生まれて来てくれてありがとう
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ふと夜中に目が覚めた。
隣を見ると、まだベッドの中は空っぽだった。エルは相変わらず仕事をしているらしい。イギリスに来てからは、少しは時間を作って私と寝るようにする、と言っていたが、果たして今日は来れないのか。それとも、もう寝て起きたのかな?
時計を見ると午前一時だった。ああ、まだ眠って少ししか経っていないではないか、なのに目が覚めるなんて珍しい。
喉の渇きを覚え、ベッドから起き上がる。水を飲みに行こう、と思ったのだ。そのまま寝ぼけ眼で寝室を出て廊下を進み、リビングへの扉を開けようと手を伸ばす。
途端、目の前の扉が開いた。
「ぎゃっ」
驚きで眠気も吹き飛ぶ。目の前には猫背のエルが立っていた。相変わらず目の下が真っ黒で顔色はよろしくないので、夜中に急に現れるとびっくりしてしまう。
「え、エル!」
「どうしましたか」
「いえ、目が覚めてしまって、喉が渇いたからお水を取りに行こうかと」
「そうですか。私が持っていってあげましょう、寝室で待っていてください」
急にそんなことを言われたので首を傾げる。
「え、別に自分で取ってきますよ?」
「いいえ運びます」
「お仕事中でしょう?」
私がそういうと、彼は答えた。
「今、日本の警察と事件を追っているのですが、かなり残酷な事件内容ですので、あなたに聞かせたくないんです」
そう言われ、ああと納得した。普段ならエルは日本語以外で通信しているので、私は事件の概要はほとんどわかっていない。でも日本語ならわかってしまう、というわけだ。
エルがそこまで言う事件なんて、どんなものだろう。想像してぞくっとした。ばらばら殺人とか、生きたまま解剖されたとか、もしくは女性が乱暴されたとか。
私はホラー系が好きなので、フィクションではそういった内容も全然大丈夫だが、現実となれば全く別の話だ。そんな目に遭っている人がいたのだと思うと、落ち込んで数日引きずってしまうかもしれない。
「分かりました、戻ります。気遣ってくれてありがとうございます」
素直に返事をするとエルは頷いた。私はそのまま寝室へ戻ると、少ししてエルがお水を持ってきてくれた。それで喉を潤わせ、私は再び眠りに落ちたのだ。
「光さん、今日は少し買い物に行きませんか」
翌日、ワタリさんがそう誘ってくれたので、すぐに頷いた。
イギリスにきてまだまもなく、私は一人で外出は出来ない。英語もしゃべれないのだから当然ともいえる。
食料品や生活用品は、いつもワタリさんが大量に入手してくれているのだが、時折家に閉じこもってばかりいる私を気遣ってか、買い物に誘ってくれることがある。海外なんてスーパーに行くだけで面白いので、私はとても楽しんでしまっている。
時にはエルと三人で出かけることもある。エルと買い物なんて、日本にいる時では考えられない経験なので、それはまた楽しいのだが、なんせ仕事が忙しいので、稀なことだ。
ワタリさんと二人で出かけることの方が多い。
「やった! 行きましょう!」
「日系スーパーに行きませんか。ご自身でほしい物もあるかと」
「嬉しいです、ぜひ! エル、買い物に行ってきますね」
ソファで一人座っている彼にそう声を掛けると、こちらを振り返って頷いた。早速カバンを持って出かける準備をした私は、ワタリさんと共にエルを置いて外へと繰り出した。
外は晴れて真っ白な雲が浮かんでいた。日本ではない土地を歩くのはとても新鮮で楽しい。英語がもう少し話せるようになれば、さらに楽しめると思う。私はと言えば、中学生の「ディスイズ ア ペン」ぐらいのレベルから始めなくてはいけないので、今まで勉強をおろそかにしてきた自分を呪いたい。
でもだって、卒業して英語から遠ざかってかなり経つし、何より自分が将来海外で暮らすことになるとは思っていなかったのだ。
引っ越してから英語の勉強は始めているけれど、まだまだ道のりは長そうだ。
