ケーキづくり
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エルからリクエストを受けて気分が滅入っている。
私の数少ない仕事なので遂行せねばならない。それでなくても生活費も何もかも出してもらってるのに。
だから果敢に挑まなければならない。やらなければ人は成長しないのだ。
…しかし。苦手なものは苦手。
ショートケーキ。
「私も作ってみたいです」
キッチンで腕まくりをしてよしいざ!と思った瞬間、そんなセリフが聞こえてきたので私はつい絶句した。
「……え?」
エルは離れたソファからこちらを見ていて、指を噛みながらもう一度言った。
「私もケーキ。作ってみたいです」
聞き間違いではなかったらしい。
まさか!あのエルが料理??
私はつい口をポカンと開ける。
「どうしました。そんなに珍しいことでしたか」
「当たり前です!エルが…料理だなんて!」
エルと言えば、世界のLとして誰にも解けない難事件を解決するという最強の強みがありつつ、その反動からかとんでもなく生活力がない男だ。
睡眠すら満足に取らず、お風呂だって全自動の機械で済ましてたり、着替えすらいい大人になってようやく一人でするようになったほどのとんでもない人。
こんなの人間じゃないとすら思っていた。そこに関してはこの人と付き合っていることを後悔したほど。
普通の人ならドン引きどころの騒ぎじゃない。イギリスに来てなんとか少しずつ矯正しているのだ。
そんなエルが…料理とは。
少しレベルが高すぎないだろうか。
「したことあるんですか、エル」
「一切ありません」
「でしょうね」
「しかし興味あります。たまには。」
そうだ、どんな結果になろうとも、エルが料理に興味を持ったことはとてもいいことだと思う。
もし私やワタリさんに何かあった時に困るのは彼だ。基本的なことを教えるいい機会かもしれない。
「わかりました!一緒にやりましょう」
私が笑顔で言うと、エルはソファから降りてゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
なんだかその姿を見ただけで心配になってきた。覚悟は決めたものの、エルに料理、か。
「エル、まずは手洗いですよ」
「はあ」
「あ!袖!濡れちゃいますよ!」
いつもの白い服の袖をそのままに蛇口の前に手を出すもんだから、私は慌てて両方の袖をまくり上げる。
…ほんと、子供かな。
しかし捲り上げた袖からは到底子供とは思えない意外なほど男性らしい筋が見えて、少しだけ戸惑った。
「は、はい。しっかり石鹸使ってください」
エルは素直に手を洗う。終わって水滴を拭き取ったところで、私はすでに出してあった卵を指さした。
「卵。割ったことありますか?」
「あると思いますか」
「聞いた私が馬鹿でした」
私は一つを手に取りボウルを用意する。
「卵黄と卵白に分けたいんです。難しいかもなので、とりあえず黄身を崩さないように卵を割ってもらえればいいです」
私は一度卵をエルに見せると、軽く平面に当ててヒビを入れて割る。
「軽い力で平面に当ててください。角で割ると殻が入りやすいので」
「分かりました」
「お願いします。優しくですよ!」
エルはそっと卵を摘み上げてじっと見つめる。
初めて割るのだから、失敗は付き物だと思っている。
殻が入ればとればいいし、なんとか黄身さえ崩れなければ大成功だよねー
私がそう考えていた瞬間、エルは卵を割った。
ぐちゃ
「………」
「………」
「………」
「…エル、もう少し優しくしてください」
エルは卵を握ったまま強く叩きつけ、脆い生卵はエルの手の中で無残にぐちゃぐちゃにされた。
彼の掌はベトベトに汚れ、細かい殻は飛び散っている。
エルは眉を潜めた。
「気持ち悪いです」
「洗ってください。はい」
私は水栓を開けて水を流す。エルは嫌そうに卵を流す。
キッチン台の上には卵が飛び散っている。
私はそれを台拭きで慌てて拭いて、その瞬間つい笑い出してしまう。
「…あは!」
生まれて初めて卵を割るのに、優しくと言われているのに、卵全てが飛び散るほど叩きつけるかな普通。
通常なら、怖くてヒビが入らないほどの微かな力で臨むものじゃないだろうか。
どんな力を込めればこんなことになるんだろう。
「笑いすぎです、光さん」
