昼寝
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「すみません、昼食は先に食べててください」
私がそろそろ完成かなと思った頃、エルがそういった。ずっとパソコンとにらめっこしていたはずなのに、こちらの様子もちゃんと把握している。目が一体いくつあるんだろうと思う。
私は返事を返し、エルの分はラップをかけておいた。自分の分だけダイニングテーブルに置き、一人静かに手を合わせる。視界に、ソファに座るエルの後ろ姿が見えた。何やら英語で話している。
無言で一人食べ始めた。
イギリスに来て以来、エルは食事を一緒に取るように心がけてくれている。お菓子以外も食べるようになったし、やっと普通の生活になってきた。多分エルはかなり頑張ってくれているみたいだし、私は毎日楽しく過ごしていた。
しかしここ最近、どうも厄介で難しい事件を相手にしているようだった。それはエルからも聞いていた。しばらく忙しくなりそうです、と言っていた。どうやら、テレビでも見た連続殺人事件にかかわっているらしい。
多分、今もちょうど手が離せないのだろう。それを責めるつもりはまるでなかった。普段は頑張ってくれているし、仕事が大変ならそっちを優先しても構わないと思う。だって、平和に貢献してるんだもの。
ただ、最近はまた以前のように、ほとんど寝ない日々を送っているのは気になっていた。せっかく寝るようになったのになあ。あのクマとはまだまだおさらばできそうにない。
私は静かに箸を動かし食事を取る。エルは今だ誰かと話している。
一人で食べる食事はすぐに終わってしまう。会話などないからだ。私は完食すると、物音を立てないようそっと片付けた。食べ終えた食器なども洗い終え、手を拭きながらふと前を見る。
すると、さっきまでそこに見えていた黒髪が見えなくなっていたのだ。
(あれ? トイレかな、気づかなかったけど)
首を傾げる。なんとなく気になり、私はソファに近づいた。そこで、珍しいものを目にすることになる。
エルはソファに横になり寝ていたのだ。器用にも膝だけ折り曲げ、あの体制のまま寝ている。その子供のような寝顔に、つい凝視してしまった。
エルがソファで昼寝してる。確かに、ここ最近忙しそうだったから大分疲れていたんだろう。それにしても珍しい。彼がソファで寝るところは見たことあったけど、どれも座ったまま寝る、ということが多かったように思うからだ。
すーすーと規則的な寝息が聞こえてきて我に返る。一度声を掛け、寝室へ行ってもらおうか。エルの白い服に手を伸ばし、ひっこめた。せっかく寝たのに起こすのもなあ。
私は寝室から毛布を持ってきた。それを起こさないようそうっとエルに掛ける。彼のパソコンには、いつものようにLのロゴが映っていた。
(いつもお仕事お疲れ様です)
私はしばらくその笑顔を見つめたあと、気をつけながら頭側に回り腰かけた。起きることはなかった、随分熟睡しているらしい。起こさないようにしなくては、と頭では分かっているのに、その寝顔を見ていると我慢きしれず、そうっと黒髪を撫でた。見た目よりずっと柔らかな感触が伝わる。なんだか猫みたいだな、と少し笑った。
キラ事件の時は、こんなふうに寝ることなんてなかったよね。それって、気を張っていたからだと思う。だから今、こうして昼寝をしてくれるだけでひどく尊く、私は嬉しい。
幾度かその髪を優しく撫でたのち、私もエルの髪に自分の頭を向けて寝そべった。ちょっと窮屈だけど、なんとか横になれた。そういえば最近昼寝なんてしてなかったかもなあ。そう思い、満腹感もありうとうとと寝入っていった。
ふわふわと髪が揺れる気配がして、ふと目を開けた。
見えたのはパソコンと食べかけのお菓子たち。先ほどまでLの表記がしてあったパソコンは、今何やら英語が連なっていた。
あれっと思い頭を上げる。覚えのない枕が、そこにはあった。