ワタリさんの運転する車に揺られ、二人で日系スーパーへと訪れた。日本のものはこちらで買うとかなり高く、最初は買うのに少し戸惑っていたが、最近はエルもともに食事を取るようになってきたし、栄養のためにも遠慮なく色々な物を購入させてもらっている。
醤油やみそなどの調味料をたくさん買い込んだ。蕎麦が食べたくなったのでそれも買い、両手にたくさんの量になった。やっぱり自分の目で見て選ぶのは楽しい。
たっぷり時間も使い、ワタリさんと買い物を終える。ついつい買いすぎてしまったのを反省もしつつ、車に戻った。
「すみません、時間かかっちゃった!」
「とんでもございません。Lの食事も準備して頂いているので、私はとても助かってるんですよ」
「ほぼお菓子ですが……一人で長く留守番させちゃいましたねえ。あ、エルにケーキのお土産買っていきませんか? たまには既製品もいいかも」
てっきり、「いい案ですね、では近くの美味しいケーキ屋を…」なんて言葉が返ってくるかと思っていたのが、意外な答えが出た。
「いえ……Lはきっと、あなたの手作りがいいと言いますよ」
そういったので、私は目を丸くした。ワタリさんなら、絶対賛成してくれると思ってた。確かにエルは私が作った物がいい、といつも言ってくれてはいるが、ワタリさんなら「たまには光さんが自分が作った物以外を食べたいでしょう」と、私を気遣ってくれそうな気がしたからだ。
まあ、朝も少し焼いてきたし、買う必要がないと言えばそうなんだけど……
「そうですね。じゃあ、帰りましょう」
「はい、行きましょう」
そう言ってワタリさんは、ゆっくり車を発進させた。
玄関を開けていつもの家に入る。いっぱいの荷物を一旦廊下に置き、私は長い廊下に向かって声を掛けた。
「ただいま戻りましたー」
靴を脱いで荷物を持とうとしたところで、ワタリさんが制した。
「光さん、ちょっとリビングに入って頂けますか」
「え? はあ、今から入りますけど」
「荷物が多いので、Lにも手伝ってもらいましょう。彼もたまには運動をしないと」
彼がそんなことを言い出したので首を傾げた。確かに多いが、私と二人で運べた荷物だ、わざわざLに手伝わせるほどでもない。でもまあ、運動のために少しは動いてもらってもいいかもしれない。ワタリさんもLの健康を気遣うようになったのかも。
「分かりました呼んできます!」
私はそう言って長い廊下を小走りに進む。そしてリビングへの扉を開けて顔を出した途端、普段と違う部屋に目を丸くした。
カーテンが閉め切られ暗くなった部屋に、ダイニングテーブルの上にあるキャンドルがぼんやり揺れている。隣には立派な花瓶に、たくさんの種類の花が飾られていた。おしゃれなカトラリーが並び、さらには、大きなショートケーキ。
壁には『HappyBirthday』とバルーンが飾られており、ライトアップされているように見えた。
「……なんじゃこれ」
ぽかんとした自分の口から漏れたのはそんな声だった。すぐに、小さな笑い声がした。
「一言目がそれですか」
声の方を見てみると、すぐ横でエルがポケットに手を入れたまま立っている。そして彼が手を出したかと思うと、大きな破裂音と共に、キラキラとしたテープが舞い、私の髪に落ちた。
「お誕生日おめでとうございます」
「…………」
エルがそう微笑んでいる。無言の私に向かって、さらに背後からクラッカーの音がした。ワタリさんが引いたらしかった。
「おめでとうございます」
「……え、あ、私、誕生日だ……」
すっかり忘れていた。今日が自分の誕生日だということを。
キラ事件でバタバタして、すぐにイギリスに渡り慣れない生活を送って、毎日が怒涛の展開だった。だから日付感覚も忘れていたのだ。
エルは少し笑う。
「忘れていたんですか」
「わ、忘れてました……エルのこと、笑えませんね……え、これ、どうしたんですか。いつの間に」
「あなたたちが買い物に行っている間に、私が飾りました」
「ええ、エルが!?」
驚きで声がひっくり返ってしまった。だって、お風呂にだって一人で入れないような生活力のエルが、こんな飾りを一人でしたっていうの?