「あはは、すみません!エル、意外と不器用なんですね!」
「優しくしたつもりなのですが」
「あはは!では。次はもっと優しくです」
「あなたに触れる時みたいにですか」
「そ、そうですね…」
台の上を綺麗にしたところでまた笑みが溢れてしまう。
キラ捜査をしてた時はこんな時間なんてなかったな。
エルが卵を割る姿なんか想像もつかなかった。二人でキッチンに立って笑えるなんて。
「どうしました」
「え?いいえ…幸せだなぁって思ってたんです」
こんな日々が来るなんて思ってなかったから。
自分自身死ぬところだった。エルだってそうだった。
人生とは不思議なものだ。
「私の台詞です。私はここ最近で人生のピークを味わっています」
「ええ?これがピークですか?」
「ええ。死ぬまでピークでしょう」
隣に立つ背の高い人を見上げた。少しだけ微笑んでいるその顔が優しい。
そっか、これが死ぬまで続いてくれるのか。
…それって、最高かもね。
「さ、また割りましょう!」
「次こそはできます」
エルは急に真面目な顔になると、再び卵を手に取った。
「優しく、コンコンです」
私がいうとエルは先ほどとはまるで違う力加減で優しく叩いた。
それはヒビすら入らないほど。
「いいですよ、そうやって少しずつ力を強くして加減してください」
真剣な顔で何度か卵を割り、数回実施したところで、殻が割れるいい音がした。
「いまだ!エル今です!」
エルはボウルの上で卵のヒビに指を入れる。そして卵は黄身が割れることなく、綺麗にボウルの中へと滑り込んでいった。
「やった!」
わっと声をあげたのは私一人だ。エルはいつもの顔でじっと卵を見つめていた。
「殻も入ってませんよエル!上手です!」
「なるほど、今ぐらいの力ですか。よく分かりました」
エルはそう感心したように呟くと、またたまごを手に取り今度は一度こんっとぶつけただけで綺麗に割った。
なんと。飲み込みの早いこと。
こういうところもやはりLとしての才能なんだろうか。
「さすがです、エル」
「あなたの教え方が上手いんですよ」
「ふふ、褒めて伸ばそうと思ったのに褒められちゃった。さ。次は泡だてますよ!」
私はにこやかにハンドミキサーを掲げた。
ハンドミキサーを当てる力の加減でメレンゲを辺りにぶちまけて二人して汚れたり、
型に注ぐときに派手にこぼしたりと試行錯誤しながら、私たちは着々とケーキを完成に近づけていった。
焼き終えたスポンジを冷まし、生クリームを作ったあと、私は一切のデコレーションをエルに任せた。
初めて作るケーキ。デコレーションという醍醐味を味わってほしい…
というのは建前で、苦手な飾り付けをしなくて済む最高の展開だったのだ。エルごめん。
後片付けをしながら、私はイチゴと生クリームをエルに託し、卵を割るのですら最初はあの様子だったエルが果たしてどんな奇抜なショートケーキを出来上がらせるのか楽しみにしていた。
「光さん」
「はい?」
「完成しました」
ゴミの処理をして戻ってきた時、エルに話しかけられた。
「完成ですか!」
私はわっと笑顔でエルに駆け寄る。
エルが初めて作ったケーキ。写真とか撮ってしまおうかな、なんて…
ニコニコしながら彼の隣に行った瞬間、私は後退りして壁に背をつけた。
そこにはプロかのようなショートケーキが置いてあった。
ちょっと待って。これ買ってきたやつ?いつのまにかエルすり替えた?
驚いて彼の顔を見ると、キョトンとして私を見つめている。
「…途中ワタリさん帰ってきましたっけ…?」
「いいえ。ワタリはまだ外に出ています」
「…既製品買ってきたんでしたっけ…?」
「そんなものあったなら光さんが気付くでしょう」
「だ、だってこれ!手作りのレベル超えてる!ケーキ屋さん、しかも結構いいとこの!!」
卵割るのにあんな不器用だったくせに!?
デコレーション神かよ!!
エルはボリボリと頭をかいて首を傾げる。
「なんだか集中してたらこれが出来上がってました」
「………」
エルって器用なの…不器用なの。
これが世界のLの非凡さだろうか。
それよりなにより、いつもとんでもなく歪なデコレーションしか出来ない私が恥ずかしい。
悔しい。最高に悔しい。
「とても楽しかったです、早速食べませんか」
子供のように目を光らせるエルを見て、まだまだこの人の知らない面はたくさんあるなぁとため息をついた。
…もっと練習しよ。