送る物を考えていてくれたなんて。
…考えもしなかった。
私が微笑んでいると、背後から笑い声が聞こえた。
「素敵な色合いですね」
「わ、ワタリさん」
「あのLが花を買う日が来るなど。想像もしてませんでしたよ。花瓶に生けましょう、貸してください」
「あ、ありがとうございます」
差し出された手に花を預ける。思い出したようにエルがポケットからある物を取り出した。
「返します、光さん」
「あ、そうでした!」
見覚えのあるそれを受け取る。
「…やっぱりカード渡せばよかったなって後悔してたんですが」
「そしたら私はあなたに似合う様々な物を全て買ってましたよ」
「そ、そんなにいいですよ…花、すごく嬉しかったです、エル、ありがとう…」
心の底からお礼を言い、なんとなく財布を開いた。
と、そこにある光景に目が点になる。
「……」
「どうしました」
「こ、硬貨一枚もありませんが…」
「ええ、言ったでしょう。私が選びましたよ。お釣りなど受け取るのは面倒なので」
「…!」
まさか、財布の中にある金額分ぴったり計算して買ったの!!?
ポカンとエルを見る。彼はどうしました?と言わんばかりに私を見ている。
…凄い。ただのおつかいも、世界のLは普通じゃない…普通に考えてそんな計算するよりおつり受け取る方がずっと楽でしょう…
算数数学が破滅的な私には絶対無理だ。いや。普通だよねその方が。
「と。とにかく、ありがとうございました、嬉しかったです!」
「それはよかったです」
「ワタリさんに生けてもらったら写真でも撮ろうかなぁ…」
そうルンルン気分で廊下を歩き出した私を、エルが呼び止めた。
「光さん」
「え?」
「買い物が楽しいという気持ちは分かりましたが。 私の気持ち、あなたもよく分かったでしょう」
「…へ」
エルはニヤリと口角を上げる。
「命を狙われないか心配になり、いてもたってもいられず、尾行したくなる気持ちが…ですよ」
「!!!」
私は目を見開いてエルを見る。
「え、エル…気づいてた…!?」
「心配するまでは計算通りでしたが、タイミングよくワタリが帰ってきて尾行されるのは予想外でしたね」
「〜〜!!」
ぐうの音も出ない!!
私、この前のエルと同じことしてる!!
顔を赤くしてエルを睨むと、彼はしてやってり、というように目を細めて笑う。
「一人での外出など、心配ですからやめてくださいね」
それだけ言うとエルは軽く私の頬にキスをして、リビングへと歩いていった。
…まさかエル、最初からこの流れを目的で買い物に行くなんて言い出したの…?
悔しい。 エルの思う壺になってしまった。
世界のLめ、今回は完敗だ。
でも私は負けない。いつか一人で外出してやる!
強く拳を握りしめて、私は誓った。
彼女が一人で外出したがっているのは百も承知だった。
あの手この手で私の説得を試みようとしているのも無論気付いていた。
確かに外出は気分転換になる。普段外にすら出ない私も、時折外に出れば頭が冴えて推理力が上がることもあった。その魅力は理解しているつもりだ。
だが私は彼女を何も縛り付けているわけではない。ワタリや私と共にならいくらでも出て良い。中々時間が取れないこともあるが彼女と外出のため仕事をコントロールしているつもりだ。
だがあの人は「一人での外出」にこだわった。なぜだ。そんな危険な事を私が認めると思うのか。
まだ日本はいい。数々の国を渡り歩いてきた私もあれほど平和な場所もないとは思う、更には母国なのだから。
しかし英語も話せないあの人が海外を一人で出歩くなど。とんでもない、考えただけで身の毛もよだつ。
だがしかし私の心配をまるで理解し切れない彼女を目の前にして、ならば立場を逆転させよう、と考えたのはほんの思いつきだった。
自覚しているが私は生活力がない。一人で買い物も未経験。そんな私のはじめてのおつかいは、恐らく彼女自身も心配するはず。
彼女の財布をポケットに詰め込んで、たった20£を手に外へ出た。
チョコレートでも買えばいい、とあの人は言ったがうちには山ほどチョコレートのストックはある。今更買うものではない。
欲しいものなども特にない。外に出たはいいものの何をしようか困り、ならばいっそ彼女への贈り物にしようと思い立った。
近くにある本屋に入った。だが無論、そこには日本語の本などなかった。ホラーの小説でもあればと思ったのだが。…いや、せっかくの贈り物がホラー小説では締まらないか。却下。
女性なら身に付けるものがいいかと鞄を見に入る。ブランド店ではないので何か買えるのではと入ってみるとなんと、20£では鞄につけるストラップすら買えなかった。普段値札を見たこともなかったため20£の非力さに打ちひしがれた。これも却下。
化粧品を見に入る。いくつか買えそうなものはあった。だがしかし、こんな20£ごときの化粧品を身につけて彼女の肌が荒れては大変か。却下。
靴…は無論手持ちがたりない。では靴下か。世界のLが贈り物に靴下??笑わせるな、サンタクロースの方がまだ洒落たものを贈る。
下着。…いや考え直そう。さすがの私も一人で女性の下着屋に入る勇気は持ち合わせていなかった。だがしかし贈りたい衝動は非常に高まった。今度最高級の物を贈ってみるのもいいかもしれない。恐らく殴られる。
さて、ひとしきり歩いて何も候補が思い浮かばなかった。少し前から私を尾行するワタリと彼女には気がついていた。心配されるだろうとは思ったがまさか尾行されるとは。人生初の経験だ。
仕方ない。私はUターンした。
頭の隅にあった案に決めた。初めから思いついてはいたのだが、あまりにありきたりで避けていたのだ。
私は小さな花屋へ足を運んだ。もう背後に尾行は感じなかった。
足を踏み入れた途端花の香りに包まれる。思えば花屋など。人生で初めて足を踏み入れた。
色とりどりの花が並んでいる。小さい店ながらも種類は豊富そうだ。
さて、この手持ちの金を全て出して「この値段で花束を」と言うのは簡単だ。簡単すぎてつまらない。
どうせなら彼女のイメージに合う花を選びたい。どんな花もあの人の笑顔の前では自信を無くしてしまうだろうが。
ゆっくりと視線を移しながら花々を見る。赤も強いあの人らしい。目を引く黄色も、可愛らしい桃色も全て似合うが…
(エキザカム、か)
青い花が目に入る。
いつも凛として冷静で、どこか儚げな、それでいて美しいあの人に青い色は似合うと思った。
決して派手な花ではないが、私はなぜかそれに惹かれた。じっとその花を見つめる。
…それになりより。
エキザカムの花言葉は、
「あなたを愛します」
だ。
他にもあなたの夢は美しい、強い正義感、など、あの人にぴったりなものばかりだった。
自分の口角が微かに上がるのを自覚する。
…なるほど。一人の外出も、悪くない。
彼女を思いながら一人花を愛でるなど、はじめての経験だが思った以上に面白いものだ。
まあ彼女一人の外出は認めないが。
私はそう心で呟いて、店の者を呼んだ。
おまけ
「店長さっき凄いのが来ましたよ」
「は?すごいのとは?」
「余命わずかって感じの客です、白くてクマがエゲツなくて。男性だったけどどうみても女性ものの財布を持って、一つ一つ花を注文して花束作らされました」
「花束で細かく注文は珍しいな」
「んで会計の金額計算し終わる前に財布ひっくり返してピッタリのお金出してきたんですよ、怖くないですか?預言者かも」
「こええ」
「普通の人間じゃないですよ。店長にもみて欲しかった」
花屋の伝説の客となりました。