彼は頭をポリポリと掻く。
「まあ、下準備は昨晩、ワタリがしておいてくれたんですがね。別室に準備済みの物を置いておいたんです」
「あ……」
もしかして、夜中目が覚めた私をリビングへ行かないようにしたのは、この道具たちがあったからなのだろうか。振り返ってワタリさんを見てみると、彼は優しい目で頷いた。
「エルから言われた通り道具を揃えました。そして最後の仕上げも全てエルがやりました。自分ですると頑なに言ったので」
信じられない。あのエルが、こんな飾りつけを? ケーキを出して、花を飾って、バルーンも?
口を開けたまま再度エルを見ると、彼は困ったように微笑んだ。
「人の誕生日など祝ったことがないので、何をしたらいいのか分からず……あなたが私にやってくれたのを参考にしました」
「……」
「去年のあなたの誕生日は、まだ付き合っていなかったので祝えませんでした。初めてですね」
ぶわっと嬉しさがこみ上げる。エルが私の誕生日を知っててくれていて、覚えていてくれて、祝ってくれるだなんて。
今にも踊り出したい気持ちを必死にこらえ、リビングへ足を踏み入れる。普段と違った顔をしたその空間に、自然と笑みがこぼれた。
「これエルがやったんですか? 本当に?」
「はい一応」
「普段あんなに動かないエルが……! 信じられない!」
はしゃいでそう笑った時、ふとダイニングテーブルの上に写真たてが一つあることに気が付いた。それは、私の母の写真だった。
なにせ、一度死のうとして荷物を全て片付けた人間なので、母の写真も数えるぐらいしかない。そのうちの一枚を、私は自分の部屋にいつも飾っている。
「これ……」
私が呟くと、エルが近づいて言った。
「ああ、勝手に持ってきてしまいすみません。でも、あなたの誕生日を祝うには必要不可欠な人物でしたので」
「……」
「きっとお母様も、おめでとう、と言ってくれていますよ」
自分の目に涙がたまってくる。母との思い出がよみがえったこともあるが、エルがこうして私の家族を大事に思ってくれている気持ちも嬉しかったからだ。
彼はポリポリと頭を掻いて言う。
「私は親に捨てられた人間なので……家族だとか、親子の愛だとか、正直いまいち分かりません。ですが、あなたのお母様は心からあなたを愛していたということは知っています。私の命が助かったのも、お母様の力添えがあったからでしょう。頭が上がりません。私はお会いすることが出来なかったのは残念ですが、会えたらこういいます。光さんを生んでくださりありがとうと。このように優しい人間に育ててくれてありがとう、と」
「エル……」
「あなたの誕生日は、そうしてお母様にお礼を言う日でもある」
母の写真を、エルはどこか優しい目で見ていた。
ああ、もしお母さんが生きていたら。エルを紹介することが出来たなら。
世話焼きで明るいうちのお母さんだから、きっとエルも自分の子のように思い、クマや猫背を心配するに違いない。口うるさいとエルは厄介に思うかも。
……そんな、絶対に叶わぬ光景を目に浮かべ、幸福感と寂しさで満ちた。
「お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます……凄く嬉しいです!」
私は振り返ってエルに抱き着いた。あまりないことなので、エルがやや驚いたように体を固める。そこに、笑い声が響いた。
「仲がよろしいことで」
ワタリさんがいたことをすっかり忘れていた自分は、慌てて離れる。顔を熱くしながら、ワタリさんに頭を下げた。
「ワタリさんも! たくさん準備、ありがとうございました!」
「いいえ。私もあなたの誕生日をお祝い出来て嬉しいですよ。おめでとうございます」
「ありがとうございます!」
「ケーキを食べませんか。たまには作るのを休んで食べる側に回るのもいいでしょう」
「はい!」
私はわくわくして席に座った。
みんなで食卓を囲み、美味しいケーキを食べた。
穏やかで優しいその空気感に、私は幸福感を感じていた。
母が死んでから一人ぼっちだと思っていた自分には、こんなに大事な人たちがそばにいる。そう思うと、ほんの一年前の生活が嘘のようだった。
一通り楽しんだ後、後片付けもしてくれたワタリさんが一足先に帰宅した。
彼は帰る間際、私に素敵なストールをプレゼントしてくれた。ううん、年齢差もあるというのに、ワタリさんがチョイスするものはお洒落で私の好みにばっちり合っている。彼は本当に何でもできるなと感心した。
