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「エル。私はあなたと大事な話をしなくてはなりません」
私は彼の隣りに腰かけ、真剣な表情で告げた。そんな私の様子にエルも何かを感じたらしく、勢いよくこちらを振り返る。手に持っていた紅茶をそっと置き、体ごと私の方に向き直った。いつものL座りのまま、真っ黒な瞳で私を見つめる。
「どうしましたか、光さん。改まって、何かありましたか」
「ええ、とても大事なお話があります」
「それはまさか……何か不満でも?」
「ふ、不満と言えば、不満ですが」
「夜の回数が足りませんか? いつも終わった後ぐったりしているのでこれ以上はあなたが辛いと思い我慢してましたが不足となれば私もまだまだがんば」
「変態ちょっと黙ってもらえますか!」
慌てて彼の言葉を止めると、エルは不思議そうに首を傾げる。なぜそんな思考に突っ走るんだ、世界のLの脳内は理解できない。
私は膨れて言った。
「私が改まってそんな相談をすると思いますか!?」
「なので驚きました、それと同時に嬉しくてたまりませんでした。あなたは恥ずかしがり屋で控えめな性格なので、ようやく本音を言ってくださるかと」
「全然違いますよ! そっちは十分すぎ……って何を言わせるんですか!
エル、会議をします」
「はあ」
彼はぽかん、として私を見ている。私は背筋を伸ばし、議題を掲げた。
「私一人の外出についてです!」
高らかに宣言すると、エルは無言で体制を戻した。そして置いたばかりの紅茶を手に取り、静かに啜る。あ、これ話し合う気がないやつだ。
「エル! もうイギリスに来て大分経ちます、いい加減私一人で外出するのを許可してくれませんか」
「外出するなとは言いませんよ、なぜ一人での外出にこだわるのですか」
「そりゃ買い物とかいろいろ、エルやワタリさんが付いてきてくれるから外出自体はよくしてますけど、でもふとした時に外に出たいなーって思うときもあるんです」
「なのでそういうときもワタリに声を掛けてくれれば」
「ワタリさんは多忙です、エルの補佐だけじゃなくて私の面倒も見るなんて。申し訳ないんです」
「では一人で一体どこへ行くというのですか」
「ちょっと買い物に行くとか! 散歩するとか!」
「私も一緒に行きます」
「エルは仕事があるでしょう!」
「私は頭の中で仕事をしてるから大丈夫ですよ」
ああ、何度目の話し合いか分からない。でも堂々巡りだ。
エルは今だに心配症で私一人の外出を許可しない。
以前スーパーに買い物に行った時は、ワタリさんに尾行させて手間をかけさせたのは忌々しい記憶だ。人に尾行されるなんて初めての経験だったし、ワタリさんに申し訳なかったし。
英語も頑張って頑張って、まだ全然だめだけど少しは話せるようになってきた。携帯を持っていけば困ったときは連絡を取れるし、そう大して遠くにはいかない。犯罪に巻き込まれるのが心配、とか言っているけど、ちゃんと明るいうちに人通りの多いところを通ればよっぽど大丈夫だろう。
何度そう説得してもエルは首を縦に振らなかった。
「散歩だけ! このマンションの周りの散歩だけどうですか」
「ですからワタリか私と一緒に」
「歩くだけですよ、歩くだけ!」
「なぜそこまでして外に出たがりますか、私には分かりません」
「そりゃエルは昔から籠りきりだったから……運動しないと体も鈍っちゃいますよ」
私が言うと、彼は勢いよくこちらを見た。
「まさかまたダイエットという愚かなことをしようと? あなたにそんなもの必要ないと何回言わせれば」
「いいえエル、ダイエットではないです。これは健康の維持です!」
私は高らかに宣言した。エルは私をじっと見ている。
「エル。糖尿病、高脂血症、高血圧、ご存じですね?」
「ええ」
「運動はこれらの病気を防いでくれます。私が病気になって早死にしていいんですか!」
そう言うと、エルはまさに『ガーン』という効果音が聞こえてきそうなほどに目を見開いた。完全に固まり、返す言葉もないようだ。
……勝った!
