悪夢と現実
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瞼を開けると、薄暗い部屋が見えた。電気は部屋の隅にある間接照明が心もとない光を出しているぐらいで、闇の方が圧倒的に強い。夜の静けさが耳につく。
そんな中、私はゆっくり体を起こした。恐らく、眠りについて三時間、というところか。
そう思いながら時計を見てみると、やはりその通りだった。現在、時刻は午前三時。まだ日も上っていない時刻だ。
「もう少し寝たいが……」
眠い目をこすって一人呟く。現在手掛けている事件は、アメリカから依頼された残忍な内容のものと、イギリスから依頼された難解なものだった。それ以外にもコイルにも依頼が届いており、事件はつきない。時間が足りないので、今日もあまり寝る時間が確保できなかった。
ベッドを下りる前に、そっと隣を見てみる。
愛しい人が、目を閉じて寝息を立てていた。長い髪は無造作に広がり、ほんの少し唇を開いている。そんな可愛らしい寝顔を見ただけで、自分の口角が上がるのが分かった。
隣で誰かが寝ているなんて、自分が耐えられるとは思わなかった。
物心ついたときから一人で寝ていたし、大人になってからもそうだ。むしろ、ベッドで横になって寝ること自体少なかった。そんな自分が短時間とはいえ、毎晩ベッドに入り、誰かと寝るとは。人生何が起こるかわからない。
彼女を起こさないようにそうっとベッドから降りようとして、背後から小さな声が聞こえてきた。
「うう……ん」
しまった、起こしたか。
振り向いてみると、彼女の目は閉じたままだ。寝言だったらしい。ほっとして再度動こうとすると、またしても声が聞こえてきた。
「……めて」
「え?」
「……めて、や、めて……」
その顔を見てみると、先ほどの穏やかな表情とは変わり苦痛に歪んでいた。眉を顰め、歯を食いしばっている。嫌だ、というように首を振り、額には汗がじんわりと浮かぶほど。
うなされているのだ。
起こした方がいいか、と思いその肩をに手を乗せようとした時、彼女の口から声がまた漏れた。
「エ……ル……書かないで……」
はっとする。
彼女がうなされている原因を理解したのだ。
ある事件で、私は絶体絶命のピンチに陥った。これまで携わった事件の中でも圧倒的に難解で恐ろしく、現実離れしたものだった。
犯人に勝つことだけを考えてやってきたが、最後にどうしようもない状況になり、出した答えは『自分の名前を死のノートに書き、わずかに寿命を延ばして犯人を捕まえる』しかなかった。
書く前に彼女に全てを話し、理解を得ようとした。
当然ながら相手は泣き、自分の名前も一緒に書いてほしいと懇願してきた。それは悲しく、でも私にとっては嬉しいことでもあった。それほど私なんかの死を嘆いてくれているのだ、と。
もちろんあなたを道連れには出来ない、と拒否したが、その時の絶望の顔は忘れられない。
結局のところ、彼女が元々持っていた不思議な能力のおかげで私は何とか状況が変わり、今もこうして生きているのだが、その時のシーンを夢に見てしまっているのだろう。
私が自らノートに名前を書く姿を。
「光さん、光さん」
肩をゆすってその名を呼ぶと、はっとしたように目を開けた。起きたことにほっとした私は胸を撫でおろす。
「よかった。うなされてーー」
そう話している途中、彼女が突然こちらに手を伸ばし、私の首に抱き着くようにしたので驚いた。ぐいっと引っ張られ、覆いかぶさるような形になってしまう。
「光さん?」
「……エル……」
恥ずかしがり屋のこの人が、こんな風に抱きついてくるのはあまり多い事ではない。普段なら喜び、舞い上がる自分だが、さすがに今は違った。
今でも私が死ぬ日を夢に見てうなされる彼女の姿があまりに愛おしかった。
そっとその頭を抱きしめ返す。
「夢ですよ。大丈夫です」
「エル……ちゃんと、いるね」
「いますよ。もう事件は終わりましたから。私は絶対に死にませんよ」
そっと離して見下ろして見ると、寝起きのややとろんとした目でどこか怯えるような、それでいて安心したような、複雑な顔をしていた。
溢れんばかりの愛おしさに耐えられず、そのまま口づけた。
普段よりその唇が熱い気がした。彼女も必死に私の背に手を回し、応えてくれる。
もう大丈夫だと。私はここにいて、いなくなることはないと。
そう心で呟きながら、何度もキスを繰り返した。
「昨晩、光さん随分積極的でしたね」
朝になり、パジャマ姿のままキッチンへ向かうと、エルが突然そんなことを言ってきたのできょとんとしてしまった。
昨晩? 別に普通に過ごしておやすみって言っただけじゃない? 積極的とは、これ一体?
私は首を傾げてエルに尋ねる。
「なにがですか?」
すると、ソファに座っていた彼は目を丸くして持っていたフォークを落とした。とんでもないショックを受けた、という顔だった。
私は慌てて近づいて落ちたフォークを拾う。
「どうしたんですか、そんなにびっくりして」
「覚えて、ない……?」
「何がですか? 私何かしましたか?」
私が尋ねると、エルはやや拗ねたような顔で答える。
「……あなたが夢にうなされていたようで……起こしたんですが」
「はい」
「あなたからぎゅっと抱きついてくれて……」
「え、ええ……」
「私に馬乗りになってキスの嵐を落とした後服を脱がせ」
「絶対嘘ですよね!!??」
寝ぼけていたとしても、さすがにそれはない!! もしそんな行動をして何も記憶にないんだったら、もはや病気じゃないか!!
私のツッコミに、エルは口を尖らせる。
「まあ最後のは嘘ですけど。あなたの恥ずかしそうな顔が見られると思ったのに……」
そう残念そうに言ったものの、すぐに彼はふっと表情を緩めた。
「しかし思えば、悪夢など忘れていいですね。それでいいと思います」
エルはそう言って、再度フォークを手に取ってお菓子を食べ始めた。私は小さく唸りながら、とりあえずキッチンに入る。
うなされていた、かあ。でも確かになんか嫌な夢を見た気がする。内容はすっかり忘れてしまったが。
「まあいっか、とりあえずご飯ご飯」
朝ごはんを作るために置いてあったパンに手を伸ばした時、ふっと覚えのない光景が目に浮かんだ。
エルがこちらを見下ろしながら、優しく微笑んでる姿だった。
『大丈夫ですよ』ーーそう彼が小さな声で何度も言っている。
「……あれ」
この光景は、もしかして現実だった?
ちらりとリビングの方を見ると、エルはパソコンを見ながら紅茶を啜っている。さっきの話からしても、うなされてる私を起こしてくれて、そのあと私がエルに抱き着いて……っていうところまでは、多分本当なんだろう。覚えてはないけれど、確かにそんなことをした気も……する。
少し迷ったが、彼の背後に近づき、おずおずと声を掛ける。
「あのエル……あんまり覚えてないですけど、エルが大丈夫って声を掛けてくれたのは、なんとなく思い出しました……ありがとうございます」
私がそう言うと、こちらを見たエルが微笑む。
「いいえ。思えば、意識がなくても私に抱き着いてくれることは嬉しいことですよね。無意識に求めてくれていたんでしょう」
「……」
「やっぱりあなたと毎晩、短時間でも寝る時間を作ったのはいいことでした。ああしてうなされていたら、私がすぐに起こして抱きしめてあげられますから」
私は昨日、一体どんな夢を見たのだろう。
でもそんなことはもうどうでもいいや。現実にこれほど優しいあなたがいるから、目を覚ませばもう怖くない。
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