エルと二人きりになったあと、ソファで並び紅茶を飲みながら、私たちはゆったりしていた。
ミルクを入れた紅茶を飲んでほっと息をつきながら、私は改めて言った。
「エル。幸せな誕生日でした、ありがとうございました」
私がそういうと、彼は小さく首を振った。
「大したことはしてません。あなたが私の誕生日を祝ってくれた時のことを思えば、こんなのは小さなことです」
「そんなことないです。すっごく嬉しかったです!」
私が力強く言うと、ほっとしたように目を細める。
「よかった。人の誕生日など、祝ったのは初めてだったので」
ああ、そうか。彼は今まで、そんなことをしたことがなかった。
初めて誕生日を祝おうと思ってくれた。喜ばせようとしてくれた。その気持ちだけで、私は十分嬉しいのだ。
「来年は、また日本に帰国するのもいいですね。ミサさんや捜査員を呼んでも」
「わ、楽しそうです! でも多忙な人たちばかりですよ」
「あなたの誕生日だ、と言えば、少しぐらい時間を空けてくれるでしょう」
「ふふ、そうなら嬉しいですが」
そんな光景を想像して笑う私をしばらく眺めた後、エルがポケットから何かを取り出した。小さな小包を、私に差し出す。私は目を見開いてそれを見つめた。
「……ほんの気持ちです」
「わ、あ、ありがとうございます!」
やっぱり、ちょっとは期待してしまっていた。ワタリさんがプレゼントをくれたし、これほど愛情深いエルが何も用意してないとは思えなかったのだ。
以前ホワイトデーでぬいぐるみをもらったりはしたが、私のリクエストによるものだったので、エルが選んだ贈り物は初めてのことだ。
ドキドキしながらそれを開けてみる。そこにあったのは、シンプルだけど素晴らしい輝きを持つネックレスだった。
「わあ……綺麗」
つい、そう口からこぼれた。エルはこちらを伺うようにじっと観察している。私の反応が気になるようだ。
「凄く素敵ですエル! でもこれ、絶対」
高かったですよね? ……そう言いかけて飲み込んだ。
今日はいいや、彼の好意に甘えよう。こんな時は値段の心配より、喜びを表した方が、相手も絶対に嬉しいはずだもの。
私は手に取り笑顔を見せた。
「可愛いし綺麗です! どんなファッションにも合いそうだし、とっても気に入りました。エル、ありがとうございます!」
私がそういうと、彼は分かりやすくほっとしたように表情を緩めた。私は早速ネックレスを付け、エルに見せる。
「似合ってますか?」
「あなたの輝きが凄すぎるので、そんな小さな石など目に入りません」
「いやここ似合ってるっていうところ」
「あなたに似合わないものなどありません」
「ま、まあいいかその返答で……ありがとうございます!」
私は笑いながらそう言って、エルにまた抱き着いた。彼はまたしても驚いたようで、目を丸くさせて小さな声で言う。
「これでは、私が祝われているようです。私の方が幸せをもらっています」
「ふふ、私の方が幸せですよーだ」
「そろそろその可愛い顔を隠さないといい加減私の理性はぶっ飛びますよ」
「ぶっ飛んでも怒りません」
普段なら、『またそんなこと言って!』と恥ずかしがって怒っていたかもしれない。でも、今はだいぶ気分が高揚しているみたい。
全部、許せちゃいそう。
エルが、目玉がこぼれそうなほど見開いている。そんな彼の顔が面白くて、私はまた笑ってしまう。
ああ、幸せだなあ、って。
誕生日が来て嬉しいなあ、って。
私は心からそう思っているのだ。エルがいてくれるから。あなたがそばで祝ってくれるから。
だから私は、この地に命を授かったことを、感謝出来る。
「……光さん」
エルはそっと私に紅茶味のキスを落とす。そして、少し離れたあと、小さな声で言った。
「これから先も、あなたの誕生日はずっと私が祝い続けます。生まれてきてくれて、ありがとうございます」
優しく微笑んだ彼の顔が、あんまりにも幸せそうで。
おかしいな、誕生日は私のはずなのにーーなんて思いながら、私はゆっくり彼に押し倒された。
「あ」
「……どうしました」
「ちょっと理性出してください、お風呂まだだった」
「ここで今更私に理性を取り戻せと? ぶっ飛んでいいと言ったのはあなたです」
「まずはお風呂入らないと! はい、どいてください」
「……(彼女らしいがあまりに辛い)」