「エル?」
見上げると、エルが私を覗き込んでいた。彼はじっとこちらを見て、表情を変えずに言う。
「起こしてしまいましたか」
そして私の頭に乗せていた手をどかした。寝ている私の頭を撫でられていたのだ、と気づく。私が先ほどエルにしていたことをそのまま返され、なんだか恥ずかしくなった。
「私寝ちゃってて」
「そのまま寝てていいんですよ」
「いえ、すっきりしました。ところでエル」
「はい」
「こんな枕、あったんですね」
私はちょっと呆れて言った。彼はちらりとこちらを見る。
頭の下にあったのは青いジーンズ。私はいつの間にか彼の膝枕で寝ていたのだ。いや、膝枕って。普通女が男にやるもんじゃないの。
「寝心地はどうでしたか」
「はあ、悪くはないですけど。なんでエルが私に膝枕してるんですか?」
「すぐ近くにあなたの可愛らしい寝顔があれば、乗せてみたいと思うのが人間の性です」
「どんな性。てゆうか、エル、膝を上げたあの座り方じゃないと推理力下がっちゃうんでしょ?」
そう、それはエルが口癖のように言っていること。彼は寝る時ですら膝を曲げて寝るという徹底ぶりなのだ。両足をおろして座っているなんて、レアではないか。
エルは感心するようにして言う。
「ところがですよ、あなたを膝枕していたところ、まるで推理力は下がらなかったんです。これは新発見です、私が膝を抱えられないときはあなたを膝枕していれば何も問題ないようです」
「膝を抱えられない状況ってどんな状況」
「その代わり性欲という名の欲望も上がってしまうのは問だ」
「変態黙っててもらえますか。
お昼ごはん食べましたか?」
変な発言は遮ってしまうに限る。私が言葉をぶった切ってもエルは気分を害することはない。私がどいたのでようやく解放された膝をいつものように抱え、親指をくわえた。
「まだです。いつの間にか眠ってしまっていました」
「エルが昼寝って珍しいですよね、しかも横になって!」
「事件が先ほどようやく解決したので気が抜けたようです。しかし以前はこんなふうに寝ることなんてなかったんですがね。あなたがいてくれると、どうも安心感があって、私も普通の人間になれたようです」
そういったエルは、少し微笑んでこちらに手を伸ばした。私の頭に手を置き、優しく撫でた。それに目を細めて喜ぶ私も、まるで猫のよう。
もしそうなら嬉しいな、と思う。私という存在が、少しでもエルの安らぎになれていたら。
「本当ですか? 私はお菓子作るくらいしか出来ることないから、エルの休息に役立っているならうれしいです」
「何を。あなたは私の命の源なんですよ」
「大げさすぎます」
「いいえ大げさではないです。ところで、食事はまた後にして、もう少し寝たいなと思っていたんですが」
「もちろんいいですよ! 最近あまり寝ていなかったと思うので、ゆっくりしてください!」
私が笑顔で答えると、エルがじっとこちらを見る。瞬きもせずやけに注視してくるので、何だと不思議に思い首を傾げる。
するとエルは無言で私の体の向きを変えさせた。エルの方を向いていた体を、正面に向き直させたのだ。そしてそのまますとんと、私の膝に頭を乗せた。なんと、膝枕。
「エル?」
「おやすみなさい」
「ここよりちゃんとベッドに行った方が」
「いやですここで寝ますここじゃなきゃ寝ないです」
(子供なの?)
ぽかんとしつつ、エルの横顔があんまりに嬉しそうに見えた。まさに猫のように、すりすりと頭をこすり付けてくる。それが面白くてかわいくて、それ以上言うのはやめた。また彼の髪をそっと撫で、その柔らかさを楽しむ。
クマのひどい目を閉じ、エルは静かに眠りにつく。
私は膝に感じるぬくもりに心を温かくしながら、いつまでも彼の髪を触り続けた。
「……困りましたね」
「あれ、起きてたんですか?」
「睡眠欲より性欲が勝」
「さ、起きたならご飯にしましょう」
「……(寝たふりしておけばよかった)」