長い闘いだった、ようやくエルを納得させる日が来たようだ。私をいつも大事にしてくれるエルなら、病気や早死になんて単語、反応しないわけがない。まあ、実際のところ心配なのは私よりエルの健康なんだけども。
しばし沈黙が流れる。エルは愕然とした顔で力なく手を伸ばした。そしてクッキーを一枚とり呟く。
「私はそこまで考えていませんでした、確かに一般的に運動は健康の保持増進に大事な項目です」
「その通りです、エル!」
「すみませんでした、考えさせてください」
私は心でガッツポーズを取った。これで短時間の散歩ぐらい許してもらえそうだ。大きな気分転換にもなる。
「はい、エル、考えてくれてありがとうございます」
私は笑顔でお礼を言った。
翌日。
昼食を作っていると、なにやら廊下からガタガタと音がした。手が離せなかったのでそのままでいたが、おそらくワタリさんが捜査に必要な何かを運びんでいるんだろう、と思っていた。
彼はよく大量の資料や証拠品、テレビや本など多くのものを運び込んでいる。今日はやけに多いみたいだ、後で手伝いにいかねば。そう思いつつ料理を進めていた。
しばらくして、リビングのドアが開かれる。やはり、ワタリさんがいつものように背筋を伸ばして立っていた。私はフライパンを振りながら挨拶をする。
「こんにちはワタリさん!」
「こんにちは。いい香りですね」
「もうすぐ昼食ですから……ワタリさんもどうぞご一緒に」
「ありがとうございます」
私に優しく微笑みかけてくれたワタリさんは、ソファに座っているエルの元へ歩み寄った。そして声を掛ける。
「L。言われていたものはすべて準備が整いました」
「分かった」
私は二人のそんな会話を聞きながら、ちょうど調理を終え、フライパンから料理したものをお皿に移していた。よし、あとはご飯をよそって……
「光さん」
「はい?」
いつの間にか近くに来ていたエルが私に声を掛けた。彼は言う。
「少しだけお時間よろしいですか、食事が冷めるほどもない時間です」
「はあ、どうしました」
「こちらへ」
エルに呼ばれるがままキッチンから出る。後ろではワタリさんが私たちを生温い目で見守っていた。エルは廊下へ出たので、それに付いていく。
「なんですかエル」
「こちらへ」
長い廊下の一番奥、確かエルが捜査に使うだとかいう本や資料が置いてある部屋だ。私は掃除ぐらいしか足を踏み入れることのない場所で、何だろうと首を傾げる。
エルがドアノブをつまみながら開ける。そこに広がっている世界を目にして、私はすべてを悟ったのである。
そして膝から崩れ落ちた。
所狭しと置かれたトレーニンググッズ。エアロバイクに腹筋マシン。
ああ、先ほど聞こえてきていた音たちは――
「……エル、もしや、これは」
「ワタリに用意してもらいました。今後もう少し荷物を移動してすっきりさせましょう。とりあえず今はこれで我慢してください、何か欲しいものがあればワタリに言ってください」
「……つまり、それは」
「あなたの運動不足はこれで解消されますね。今まで気づかなくてすみませんでした。あなたの健康は勿論大事ですので、開いた時間好きな時に使ってください」
飄々と言ってのける。そして用は終わりました、とばかりにリビングへ戻っていく。私はそんなエルを呼び止めた。
「エル!」
「はい」
「散歩は……!」
縋るようにいう私に、彼は口角をあげてにっと笑った。
「食事が終わったら、一緒に行きましょうね」
「……………………」
つまり、一人は駄目なのか。
「ああ、あとベランダをもう少し装飾して気分転換が出来るようにしましょう。テーブルを置いてお茶が出来るようにしましょうか。あなたが希望するならガーデニングなどもどうでしょう」
そう言いながらエルはリビングへと入って行ってしまった。
結論;またしても完敗。